獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「お久しぶりですね。私の恋した方……アラン・エローさん」
「やっぱり……クロエか」
貧民窟の一角。目に涙をにじませて語りかける、白いウロコを持つ蛇の獣人の女。"クロエ"という名前らしい彼女に、アランは呆然と釘付けになっていた。
クロエの方も涙を指先でぬぐったりしながら、アランをジッと見つめる。互いに無言の時間が数秒つづき、しびれを切らしたジゼルが言う。
「おいアラン。ボーッとしてないで何か言えよ。あのクロエって誰だ?」
「それは……」
「ハッキリ言え! まさかいいように弄んだとかじゃないだろうな!?」
「あはは、そんなんじゃないよ~」
ジゼルが食ってかかると、クロエの隣にいたカメレオンの獣人、ソフィアがケタケタと笑った。そしてクロエをちらと見て、ソフィアは続ける。
「でも、見るからにガサツそうな人だねー。これならお姉様の方がずっとお似合いなんじゃ……」
「うるさいな、どういう意味だ!?」
「わっ、怒らないでよ狼のお姉ちゃん」
「私はお前のお姉ちゃんじゃない!」
アランそっちのけでソフィアと言い合いを始めるジゼル。そこへクロエがクスリと笑ってから待ったをかけた。
「まあまあ、そう焦らないでくださいな……。アランさん、話しても構いませんか? 私たちのなれ初め……」
「……いや、俺が話す」
クロエの提案を、アランは重い口調で断る。そして気がかりそうに見つめる隣のジゼルを一瞥してから語り出した。
「……数年前まで、俺はここから離れた田舎町にいた。そこにも色街があってな、孤児院を出て仕事を探してた俺は、そこに潜り込んだ」
「…………」
「娼館の下働きを転々としてさ……。あんまりいい仕事とは思わなかったが、親もいない俺を雇ってくれる場所なんてなかなか無くて、ズルズルその街に居続けたんだ」
アランはそこでクロエの方を見て、こう続ける。
「そこでさ……たまたま見かけたんだ、コイツの事。全身が真っ白な珍しい体質でさ。"幸運を呼ぶ"って触れ込みで店に来たんだ」
「やっぱり覚えていらしたのね……あなたも驚いていた」
「まあ真っ白なのはともかく、美人だったからな」
クロエの顔が懐かしそうにほころぶのを見て、アランも少し笑う。それを横目に見てジゼルが面白くなさそうに言った。
「それで? ただ会っただけならわざわざ会おうなんて思わないだろ。とっとと続きを話せ」
「おやおや~? 不機嫌そうだね、狼のお姉ちゃん。なんか気になる?」
「やかましい! 私はジゼルだ! お姉ちゃんなんて呼ぶな!」
「……まあ落ち着け。ちゃんと話すから」
煽るソフィアに反発するジゼル。そんな二人をなだめ、アランは少しだけ目を閉じてからこう言った。
「クロエが店で働くうち、その白い肌が評判になってな。王都に行かせようって話が持ち上がったらしいんだ。王都ってのは国王様のお膝元で客もライバルも多いが……コイツならいけるだろうってな」
「一応は出世……なのか?」
「まさか。実際に食っていけるかなんて誰も気にしてない。道具あつかいさ。店はクロエを売り飛ばして大金を受け取る手筈だった」
アランと、それからクロエの顔色が暗くなる。アランは顔を険しくしてまた口を開く。
「だから……俺はクロエに逃げないかと持ちかけた。店の連中の隙をついて、人の少ない時間帯に裏口から逃がしたんだ」
「お前は一緒に行かなかったのか?」
「俺までついて行ったらごまかす役がいなくなるだろ。知らん顔して、関係ない場所に店の連中を誘導したりして、ギリギリなんとかしたんだ」
ジゼルの問いに、アランは悔しげな口調で答えた。それを聞いたクロエが、ふっと悲しそうな顔をする。
「理屈は分かりますが……辛かったですわ。誰かに見つからないかと不安で、一人ぼっちで……」
「わーひどーい。女の子をほっとくなんて冷たーい。サイテー」
「…………」
ソフィアまで便乗して罵ってくるのを、アランは黙って聞いていた。彼自身、不安にさせた事に負い目があるのだろうか。
そんなアランの様子を気にしてか、ジゼルは話の続きをうながす。
「で、それからはどうしたんだよ」
「結局、その店からは俺も逃げた。一時の衝動で稼ぎ頭を逃がしたなんてバレたら、何されるか分からんからな」
「やっぱり……そうでしたのね」
アランの答えに、クロエが残念そうにつぶやく。それに思わずアランが目を向けると、ソフィアが口を開いた。
「お姉様、後からこっそりその店の様子を見に行ったんだってさ。アンタの事が気になったみたいで」
「えっ……!?」
「そしたらもういなくなってたってさ。青臭いマネしといて、中途半端なオジサンだよ」
「ソフィア。あまり悪く言ってはいけませんわ。……アランさんにも、事情があるのですから」
ソフィアをたしなめるクロエだったが、しかしその顔は明らかに曇っていた。一方、アランはといえば驚きのせいか絶句し、何も言えずにいる。それを見たソフィアは非難がましい目つきになって言った。
「考えた事なかったの? また会うかもしれないとか、居場所を気にするかもしれないとか」
「いや……あまり」
「はぁ……あきれた。お姉様、何度もこぼしてたんだよ。会えなかった人がいる。せめてお礼が言いたいって」
「…………」
ソフィアの言葉に、アランはばつが悪そうに押し黙る。悪意はないとはいえ、保身のためにクロエと会える可能性をつぶしてしまった。離ればなれの間、クロエはずっと自分の名前を覚えていたというのに。
アランはにわかに罪悪感にとらわれ、何も言えずにいた。その場に少しずつ、アランを責める空気が流れはじめる。
それにジゼルが口を出す。
「おい待てよ。話を聞いてりゃ、別に
「なんで? 冷たいじゃん」
「いや、クロエにとってはそうかもしれんが……特に責められるいわれは無いだろ」
ジゼルはそう言ってクロエの目を見つめる。クロエも反論せず、静かにうなずいた。
しかし当の本人がそうでも、ソフィアはまだなじるのを止めない。
「そんなの勝手だよ! ひどいよ、鈍感だよ! 人の気も知らないで!」
「……言いたい事は分かる。けど当時はどうしようもなかった」
「言い訳すんの? 大人のクセに!」
「しつこいぞガキンチョ! だいたい、お前は何者だ? お姉様って言ってるが、蛇とカメレオンじゃ血縁じゃないだろ?」
いら立ったジゼルがそう指摘すると、ソフィアはムッと不機嫌になる。そんな彼女にクロエは寄り添い、抱き寄せながらこう話す。
「この子は、たまたま会った孤児ですわ。娼館から逃げた後に偶然いっしょになって……生まれ故郷も言語もまるで違って、人間の言葉がないと話せないほどで」
「そんなに遠くから、孤児が?」
「ええ。だからあまり強く言わないであげてくださいまし。この子も放浪して、乱暴な言葉ばかり覚えてしまったのです」
ソフィアの頭を撫でながら、切ない口調で語るクロエ。ソフィアの方もうつむき、いじけた顔になる。
それをアランはしばし心痛めた様子で見つめていたが、小さくうなり、頭をかいてこう話し出す。
「あの……なんていうか。再会できたのは嬉しい。生きていてくれて何よりだ」
「ええ。もちろん私も」
「ただ……」
にっこりと微笑むクロエに、アランは歯切れ悪く言葉を継ぎ、ちらとジゼルの方を見る。そしてためらいがちに口を開いた。
「今はこの通り、別の仕事をしててさ……。パートナーだっているんだ。だから……」
「ええ。それは分かっていますわ」
「そ、そうか」
クロエがアッサリとうなずくのを見て、ホッと息をつくアラン。しかしクロエが次に放った一言に、彼は表情をこわばらせる。
「――理屈は、ね」
「へっ?」
アランが思わず声をあげた瞬間、クロエは素早く体を踊らせ、ジゼルへと飛びかかった。その唐突さにジゼルが動けずにいると、アランがギリギリで我に返り、体を動かす。
「危ない!」
間一髪、アランは叫びながらジゼルを突き飛ばす。よろけて飛んでいくジゼルをかすめ、アランとの間をクロエの長い胴体が一直線に地面を滑っていった。
「いててッ……」
「……あら」
尻を地面に打ちつけ、痛がるジゼルの姿を一瞥し、クロエは冷たい目をしてつぶやく。
「惜しかったですわ。完全にとらえたつもりでしたのに」
「ふざけんな! 何やってるんだお前!?」
クロエの背中に向けて怒鳴るアラン。するとクロエは顔だけ振り向き、さっきまでの笑顔が嘘のような無表情で言った。
「……好きな人が、別の人を好きになるって、なんとなく腹が立ちません?」
「いや……それは分かるがそういう問題じゃ」
「いくら言われてもどうにもなりませんわ。どうしてもやめろとおっしゃるのなら……」
クロエはぐいと体を向け、うっすらと笑って言った。
「ケンカでもしていただけませんか? 数年分の鬱憤を受け止めるつもりで」
「……なに?」
「嫌というなら、無理にでも二人きりにさせていただきますわ」
無茶な要求を、余裕ありげに突きつけるクロエ。アランが眉をしかめると、クロエの背後にいるジゼルも同じような顔をする。
すると突然、クロエに注目していたジゼルにソフィアが駆け寄り肉薄する。そして何を言う暇もなく蹴り飛ばされてしまった。
「ぐわっ!?」
尻もちをついた姿勢のままかろうじて防御するジゼル。地面を転がり顔を上げると、それを見下ろしながらソフィアがニヤついて言う。
「お姉ちゃん……ジゼルは私と遊ぼうか。お姉様の邪魔しちゃダ~メ」
「ぐっ……この」
「あはは、怖い顔~。そんなに怒らないで、鬼ごっこでもして遊ぼうよ」
ソフィアはおちょくるような態度で言い、また体を透明にしだした。露出していた顔が透けていくのを見ながら、ジゼルは小さく舌打ちする。
一方、アランはジゼルの様子を気にしつつもクロエとの対峙を余儀なくされていた。彼が剣に手をかけ、思い留まり手を離したりなどしていると、クロエがジリジリと迫りながら口を開く。
「不思議ですわね……こうして向き合うと、あのお店での日々が懐かしく思えますわ。道具や服を指定されて、やりたくもない事をして……」
そう言いながら、クロエは着ていたローブを脱ぐ。その下には、胸から股下の部分のみをおおう黒いラバースーツを身につけていた。胸元の部分は網目状になっており、豊満な膨らみを強調している。
そして手には黒の手袋をはめ、長い一本鞭を持っていた。その姿を見て、アランは後ずさりしながら軽口をたたく。
「……持ち歩いてたんだな。それ」
「貴重な衣服と武器ですもの。捨てたら足取りがバレかねませんし」
「その口調はどうだ? 役に立ってるのか?」
「言語を細かく覚え直すのって大変でしょう? 意地悪な方」
クロエは少しだけムッとした顔で言う。そしてなぜか不自然に笑顔になったかと思うと、アランに向けてうなずいて言う。
「これでも感謝はしているんですのよ。あなたのおかげでお店を辞められたのですもの」
「そうか、そりゃよかった」
「ええ。辞めてよかった事がたくさんあります。例えば……」
そう言って、クロエは持っていた鞭を掲げる。アランがそれに危険を感じた直後、クロエはポツリとつぶやいた。
「
その呪文とともに、鞭がアランの足元に打ち下ろされる。バシッ、と激しい音とともに鞭が地面に触れると、それを追いかけるようにして地面が凍りつき、細い傷跡のようなその軌跡から鋭い
目の前の魔法に冷や汗を流しながら、アランは平静をよそおってたずねる。
「……よかった事ってこれか? 確かに店の中じゃ魔法なんざ勉強できないもんな」
「ええ。でもそれだけじゃありませんわ。よかった事はもう一つ……」
アランの動揺する姿を見ながら、クロエはどこか楽しそうに鞭を手で巻いて引っ張る。ピシリと音を鳴るのを聞きながら、彼女は舌をチロリとのぞかせてこう言った。
「……手加減しなくて済みますの」
「そいつは何よりだ」
アランは苦笑いしながら、自身の体に寒気が走るのを感じていた。