獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、日々を進む決心をつける

 

「ゴブリンが襲ってきたって?」

 

「うん。とにかくオジサンたち避難させないと!」

 

「とうとう来てしまいましたね……!」

 

 ……ルベーマ市周辺の果樹園にて。アランをふくめた複数人はリンゴを収穫する農夫たちの護衛(と手伝い)をうけたまわっていた。

 その中の一人、クリスが命の恩人であるブラッドと話がしたいというので、クリスとブラッドとナタリー、そしてアランとジゼル、バーバラの二組で二ヶ所に分かれ、農夫たちと働く事になった。

 

 しかし、そこでトラブルが起こったらしい。収穫物をねらったゴブリンが畑に襲来し、農夫たちを逃がさねばならなくなった。

 バーバラは自分のいたところから連れてきた分の農夫たちを一瞥し、クリスたちに緊迫した声で伝える。

 

「クリス、ナタリー! 今はアランたちが足止めしてるから、向こうへ行って! 壁役と回復役が要るんだって!」

 

「バーバラさんは?」

 

「ウチらはこのまま街の城壁に近い方へみんなを連れてく! ほらブラッド、行くよ!」

 

 バーバラは早口に言ってブラッドに声をかける。そこでクリスたちもついブラッドの方を見たが、ブラッドはすぐに返事をしなかった。

 

「…………」

 

「……ブラッド?」

 

 黙っているブラッドに、バーバラは首をひねる。彼はその場に突っ立ったまま、悩ましげに顔をゆがめているばかり。

 その顔を見て、クリスはなんとなくブラッドの心情を察した。以前から『死ねなかった罪悪感』に苦しんでいる身だ。ゴブリンとの戦いという"意義"と"死ねるチャンス"を前にして、動揺してしまっているのだろう。

 クリスはしばし目を閉じて考え、まずそばにいるナタリーへ言った。

 

「ナタリー。悪いが飛んで先に行っててくれ。後から追いつく」

 

「え……は、はいっ!」

 

「頼んだぞ」

 

 多少とまどったものの、ナタリーは翼を広げて現場へ急行する。それを見届けるや、クリスはブラッドの方へ歩み寄った。

 いまだ押し黙って動けずにいるブラッド。それに「どーしたのよ!?」などと焦っているバーバラの横に並び、クリスは口を開く。

 

「ブラッド、俺たちの仕事は農夫たちの護衛だ。忘れたのか?」

 

「え……」

 

「たとえゴブリンを全滅させたとしても、この方たちがケガしたら依頼は失敗だ。そうだろ?」

 

「まあ……そうだけど」

 

 ブラッドは沈んだ表情ながらもうなずく。するとクリスはさらにこう促した。

 

「お前らには一番大事な部分を任す。今は踏ん張ってもらわなきゃ困るんだ。やるべき事をやってくれ」

 

「…………」

 

 ブラッドは顔を上げてクリスを見て、しばし沈黙する。そして重苦しい調子でうなずいた。

 

「……分かった。やるよ」

 

「よし、じゃあ頼むぞ」

 

 クリスはそう言って、背を向けて全速力で走っていった。その背中を見ながら、バーバラがブラッドへ振り向く。

 

「ねぇブラッド。なんか悩み事?」

 

「ん……ああ」

 

 ブラッドはあいまいにうなずく。そして首を横に振り、仕切り直すように言った。

 

「今はいいんだ。それより早く避難しねえと」

 

「そうだった! オジサンたち、こっちへ!」

 

 バーバラはハッとして農夫たちを連れて走り出す。ブラッドはしんがりで後ろを気にしつつついていった。

 その彼の表情はいまだ……それこそバーバラに勘づかれても仕方ないほど深刻さが残っていた。

 

 

――

 

 

雷光斬(ライトニング・スラッシュ)!!」

 

「グギャアアアァッ!!」

 

 一方、果樹園の一角で、アランが必死の形相で雷をまとった剣を振り回す。魔力の刃に巻き込まれたゴブリンが5、6体、悲鳴をあげながら吹き飛んでいく。

 

 アランたちは街周辺の野山から果樹園へ侵入してきた魔物たちを相手に、先ほどから戦闘を続けていた。額に汗をうかべ、絶えず剣を振るい続けるアラン。その周りを見ると、およそ100は下らないであろう数の魔物が彼を取り囲んでいる。

 

「ジゼル、そっちは片づきそうか!?」

 

「あいにくだ。数が多すぎる!」

 

 アランが焦った様子で叫ぶと、近くにいたジゼルも同じ調子で、同じようにゴブリンに囲まれながら答える。彼女はすでに獣化した状態でゴブリンよりずっと膂力(りょりょく)を増していたが、それだけでは有利にならなかった。

 何故なら、ゴブリンと一緒にもう一種類の魔物がいたからだ。

 

「ええい、チョロチョロとうざってえ!!」

 

「ギャンッ!?」

 

 両腕にリンゴをかかえて脇をすり抜けようとする魔物へ、ジゼルは怒声とともにツメを振り下ろす。しかしそれは魔物の耳をかすめただけで、魔物はリンゴを手放すと犬のような鳴き声をあげて逃げていった。

 その姿を見て、ジゼルは思わず舌打ちする。彼女の膝ていどの背丈しかないゴブリンよりも、さらに小柄。茶色い毛むくじゃらの体に尻尾と犬のような顔をしたその魔物は、コボルドと呼ばれる種類だった。

 数が多く人間にたびたび害を及ぼすというゴブリンに似た立ち位置で、実際ともに行動する事も多い。アランたちは今回よりによってゴブリンとコボルドの連合軍に襲撃されたのである。

 戦いのさなか、小柄なぶん素早いコボルドが、隙をついてアランの背に飛びかかった。

 

「でぇいッ!」

 

 ジゼルがとっさに、リンゴを詰めていたカゴを見つけて蹴り飛ばした。中身がバラバラと勢いよく飛び散り、アランをふくめて周辺のゴブリンやコボルドにぶち当たる。

 

「ギャウッ!?」

 

「グギャッ!」

 

 ゴブリンたちはリンゴがぶつかり、あるいは足を取られて転倒する。それを見たアランはあきれた顔でジゼルに言った。

 

「おい、もったいないぞ!」

 

「うっせー、助けたんだから文句言うな!」

 

 ジゼルは即座にそう言い捨て、また戦闘にもどる。それを見てアランもやれやれと魔物たちに向き直ると、そこに一本の矢が飛んできた。

 

「ガゥ!?」

 

 矢に持っていた剣をはじかれ、ゴブリンが短く叫ぶ。矢の飛んできた方向にアランが目を向けると、ナタリーが弓を持ちながら飛んできているのを見つけた。

 

「ナタリー、助かった!」

 

「お二人とも、おケガはありませんか!?」

 

「ああ、大丈夫!」

 

 そこからはナタリーも戦闘にくわわり、形勢はしだいにアランたちへ傾いていった。魔法を使うアラン、獣化したジゼル、そして空から一方的に矢を射るナタリーの連携にゴブリンやコボルドはだんだん防戦ばかりするようになっていった。

 そして、ほどなくして。

 

「グゲーーッ!!」

 

 ゴブリンの一匹が濁った雄叫びをあげる。それに呼応して、コボルドをふくめて魔物の群れたちが背を向けていっせいに逃げ出した。

 ものの数秒、仕留めた魔物の死骸を残して、魔物たちはすでに果樹園の境界を超え野山の中に走っていき、豆粒のように小さくなっていた。

 

「あれ? 逃げてった」

 

「思ったよりアッサリ引くんだな」

 

 アランが逃げる魔物を眺めてつぶやくと、その横でジゼルも同調する。戦いの緊張も解け、獣化した体をゆっくりと元にもどす。

 

「しかし……」

 

 アランはなんとなく、周囲の光景を見て眉をひそめた。近くに広がるのはゴブリンとコボルドの死骸、そして戦いの騒ぎで奪われかけたり木から落ちたりしたリンゴが散乱している。

 生々しく残る戦いの跡。結果的にゴブリンたちにだけ犠牲が出る結果となった。そう考えると、アランは違和感の正体に気づく。

 

(逃げ出すタイミングが中途半端だ……。単に食料ねらいなら、何人もやられる前に撤退するだろうに……)

 

「遅くなってすまない」

 

「わっ!?」

 

 急に声がして、アランは驚いて後ろを振り向く。するといつの間にか険しい顔をしたクリスが立っていた。背筋をのばしてはいるが荒い呼吸をし、周りに小さく頭を下げる。

 そんな彼に、アランは気を取り直して言った。

 

「何してんだよ。そんな背後に立って」

 

「何って、お前たちの援護に来たんじゃないか。無事だったのか?」

 

「悪いが出る幕は無かったぜ。ゴブリンもコボルドも逃げてった」

 

「なんとか大事にならなくてよかったです」

 

「そうか……」

 

 心配そうに周りの顔色をうかがうクリスへ、ジゼルとナタリーが笑いかける。クリスも安堵し、一瞬気の抜けた雰囲気が流れた。

 しかし、アランがそこで気がかりそうに口を開く。

 

「待ってくれ。何かがおかしい」

 

「は? 何かって何だよ?」

 

「……なんとなく、逃げるのが遅かった気がするんだ。ただ食べ物が欲しいだけなら、もっと犠牲の少ないうちに逃げてたはずだ」

 

「確かに……こうして見るとけっこう死んでるな」

 

 クリスもあらためて辺りを見回し、眉根を寄せる。するとジゼルがじれったそうにたずねた。

 

「けどよ、そんな半端に死人を出して、コイツらは何したかったんだ? ただの偶然じゃないのか?」

 

「んー……それは」

 

 答えようとするも、言葉につまるアラン。なんせいくら妙だと言っても、ただそれだけの話なのだ。それによってどんな問題が起こるのか、そこまでは思い当たらない。

 アランが無言で考えていると、ナタリーが急にハッとして口を開いた。

 

「そういえば……バーバラさんたちと一緒に避難した農夫さんたちがいましたよね?」

 

「ああ、それが?」

 

「農夫の方々っていつも果樹園にいるから、魔物からしたらその土地の持ち主みたいに見えているんじゃ……」

 

 ナタリーの言葉に、皆がうっすらと顔色を変える。そしてクリスが険しい表情になってつぶやいた。

 

「そうか……ナワバリの主を狙うという発想になれば、あの農夫たちが標的になるのか」

 

「つー事はまさか……こっちのは陽動で、向こうのが本丸って事か?」

 

「かもしれん」

 

 アランが焦った表情でたずねると、クリスはうなずく。すると今度は、ジゼルがなにやら遠くに耳をすましながら言った。

 

「……言いたくないけど、予想が当たったみたいだぜ」

 

「何か聞こえるのか?」

 

「大勢がさわぐ声だ。あの農夫たちのな」

 

 歯がみするジゼルへ、アランも冷や汗を流す。クリスがはじかれたように声をあげた。

 

「いかん! ナタリー、悪いがまた先に行ってくれ!」

 

「は、はいっ!」

 

「アラン、急ぐぞ!」

 

「分かってる!」

 

 ナタリーがあわてて飛び立ち、アラン、ジゼル、クリスも我先にと駆け出す。四人ともさっきまでの戦いで疲弊し、足並みが遅くなっていた。

 それを走りながら横目に見て、アランは内心で間に合ってくれと必死に念じていた。

 

 

――

 

 

 ……一方その頃。

 

「あーもう! アイツら一人くらいこっち来ねえのかよ!?」

 

「文句言わない! さっさと片づける!!」

 

 アランたちの嫌な予感は当たっていた。魔物はブラッドやバーバラの元にもあらわれ、またたくまに農夫たちを狙って群がってきた。次々と襲いかかるゴブリンやコボルドたちに、二人は必死になって応戦していた。

 

「でええぇいッ!!」

 

 バーバラが雄叫びとともに両手に持った鉄扇をゴブリンへ振り下ろす。一匹が頭を割られ、もう一匹が首を切りつけられて悲鳴をあげた。

 

「ふふん、やっぱり良い買い物したじゃん!」

 

 鉄扇についた血を払いながら、バーバラはブラッドへ聞こえよがしに言う。それに一瞬眉を動かしてから、ブラッドは近くのコボルドたちをにらんだ。

 

「そりゃ良かったな……っと!」

 

 棒を器用に振り回し、コボルドの脳天を殴りつけ、あるいは横凪ぎに吹っ飛ばし、鼻のあたりに斜めに突きを入れる。バーバラもブラッドも、負傷する事はなく魔物たちを倒していく。

 ……しかし、それでも魔物たちの輪はジリジリと彼らに迫ってきていた。もともと魔物は何十体もいて、対抗できる戦力は二人。ブラッドとバーバラの背に守られている農夫たちはあいにく農具すら持っておらず、木に登ったり陰に隠れたり、その辺の枝を拾って武装するのが関の山であった。

 

 このままでは犠牲が出る。口に出さずとも誰もがそう思った。そんな矢先、ついに一匹のゴブリンが、剣をかかげて農夫の一人に躍りかかった。

 

「グオオオォッ!!」

 

「うわっ!? 来るなぁ!!」

 

 農夫は情けない声をあげてゴブリンに背を向ける。それに気づいてとっさに動き出したのは、ブラッドだった。

 

「くっ!」

 

 ブラッドは舌打ちまじりに振り向き、襲いかかるゴブリンへ棒を投げつけた。槍投げのように飛ばされた棒は運よく当たり、バシッという音とともにゴブリンは勢いを殺され地面に落ちる。

 しかし、危険はまだ続いた。難を逃れかけた農夫へ、今度はコボルドが牙をむいて飛びかかったのだ。ブラッドの手にもう武器は無い。

 

 彼は考えるヒマもなく、気がつけばコボルドと農夫の間に割り込んでいた。勢いよく飛んだコボルドの牙が、ブラッドの腕に食い込む。

 

「っうぐッ……!」

 

「ブラッド……!」

 

 ブラッドの口からうめき声がもれる。それを目撃したバーバラや農夫たちが目を見張るが、そこから間髪入れずに他のコボルドやゴブリンがブラッドに襲いかかった。

 

「グアアァッ!!」

 

「ギャウンッ!」

 

 獣のような声をあげ、ゴブリンが剣で切りつけ、コボルドがあちこちに噛みつき、爪を立てる。スネに食いつかれたところで、ブラッドはたまらず膝をついた。

 

「くそっ……」

 

「ブラッド、しっかりして!」

 

 毒づきながら両手をつくブラッド。それを見たバーバラが悲痛な声をあげた。

 それに顔だけ振り返り、ブラッドは怒鳴る。

 

「いいから自分の方に集中しろ! っがッ……!」

 

「……そんな……」

 

 ためらうバーバラ。しかしやはり助けに行く余裕もなく、やむを得ず彼女は魔物への応戦を続けた。ブラッドは落ちた棒を拾いあげ、立てない状態で魔物たちを振り払う。

 

「おら、こっち来んなや! 離れろ!」

 

「ギギッ、ゲッ!」

 

 鬱陶しげにうなるゴブリン。ブラッドの視界には、少し見渡すだけで30そこらのゴブリンやコボルドが敵意をむき出しにしてひしめいていた。

 ヤバいかもしれない。手負いでそう思うと同時に、ブラッドの脳裏にある考えが浮かぶ。

 

 ――これは、散り際にふさわしいのではない、と。

 

 彼はあらためて、自分が死ぬ事にとらわれていたのを思い出した。魔物から誰かを守るために死ぬ。美しい死に方ではないか。相手がゴブリンやコボルドという点は不満だったが、事実追い込まれている以上、贅沢は言ってられない。

 そこまで考えて、ブラッドは再びバーバラを見て叫んだ。

 

「バーバラ、ここは俺が引き受ける! お前は農夫たち連れて逃げろ!」

 

「はぁ!? 何言ってんの!?」

 

「いいから行けって! 守りながらだとキツいんだよ!」

 

 困惑するバーバラへ怒鳴り返し、ブラッドは痛みをこらえて立ち上がる。ここが死に場所だ。アラモの砦だ。そんな風に意気込むと自分の体がどうでも良くなり、逆に力がわいてくる。

 そしてブラッドは、やたらめったらに棒を振り回した。ゴブリンを寄せ付けず、弾き飛ばし、コボルドの歯を折り、一人で獅子奮迅の活躍をする。

 時間にしてはほんの数秒だったが、ブラッドは実に清々しい気持ちだった。これで最期だ。これが自分の誇らしい最期だ。そんな風に、肩の荷が降りたような気分だった。

 そんな気分の中、ふとバーバラはもう行っただろうかと彼は気になった。そして彼女のい方角へちらと振り向く。その時。

 

「アンタ置いていけるワケないじゃん! 逃げるなら一緒に行くよ!」

 

「はぁ!?」

 

 ブラッドは我に返りすっとんきょうな声をあげた。なんとすぐ隣に、バーバラが汗だくになりながら立っていたのだ。

 驚きで固まっているブラッドへ、バーバラが代わりに戦いながら言う。

 

「よく分かんないけど! 今そんな格好つける場面じゃないでしょ!」

 

「や、だって……農夫たちがケガしたら依頼が」

 

「じゃあ何!? そんな簡単に見捨てろっていうの!?」

 

 バーバラが鼻息を荒くしてブラッドを見る。その真剣な表情に、ブラッドは虚を突かれたように言葉を失った。

 そして、内心で歯がみしながらつぶやく。

 

(ちくしょう……なんでそんな心配してくれるんだよ)

 

 シワの寄った眉間。きつく結んだ唇。そして一切そらさない真っ直ぐな瞳。

 その気持ちのこもった顔に、ブラッドは何も言えなかった。

 彼自身、分かっている。護衛……依頼の完遂なんて建前だ。本音は死に場所が欲しかっただけ。そんな自分を嘘偽りなく心配してくれるバーバラに、ブラッドの決意はたちまち揺らいだ。

 死んで欲しくない。そんなバーバラの愛情に心打たれてしまったのである。

 

 ブラッドの目に光が宿る。ずっと後ろ向きでいた自分を、ようやく変えようと思えたのだ。ここまで想ってくれる彼女を、ないがしろには出来ない。

 

 二人は周りを取り囲む魔物たちにあらためて向き直った。しかし多勢に無勢なのは変わらず、さっきまでの間にも敵はジリジリと間近に迫ってきていた。

 どうにか切り抜けなければ。ブラッドは頭をフル回転させて魔物たちをにらんだ。ここに来て、自分が犠牲になった方が皆を救えた、なんて結果になれば目も当てられない。

 

 しかし無情にも、ゴブリンとコボルドが弱ったブラッドへ襲いかかる。ブラッドは武器を握りしめて身構えた。

 

 ……そんな矢先。

 

 ドスンッ! と鋭い音がして一本の矢がゴブリンの体に突き刺さった。突然の一撃に他の魔物たちが思わず後ずさる。

 ブラッドとバーバラは息をのんで、反射的に矢の飛んできた方向……上空を見つめた。

 

「すみません! 遅くなりました!!」

 

 そこにいたのは、上空に浮かんで弓矢を構えるナタリーだった。彼女は謝罪の声を張り上げると、すぐに次の矢をつがえて魔物たちへ放つ。

 

「ギャッ!?」

 

「ガアアゥアッ!」

 

 上から放たれる矢に、魔物たちの勢いが削がれはじめる。そうしてブラッドたちは、傷を負いながらもどうにか持ちこたえる事ができた。

 それから数分が経ち、さらに援軍が現れる。

 

「ブラッド、バーバラ!」

 

「大丈夫かー!?」

 

 遠くから、アランたちが息せき切らして駆けつけた。それを見たゴブリンやコボルドが、一人、また一人と苦い顔になりはじめる。

 

「ングァッ!」

 

「ガアゥッ!」

 

 アランたちの加勢を見て不利を察したか、魔物たちがそれぞれ周りを見回し、短い鳴き声をかわす。そして背を向け悔しげな顔をしながら退散しはじめた。その背中はみるみる小さくなっていく。

 

「ふぅー……」

 

 去っていく魔物たちを見届け、ブラッドはその場にドサリと崩れ落ちる。そこへ、バーバラがぶつかりそうな勢いで駆け寄った。

 

「ブラッド! しっかりして!」

 

「いてて、おい急に触るなって!」

 

 支えられたブラッドがよろめいて文句を言う。すると近くにナタリーが降り立ち、ブラッドに触れて言う。

 

「動かないで。今治療します!」

 

 強い口調で告げ、治癒魔法をとなえるナタリー。するとブラッドの体にあった傷が少しずつふさがっていく。

 

「おお……すげぇ」

 

「わあー、ナタリーちゃんスッゴい! 助かったよ~女神さま~っ!!」

 

「むぎゅ、ば、バーバラさん。苦しい……」

 

 感激してナタリーへ抱きつくバーバラ。それを見てアランは少し笑ってから、そばで脱力している農夫たちに話しかける。

 

「えーと、大丈夫でしたか? おケガは?」

 

「ああ、俺たちは平気だ……」

 

「アンタらのおかげで何とかな」

 

「安心した。それなら依頼の不履行にはならん」

 

「クリスは何もしなかったけどな。あっちとこっちを行き来しただけで」

 

「うるさいな。たまたまそうなっただけだ」

 

 嫌みを飛ばしてくるジゼルへ、クリスが口をとがらせる。そんな時、バーバラがブラッドへこう語りかけた。

 

「も~、急にひどい事言い出すんだから。自分を置いてけなんて」

 

「あ……それは」

 

 言われたブラッドがハッとなり、口ごもる。バーバラの表情は他意のない呆れ笑いで、良くも悪くも悩みを勘ぐるような気配はまるで無い。それに戸惑うような、何か言いたくて言えないような複雑な表情をするブラッド。

 その様子を見て、クリスがふと口を開きかける。しかしそれより先に、アランがさりげない調子でたずねた。

 

「なんか悩みでもあんのか? ブラッド」

 

「え……」

 

「『置いていけ』なんてセリフ、穏やかじゃないぜ。なんか気負ってんのか?」

 

 俺の悩みなら知ってるだろ……とブラッドは一瞬眉をひそめるが、アランがかすかにアゴをしゃくると、その意図に気づいた。

 悩みの内容をブラッド自身から打ち明けるように促しているのだ。察したブラッドは、目の前で首をかしげているバーバラを見つめる。

 そして少し考え、意を決して口を開いた。

 

「バーバラ……あのさ」

 

「? うん」

 

「俺が一緒にいて……お前はうれしいか?」

 

「は?」

 

 バーバラが遠慮なく「?」を顔に浮かべる。それを目にしたブラッドはあわてて補足した。

 

「いや、上手く言えないんだけど……俺は同族が何人も戦死したって言うのに、中途半端に生き残っちまって……」

 

「…………」

 

「あとは命をかけるような場面もなくなって、大した事もせずお前について行くばっかりでさ……。なんか、俺がお前といて、お前はどう思ってるのかなって……」

 

 バーバラはいまいち話が見えないという顔でブラッドを見つめていた。しかしそれでも、真面目に悩んでいるのは察せられたのか、笑みをつくって言った。

 

「んー、なんかよく分かんないけど……ウチはブラッドといて楽しいよ? しっかり者だし、勇気あるし」

 

「勇気なんて、まさか……」

 

「だって、今日だって農夫のオジサン助けてたじゃん」

 

「へ?」

 

 まったく意識していなかったような声を発し、ブラッドは農夫たちの方を見る。農夫たちは顔を見合わせ、ポカンとしながらブラッドに頷いてみせる。

 

「そ、そうだ! 俺たちだって助けてもらったじゃないか」

 

「そうですよ。あなた方のおかげです」

 

 クリスが少し構えた様子で話に割って入った。それにナタリーがクスクス笑いながら追従する。

 ブラッドは戸惑いの残る様子で「そうか……」などとつぶやく。そこへバーバラがこう言った。

 

「二人で旅してさ、こんな風に人助けしていけたら、ステキだと思わない?」

 

「……人助け、か……」

 

 ブラッドがうつむき、苦笑いする。そこでアランが進み出て、手を差しのべた。

 

「さ、そろそろ行こうぜ。騒ぎの後だけど、採ったリンゴ置きっぱなしだし」

 

「あ、そういえばなんか地面にリンゴが散らばっていましたね」

 

「そりゃ私がやったんだ……」

 

「あはは、まあ暴れてもしゃーないっしょ。あんなの」

 

 ジゼルやナタリーと一緒に、バーバラか連れ立って歩き出す。それをよそに、アランはブラッドへささやいた。

 

「今まで色々あったろうけどさ。お前が苦しんだりしても、バーバラは喜ばないぜ」

 

「……ああ」

 

「これから先で、何をしていくか考えていこう。普通に生きてて楽しくなるなら、誰も咎めやしないさ」

 

 そう言うと、ブラッドは小さくうなずいた。それを横目に見ながら、クリスはホッと安堵のため息をついた。

 

 

――

 

 

 ……それから一週間ほど、彼らは果樹園の護衛を続けた。そうして、ブラッドとバーバラが街を離れてまた旅に出る日が来た。

 

「ありがとねー。わざわざ見送りに来てもらっちゃって」

 

「かまいやしねえさ。ただの礼儀だ」

 

「短い間だけど、楽しかったぜ」

 

 街の門のすぐそばで、ブラッドとバーバラ、アランたちは別れの挨拶をしていた。バーバラは相変わらず明るい調子で、面々に笑みを振りまいている。

 

「じゃあ行こっかブラッド! ガンダーラを目指して!」

 

「そういや……ガンダーラ行ったら後はどうすんだ?」

 

「んー、もっと東に行く! モモっていう不老長寿の妙薬があるんだって!」

 

「そんなところまで行くのかよ……。アレクサンドロス大王もビックリだな」

 

 ブラッドが笑って肩をすくめる。悩みが完全に吹っ切れたかは分からないが、昨日よりは心の整理がついたようだった。

 

「それじゃあね! 色々ありがとう!」

 

 やがて、バーバラがそう告げると大きく手を振る。そして二人は背を向けて歩きはじめた。

 歩いて離れていく二人の背中。彼らの話し声が、見送っているアランたちの耳に届く。

 

「……バーバラ。ガンダーラって、聖人のゆかりの地なんだよな」

 

「うん。前も言ったじゃん?」

 

「そこでさ……死者を弔うのって、意味あるのかな」

 

「どうしたの? 急に」

 

 ブラッドは重苦しい口調になりつつも、こう切り出した。

 

「……一緒にそこで祈ってくれないか? 理由はその時に打ち明ける」

 

「別にいいけど……なんか深刻?」

 

「ああ、ずっと悩んでた。だけど区切りとしてお前にも聞いてほしいんだ。この先……お前とやりたい事いっぱいあるからさ」

 

 話すうちにアランたちと距離ができ、聞こえる声は自然と小さくなっていく。しかしそれでもバーバラは、たやすく聞こえるほどにハッキリと答えてみせた。

 

「んー、分かった! 約束ね」

 

「い、いいのか?」

 

「うん。つか初めてじゃない? アンタからやりたい事あるだなんて言うの」

 

「そうかな……本音じゃ色々やりたい事あんだけど」

 

「いーじゃん! これからどんどんやってこうよ! お互いさまだし!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 バーバラと話す中で、ブラッドも少し前向きになれたようだった。そこからはたがいに会話を弾ませていったようで、二人は笑い合いながら街を出ていった。

 

 それを見届けたクリスが昨日と同じように安堵のため息をつく。そんな彼に、アランは言った。

 

「……一件落着、だな」

 

「ああ、良かった。もう心配いらんだろう」

 

「お前もナタリーと上手くやれよ。あんな説教までしたんだから」

 

「大きなお世話だ。それに俺は一般論を言ったまでだ」

 

「ナタリー、実際どうなんだ? 最近クリスと」

 

「えっと……うーん」

 

「おい、なんで悩む。俺何かやっちゃってたのか?」

 

「好きな女にはいつも気を配れよー?」

 

 アランたちもすっかり安心した様子で軽口を叩き合う。彼らにも普段の日常にすっかり戻った様子だった。

 ブラッドも、バーバラと過ごす日常を進み続ける決心がついた。それを喜ぶ気色が、アランたちの表情には少なからずあった。

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