獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「ふはははは! 俺のやり方に文句をつけたからには! 覚悟ができているのだろうな!?」
「……っ!」
街の広場の一角。観衆に見守られたリング上で、声まで野太くなったビリーがニンマリ笑う。そしてアランに向かってずんずんとリングを揺らしながら迫る。
それにリング上で対峙しながら、アランは何故こんな事になったかを思い返していた。
……事件は、アランたちがルナに連れられて、二度目の地下格闘技の観戦に訪れたさいに起こった。
以前は運営の勝手で反則がまかり通っていた団体が、アランたちの介入もあって変化し、運営陣の一部が孤立した。その孤立した一人、ビリーが暴れだしたのだ。
しかも悪い事に、ビリーは魔法使いを通じて獣人を強化および凶暴化させるクスリまで作っていた。そしてあろう事か自身にそれを注射して暴走したのだ。
アランは男気を見せてそれを止めようとリングに上がったが、果たしてどんな様子かといえば……。
「そら! そらっ!」
「くっ! うひゃっ! わっ!」
ビリーは例のクスリ(ドーピング・エンタメ・エキスと名付けたらしい)をすでに二本も打っており、オークを思わせる筋肉ダルマとなってアランに殴りかかっていた。
当たると首がもげそうな豪腕を、アランは必死に避ける。ビリーが素人なので対応できているが、それでもアランはかわす度に頬に風圧を感じて悪寒が止まらなかった。
攻撃しなければマズい。アランの頭の中でやにわに警鐘が鳴りはじめる。
「
焦りを振り払うかのように、アランはビリーへ二度目の電撃を見舞う。しかし今度はビリーの体がピクリと震えただけで、すぐに余裕の顔でアランをにらんだ。
「なんなんだぁ、今のはぁ……?」
「あれ? 堪えてない……?」
「ふぅんッ!!」
ビリーは少しも効いているそぶりを見せず、アランに向かってまた突撃する。子供の胴体ほどの太さの腕が、ぶるんぶるんとやたらめったらに振り下ろされる。アランはそれを必死にかわしながら冷や汗をかいた。
「くっ……このっ!」
恐怖にのまれそうになりながら、アランはビリーの広い腹にカウンターパンチを放つ。拳にはしっかりと雷魔法を乗せており、普通なら衝撃とヤケドでまず怯む一撃だ。
しかし。
「いっ……でえええェっ!!」
殴った腕とそれから肩がしびれ、アランはとっさに飛びのく。肥大したビリーの筋肉は、まるで岩のように固く頑丈だった。
それを自身でも理解しているのか、ビリーはノーガードでアランをリングの隅へと追い詰めようとする。
(くっそ……どうすれば)
フットワークを使って必死に逃げ回りながら、アランは脳内で対抗策を考える。その時、客席にいたルナが声を張り上げた。
「アラン! ふくらはぎじゃ!
(ふくらはぎか……!)
アランの意識がビリーの脚に向く。彼はとっさにビリーの膝から下を狙って蹴りつけた。
かすかにだが、ビリーの動きがにぶる。いけるか、とアランが希望を見出だすと同時に、背後でルナとダニエルの会話が聞こえてきた。
「あ、でもここってボクシングのリングですよね? 蹴りを使うのってマズい気が……」
「今はどうでもいいんじゃ、そんな細かいルール!」
「マジメちゃんもほどほどにしとけ、緊急事態なんだから!」
「す、すみません」
(……ええい、気が散る!)
しょうもない事を気にするダニエルに、ルナとそれからジゼルまでツッコミを入れる。それを意識しないようにしながら、アランは引き続きビリーへ、アドバイスされたふくらはぎへの蹴りを連打する。
「これ! そこはヒザじゃ! ちゃんとカーフを狙わんか!」
(くっ……格闘技は難しいな)
技術がないため狙う場所も、当てる自身の足の部位にもブレができる。そのせいでルナから叱られたが、アランはめげずに蹴り続けた。
が、そんな矢先。
「でぇりゃああッ!!」
「へ……ぐはっ!?」
蹴る事にばかり集中していたアランの横顔を、ビリーの横凪ぎのラリアットが襲った。不意の一撃を食らったアランは軽々と吹っ飛び、リングのロープへめり込むようにしてもたれかかる。
「……痛っ……ぅ」
「終わったな……しょせん、クズはクズなのだ……」
「……っこらぁ! 少しは手加減しろ!」
「手加減ってなんだぁ?」
「くっ……若者をいじめて楽しいか! ……うわあっ!」
圧倒的なパワーを目の当たりにし、アランは減らず口でもって対抗しようとするが、当然ビリーは止まらない。今までよりさらに強い攻撃を途切れずに振るう。
(ちくしょう……どこか、他に弱点でもあれば……!)
半ば途方にくれながら、アランは本能でどうにか回避し続ける。腕でカバーし、時にあちこちを掠めながらしのぐアラン。
……しかしそれも長くは続かず、コーナーに追い詰められてしまう。
「死ねえええぇッ!!」
「くっ……」
とどめの一撃を覚悟し、顔をかばって縮こまるアラン。そんな時、不意にリングへ声をあげる者がいた。
「やめろッ!! このクソ野郎ーッ!!」
「……?」
その声にアランはおそるおそる顔を上げ、ビリーも声の方へと振り向く。その先にいたのはキースだった。
キースの表情はこわばり、青ざめていた。そんな彼へ、ビリーはからかうように言う。
「何か言ったか? キース」
「ぐっ……」
ぬぅっと巨体を揺らして近寄るビリーに、キースは一瞬ひるんだ。しかしすぐに意を決し、上ずった声になりながらも言う。
「人面獣心のクソ野郎、と言ったんですよ……ビリーさん。娼館に行くたびに、女の子に無理やり後ろの穴を使わせる迷惑客だと知った時には、さすがにビックリしましたよ」
「ッ! き、貴様なぜそれを?!」
ビリーが突如うろたえはじめる。同時に言われた内容に観衆がまたたく間にざわめきだした。
ジゼルがこっそり、キースに耳打ちする。
「おいキース。本当かよそれ」
「ああ。前にビリーさんと娼館に行った時、女の子が愚痴ってた。なんでも言いがかりをつけては『けつあな確定な』って脅すらしくて……」
「へぇ~、娼館にねぇ……」
「つ、付き合いで行っただけだ! そんな目で見るな!」
ジゼルの冷ややかな視線に動揺するキース。そんな二人をよそに、おびえていた観衆たちはそろってビリーの方を見ると、ここぞとばかりにブーイングをあびせた。
「テメェ、なんて野郎だ! とっとと失せろ、けつあな!」
「お前にリングに上がる資格はねえ! 降りろ、けつあな!!」
「金返せ! 入場料かえせ、けつあなッ!!」
「……っはっはぁー! 英雄色を好むと言うじゃないか。
みるみる広がるけつあなコール。それだけに留まらず客たちは石ころやゴミなどをビリーへ投げつけ、さらにはビリーも開き直りはじめて会場は混乱のきわみへ達していた。
そんなさまを、アランはリングコーナーにもたれて回復しつつ眺めていた。
が、彼の頭にふと、電流のようにアイディアかうかぶ。
(けつあな……そうか!)
ハッと表情を変えたアランは、何を思ったかまっすぐビリーへ突進する。そして気づいたビリーが振り向いた瞬間、その顔に手のひらをかざして言った。
「
「ぬぅっ?!」
視界が閃光におおわれ、ビリーは一瞬だけ怯む。しかしすぐに平気な顔をして戦闘体勢に入った。
「はっ! そんなもの効かぬのが分からんか! もう死ななきゃ理解できな……」
ところが、笑いながらそう言ったビリーは、目の前にいたはずのアランがいつの間にか消えているのに気づいた。さっきまでいた姿が、こつぜんと消えている
「ど、どこだ!」
焦ったビリーが辺りをキョロキョロと見回す。そしてアランが背後に回っているのに気づいた。片膝をついて姿勢を前傾させ、ビリーの尻の辺りに顔を近づける格好で両手をかまえる。
そしてビリーが体が反転させるよりも早く、アランは両手を左右から組み合わせ、親指と人さし指を左右くっつけたまま伸ばす。
その手のポーズと、それからアランの見ている部位で、何か察する人はいるかもしれない。
「食らえッ!!」
「な、ぐぬぅッ!?」
動揺するビリーの尻へ、アランの二本の人さし指が突き刺さった。その光景を見て、会場がシンと静まり返る。
アランがやった事、それは
「アラン、さん……?」
「何やっとるんじゃあやつ……」
「ヤケになったか……?」
困惑してそれから不安げになるジゼルたち。しかしアランはまるで自信に満ちた表情で、カンチョーをしたままで叫んだ。
「
威勢よくとなえたのは魔法の呪文。その瞬間、尻に食い込んだアランの指先から、音を立てて電撃が放たれる。それはビリーの直腸から内蔵を通じ全身に衝撃となってほとばしった。
「あああアあァアあァーーーッハ?! ハアアあぁアァーーんッ!!」
ビリーがのけ反り、開きっぱなしの口から長い悲鳴をあげる。全身から目に見えるほどの小さな雷が無数にまたたき、足は勝手につま先立ちになって全身がビクビクと震えた。
やがて電撃がおさまると、ビリーはリングにどうとうつ伏せになって倒れた。それを確認すると、アランはさっきまで突っ込んでた両手を顔の横にかかげると、観客に誇らしげに言った。
「これぞ秘技!
「うおおおぉーーッ!!」
実際は今さっき思いついただけで秘技でもなんでもないのだが、場内は一気に歓声につつまれた。その中でジゼルたちも苦笑しつつ拍手を送るのを見て、アランは満足げに息をついた。
「ビリー!」
彼がしばし歓声にひたっていると、キースがドタバタとリングに駆けあがってきた。その後ろにはドミニクもいる。
「おいビリー、しっかりしろ! 死んでねえよな?」
寄り添ったキースに頬をたたかれるビリー。クスリの効き目が切れたのか彼の体は空気が抜けるように縮んでいき、ほどなくして半裸な以外はすっかり元にもどった。
やがて、ビリーがうっすらと目を開ける。それを見たキースがホッと安堵した。
「ビリー!」
「あれ……俺、何を……」
「やれやれ、記憶まであいまいなのか」
とまどった様子で周りを見回すビリー。そこへ呆れたドミニクが歩み寄り、片膝でしゃがんで言った。
「アンタ、クスリを打って大暴れしたんだぞ。ドーピング・エンタメ・エキス……だっけ?」
「……ああ……」
「とりあえず、あのクスリはもう処分しよう。あんなものに頼るのがどれだけ危険か、もう分かったろう?」
ドミニクに釘をさされ、ビリーは何も言えずに目をそらす。そんな彼をキースが助け起こした。
「ま、これを期に普通に運営してくれよ。人面獣心なんて言ったが、俺にとっちゃ恩人なんだからな」
「……すまない」
敬語をやめて嫌みっぽく笑うキースに、ビリーはばつが悪そうに謝った。アランはその様子を横目に見て、安心したようにうなずいた。
と、その時。
「おい、アラン」
呼ばれてアランが顔を上げると、いつの間にかジゼルたちがリングサイドに来ていた。アランが軽く手を振りリングを降りると、ジゼルが開口一番に小言を言う。
「ったく、ムチャしやがって。やっぱり私が行けばよかった」
「そう言うなよ。結果オーライじゃねえか」
「そうじゃそうじゃ。お主らは二人して、地下格闘技の秩序を守った英雄じゃぞ」
「決め手の雷霆? もよく考えましたよね」
「はは、土壇場で思いついただけさ」
ルナとダニエルが誉めると、アランもいい気になって笑う。それを見てジゼルはちょっとスネたような顔をして、小声でたずねた。
「……ケガとか、してないか」
「ん? 大丈夫だよ。なんせほとんど逃げ回ってたんだから」
「そっか……」
ホッとした様子でつぶやくジゼル。それを見たアランはふと、ニヤリと笑ってジゼルへこっそりささやく。
「心配なら、今夜じっくり全身見せてやるぜ。なぁに、見慣れたモノをさらすだけ……」
「バカ野郎ッ! もういい!」
「ふふ、悪ぃ悪ぃ」
照れて怒鳴るジゼルへ、アランは軽い調子で謝る。すると彼らが歩いて離れつつあった背後のリングから、ドミニクの大きな声が響いた。
「観客のみんな! 今日はすまなかった!」
四人が振り向くと、リング上のドミニクが観客をぐるりと見回して呼びかけていた。隣にはビリーに肩を貸した状態のキースがいる。
「このようなトラブルが示す通り、我々の団体も一枚岩じゃない……。あなた方の需要にどう応えていくか、また意見が対立するかもしれない」
「…………」
「だが! 人間と獣人に隔たりがなく、なるべく多くの客が楽しめる安全な興業をしていく! その点についてはこの先、運営陣も選手も鉄則として共有できるだろう! これからもどうか応援をたのむ!!」
ドミニクが拳を高々と突き上げ宣言する。それを見た観客たちも、人間の運営たちすらも、一人残らず盛大な感激の声をあげた。
それを見届けたアランたちは、自然と笑顔になって顔を見合わせる。そして言葉にせずとも『また試合を見に来よう』とみんな考えながら、連れ立って家路についたのだった。