獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、説得したそばから危機にあう

 

「リンゴは端から採っていって! 順番に!」

 

「乱暴に持つなよ。キズがついたら大損だ」

 

「キビキビやれよ。日が沈んじまうからな!」

 

 ……ある日の午前中。ルベーマ市の周辺に作られたリンゴ園にて、そこで働く数十人の農夫たちにまじり、冒険者たちが何人か働いていた。

 農夫たちの列について並び、冒険者のバディの片方がリンゴをもいでは、パートナーが持つ底の深いカゴの中へと入れていく。

 

「リンゴって集めるとけっこう重いな……!」

 

「落とすなよ。キズモノになったら責任とらなきゃいけないんだ」

 

 カゴを持ったアランが驚きつつ踏ん張る。そのすぐ前方でリンゴをもいでいたジゼルは、平然とリンゴをさらにカゴへと放り込んだ。

 

 ……アランたちはこの日、果樹園にいる従業員たちの護衛についていた。果実に限らず人間の収穫物をねらう魔物は多く、もしもの備えとして冒険者が動員されるのだ。

 しかし、見ての通り護衛すればいいというワケではない。アランから少し離れて並んでいたブラッドが、せかせかとリンゴをむしりつつぼやいた。

 

「あーもう、これのどこが護衛なんだよ! ただの収穫の手伝いじゃねえか!」

 

「そう文句言わないの~。このまま無事に終わったらチョー楽じゃん。それより見てよこのリンゴのツヤ! ウチのお肌みたい!」

 

「お前の肌はリンゴっつーより黒パンだろ」

 

 やれやれとつぶやくブラッドの後ろで、ほがらかに笑っているのがバーバラ。手にはリンゴがずっしりと入ったカゴがあるが、バーバラは苦にする様子もない。

 

(腕力も体重も相変わらずすごいな……コイツ)

 

 日焼けした体格のいいパートナーをブラッドはボンヤリとながめる。するとその近くから、ブラッドへ苦言が飛んだ。

 

「こら、ボヤボヤするな。仕事はまだ始まったばかりなんだぞ」

 

「へいへい、分かってるよ……」

 

「地道な作業ですが、どうか最後までお願いしますね」

 

 怒ったのは、これまたリンゴを詰めたカゴを持つ、クリスだった。頭上ではナタリーが翼で飛び、高いところになるリンゴをふくめて丁寧に収穫していた。

 

 アラン、ジゼル、クリス、ナタリー。そしてブラッドにバーバラ。果樹園で農夫にまじって作業している冒険者は、この六人だった。

 しかし、ブラッドは少しばかりつまらなそうにしていた。

 

「……張り合いねえなぁ。危険の()の字もない」

 

「…………」

 

 彼のそんなつぶやきを聞きながら、クリスはつられるように重い表情になった。すると横からナタリーがクリスへささやく。

 

「……ブラッドさん、やっぱりどこか気乗りしなさそうですね」

 

「仕方ないさ。普通に暮らしてはダメだと、自分で自分を追い詰めているんだから」

 

 クリスはにこりともせずに言った。ナタリーはそれからチラチラとブラッド、そしてバーバラを見て、リンゴを採る作業へもどった。

 ……サルの獣人であるブラッドは、かつて人間との戦争で故郷と仲間を失い、街に流れて冒険者となった。

 彼いわく、『生き残った自分は幸せになっちゃいけない気がする。せめて出世でもしないと死んでいった仲間や、殺した人間たちにも申し訳ない』という事で、この街に来てからも急ぎで依頼を受けた。

 ……が、その依頼というのがたまたま席の空いていた低級な仕事、今やっている果樹園の護衛(と手伝い)というワケで、ブラッドはいまいちやる気を出せずにいるというワケである。

 そんなブラッドの姿を横目に、クリスはカゴの中のリンゴを見ながらため息をついた。

 

「はぁ……」

 

「クリス!」

 

「わっ!?」

 

 うつむいていたクリスの肩を、何者かが小突く。あわてて振り向くと、そこにはいつの間に来ていたのか同じくカゴを持ったアランがいた。

 「リンゴがこぼれるだろ」と口をとがらせるクリスへ、アランは気にもせずささやいた。

 

「朝からずっとしかめっ面だな。大丈夫か?」

 

「大丈夫だ。ただ……昨日の件がな」

 

「ブラッドとの事か?」

 

「ああ……」

 

 クリスは小さくうなずいた。アランは作業を続けながら、クリスへ話しかける。

 

「まあ軽く何か言ったらいいんじゃないか。昨日お前が言った事も、間違ってはいないと思うし」

 

「……そうだろうか」

 

 クリスは自信なさげであった。

 ……昨日、ブラッドが先述の悩みを打ち明けたさい、クリスは言ったのだ。『幸せになっちゃいけないというのは、"死"にとらわれてはいないか。自身をそう軽く考えていれば、パートナーの価値も損ねる事になる』と。

 しかし、ブラッドが納得しているかというと不安も残るため、クリスはあらためて話をしたいと考えているのだ。

 クリスはリンゴの詰まったカゴを新しいのに替えながら、ブラッドの方をチラリと見る。

 

「しかし……いつ、どう切り出したらよいものか」

 

「なんだよ、相手すぐ近くにいるじゃん」

 

「今は仕事中だろう。ムダ話はできない」

 

「ったく、頭固いな~。見てろ」

 

 アランは苦笑して持っていたカゴをおろすと、バーバラと働くブラッドのいる方へ歩いていく。

 そこではちょうど、ブラッドが木に登って次々にリンゴをもいでいた。

 

「ブラッド危なくない? 平気ー?」

 

「平気だ! そっちこそちゃんと受け止めろよ!?」

 

「おい、ちゃんとハシゴ使えよ!」

 

「落ちたら大変ですよー?」

 

 ブラッドはサルさながらにすいすいと樹上を移動してリンゴを落とすが、周りはやはり心配で仕方がない。バーバラ、ジゼル、ナタリーはもとより、農夫たちも呆れた様子でブラッドを見ていた。

 そこへアランが駆け寄り、ブラッドを見上げて言う。

 

「おーいブラッド! 木から降りろ! そんでクリスたちと一緒に向こう行ってこい!」

 

「あぁ!? なんで!?」

 

「お前、バーバラと一緒だったらふざけちゃってダメだわ。クリスとまじめに働いて来い。な?」

 

「えー? 別にウチがいてもいいじゃん……」

 

「まあまあ。身内がいたら気がゆるむってのはよくあるぜ」

 

 口をとがらせるバーバラも、アランがすかさずなだめる。そうするとブラッドも不満そうにしながら降りてきた。

 それからアランは農夫たちを説得し、結果として冒険者組はブラッド、クリス、ナタリーの三人とそれ以外の2チームに分かれ、それぞれ農夫のグループと一緒に離れた箇所からあらためて収穫をする事となった。

 

「じゃ、頼むぜ」

 

「あ、ああ……」

 

 クリスとの離れぎわ、アランはそう言って目配せをした。クリスはあいまいにうなずき、ナタリーと一緒になって歩きだす。

 クリスは歩きながら、まんまとバーバラから引き離されて一緒になったブラッドのとまどう顔を、横目でこっそりと見ていた。

 

 

――

 

 

「私がリンゴを採りますから、ちゃんと受け止めてくださいね~」

 

「ああ、分かった」

 

「…………」

 

 それから5分ほどして、クリス、ナタリー、ブラッドの三人は先ほどと別な場所で収穫を再開していた。ナタリーが引き続き翼で飛んで、採ったリンゴをクリスとブラッドがカゴで受け止める。

 作業は滞りなく進んだ。リンゴの実りも問題なく、少し経つと農夫たちもナタリーに話しかけたりなどしはじめる。

 

「お嬢さんは働き者だねぇ。空まで飛べるし助かるよ」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「冒険者の手伝いは当たり外れがあったけど、今回は当たりだぁね」

 

「しかも可愛いしなぁ。お嬢さん、来年も来てくれないかい?」

 

「ええ、喜んで!」

 

 愛想のいいナタリーに、農夫たちは自然と集まって次々に話しかける。農夫によってはナタリーの親ほどの年齢の者もおり、彼女はまるで親戚の娘のように可愛がられていた。

 ……と、それとは対照的に、クリスとブラッドの二人は黙々とリンゴを集めていた。ブラッドが木に登り、降りてくると集めた分を都度クリスが受けとる。

 その間、男性陣は一言も口を開かなかった。それはクリスがおしゃべりではないのも一因だったが、二人の気まずそうな表情はとてもそれだけとは思えなかった。

 

「…………」

 

 目の前の木からリンゴを採り終えたブラッドがいったん地面に降りる。そのタイミングで、クリスがふと小声でささやいた。

 

「……昨日は、悪かったな」

 

「え?」

 

 ブラッドが驚いた様子で振り向く。クリスは咳ばらいしてからこう補足した。

 

「あ、いや……ほら。お前に色々、説教じみた事を言ってしまっただろ。今思うと、まずかったかな、と……」

 

「あー……その事か」

 

 ブラッドはつまらなそうにうなずき、手の届く範囲のリンゴを採りはじめる。クリスが黙ってそれを受け取っていると、ブラッドは作業しながら言った。

 

「……俺もさ、お前に言われて、ちょっと考えたんだよ。さすがにバーバラに相談できる雰囲気じゃなかったけど」

 

「そうなのか?」

 

「ああ……確かに、死ぬ事ばっか考えてて、バーバラにも悪かったな……って思うんだけど」

 

 ブラッドはいったん言葉を切る。クリスが黙っていると、ブラッドはちらとクリスを一瞥してため息をついた。

 

「じゃあどうすりゃいいの……って感じなんだよなぁ。あの戦火をかいくぐって、ポツンと生き延びて……日常が変わりすぎて、心細いんだ」

 

 なんとも陰った顔でブラッドは言った。クリスは少しためらいながらも、笑みをつくって口を開く。

 

「けど、生きているなら他の考えもできるだろ。自分でもバーバラが好きだって言ったじゃないか」

 

「…………」

 

 励ましたつもりだったが、ブラッドの表情は沈んだまま。そしてかすかに自嘲ぎみに口角を上げたかと思うと、ブラッドが切り出した。

 

「あのさ、お前と会った時……大ケガしてたろ。ナタリーと二人で」

 

「ああ、それで?」

 

 クリスが首をかしげると、ブラッドはうつむきがちのままで、打ち明けるような調子で話し出した。

 

「あの時さ……実は『先を越された』って思ったんだ……。好きな女と精いっぱい戦って死ぬ。そんなのも悪くないかなって、フッと」

 

「…………」

 

「分かってる。バカな事言ってるさ。けど、つまんない生き方も、つまんない死に方もしたくないって思うと……そんなのにまで憧れちゃうんだ」

 

 苦々しい顔でそう述懐するブラッドを、クリスはジッと見つめていた。そしてしみじみとうなずき、クリスも口を開く。

 

「なるほどな……。"こうすべき"って使命感にすがりたくなるワケだ」

 

「笑えるだろ。気ぃ遣わなくていいぞ」

 

「いや、分かるさ。俺もそうだった」

 

「まさか」

 

「本当」

 

 投げやりになるブラッドへ、クリスは言葉をかけ続ける。そしてクリスはうつむいてこう話した。

 

「まるっきり同じじゃないが……俺の場合、死んだ後にナタリーがどうなるのか心配でさ。せめてすっぱり次のパートナーを探せるようにしなきゃって……わざと嫌われるように振る舞ったんだ」

 

「あ、もしかして昨日言ってた"怒られた"って……」

 

「当たり。『私は一緒にいたい。クリスさんはどうなんですか』って、もうすごい剣幕でな。アイツ怒ると怖いんだぞ」

 

 そう言って、クリスはめずらしくクスリと笑った。それから少し目を泳がせ、彼はこう続ける。

 

「あー、つまり……俺が言いたいのはな。いったん冷静に、視野を広くしてみろって事だ。くどいようだが、バーバラの気持ちもふくめてな」

 

「けど、実際に俺は戦死も出来ずのうのうと……」

 

「それが視野が狭いと言うんだ。バーバラはもとより、お前は死んで本当に満足か? よーく考えてみろ」

 

 クリスはかぶせるようにそう言って、それから口調がまた少し高圧的になっているのに気づいて、言葉を選びつつ付けくわえた。

 

「いや……すまん。えらそうに出来る立場じゃないのにな」

 

「……気にしてねえけど」

 

「とにかく、俺としても心配なんだよ。なんたって、お前がいなけりゃ俺もナタリーも死んでたんだ。そうだろ?」

 

 クリスがそう言って目配せすると、ブラッドはばつが悪そうに視線をそらす。さすがに命を救われたとなれば、他人事と片付けるワケにはいかない。ゆえにクリスにも踏み込む権利はある。

 そうブラッドが理解しているのを見越して、クリスはまた語りかけた。

 

「俺は助けられたクセに、むざむざ後悔する道を行きそうになった……。だから、悔いのないようにしてほしいんだ。お前がどうしたいか。バーバラがどうしたいか」

 

「…………そうか」

 

 ブラッドはポツリと返事しただけだった。しかしその顔色から、彼なりに考え直しているのも分かった。ジッとうつむき、しみじみとうなずいている。

 その様子を見て、クリスはホッと息をついた。するとその時、ふいにナタリーが声をかけてくる。

 

「……クリスさん? ブラッドさん? どうしたんです?」

 

「……あ」

 

 我にかえった二人は、ナタリーへ振り向いてから自分たちがリンゴの並木を通り過ぎて隅っこに立ち止まっているのに気づいた。

 作業もせず突っ立っている二人に、農夫たちは不機嫌な目を向けている。

 

「急にどうしたんだい、お兄さんたち」

 

「困るなぁ。そんなに駄弁りに夢中になるようでは」

 

「す、すまない……」

 

「悪い……」

 

「まあまあ。そんなにふざけるような方々じゃないんです。またちゃんと働きますから」

 

 クリスとブラッドはそろって頭を下げ、ナタリーは農夫たちをなだめる。そうしてまた地道な収穫作業が続くと、その場の者たちが思った時だった。

 

「ブラッドー! おーいっ!」

 

 急に、遠くから大声とともに駆け寄ってくる人影があった。見るとそれはバーバラで、後ろに別れて作業していた農夫たちを連れている。

 バーバラはバタバタとブラッドの目の前まで来ると、息せき切らしてブラッドの肩をつかんで言った。

 

「……大丈夫? こっちに何か来なかった? なんともない?」

 

「ど、どうしたんだよ」

 

 とまどって聞き返すブラッドだったが、バーバラの表情がかなり切迫していたので思わず息をのむ。肩をつかむ手が食い込んだ。後ろにいた農夫たちも、苦しげな息を吐いて不安そうな視線をかわす。

 ただならぬ様子に、クリスとナタリーも緊迫した視線をかわす。そして無意識に二人とも武器に手をかけた。

 一方、バーバラはブラッドの目をジッと見て、真剣そのものな声で言う。

 

「……農夫のおじさんたちを避難させないと。一緒にきて!」

 

「! まさか……」

 

「うん。多分そのまさか」

 

 表情をこわばらせるブラッド。バーバラはうなずき、ごくりとツバをのんでから言った。

 

「……ゴブリンたちが襲ってきた。リンゴを狙って。ものすごい数よ!」

 

 それを聞いた瞬間、クリス、ナタリー、そしてブラッドの顔に緊張かはしった。

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