獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、命の恩人の悩みを聞く

 

「へへ~っ。ねぇねぇ、これ良いっしょ!」

 

 ……30分ほどのち、アランとジゼル、クリス、ナタリーは街の中心部の広場にいた。それなりに人が行き交う広場の真ん中では、小綺麗な噴水がおだやかに水のアーチを描いている。

 その噴水をバックに、バーバラが買ったばかりの鉄扇(てっせん)を両手に持って踊っている。

 隣では、ブラッドが白けた目でそれをながめていた。

 

「どう? 似合ってる?」

 

 バーバラは扇でもってポーズをとり、ベンチに座ったアランたちへ目を輝かせて問う。しかしアランもジゼルもその他も、苦笑いするか答えに窮するかという反応だった。

 

(正直にあわねえ……)

 

(こん棒ふりまわす方がしっくりくるぜ)

 

 無言の時間ができる中、ナタリーがただ一人笑顔で口を開いた。

 

「キレイだと思いますよ。なんというか、ギャップがあって」

 

「ナタリー、お前……!」

 

 全く迷わず、皮肉でもなしに言うナタリーを、クリスがあわてて止めようとする。しかし言われたバーバラはうれしそうに頬をゆるませた。

 

「マジ!? ありがとう~! お姉さん、見る目あるじゃん♥️」

 

「ただの扇じゃなくて鉄扇っていうのが、絶妙な調和があります」

 

「ふっふふ~ん♥️ もっと誉めて~♥️」

 

 ニコニコしながら感想をのべるナタリー。バーバラはそれを受けて恵体をクネクネゆらしながら有頂天になる。

 そんな彼女へ、ブラッドが水をさす。

 

「なぁバーバラ。浮かれてるトコ悪いけどさ」

 

「ん~?」

 

「……さっきまで、なんかすげー重大な話してただろ。その……クリス? が死にかけてた時の……」

 

 ブラッドが遠慮がちにクリスの方を見る。クリスも神妙な顔をしてうなずいた。

 そうである。バーバラは先ほど、カルロスの店でクリスを見かけ、こんな事を言ったのだ。

 

『あーっ! あの時の死にかけてたお兄さん!!』

 

 そのセリフが気になるのか、アランやジゼルはクリスとバーバラをちらちらとうかがう。ナタリーもそわそわとクリスの方を見た。

 しかしバーバラは踊りをやめると、なんて事のないように笑って言った。

 

「んー、別にアレでしょ? たまたま通りがかって助けただけでしょ?」

 

「ああ……昔行った、大きな火山でな」

 

「無事だったんだから良かったじゃん。それでいいっしょ?」

 

 神妙にうなずくクリスへ、バーバラは笑いかける。彼女のあまりの口調の軽さに、アランはとまどう。

 すると、ナタリーがしみじみと思い出すように言った。

 

「……あの時は、本当に危なかったですよね」

 

「そうだ。二人だけで、山頂のワイバーンを狩る依頼を受けたんだからな」

 

「ワイバーンってドラゴンの一種だろ? ヤバい魔物じゃん」

 

「そうとも。当時は先走ってムチャをしてしまった……」

 

 アランが口をはさむのに答えながら、クリスが自身の襟をずらしてのぞきこむ。そこにあるのは、首から胴体にかけてはしる太い傷跡。いつか、クリスがナタリーをかばってできたと言った傷である。

 それから彼は隣のナタリーを見て、申し訳なさそうに言った。

 

「あの時はすまなかった。稼ぎに困って、実力も考えずに巻き込んで……」

 

「謝らないでくださいよ。私だって賛同したじゃないですか」

 

「だが、そのおかげで死ぬところだったワケだからな……」

 

 ナタリーの苦笑にクリスも苦笑で返す。それから彼はバーバラとブラッドに向き直り、ほほえんで言った。

 

「……あの時、通りすがりの君たちがいてくれてよかった。応急措置してくれてなきゃ、俺たちも生きてはいなかったよ」

 

「もー、そんなかしこまらなくていいって~。本格的に治したのは教会の人らだしぃ」

 

「ビックリしたぜ。鉱石あさってたら血まみれのアンタらが降りてくるんだから」

 

「あはは。すみませんおどかして」

 

 ナタリーがぺこんと頭を下げて笑う。それにブラッドはうなずいて、それからバーバラの方を見て言った。

 

「……さて、そろそろこの街のギルドに行こうぜ。せっかく武器買ったんだし、仕事しねえと」

 

「え~? そんなあっさり……もうちょい喋ろうよぉ。皆もいいでしょ?」

 

 バーバラはアランたちを見てそうたずねる。「まあ、私らは別にいいけど……」とジゼルが応じかけるが、それを遮ってブラッドが言った。

 

「ダメだ。少しでも早く階級上げたいんだよ。遊びで冒険者やってんじゃねえんだぞ」

 

「そんな怒らなくても……宿だって見つかってんだし、焦らなくていーじゃん」

 

「旅の路銀が少なくなってきてる。のんびりしてたら、遅かれ早かれ積むんだよ。この仕事は」

 

 ……少しずつ、気まずい空気が流れだす。ブラッドが険しい顔をして話すにつれ、バーバラの笑顔がわずかずつだが曇っていく。

 その時、アランが明るい口調で言った。

 

「じゃあさ、ギルドまで一緒に行かないか? 俺らも依頼を探すなり、アタリをつけるなり、やりたい事あるからさ。どうせなら、一緒に行こうぜ」

 

「……いいのか? そんなの」

 

 ブラッドがためらったが、アランはあっさりとうなずいた。

 

「別にデメリットねーもん。もし人手が要る依頼があれば、お互いに手を貸す方が有利かもしれないし。なぁ?」

 

 アランがクリスをはじめ他の連中を見回す。するとクリスが気を取り直すように腰を上げて言った。

 

「む……そうだな。なんせ命の恩人なんだ。職員たちに口利きするなり、手助けさせてくれ」

 

「え~っ、マジ!? いいのぉ?」

 

「もちろんです。むしろ私たちからお願いしたいくらいですよ」

 

「ありがとーっ! よかったぁ、親切な人を助けといて♥️」

 

「バーバラ、ちょっとは遠慮しろよお前……」

 

 バーバラも喜び話がまとまりかけるが、ブラッドはまだ難色を示していた。

 そこへ今度はジゼルが近づき、口をはさむ。

 

「そう言うなよ。断る道理もないだろ?」

 

「じゃ、みんなで行こーうっ!」

 

 バーバラが威勢よく拳を突き上げ、先頭になって歩き出す。その後ろをクリスやナタリー、ついでアランなどがゾロゾロとついていく。

 

「…………」

 

 それを見て、ブラッドもしぶしぶといった様子で歩きはじめた。

 ……最後尾を歩きながら、ブラッドはバーバラとアランたちが楽しげに話す背中を、何故かしぶい顔で見つめていた。

 

 

――

 

 

「んーっ! その街のエールも美味しい~っ♥️」

 

「だろ? 務め明けに飲むと最高なんだ」

 

「だが、ほどほどにしておけよ。仕事に支障が出る」

 

「でもクリスさん、バーバラさん現在進行形でぐびぐび飲んでますよ」

 

 ……広場から移動した彼らは、予定通り街のギルドにいた。しかし、仕事にはやっていたブラッドの期待は外れていた。

 アランたちは、ギルドに併設された酒場で、テーブルに向かい合って酒を飲んでいたのである。

 すでにコップの中身を飲み干して赤ら顔になっているバーバラが、ナタリーにずいっともたれかかる。

 

「ナタリ~……こうやって見ると、けっこう胸デカいよね~」

 

「え? まあ……はい」

 

「うりゃっ♥️」

 

「ひゃあっ! な、何するんですか!?」

 

「いや、ウチとどっちが大きいかと思って」

 

「もう、よしてください。恥ずかしいです……」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 ナタリーに酔ってじゃれつくバーバラ。そんなさまを見て、エールに口をつけていないブラッドが猛然と立ち上がる。

 

「おい、話が違うだろ! 依頼をさがすんじゃなかったのか!?」

 

 テーブルを両手でバンとたたいて叫ぶブラッド。一瞬だけ注目が集まるが、アランがつまみのジャーキーを食べつつあっさりと答える。

 

「依頼ならもう受けただろ。ほれ」

 

 そう言ってアランは一枚の依頼書をかかげる。そこには『ルベーマ近郊のリンゴ園の手伝い、および護衛』という文があった。

 その紙を懐にしまい、彼はブラッドを見つめて言う。

 

「始まるのは明日の朝だ。リンゴを収穫して、もし猛獣や魔物がいたら追い払う。そう大層な準備はいらないさ」

 

「だからって、のんきに酒なんて……」

 

「も~いいじゃんさ~。今日はパーッとやれば」

 

 反発するブラッドを、バーバラが笑いながらなだめる。しかしブラッドはなおも納得いかない様子で言った。

 

「……しかもコレ、初級の依頼じゃねえか。俺とバーバラなら中級を受けられる。なのに……」

 

「依頼の空きが無かっただろ。あいにくな」

 

 ブラッドの言葉を、ジゼルが横からぶっきらぼうに遮る。ムッとして振り向くブラッドへ、彼女はエールをあおってから視線だけをよこして続けた。

 

「お前らこの街に来たばかりだろ? 急に人数が増えたら、そう都合よく仕事は当たらないさ」

 

「それは……そうだけど」

 

「ま、稼げるだけありがたいさ。上手くいけばリンゴのお裾分けがついてくるぞ」

 

 そう言ってジゼルはエールを飲み干し、あとは黙ってしまった。ブラッドがシュンとして席に座りなおすと、アランが明るい声で話を振った。

 

「そういや二人とも。なんか広場で旅がどうとか言ってたけど、どっか行くのか?」

 

「あ~……」

 

 するとバーバラはあいまいに笑って椅子にもたれ、しばし宙を見てから答える。

 

「いちおう、目的地はあんの。こっから東にずっと行くと、ユートピアがあるって伝説を聞いてさ」

 

「ユートピア?」

 

「そ。異教の聖人さまゆかりの地とかで……名前はー、発音が違って言いにくいんだけど……」

 

 そこまで言ってバーバラの言葉がとぎれる。そこにブラッドが横からつぶやいた。

 

「確か"ガンダーラ"って伝わってたよな」

 

「そーそっ、ガンダーラ! どんな願いもかなうって伝説の!」

 

「へ、へぇ……聞いた事ねえな」

 

 バーバラは身を乗り出してその名をくり返す。しかしブラッドは肩をすくめて嫌みっぽく言った。

 

「ま、あんまり神秘性はないけどなぁ。すんげー遠いけど、香辛料目当てに大勢がその辺通るんだぜ」

 

「ったく、ロマンがないな~。こういうのは信じないと始まらないじゃん」

 

「へへっ」

 

 口をとがらせるバーバラに、意地悪い笑みを返すブラッド。そんな二人へ、ジゼルがたずねる。

 

「なんか、あいまいなモノのために旅するんだな……不安とかねえの?」

 

「不安? そりゃあるよ~。言葉だってそのうち伝わらなくなるかもしんないし」

 

「前々からそれ言ってたけど、結局そのまま来ちまったんだよな……」

 

「あはは、そうなんだよね~」

 

 バーバラはあっさりと懸念を口にする。ブラッドなどは不安をごまかすかのようにエールを口にし、水面をボーッと見つめていた。

 それでも、バーバラは明るく笑って言った。

 

「ま、多分なんとかなるって」

 

「そんなのんきな。砂漠とかも越えなきゃいけないんじゃないのか。もしたどり着けなかったらどうすんだ」

 

 楽観的なバーバラを見て、ジゼルがつい早口になって詰め寄る。口には出さないまでも、アランをはじめ他の連中も心配そうに成り行きを見ていた。

 それを受け、バーバラは頭の後ろで手を組み、天井を見上げながらこう話す。

 

「実を言うとさ……ウチ、ガンダーラ自体にはそんなに興味ないんだ。仲間と冒険できるのが嬉しいの」

 

「…………」

 

「そりゃ疲れるし、お腹もすくし、たまにケンカもするけど……一緒に苦労して何か手に入ったら、それだけで楽しいじゃん。無い? そういう経験」

 

 視線をもどし、バーバラは目でアランたちに問いかける。みな無言でいつつも、否定はしなかった。

 冒険と言うと大げさに聞こえるが、実のところ生まれてから一度もそれをしなかった者はいないだろう。保護者なしで外出する、行った事のない場所に行く、見た事のないモノを見る……。特に子供には顕著だが、知らない物事があればそれだけで冒険の余地があるのだ。たとえ、大人になっても。

 

 本人たちがいいなら、口出しする事もないか……誰からともなくそんな思考のにじんだ視線をかわす。その雰囲気を察して、バーバラも我が意を得たりと立ち上がり、笑顔で言った。

 

「ま、ウチも獣人でもないのに女で冒険者やってる酔狂者だからねぇ。ムチャに思われても今さら! あはははははっ!」

 

 高い笑い声に、ギルド内の者たちが振り向く。それに気づかずにバーバラは笑いきってからドンと自身の胸をたたく。

 すると。

 

「……げほっ、げほぉっ! うぅんっ!」

 

「あーあー大丈夫か? 落ち着けって」

 

「うぅー……飲みすぎたかも。ごめん、ちょっと寝ていい?」

 

「分かった分かった。毎度毎度、加減して飲めっての。もう……」

 

 咳き込みはじめるバーバラを、ブラッドはあわてて支える。そしてぼやきつつも席にもどし、上体をテーブルに寝かせてやる。

 

「ごめ~ん、ちょい寝かせてね……」

 

「無理しないでくださいね」

 

「ん……」

 

 ナタリーの気づかいに生返事し、バーバラはテーブルに腕をつけて突っ伏す。そして数秒もしないうちにスースーと寝息を立てはじめた。

 そんな彼女にため息をつき、ブラッドはなにやら自身の荷物を探る。そして一枚のマントを取り出すと、バーバラの背中にふわりとかけてやった。

 

「やれやれ……」

 

 バーバラの肘に当たりそうなコップや皿をどけてやりながら、ブラッドの表情がふと曇る。

 それを見たクリスが、ポツリと低い声で言った。

 

「……気乗りしなさそうだな」

 

「え?」

 

「バーバラの言ってた旅の話さ。ソイツは楽しそうに話してたが、お前はどうも迷っているように見える」

 

 クリスは真面目な顔でブラッドをまっすぐ見つめる。ブラッドは少したじろいで、クリス以外の面々を見た。

 

「…………」

 

 アラン、ジゼル、ナタリー……三人とも程度はあれ、ブラッドを勘ぐるような目で見る。やはり、クリスと同じように迷いがありそうに見えたらしい。

 ブラッドはしばしうつむき、バーバラが眠っているのを改めて視線で確認してから、ブラッドは席に座り直す。

 そして、小さく口を開いた。

 

「……楽しくないワケじゃないんだ。コイツ(バーバラ)との旅」

 

「ああ、それで?」

 

「ただ……楽しんでていいのかな、って思う時があって」

 

「……それは、つまり?」

 

 ブラッドの心情が分からず、クリスは首をひねる。他の面々もつい眉を動かしていた。

 ブラッドは少しの間モゴモゴとためらって、意を決してこう切り出した。

 

「あのさ……! 俺ら獣人が、あちこちで人間と戦ってるの、知ってるだろ」

 

「……ああ」

 

「戦ってるっつーか、土足で入って来られてんだよ」

 

 重々しい顔でうなずくクリスと、鼻を鳴らして訂正するジゼル。ブラッドはこう続けた。

 

「俺のいた故郷はひどい負け方をして……仲間の男たちは、ほとんど死んじまった」

 

「…………」

 

「俺は生き残って人間の街に流れたけど……ずっと心に引っかかってる。獣人の仲間を殺されたのに、俺は人間と幸せになるなんて、許されるのかな……って」

 

 ブラッドはバンダナをぬぎ、無理に笑いながらもうなだれた。周りでは人間と獣人の二人組の同業者が何人も行き交っていたが、ブラッドの意識には入っていないようだった。

 亡くなった戦友に負い目を感じる。俗にサバイバーズ・ギルドと呼ばれる心理の一つだ。本当なら自分も死ぬべきだったと、罪の意識にさいなまれてしまうのである。

 黙ってしまったブラッドへ、ナタリーが見かねて口を開いた。

 

「で、でも! 私たちだってこうして人間の方々とお仕事してるじゃないですか。そう気に病まなくても……」

 

「アンタは女だろ! ジゼルもだ。戦っていた俺たちとは事情が違う!!」

 

 食いぎみに怒鳴ってから、ブラッドは気まずそうに口を押さえる。目の前のアランたちは何も言わず、せいぜいジゼルが不機嫌な顔になっていた程度の反応だったので、ブラッドはなお苦しげに顔をゆがめた。

 ……戦争となれば、ほぼ必然的に男が矢面に立つ。そうなれば死ぬのも男の比率が多くなる。そんな事情もあり、獣人同士でも男女で話が違ってくる。

 

 余談になるが、そのせいで街に流れ着く獣人も女が大多数になる。対して人間側だと体力的な問題もあって、冒険者になるのは男が多い。そのため冒険者は人間の男と獣人の女という組み合わせが自然と多くなる。

 バーバラが自分を酔狂と称した裏には、そうした背景もあるのだった。

 

 しかし、バーバラはそこを自覚して割りきっているが、ブラッドは自分の立場に忸怩たる思いがあるようだった。

 彼は言う。

 

「……戦っている時は、獣人として、男としてやるべき事みたいのが見えてた……。でも今となっちゃもう分からない。のうのうと生きて、日銭をかせいで……それでいいのかなって」

 

「そんなに焦らなくてもいいんじゃないか? 冒険者ってそういうモンだろ」

 

 アランが口をはさむが、ブラッドは首を横に振った。

 

「……ダメだ。死なずにこの仕事をやると決めたからには、生きててもよかったと思いたいんだ。ランクを上げて、出世して……俺なりに頑張ったんだって証を立てなきゃ、仲間たちに申し訳が立たない。殺……いや、戦った人間どもにだって」

 

 今までバーバラにも言えてなかったのか、ブラッドはバーバラの寝顔をうかがいながらそう吐露した。

 一座の表情がますます暗くなる。はたから見ればブラッドは一人で悩みにとらわれているだけかもしれないが、同族が死に、生き方に悩んでいるとなれば他人が口出しするのは勇気がいるだろう。

 一秒、二秒……無言の時間がやけに長く感じられる。そんな雰囲気の中、ふとクリスが口を開いた。

 

「……死ぬ事ばかり考えてるんだな。お前は」

 

「は?」

 

 唐突に言われ、ブラッドはとまどいながら顔を上げる。その顔をまっすぐに見て、やや身を乗り出してクリスは続ける。

 

「だってそうだろう。生きてていいのか、なんて言い出したら誰でもそう思う」

 

「けど……だって、だとしたら何だよ!?」

 

 ブラッドはうろたえつつ反発する。対してクリスはこんな問いを返した。

 

「お前、バーバラの事はどう思ってる」

 

「まず質問に答えてくれよ……」

 

「じゃあ嫌いなのか」

 

「好きだよ! 嫌いならいつまでも二人旅なんか出来るもんか!」

 

 一方的な問いにいら立ちながらも、ブラッドはクリスから目をそらさずに答える。それにクリスはうなずき、目を細めてこうつぶやいた。

 

「しかし……だとしたらバーバラが少々可哀想な気がするぞ」

 

「なっ……なんだよたまたま会っただけのクセに」

 

「隣でパートナーが死にとらわれているとなったら、たいていはそう感じるさ。たまたま会っただけだからこそ、冷静にも見れる」

 

「…………っ」

 

 クリスの口調はかすかに上から目線なきらいがあったが、ブラッドは嫌な顔こそすれ否定はしなかった。おそらく自分でもうすうす自覚していた部分なのだろう。

 それでも苦しまぎれにクリスへ問う。

 

「アンタ……知った風な口を聞くけど、何かの受け売りじゃないだろうな」

 

「あ、その点は心配すんな。コイツ以前に後ろ向きな事言って、ナタリーにめっちゃ怒られたんだよ。いやぁ面白かったなぁ」

 

「……からかうなよ。だからこそ言ってるんだ」

 

 アランがクリスを示して笑うと、クリスは白けた顔でそれをたしなめる。それから小さく咳ばらいし、ブラッドへ向き直って言った。

 

「バーバラを大事に思うなら、お互いのこれからを考えた方がいいぞ。自分を死ぬべきだなんて考えてたら、悪気がなくともパートナーの信頼までおとしめるんだからな」

 

「……そう、かな」

 

「ああ。それに……立ち入った事を言って悪いが、死んだ仲間たちも、お前に苦しんで欲しくはないだろうし」

 

 クリスの言葉に、ブラッドも少しずつ迷いを見せはじめる。そしてブラッドの視線が、またバーバラへ向いた。

 

「コイツも……俺に生きててほしいのかな」

 

 やや自信なさげに独り言をつぶやく。すると、バーバラが急に身をよじり、何かを言い出した。

 

ん~~……️️♥ ブラッドぉ……♥️️️」

 

「……ん?」

 

 寝言であった。しかしその声色が妙に艶かしかったので、ブラッドはつい眉をひそめる。周りのクリスやアラン、ジゼル、ナタリーなどもいっせいにバーバラへ視線を向けた。

 一方、寝ているバーバラはそんな事を知るよしもなく、ムニャムニャと寝言を言い続ける。

 

もぉ……また如意棒(にょいぼう)おっきくして……♥️ しょうがないなぁ……♥️️」

 

「? ? にょい……棒?」

 

あぁんっ♥️ もう、すけべ……♥️️」

 

 具体的な夢の内容は分からないが、それでも聞いていた一同の顔色がいっせいに変わる。セリフや声色からして、何かしら恥ずかしい夢でも見ているのかもしれない、と内心で勘づいたのである。

 そして、バーバラが次につぶやいた言葉で、空気が一気に変わる。

 

うん……好きだよ、ブラッド️♥️」

 

「……っ! ……っ、く」

 

 その刹那、名指しされたブラッドの顔が瞬く間に真っ赤になる。そして照れのためにバーバラを見つめた姿勢のまま硬直する。

 そんな彼へ、アランがニヤニヤしながらささやいた。

 

「あんまり心配要らなそうだぜ」

 

「……やっ、その」

 

「き、気にする事ありませんよ。私たちもたまにこっそり――」

 

「ナタリー、よさねえか」

 

 愛想笑いでよけいな事を言おうとしたナタリーを、ジゼルがあわてて止める。それと同時に、ブラッドは赤面したまま猛然と立ち上がり、目の前の四人へ叫んだ。

 

「う、うるさいな! いいからもう行け! 俺らも帰る!」

 

「はいはい、そんな怒らなくても……」

 

「バーバラ、起きろ! もう帰るぞ! どんな夢見てんだ!?」

 

 やけくそに叫ぶブラッドに、アランたちはくわばらくわばらと次々に席を立つ。ブラッドはといえば照れ隠しもあってバーバラをやたらと揺すって起こそうとしていた。

 しかしなかなか起きないので、彼は語気を強めて言った。

 

「いいかげん目ぇ覚ませ! このデブ――」

 

「あァんッ!!?」

 

 その瞬間、バーバラがものすごい勢いで上体を起こし、ブラッドの顔の位置に強烈な裏拳を叩き込んだ。

 「ぐわっ」と悲鳴をあげ、ブラッドが近くの椅子とともに騒々しく床にひっくり返る。その音を聞いたとたん、バーバラは阿修羅のごとき形相から一変して我にかえり、正面のアランたちに気づいた。

 バーバラはあわてて笑みをつくり、手を振って早口に謝罪する。

 

「ごめーん、ウチったらすっかり寝ちゃってて! 話終わっちゃった? いやマジごめん! 明日めっちゃ頑張って汚名挽回するから許して……ってブラッド? なに床で寝てんの?」

 

「……お前にやられたんだ」

 

「えぇ?」

 

 ブラッドがうめきながら抗議するも、覚えのないバーバラは首をひねる。そんな二人へ、戸口のアランたちが手を振りつつ順に声をかけた。

 

「ま、とりあえずまた明日な!」

 

「なるべく気持ちの整理つけとけよ。足引っ張られたくねえし」

 

「皆でやる仕事だからな。遅れるなよ」

 

「夜ふかししないでくださいね~」

 

 それだけ言って、アランたちは不機嫌そうなブラッドをよそにギルド支部を後にする。すでに日が沈みかけている街で帰路につきながら、アランがふとクリスへ話しかける。

 

「大丈夫かねぇ、ブラッドのやつ」

 

「問題ないだろう。運が悪くない限りは危険のない依頼だ」

 

「それだけじゃなくてさ、この先。お前も心配してるだろ」

 

「…………」

 

 クリスはしばし口をつぐみ、ポツリと言った。

 

「明日、もう少し話してみる。なんせ命を救われた身だからな……。彼らには感謝してるし、生きていてもらいたい」

 

「それを最初に伝えればよかったんじゃねえの。怖い顔で説教する前にさ」

 

「……悪かったな。そこまで気が回らなかった」

 

「クリスさん、そういうトコ不器用だから……」

 

「ぐっ……」

 

 ナタリーの悪意なき追い討ちに、クリスは小さくうめく。するとそれまで黙っていたジゼルが言った。

 

「なんにしろ、明日を乗り切る事も忘れるなよ。冬が近づいて、エサをほしがる魔物も増える」

 

「……ああ、そうだな」

 

 アランがひかえめに肯定する。彼女の言う"エサ"には人間も含まれている。単なる果樹園の手伝いとはいえ、油断はできない。

 クリスがふと顔だけで振り向くと、深刻な表情をして言った。

 

「……気を引き締めなきゃな。以前に助けられた分、今度はこっちが……」

 

「そう堅苦しく考えるなよ。"助けになりたい"でいいだろ?」

 

「む……」

 

 真剣なクリスの言葉を遮るアラン。そしてアランは笑みとともにこう言った。

 

「理由なんて単純でいい。ブラッドとバーバラにもそう言ってやろう」

 

「……ああ、分かった」

 

 短く返事して、クリスはようやく表情をやわらげた。

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