獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
その日は、部屋の中にいる時からうっすら冷気が流れ込んできていた。夏から秋に変わるにつれ、いよいよ気温も下がり、窓のすき間が気になってくる。
そんな冷え込みもあって、アランとジゼルが部屋を出たのは日が昇って二、三時間もたった頃であった。ダニエルやルナ、クリスやナタリーはもうギルドへ出向いてしまっていた。
アランたちの姿に気づいたリズが微笑み、軽く会釈する。
「おはようございます。今日は遅かったですね」
「コイツが寝坊しやがったんだよ」
「悪い悪い。この時期は布団の中から出たくなくてなぁ」
「だからって私にひっつくなよ。目覚めが悪いったらない」
「お二人とも~、早く出ないと仕事にありつけないニャー」
怒りだすジゼルを、エマが横からなだめる。ジゼルはこっそり鼻を鳴らすと、アランに目で歩くように促す。
「ほれ、行くぞ」
「はいはい、分かってますよ」
二人はリズとエマに軽く手を振り、外に出る。するとその途端、横から不意に声がした。
「……ようやく出てきたか」
「わっ!?」
その低いつぶやきに、ジゼルが驚きの声をあげる。そこにはローブに身を包んだ小柄な青年が立っていた。
「……なんだお前? 不審者か」
ジゼルがけげんな顔でにらむと、青年はローブのフードをぬぎ、クシャクシャの金髪が目立つ顔をさらす。するとそれを見たアランが驚きの声をあげた。
「クレマンじゃんか。どうしたんだ急に」
「クレマン……ああお前か」
「思い出してくれたか。ああ俺だ。色街で会ったろ」
ジゼルも敵意を解くのを見て、クレマンはホッと息をつく。しかしとつじょ深刻な顔になったかと思うと、アランとジゼルについて来るように促す。
「どうしたんだ? 一体」
「いいから。目立つ場所じゃまずい」
そう言ってクレマンはアランたちを宿屋の壁沿いに物陰へ誘導する。そして周りを気にしながら話しだした。
「……いいかアラン。落ち着いて聞けよ。お前は今、誰かに狙われてる」
「は? なんだいきなり」
「狙われてるって、誰に」
「分からん……妙だが、姿が見えないんだ」
クレマンがそう言うと、アランとジゼルはそろって眉をひそめる。クレマンは「ただ……」とつぶやき、こう続けた。
「聞いたんだ……まだガキの、女の声だった」
「つまり……透明人間?」
「それとも幽霊か?」
「俺が知るか! アラン、何か恨みを買ったような覚えはないだろうな? 俺なんて刃物を突きつけられたぞ」
「え、分かんねえよ。そんな手品師みたいなヤツ、会った事ねえって」
焦った表情で詰め寄るクレマンに、アランはぶんぶんと首を横に振る。そこへジゼルが質問した。
「なんか、他に情報はないのか? 何か言ってたとか、誰か一緒にいたとか」
「それは……あ!」
言われてクレマンは頭を回転させる。そしてある事を思い出して言った。
「姿は見てないけど……誰か一緒にいた気がする。さっき言ったガキより年上っぽい声をした女だ」
「一緒にいた女か……他には?」
「その女、ガキには"ソフィア"って呼びかけてた。で、そのソフィアからは"お姉様"、と……」
「お姉様ねぇ……」
妙な呼び方についジゼルがつぶやく。するとクレマンが大きな声をあげた。
「そうだ! 肝心な事を忘れてた!」
「な、なんだ?」
「その大人の女が言ってた。よその色街にいたけど姿を消した、と……」
「……っ!」
「アラン、お前も昔に色街で働いていた、んだよな? 心当たりあるか?」
「……それは……」
クレマンが問うと、アランはやにわに表情を険しくして、ふっと目をそらす。その仕草にジゼルがけげんな顔をする。
クレマンは答えを待ったが、アランはそれから押し黙ってしまった。しばらくして、クレマンが観念したようにうなずく。
「……まあ、無理に詮索はしないさ。どうせ連中の狙いは俺じゃないしな」
「……すまん」
「だがな、もしかつて色街でヤバい事をしたなら、こっちも関係を考えるぞ。俺だってルールを守るくらいはわきまえてるんだ」
そう念押しして、クレマンはフードをかぶり直して背を向ける。そして去り際にこうも言った。
「……一応、身の回りには気をつけておけ。その彼女もな」
「ああ、分かってる。サンキュ」
「じゃな」
後ろ手をひらひら振り、クレマンは足早に去っていった。その姿が見えなくなると、今度はジゼルがアランへ詰め寄る。
「どういう事だよ。何したんだお前!」
「いや……そんなやらかしはしてねえって」
「その歯切れの悪い態度、お前らしくねえぞ。絶対に何かあるだろ!?」
弱々しく釈明するアランだが、ジゼルの声はどんどん鋭くなる。信頼していた分、不穏な気配には敏感になるのだろう。彼女はアランの目を少し下からにらみつけ、狼のうなり声まであげて言う。
「そういやお前の過去の話はろくに聞いた事ねえな……。隠し事してないか?」
「いや、隠し事ってほどの事じゃなくて……」
「私に言えない話じゃないのか!? なら打ち明けてくれよ!」
「わあ、興奮するなって! 言われなくても今話す!」
語気を強めるジゼルをなだめ、アランは自身を落ち着かせようと一つ深呼吸する。それから神妙な声でこう切り出した。
「万が一だけどな……知ってる女かもしれないんだ。以前働いてた街で知り合ったヤツ」
「……その女に何をした? 深い仲だったのか!?」
「知り合っただけだ! 本当に、やましい事はない!」
「じゃあなんでわざわざ探しに来るんだよ!? 実際はどこまでいった!?」
追及するうちに言葉に嫉妬が混じりだすジゼル。アランは必死に疑惑を否定するが、ジゼルが納得する様子はない。
アランが次第に困り顔になりはじめる。その時。
「何してるの?」
「うひゃっ!?」
急に第三者の声が聞こえ、アランが叫び声をあげる。ジゼルが振り向くと、そこには首をかしげるリリィの姿があった。隣にはケネスもいる。
アランは気を取り直し、咳ばらいして口を開く。
「ああ……お前らか」
「どうしたんです。こんなところで」
「あのなー、なんかアランが昔、ヤベー事したらしくって」
「いや、だから誤解だってば……」
「ヤベー事?」
ケネスとリリィかけげんな顔をする。それに気づいたアランは、とっさに話題を変えた。
「そ、それよりさ。お前らはどうしたんだ。こんな午前中に帰ってきて」
「あ……それは。ちょっと依頼で街でのおつかいをしてたのですが」
「私が道に迷っちゃったから。いったん知ってる場所まで戻ろうって」
「なるほど……」
そういやリリィは方向オンチだったっけ……とアランは吹き出しそうになる。するとその時、ジゼルがぐいとアランの袖を引っ張り、こっそり耳打ちする。
(おい、アラン……!)
(なんだよ。さっきの話なら誤解だって……)
(そうじゃねえ! 何か聞こえるんだ!)
弁解しようとするアランの言葉を、ジゼルが緊迫した口調でさえぎる。するとアランも何かを察し、周りを目でうかがいはじめる。
(……いるってどこに?)
(今は宿屋の正面あたり。こっちに近づいてきてる)
ささやいて話し合う二人。そんな姿を見て、ケネスはリリィの方へ振り向く。するとリリィが真剣な顔で頷き、ささやいた。
(……気づかないフリを。皆で取り押さえましょう)
(いや、待て!)
(……?)
取り押さえようと提案したリリィへ、ジゼルが待ったをかける。そしてさも一緒に話しているかのようにリリィを見たままで言った。
(おかしい。姿が見えない)
(見えないって?)
(足音はする。匂いも。けど姿だけは見えないんだ)
(えぇ?)
ジゼルの言葉に、アランが眉をひそめる。ケネスはずっと戸惑いっぱなしだった。
そんなケネスを一瞥して、リリィがふと口を開く。
(私に任せて)
(リリィ?)
(考えがあるから)
他の三人が戸惑うのをよそに、リリィはキッと通りの方角を見つめる。そして不意に駆け出したかと思うと、物陰を出るなり、正面の通りへ躍り出た。
そして彼女はその勢いのままグッと背をそらし、口から大量に黒い液体を吹き出した。イカスミである。
わっ、とアラン、ジゼル、ケネスがそろって驚いた顔をする。はたから見れば道ばたの何もない場所に体液を撒き散らす行為。
しかし、直後に妙な事が起こった。
「うわひゃっ!? なに~っ!?」
唐突に、誰もいないように見えた場所から高い少女の声が響く。アランたちがつられて目をこらすと、リリィの吐いたイカスミがなんと地面だけではなく
そして、イカスミはそれだけではなく、下に広がるうちに何かのシルエットを形作る。一部ではあるが、ほっそりとし、ところどころ丸みを帯びた形……。
「……あれは」
ジゼルがそのシルエットをにらむ。そこには、人のふともものような形が浮き出て、身じろぎしていた。その脚はよく見れば、先ほどの声から連想される程度の年齢の、少女のものにも思えた。
目の前にいる、少女らしき不思議なものの姿。アランたちどころか、その姿をあばいたリリィすらも息をのみ、その何者かを見つめる。
すると、そんな四人の緊張をよそに、何者かは子供らしさの残る声で叫んだ。
「ちょ、やだ! きたな~い……最悪ー!」
「……っ待ちなさい!」
我に返ったリリィが、目の前の人物へと飛びかかる。しかし相手はサッとそれをかわし、去り際に捨て台詞を吐いて去っていく。
「キャハハハッ☆ ざんね~ん! 鈍い人には捕まらないよ~っ!」
「くっ……」
顔も見えない相手に煽られ、リリィは歯がみする。この間にも透明な謎人物はイカスミの跡を点々と残しながら去っていった。
一方、目の前で起きた不可思議な光景にアランたちは呆気にとられていた。少しして顔を見合わせてやっと我に返り、三人はリリィのもとへ駆け寄る。
「リリィ! 大丈夫!?」
「 私は平気。けど……」
「何だったんだ、今の」
いの一番に駆け寄ったケネスへ振り向くリリィ。ジゼルが地面に残った跡をにらんでいると、リリィがつぶやいた。
「……たぶん、カメレオン」
「カメレオン?」
「周りの色に合わせて体の色を変える生き物。おそらくさっきのはその獣人」
リリィの言葉に自然と皆が注目する。するとジゼルが急にイカスミの跡をたどって駆け出した。アランが驚いて声をあげる。
「おい、どこに行く!?」
「こっちから出向いてとっちめる! 姿を消してまた来られたら厄介だ!」
「っ待て、おい……」
アランが止める間もなく、ジゼルは路地のすき間をぬって離れていく。周囲では様子を怪しんだ通行人たちがざわつきはじめていた。宿屋の中にいるリズやエマも不安がっているだろう、とアランの脳裏に二人の顔が浮かぶ。
アランはケネスとリリィの方へ振り向き、早口に叫んだ。
「二人とも悪い! リズやエマのそばについてやってくれないか。もしかしたらまたこっちへ来るかもしれん」
「え、でもアランさん……」
「頼む! 俺はジゼルを追うから、宿屋のヤツらには外に出るなと言っといてくれ!」
それだけまくし立てて、アランは一目散に走った。ジゼルの行った道筋を追い、あっという間に見えなくなる。
残されたケネスが、リリィに心配そうな視線を送った。
「大丈夫、かな……?」
「ああ言われたからには仕方ない。待ちましょう」
リリィは涼しい顔でそう言い、玄関の方へ歩いていく。その途中で独り言のように、彼女はこう言った。
「それにしても、何か知られたくない事がありそうだったわね……」
そのつぶやきを背後で聞いて、ケネスもかすかにアランの人格と過去を怪しんだ。
――
「こっちだ! 匂いが続いてる!」
「待ってくれ、走るのが速い……!」
それからしばらく。ジゼルはアランの姿を時々振り返って確認しながら追跡を続けていた。イカスミが乾いたのか跡を辿るのは難しくなっていたが、ジゼルは得意の嗅覚でみるみる先へ進んでいく。
彼女の獣人の足に置いていかれそうになり、アランは息を切らしてつい足を止め、そこである事に気づいた。
(あれ……ここって以前に……)
アランはキョロキョロと辺りを見渡す。その景色には見覚えがあった。寂れて活気のない、薄汚れた街路。以前にブルーノと一緒に来た、市の東側の貧民窟だ。
瞬間、アランの脳内に嫌な予感が浮かぶ。このような区画は、行き場を失った者が多く出入りする。言いたくはないが、悪人も。
そこからはほぼ直感だった。
「ジゼル気をつけろ! もしかしたらその辺に――」
とっさにジゼルの方を見て叫ぶアラン。その声につられて立ち止まり、振り向くジゼル。
――その刹那。ムシロを敷いて座っていた、黒いローブに身を包んだ小柄な人物が不意にジゼルへ走りだし、迫る。
「危ない!」
「うおっ!?」
アランの叫びに反応し、ジゼルが迫ってくる人物に気づく。その輩はジゼルの顔面にバサリとローブを広げ、視界を潰してきた。
思わず顔をかばいながら、ジゼルが飛びのく。その顔に向かって、黒いローブの陰から刃物らしきものが光った。
「っ!」
間一髪、ジゼルはその攻撃から逃れる。後ろへ跳んでひざまずきながら彼女が相手をにらむと、相手は広げたローブをひるがえして着込む。
「ふーん、意外にやるねぇ。ちょっとかするかと思ったんだけど」
ローブの中から、あの時の少女の声が響く。その少女が持っていた刃物、刃の広いククリを掲げると、ちょうどそれを見つめる顔がスゥーッとフードの中に浮かび上がる。
まぶたが黒い瞳を広くおおうジト目。それと合わせて小憎らしさを感じさせ、あどけなさの残る表情。
そして、首から頬にかけて模様のように広がる、緑色のウロコ。それを見て、アランが慎重に歩み寄りながら言った。
「……お前が、さっき俺たちに忍び寄ったヤツか」
「あ~、ごめんね? まさかバレるとは思わなくてさー。アンタらの居場所が分かればよかったのよん」
「カメレオンの獣人で、間違いないか?」
「……そだよ。便利でしょ、この体」
少女はそう言って笑い、顔を透明にしたりまた見せたりして遊びだす。そこへジゼルがいら立った声で言った。
「遊んでんじゃねえ! そもそも何の目的で近づいた!? 金か!? それとも……」
「そんなに怒らないでよー。居場所を知りたかっただけだって」
「それなら、堂々と玄関から来い! なんでわざわざ姿を消して来た!?」
ジゼルがきつい口調で問い詰めると、アランも少女の方をにらむ。すると少女は笑っていた顔を急にしかめ、うるさげに言った。
「……めんどくさいなぁ。後から行くつもりだったのに」
「なに!?」
「そもそも私はその男なんてどうでもよかったのにさー、お姉様がうるさいから……」
「……お姉様?」
いら立つジゼルの横で、アランが聞き返す。すると不意に、建物の陰から他の人物の声がした。
「いけませんわソフィア。そんな無礼な出迎えをして」
「あ、お姉様!」
「……っ!?」
声の方向へ、ソフィアと呼ばれた少女が振り向く。その先で見えたものに、アランとジゼルは思わず息をのんだ。
ソフィアとお揃いの黒いローブを着た、背の高い女性……いや、
頭の先から背中まで丸ごとおおローブ。その裾の先からは、細長い円錐形の胴と、その先に尻尾が伸びていた。一面が真っ白いウロコにおおわれ、足はなく、蛇さながらの大きく太い胴体が細くなって尾の先にいたるまで、2メートル以上ある。
人間らしい上半身に、蛇のような尾。白蛇の融合したような体の"お姉様"へ、ジゼルは警戒しながらたずねる。
「お前……蛇の獣人だな? しかも真っ白とは珍しい」
「その通りです。初めてですわね?
「なぬ?」
"お姉様"の言葉に、ジゼルが顔をしかめる。そして直後にハッとした様子でアランの方を見た。
すると。
「……ッ……」
「アラン?」
なんと、アランは目を見開いたまま凍りついたように動かなくなっていた。視線の先には、あの蛇の獣人がいる。
「
「はっ……はっ……」
アランは今までにないほどうろたえ、荒い呼吸をするばかりだった。ジゼルはそんなアランとその"お姉様"をかわるがわる見た。すると、アランがこわばった口をようやく開き、かすれ声でたずねた。
「まさか……"クロエ"か?」
「ええ……! 覚えていてくださいましたのね!」
クロエと呼ばれた女はにわかに声を弾ませ、するすると胴体を引きずりソフィアのそばに寄り添う。そしてローブのフードに手をかけ、感慨深そうに言った。
「お姉様、やっぱり連れてきちゃってよかった?」
「ええ、うれしいですわ。もう何年も会っていなかったから……」
泣いているのか、わずかに涙声になりながらクロエは言った。そして顔を隠していたフードが取り払われる。
その下には、胴体と同じような真っ白のウロコにおおわれた、整った女の顔があった。20台後半程度の見た目で、輪郭は細く、肌にはシミ一つない。髪は肌と同じ白色で、まっすぐ伸びた髪をショートにして眉の辺りとうなじの辺りで長さをそろえてバッサリと切っている。そして前髪の左半分を藍色のピンで流し、額を出して留めていた。
そして、目立つのはその両目。長く整ったまつ毛の下で輝く瞳は、血のように真っ赤だった。その赤い目でクロエはアランを見て、涙をにじませて笑い、そして言った。
「お久しぶりですね。私の恋した方……アラン・エローさん」