獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らはまた少し、イカと楽士の人となりを知る

 

「最近、ケネスがよくフェリクス君と話してるんだ……」

 

 ある日の昼下がり。宿屋の休憩スペースで、リリィがテーブルにひじをついて言った。

 向かいにはアランとジゼルの二人が座り、耳を傾けている。二人へ話しているリリィの表情は、どこか困っている風にも見えるのろけたそれだった。

 

 たまたま仕事の入らないある日。アランたちとリリィは同じテーブルで世間話に興じていた。

 以前に酒場で会ったせいか、ケネスとフェリクスが仲良くなったらしい。それを聞き、アランの表情がほころぶ。

 

「へえ、まあよかったじゃん。話せる相手が増えて」

 

「ええ。以前は面と向かって話すの私くらいだったのに……今じゃヒマができるとフェリクス君とおしゃべりしてる。なんか明るくなった」

 

 肩をすくめるリリィの、その"見違えた"とでも言いたげな仕草に、アランはうなずいた。

 アランとしても、友達の輪が広がるというのは嬉しいものであった。フェリクスとケネスが初めて会った時は互いによそよそしかったが、それがほぐれたというのなら結構な事だ。

 それに内気な者どうし、ウマが合いそうではないか。

 

 そう考えてアランが一人で顔をほころばせていると。

 

「なあ、普段どんな話してんだ? アイツら」

 

「えっ……」

 

 不意にジゼルがたずねる。その声色はどこか剣呑だった。その態度のせいか、リリィがやや虚をつかれた様子で答える。

 

「うーん、ケネスが言うには……たいていフェリクス君のグチだって。ケネスは聞き役が多いみたい」

 

「グチって例えば?」

 

「確か……小さい頃に嫌な事があったとか、10代の頃に嫌な事があったとか、街に出てくる前に嫌な事があったとか……」

 

「嫌な事ばっかりじゃねえか」

 

「けど、いつもそういう話題で盛り上がるんだって」

 

「よく分かんねーなぁ。他人のグチなんぞ耳に入れたくねえよ。私は」

 

「ジゼルちゃんに分からなくても、ケネスはそう言ったの」

 

「"ちゃん"はやめろって」

 

「あ、ごめん」

 

 ジゼルはまるで理解できないと言いたげにしかめっ面をする。横で見ていたアランがなだめるように言った。

 

「まあまあ、たまにはいいじゃねえか。仲間内で後ろ向きな話したって」

 

「いや、別にいいけどよ。グチとか聞いて楽しいのかね」

 

「共感できるんだろうさ。気が合いそうだしな」

 

 以前に二人が、人間関係の辛さやモテなかった思い出などについて話していたのを思い出し、アランはそう答える。しかしジゼルは「えー……」などとつぶやいて、釈然としなさそうに言った。

 

「なあリリィ。ほんとケネスのどこに惚れたんだ?」

 

「え?」

 

 身を乗り出してたずねるジゼルに、リリィはかすかに眉を動かす。横からアランがいさめるように言った。

 

「おい、前にもそんな事言ってなかったか?」

 

「だって気になるんだよ。そんなグチばっか言うヤツ、うるせえって張り倒せばいいじゃんか。なんだよ共感できるって」

 

「あまりそういうのにクビ突っ込むなって。浮気してるワケじゃあるまいし」

 

「うーん……」

 

 アランとジゼルが言い合うのをよそに、リリィは首をひねって考え込む。そして少しして、照れくさそうに言った。

 

「どこに惚れたって……なんとなく?」

 

「は?」

 

「だからなんとなくよ。それが理由」

 

 さらりと言うリリィに、ジゼルは眉根を寄せてじぃーっと目を見据える。リリィが"本当よ"とでも言いたげに肩をすくめると、ジゼルは腕組みしてどっかと椅子にもたれて言った。

 

「よく分かんねえなぁ……そんなもんかね」

 

「少なくとも私の場合はね。そうとしか言いようがないわ」

 

「ふーん……」

 

 ジゼルは口で追及するのは止めたが、なおも納得いかなさそうに額を押さえたりなどしていた。それを横目に見ていたアランが、ふと立ち上がる。

 

「ちょっとフェリクスのところお邪魔してみるよ」

 

「あら、そう?」

 

「ああ。ちょうどケネスと二人でいるし。俺もどんな話をしてんのか気になる」

 

 そうして席を離れるアラン。そこへジゼルが声をかけた。

 

「なあ、どんな話してたか後で私にも教えてくれよ」

 

「プライバシーに障らない程度にな」

 

 そう言って手を振り、アランは二階のフェリクスの部屋へと歩いていった。残されたジゼルが気まずそうにリリィへ向き直ると、リリィは気にしていない風にほほえんだ。

 

 

――

 

 

 

「……やっぱり、初めて会う嬢ってのは物足りないッスねぇ。いや悪いワケじゃないんスが、初対面だとこちらの好みを探るのから始まるんスよ」

 

「あー、元々が知らない人ですもんね」

 

「そうなんスよ。いや、しょせん付き合っていた子にはかなわないんスけどね。いやぁ、ベルちゃんはよかったなぁ」

 

「はは……」

 

 ……その頃、フェリクスは部屋で娼館についてらしき話を上機嫌にしていた。ベッドの上にあぐらをかいて話すフェリクスに、ケネスは椅子に座りながら相づちを打っていた。

 そんな時、部屋のドアがノックされ、外から声が聞こえてくる。

 

「……フェリクス、ケネス。いるか?」

 

「……あれ、アランさん?」

 

「よかった、ちょっと入っていいか?」

 

 ドアの向こうからのアランの問い。フェリクスがケネスへ目配せすると、ケネスは小さくうなずいた。

 

「いいッスよ。どうぞ」

 

「おう、サンキュー」

 

 許可をもらったアランはにこやかにドアを開けて部屋に足を踏み入れる。そしてそばの壁にもたれながら言った。

 

「いやー、仕事がないとヒマでさ。ちょっと話でもしたいと思ったんだ」

 

「用事があるワケじゃないんですか?」

 

「あー全然。で、二人は何の話してたんだ?」

 

「ああ、確か、その……」

 

「わわ、ケネスさんちょっと待って!」

 

 言いにくそうにするケネス。そんな彼を制し、フェリクスがアランへ詰め寄って耳打ちする。

 

(……実は、さっきまで夜のお店の話してて)

 

(そうか)

 

(あの、ベルちゃんの事は引き続き付き合ってた設定になってるんで、そこんとこ……)

 

(分かったよ。言うつもりはない)

 

 いつか嬢を元カノと偽ったのをいまだに訂正していないらしい。アランが苦笑いするのをよそに、フェリクスはまたベッドに腰を下ろし、仕切り直すように言う。

 

「でもやっぱり、いい関係で長続きするのが一番ッスよね。その点ケネスさんはうらやましいなぁ」

 

「そうですか?」

 

「そうッスよ。色んな場所を転々としてと一緒にいるなんて、信頼がなきゃできないスもん」

 

 フェリクスが感心した目で言うと、ケネスは愛想笑いしなから話す。

 

「でも……僕もなんだかんだ悪い所ありますよ。リリィには世話になりっぱなしで」

 

「一言でパートナーとか言っても、良くない事だってあるわな」

 

「そうなんですよ。だいたいは僕がいけないんですけど」

 

 ケネスの口調は、何か言われたワケでもないのに卑屈だった。アランが相づちを打ってもそれは変わらない。

 するとフェリクスが口をはさんだ。

 

「そんな事言って……本当はけっこうよろしくやってんじゃないスか?」

 

「へ、別にそんな」

 

「またまたー、僕がフリーの身だからって、どうせ謙遜を……」

 

 フェリクスはすねたように口をとがらせる。戸惑うケネスをよそに、アランはある事を察する。

 

(ああ、コイツひがんでやがるな)

 

 なんせ、実際のフェリクスは彼女もいない上に娼館でしかその手の経験がない男だ。彼女がいるというだけで立派に見えるだろうし、嫉妬もするだろう。それを楽しくないなどと言われても、信じられないのかもしれない。

 一方でケネスはそんな事思いもよらないのか、少し困った笑みで話す。

 

「いや、そんなんじゃないですよ。そりゃ楽しい事もいっぱいありますけど、やっぱり人間関係ですから」

 

「じゃ、この街に来るまでどんな感じだったんスか。リリィさんと」

 

「うーん、どんな感じ……か」

 

 ケネスはしばし目線を宙に向け、思い出したように言った。

 

「とりあえず冒険者として一緒でしたよ。仲間が寝ている間、見張りをしたりとか」

 

「お二人でッスか?」

 

「そうです。まあ大体は平和なんですけどね。ヒマだから小声で歌ってたら他の人に『うるせぇ』なんて言われたりして」

 

「他には?」

 

「一緒に薪を拾いに行ったり、釣りしたり、あとは単純にお喋りしたり」

 

「……なんか地味ッスね」

 

「すみません。僕の思い出なんてこんなもので」

 

「良いだろ。思い出なんて些細な事の積み重ねなんだから」

 

 アランがフォローするが、フェリクスは期待外れな表情。そして首をかしげてこう催促する。

 

「なんか……もっとこう、華やかな話はないんスか? 恋人どうしならではの」

 

「そんなに聞きたいのか? お前」

 

「いいじゃないスか。減るもんじゃなし」

 

「嫉妬してるんじゃないか~? その顔」

 

 興味と妬みがない交ぜになった顔のフェリクスに、アランは茶々を入れる。が、内心では他人の恋愛に幻想を抱くなと思わなくもなかった。

 そんな二人をよそに、ケネスがさらに思い出を頭から掘り返す。

 

「華やか……うーん、僕って正直二人っきりになるの苦手ですからねぇ。そんな期待されるような事は……」

 

「二人っきりなら、普通ドキドキしたりしないんスか?」

 

「普通の方ならそうでしょうけど、僕はなんか気疲れしちゃうんですよ。会話より歌う方が好きですし」

 

「歌ぁ?」

 

「はい。持ち歩いてるハープもそうですが、音楽が好きなんです。頭の中にリズムや()が浮かぶんですよ。なので頭の中が忙しいんです」

 

 ケネスは心なしか苦笑いして言った。聞いたフェリクスはいまいち理解できないという風に眉をしかめる。

 

「楽しいんスか? それ……」

 

「楽しいというか……まあ別に、上手くやれてますよ」

 

「なんか、思ってたんと違うッスねぇ。好きな()といるってもっとこう、ハッピーそのものかと思ってたんスが」

 

「いやいや、そこは人によるだろ。距離感とか接する時間とか、快適なラインは人それぞれだ」

 

 自身の抱く幻想から、フェリクスはなかなか抜け出せない。アランがなだめても、うっすら不満げに口をとがらせている。

 そしてフェリクスは上半身を乗り出すと、せっつくような口調で言った。

 

「じゃあ! ケネスさんとリリィさんが出会った時とかはどうだったんスか!? さすがに何か、ときめくようなエピソードがあるでしょう!?」

 

「ときめく……ですか?」

 

「そうそう! ケネスさんがリリィさんをどんな風に好きになったか、気になるッス!」

 

(おっと、偶然にもジゼルと同じ質問)

 

 意固地になっているフェリクスをアランはあきれた目で眺めていたが、奇しくも惚れた理由が話題にあがると自然にケネスへと注目する。

 ジゼルほどではないが、アランもそれは気になるのだ。彼の答えによっては、あのジゼルもケネスおよびリリィへの見方を変えられるかもしれない。

 アランと、それからフェリクスが視線を注ぐ中、ケネスは腕組みして考え込んでいた。……そしてしばらくして、苦笑いを深めて答える。

 

「……なんとなく、ですかね」

 

「へ?」

 

 フェリクスが思わず間抜けな声をあげる。そして次の瞬間、バッと手をついて身を乗り出し、いかにも失望した顔で言った。

 

「なんスかそれー!? 真面目に答えてくださいよ!!」

 

「いやだって、本当にそうとしか……」

 

「じゃ、もう少しくわしく言えないか。さすがにアッサリしすぎだろ」

 

 のけぞって逃れようとするケネスだったが、そこにアランまでが深く追及しようとする。リリィの時は彼も納得したが、ケネスまで全く同じ答えとなると本当かと疑いたくなってしまう。

 二人からいぶかしげな視線を向けられたケネスは、うつむいて一瞬目をおよがせ、おそるおそる口を開く。

 

「本当ですって……海でたまたま出会って、なんとなく歌を聞かせてあげたんです。キッカケなんてそれくらいしか」

 

「その海にいた時、誰か他にいたりしなかったんスか? ケネスさんだけ?」

 

「はい。さっきも言いましたが複数人だと気疲れしちゃうんで。一人でボーッとしてました」

 

 ケネスはコクコクとうなずいて答える。フェリクスは拍子抜けした顔であぐらに座り直してため息をつく。

 

「そんなもんッスか……はぁ」

 

「えーと、なんかすいません」

 

「気にすんな。コイツはちょっと色恋に夢見すぎなんだよ」

 

 気まずそうに頭を下げるケネスへ、アランが笑いながら言う。すると、フェリクスがふと目をよそへ流してから、遠慮がちにケネスへ言った。

 

「あの……こんな事聞いたらアレなんスけど」

 

「? はい」

 

「一人が好きなら、僕といて楽しいんスか?」

 

 唐突にたずねられ、ケネスは目をしばたかせる。アランも戸惑った目でフェリクスを見た。

 視線を受け、フェリクスはためらいながら言う。

 

「や、僕は話せる人がいたら嬉しいッスけど、ケネスさんがもし無理して僕のとこに来てくれてるんだったら……悪いなって」

 

「…………」

 

 ケネスはわりと深刻な顔で言った。お情けに自分に親しくしてくれているのではないか、そんな卑屈な不安が表情にあらわれている。

 そんなん気にしなくても、とアランは言いかけるが、当のケネスの反応が気になって視線を移す。

 すると、ケネスは手をひらひらと振って答えた。

 

「まさか。そんな事ないですよ。関わりたくなかったらわざわざ部屋までお邪魔しませんって」

 

「そ、そうッスか?」

 

「ええ。大体、嫌な相手なら初めから親しくしませんって。何もしなきゃ客と従業員じゃないですか。僕ら」

 

 ケネスがそう言うと、フェリクスもホッと胸を撫で下ろす。アランも丸くおさまった事にホッとしていると、ケネスはしみじみとこんな事を言った。

 

「それに、正直言ったらフェリクスさんみたいに気が合う方って貴重なんです。たいていの人は明るい話題で盛り上がろうとしますし」

 

「ああ……迷惑じゃないッスか? 気づいたらしょうもない話ばかりしてて」

 

「大丈夫ですよ。僕だって頭の中はしょうもない事ばかりなんです。明るいノリはむしろ苦手で」

 

「よかったぁ」

 

 フェリクスが気の抜けた笑みを見せる。それにケネスも同じような笑みを返した。

 アランはそれを見ながら、二人がお互い弱音やグチを吐けるような友人にやっと会えたのだと感じた。それは人々が教科書的に想像する友達とは少し外れているかもしれない。

 しかし、ケネスがなんとなく付き合う恋愛も教科書的ではないように、案外そういった変わったものも一概に悪くはないだろう、とアランは考えた。

 そして一人、微笑ましげに笑った。

 

 

――

 

 

「……本当に"なんとなく"でケネスが好きなんだな」

 

「はたから見たら、私も変わった女に見えるのかもね」

 

「正直、私にゃそう見えるぜ。悪いヤツにも見えないけどさ」

 

「ふふ、本当に正直ね。大丈夫、分かってるから」

 

 一方でその頃。ジゼルとリリィもアランたちと同じような方向に話を弾ませていた。リリィが自虐もまじえて楽しそうに愛を語るのを、ジゼルはあきれ気味に見つめる。

 

「しかし……やっぱりケネスみたいな野郎は苦労すると思うぜ。私は知らねえからな」

 

「そう? なんだかんだ助けてくれそうだけど」

 

「知らん知らん。私の知った事かい」

 

「あら、残念」

 

 わざとらしいくらいにそっぽを向くジゼルを見て、リリィはクスクスと笑った。そんな時、フェリクスの部屋のドアが開く音がした。

 

「それでは、長居してもまずいので僕らはそろそろ」

 

「悪ぃな、俺まで居座っちゃって」

 

「気にしないでいいッスよ。僕もそろそろ仕事に戻らないと」

 

 ケネスとアランが出てきたところだった。上機嫌に別れをつげる声に、自然とジゼルとリリィは視線を向ける。

 すると、ケネスがアランを置いて早足に階段を降りてきたかと思うと、リリィのいるテーブルに勢いよく駆け寄った。

 「うおっ」とジゼルが驚くのもかまわず、ケネスはリリィだけを見てだしぬけに口を開く。

 

「リリィ、イカスミちょうだい!」

 

「……ああ、はいはい」

 

「へ、イカスミ?」

 

 ケネスの一言に、リリィは訳知り顔でうなずく。戸惑うジゼルをよそに、ケネスは懐から手のひらサイズのビンを取り出した。そのビンを受け取り、リリィは何やらそれを口元に持っていく。

 そして。

 

「うわっ」

 

 リリィの口から黒い液体……もといイカスミがチョロチョロとビンへ注がれる。ジゼルがのけぞるのをよそに、イカスミが満たされたそのビンを、リリィはためらいなくケネスに手渡す。

 

「ちゃんと切らす前に言って。いつでも出せるんだから」

 

「あはは、面目ない……あ、そうだ。あと書くもの」

 

「……ほら、スカーフ。もう使わないから」

 

「ごめん、ありがとう!」

 

 型どおり誤り、ケネスはリリィから使い古しのスカーフを引ったくる。そして自身は懐から一本の羽ペンを取り出すと、ペン先をビンの中のイカスミに浸ける。

 

「? 何してんだ?」

 

「まあまあ、見てれば分かるから」

 

 ケネスの行動に戸惑うジゼル。リリィはそれを穏やかな目で見つめる。いつの間にかアランも興味深くその光景を見つめていた。

 三人が見つめる中、ケネスはスカーフにインクをにじませ長い文章を書きはじめた。それを横からのぞきこんで、アランがつぶやく。

 

「……なんだそれ。詩?」

 

「わっ!? み、見ないでください! いい(うた)を思いついただけです!」

 

 人前で書いていたにも関わらず、ケネスは書いていたものを体で隠して言う。そしてまたペンを走らせつつ、弁解するようにつぶやく。

 

「言ったでしょう……頭にリズムや歌詞が浮かぶって。忘れないうちに書き留めておきたくて」

 

「ずいぶん突然だな。さっきまで話してたのに」

 

「フェリクスさんのおかげですよ。あの人と話していると哀愁と共感がグングン湧いてくるんです。持つべきものは友達ですね」

 

「……そうか」

 

 全く悪気なさそうにそう述べるケネス。それからは椅子にすら座らず、立ったまま黙々とペンを動かしていた。

 

「感謝してよ? 私のおかげでいつでもインクが手に入るんだから」

 

「あ、うん。もちろん感謝してる!」

 

「ふむ、よろしい」

 

 ケネスは一瞬だけリリィを見て礼を言い、また詩を書くのに没頭する。リリィはそれに不満な表情一つせず、微笑みとともにケネスを見つめていた。

 そのさまをアランが眺めていると、ジゼルがこっそり席を立ち、彼に耳打ちする。

 

「……なあ」

 

「ん?」

 

「あんな扱いで満足なのかな……リリィのヤツ」

 

 気がかりそうに話すジゼル。アランは同じく小声で聞き返す。

 

「どうして?」

 

「だってさ、フェリクスと話していたかと思ったら、戻ってくるなり一人で何か書き始めるって……そっけなくないか」

 

 ジゼルはリリィたちの方を一瞥して言った。当のリリィは慣れた様子だが、ジゼルには問題アリな光景に見えるようだ。

 アランはジゼルのもどかしそうな顔を見て、少し考えて口を開く。

 

「……つまりさ。リリィは、ケネスみたいなタイプの面倒をみるのが好きなんだろう。関係が続いてるのは、多分そういう事だ」

 

「……いるのかな、そんなヤツ」

 

「探せばいるだろうさ。世の中って広いからな」

 

「なんでそんな分かった風でいるんだよ」

 

 ジゼルが眉根をよせて言うと、アランはこう話を転じた。

 

「……ほら。俺が昔、色街で働いてたって言った事があったろ」

 

「あー……以前チラッと話してたような」

 

「その時に、色んな人間や獣人に会ったのさ。言い方悪いが、ヤバい輩もたくさんいた」

 

 それからアランは肩をすくめ、懐かしそうにグチをこぼした。

 

「大変だったぜー? なんせ修道院の孤児院で育ったからな。世界が違いすぎてカルチャーショックが大きいのなんの」

 

「そんなに酷かったのか……」

 

「昔の話だけどな」

 

 アランはそう言って話を区切る。そこへジゼルが気遣わしげにたずねた。

 

「……平気だったか? 変なヤツに目をつけられたりは……」

 

「平気だって。もう昔の話だからな」

 

「本当に?」

 

「ウソじゃねえって。だいたい働いてた色街もここからだいぶ遠いし」

 

「……そうか」

 

 ジゼルは納得してうなずく。そんな彼女の背をたたき、アランは最後にこう言った。

 

「ま、世の中には色んなヤツがいるって事さ」

 

 ……それから、彼らは特に変わった事なく一日を過ごした。おそらくアランが色街にいたという頃とはまるで違うであろう、穏やかな時間であった。

 

 

――

 

 

 ……ところが、それと同じ時間。

 アランのいる宿から少し離れた場所で、ちょっとした事件が起きていた。

 

「……はっ、はっ、はっ!」

 

 狭い路地が幾筋も広がり、周りに妖しい看板やアルコールの臭いが広がる界隈。市内の色街の一角にて、一人の男が逃げるように走っていた。

 小柄な体格に、クシャクシャの金髪。皆は覚えていないかもしれないが、以前アランに娼館の情報を渡した男、クレマンである。

 

 そのクレマンは人をはねのけ、路地をデタラメに進み、建物の陰に飛び込む。ゴミが落ちてひっそりとした暗がりで、彼は壁に手をついて深く息を吐く。

 ところが、そのクレマンの汗だくになった首筋を、何者かの手が不意につかむ。壁に頭を押しつけられながら、クレマンはその掴んできた相手をにらむ。

 

 ……しかし、そこには()()()()()()()()。強いて言えば、見えない何者かがいるのである。クレマンが目の前を凝視していると、そこから不意に声が聞こえてくる。

 

「あははっ、結局つかまってやんのー。ざーこ☆ ざこお兄さん☆」

 

 クレマンは目を見開く。その声は甲高い子供の、それも少女のそれにしか聞こえなかったのである。あらためて意識すると、首をつかむ手もまだ小さいような感触がある。

 クレマンが混乱していると、目の前に浮かんでくるモノがあった。正確には眼前の見えない少女が持っているのだろう。ギラギラと光る、するどいナイフ。それも刃が湾曲して広がったククリナイフである。

 そのナイフに目を奪われていると、クレマンの耳にまた少女の声が響く。

 

「逃げちゃうなんて、男のクセに情けないなー。こっちは聞きたい事があるだけなのに」

 

「…………」

 

「ねえ、さっきから言ってるでしょ? 『"アラン・エロー"の居場所を教えて』って。知ってるんでしょ?」

 

 アランの名前。それを聞いた瞬間、クレマンの表情がこわばる。それに気づいたか、少女はククリをクレマンの首に当てて問い詰める。

 

「ウソはいけないよー? お兄さん大人だから分かるよね?」

 

「…………」

 

「それとも、悪い子だから分からないのかな? 色街なんかにいるんだもんね?」

 

「…………」

 

「痛い目にあえば思い出すかな? せっかくだしち○ち○切り落として……」

 

 少女が声色を変えずに恐ろしい事を言う。その時、別人の声が急に割って入った。

 

「おやめなさい。ソフィア」

 

 その声は、大人びた女性の声だった。建物の角を曲がった陰にいるせいで、クレマンに姿は見えない。

 するとその声に、少女の声が不満げに言う。

 

「えー? もうちょっと遊んでもいいでしょ? つまんない」

 

「残酷な真似は控えなさいと言ったはずです。そこまでする必要はありませんわ」

 

「……はぁい、お姉様」

 

 シュンとした声をあげて、少女は手を離す。とたんにクレマンは崩れ落ち、その場に腰を落とした。

 首が楽になり荒い呼吸を繰り返すクレマン。そんな彼の耳に、先ほどの少女と女性の話し声が聞こえる。

 

「でも本当にいいのー? ろくに喋ってくれなかったじゃん」

 

「大丈夫です。あの殿方の顔からして、そう遠くない場所にいるでしょう。目立つとかえって逃げられてしまいますわ」

 

「ふーん」

 

 彼女らはアランを探しており、この街にいるのも目星をつけている。クレマンがゾッと冷や汗をかくと、少女の声が遠のきながらも耳に届く。

 

「でも、そんなに会いたいの? アランて人」

 

「……ええ。昔、よその色街で会ってから、また会おうと決めていました。一人で姿を消した、薄情な方……」

 

 声しか知らない二人の話を聞きながら、クレマンは深いため息をつく。そして気がかりそうにつぶやいた。

 

「一体、昔に何やらかしたんだ……アラン」

 

 自分に危機が迫っているのを、そのアランはまだ全く知らなかった。

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