獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼は昔の知り合いと再会する 後編

 

「クソ、無理筋な因縁もあったもんだ……!」

 

 貧民窟の一角で、ジゼルは舌打ちまじりにつぶやいた。

 

 その日の午前中、アランとジゼルは謎の獣人らしき影が身辺をうかがっているのを知らされ、その尻尾をつかもうとするうちにこの場に誘き出された。

 その謎の獣人は二人組。そのうち一人がジゼルを見つめている。

 

「そんな怖い顔しないでよー。ちょっと遊んでくれるだけでいいのにさ」

 

「……不思議だな。透けていてもムカつく顔が想像できる」

 

「えー、ムカつくなんてひどーい。お姉様はいつも可愛いって言ってくれるのに」

 

 ジゼルの目の前でおどける獣人の少女。しかしその姿は異様なものだった。黒いローブを肩からすっぽりと被り、顔を露出させている……はずなのだが、その顔の部分が透明になったかのように、何も見えない。

 ソフィアと名乗るカメレオンの獣人の少女。彼女が、ジゼルたちをここまでおびき寄せた張本人である。ジゼルの背後では、少し離れた場所でソフィアの"お姉様"とアランが争う音が響いてくる。

 

 ジゼルは観念してカギ爪を装備する。それを見届けたらしいソフィアは、不意にローブをバサリと脱ぎ捨てた。

 

「じゃ、なるべく長く遊ぼうか!」

 

 そう言ったソフィアは全身がまるっきり透明になり、両手に持ったククリナイフが鋭く光っていた。浮き上がったような奇妙な姿のククリを見て、ジゼルはふとたずねる。

 

「……ソフィア。お前、服は?」

 

「ん~なに?」

 

「いや……わざわさ脱ぐって事は、服はまさか透明にできないのかなって」

 

「…………」

 

 ジゼルの問いに、ソフィアはしばし沈黙する。それからある一言とともにジゼルへ急接近しだした。

 

「もー! エッチ!」

 

「うわっ!」

 

 おどけたような言葉と一緒に、風を切るようにククリがジゼルの体をかすめる。間一髪よけ、ジゼルは距離をとりながら怒鳴った。

 

「な、何すんだ! つかマジで全裸なのか!」

 

「ダメじゃん、野暮な事言っちゃ~。戦いの最中なんだから」

 

 ククリをぷらぷら振りながら笑うソフィア。ジゼルが呆れたようにそれを凝視していると、ソフィアはからかうように言う。

 

「ま、命までは取らないからさ。せいぜい逃げ回ってみせてよ。あ、それとも触ってみたい?」

 

「ふざけんな! ガキのおふざけに付き合ってられるか!」

 

「じゃ、なんとかしてみたら? できるならさ!」

 

 ソフィアの声とともに、またククリが振りかざされる。ジゼルはとっさに身構えながら、視界のすみでもう一人の獣人と相対しているアランの方を見た。

 

 

――

 

 

「にぎやかですわね。向こうは」

 

 ジゼルとソフィアが争うのをちらと見て、クロエが薄く笑いながらつぶやく。それを数メートル離れて見つめながら、アランは言った。

 

「のんきなヤツだな……。ソフィアがケガとかしても知らないぞ」

 

「あら、ケガさせるような女性と付き合っていますの?」

 

「そりゃ殺しにはいかないだろうが、万が一ってのがある。ジゼルのヤツは怒ると怖いぜ」

 

「なら……アランさんの決断いかんでどうにかなるかもしれませんわよ」

 

 クロエはそう言って、ジリジリとアランへ近づく。アランは身構えながら、そっと周囲を見た。

 

 辺りに氷の塊が水晶のように飛び出し、大岩のごとくアランの周りを取り囲んでいる。キラキラと光るそれらに視線を泳がせていると、クロエが不意に持っていた一本鞭を振り下ろした。

 

氷の花(アイス・フラワー)!」

 

 呪文とともにアランの足元に鞭が打たれる。するとガラスがくだけるような音とともにその場所にひとりでに氷が噴き出し、透き通った氷の花が咲き乱れる。

 そのクロエの魔法を見て、アランは息をのむ。辺りを氷で埋め尽くした犯人、クロエ。その目を見据え、アランは真剣な口調で言う。

 

「決断てのは何だ? 俺がジゼルと付き合っているのが気に食わないんだろ?」

 

 そう、そもそもの発端……元凶はクロエだった。数年前に、色街での縁でアランに恋したらしい彼女が、たまたま一緒になったソフィアと組んでこの場にアランとジゼルをおびき寄せた。そしてアランがすでに別の女性と付き合っていたと知ったクロエは鞭を振って八つ当たりしだしたというワケである。

 俺にどうしろと言うんだ、という目でにらむアラン。するとクロエはわざとらしくアゴに指を当て、思案しているかのように話す。

 

「うーん……最初は気の済むまでアランさんに当たり散らしたいと思ったのですけれど」

 

「サラッとすごい事言うなぁ」

 

「次善策として、今からでも私に乗り換えるとおっしゃってくだされば……ソフィアの遊びもやめさせますわ。元々、私が鬱憤を晴らしたかっただけですもの」

 

「…………」

 

 あっけらかんと白状するクロエに、アランはげんなりした視線を向ける。それに気づくとクロエはパッと作り笑いをして蛇の体をゆすり、返事を催促してくる。

 

「賢明な判断をオススメいたしますわ。海の向こうでは、長いモノには巻かれろということわざが……」

 

「いや長いモノってそういう事じゃないと思う」

 

「それでお返事は?」

 

「あのなぁ……」

 

 アランはいら立った様子で口を開きかけ、それからため息一つついてクロエに言う。

 

「……お前、それで俺が『じゃあクロエの方が好きだ!』とか言い出したら、嬉しいか?」

 

「あ、それは……」

 

「ンな洗脳催眠みたいな事を言っても、何の解決にもならんだろ。無理なもんは無理だ」

 

「なら……私を想う気持ちは、カケラもありませんの!?」

 

「無いとは言わんが、それはそれ! これはこれだ!」

 

 クロエはショックを受けた表情になるが、アランはそれでもキッパリと提案をはねつけた。クロエが押し黙ると、二人の間に沈黙が流れる。

 アランはその様子を、腰の剣に触れもせずジッと見ていた。クロエは鞭を持ったまま意気消沈していたが、やがてキッとアランを見る。

 そして、言った。

 

「なら、仕方ありませんわね」

 

 その一言とともに、彼女はまた鞭を振り回しはじめた。今度は魔法を使わない、力任せの連打である。近くの氷が叩き割られ、アランは思わず飛びのく。

 

「最初の予定通り! 八つ当たりさせていただきますわ!!」

 

「おい待て! そんな事して何の意味がある!?」

 

「八つ当たりに意味なんてありませんわ! 私がスッキリ出来ればそれでいいんですのよ! キイイィィーーッ!!」

 

(まずい……こりゃ何言ってもヤブヘビだぜ)

 

 すっかり冷静さを失ったクロエに、アランは内心で頭をかかえる。幾度となく体のあちこちを掠める鞭を避けつつ、周りで氷が砕けるやかましい音を聞きながら、彼はどうしたらこの窮地を乗り越えられるのか、必死に頭を回転させていた。

 ジゼルを見ればいまだに透明な相手に慣れず苦戦している。とにかくクロエの方だけでもなんとかしなければ……! と考え、アランは彼女の前に両手の平を突き出す。

 

「悪く思うなよ! 放で(スパー)……!」

 

 呪文をとなえようとするアラン。しかしそれを察知したクロエは鎌首……もとい上半身をくねらせて噛みつくようにアランへ肉薄する。とっさにアランは横によけ、地面に転がった。

 

「ぐあっ!」

 

 よけたアランの後ろで、クロエが体を掠めた壁の一部がくずれる。クロエは振り返りざま、舌をチロリをのぞかせて言った。

 

「危ない危ない……さすがに正面から魔法を食らうワケにいきませんからね」

 

「ったく……いいかげん無意味な争いはやめてもらえねえかな」

 

「もう、気持ちというものは無意味であっても引きずってしまうものじゃありませんの? せめてもう三日くらいはこのまま……」

 

「長いわ!」

 

「ええい、拒否権は与えませんわ! もう二度と会えないかも知れませんもの!」

 

「だぁーっ! もうどうすればいいんだ!?」

 

 鞭を再び避けながら、アランは先ほどの突進を思い返す。どうにかかわせたが、逆に言えばかわすのがやっとだった。このまま一対一ではじり貧だ。少なくとも自分では。

 自分では……。

 

「あ!」

 

 その時、アランの頭にある妙手が浮かぶ。もしかしたら、という逆転の一手。

 直後、アランは今まさに、すぐ近くでソフィアに襲われているジゼルの方へと駆け出した。

 

「ジゼルーッ!」

 

「! 逃がしませんわ!」

 

 背を向けたアランを、クロエが体をひねり猛然と追いかける。声に気づいて視線を向けたジゼルが、ハッと息をのむ。

 その視界に映ったのは、今まさにクロエに飛びかかられそうになっているアランの姿だった。間髪入れず、クロエがアランに向かって勢いよく迫った。

 

「うわっ!!」

 

 直感のおかげか、アランはとっさに横に飛んで避ける。それにつられてクロエの視線が一瞬だけ横にずれた。その時。

 

「ぎゃふっ!?」

 

 クロエの口から甲高い悲鳴がもれる。彼女が目を白黒させると、いつの間にか目の前にはジゼルがいた。

 ジゼルに一瞬で蹴飛ばされたのだと、クロエはその刹那に理解した。空中で腰をひねったジゼルの姿が、視界の中でゆっくりと遠くなっていく。

 

 まさか、声をかけたその一瞬でアランの意図を読み取り、体が動いたのか。クロエがスローになっている意識の中で驚いていると、アランも立ち上がり、ジゼルの背をかばうようにして回り込んで、呪文をとなえた。

 

放電(スパーク)!!」

 

「ぎゃんっ!?」

 

 広範囲に電撃が広がり、今度はソフィアが悲鳴をあげる。透明になっていたソフィアの姿が電流で影となって浮かび上がる。

 

「おっと……ラッキー。当たった」

 

「おい、手加減しとけよ。なんたってまだ子供なんだから」

 

「分かってるよ。お前は匂いで居場所を教えてくれ!」

 

「……ったく、分かったよ」

 

 クロエはかぶりを振って我に返り、目の前のアランとジゼルをにらむ。すると何やらジゼルが立て続けに背後のアランへ指示らしきものを送っていた。

 

「えー、じゃあみ……いやお前から見て左!」

 

「こっちか!?」

 

「きゃぅっ!?」

 

「今度は……右だな!」

 

「ほれ!」

 

「いぎゃあっ!!」

 

「次は正面から!」

 

「そらっ!」

 

「いやぁ!」

 

 ジゼルが飛ばす指示に合わせ、アランが電撃を放つ。そのたびにソフィアは電流の範囲に引っかかり、近づけずにいた。

 

「ははっ! 接近させなきゃ楽勝だなこりゃ!」

 

「くっ……」

 

「ほれ、もうコソコソすんのはやめて、姿を見せたらどうだ~?」

 

「いや、今の姿は見ない方がいいぞ」

 

「え、そうなのか?」

 

 余裕ができたのか、アランたちは気の抜けた会話をしはじめる。それがカンにさわったクロエは、またジゼルに向けて突進をかける。

 しかし。

 

「おっと!」

 

「きゃあっ!」

 

 ジゼルがカウンターの膝蹴りを入れ、クロエはつんのめって後ろへのけぞる。クロエは鼻を押さえて涙ながらに言った。

 

「く……女性の顔を蹴るだなんて」

 

「おい左! ……仕方ないだろ。急に来られたら体が動くんだよ」

 

 泣きそうなクロエに、ぶっきらぼうに言い返すジゼル。アランは相変わらずソフィアを近寄らせまいと魔法を連発している。

 ……そうしてしばし経った頃。

 

「……くぅ……このぉ」

 

「ん?」

 

 先ほどまで電撃をあびた時にしか見えなかったソフィアの姿が、すぅっと色がにじむようにして姿を現しだす。そして間もなく、短い黒髪のポニーテールを揺らしてその場にへたりこんでしまった。

 

「っ見るな!」

 

「え、わっ!?」

 

 何も着ずに倒れているソフィアの姿をちらと見て、ジゼルがとっさに後ろから両手でアランに目隠しする。戸惑うアランへ、ジゼルは耳もとで怒鳴った。

 

「ちょい、どうしたんだよ。見えねえ……」

 

「うっせ! 少し黙ってろ!」

 

 すぐそばのクロエを放っておいて、ジゼルは必死にソフィアの名誉を守ろうとする。それを見てクロエはしばし呆気にとられ、それからため息をついて動き出した。

 ズルズルと体をひきずり、アランとジゼルを迂回してソフィアのもとへ寄り添う。そしてソフィアを抱き上げ、そっと呼びかけた。

 

「ソフィア……ソフィア」

 

「んむ……お姉様?」

 

「よかった……無理をさせてしまいましたわね」

 

 ソフィアが目を開けると、クロエはホッと表情をやわらげる。するとそこへバサリと二人の着ていた黒いローブが投げられた。クロエが見ると、投げた主の方向にはジゼルがいた。

 

「それ着せておけ。そろそろ冷えてくるぞ」

 

「…………」

 

 ジゼルの忠告に、クロエはじろりと視線のみを返す。それから腕の中のソフィアへ、後悔したようにこうつぶやいた。

 

「はしゃぎすぎも考えものですわね……ただでさえ別の血がまじっていますのに」

 

「……なに?」

 

 小さな一言にアランが眉をひそめる。するとソフィアが顔を上げ、クロエへ非難めいた声をあげた。

 

「……お姉様、その話はよしてって」

 

「あ、ごめんなさい……!」

 

 とげとげしい声に、クロエは口に手を当ててあわてて謝罪する。それをよそに、ソフィアがアランたちの方をにらむと、今までとは打って変わった、真に迫った口調で言った。

 

「二人とも……あんまりいつまでもお気楽でいない方がいいよ」

 

「どういう意味だよ」

 

「人間と獣人が一緒にいたって……いつか……」

 

 ジゼルが問うが、ソフィアの答えは少しずつか細くなっていった。そして力尽きたのか、かくんとクロエの胸に寄りかかった。

 それを見届け、クロエはアランたちを見つめて口を開く。

 

「……今回は引き下がります。けど、まだお二人を認めたワケではありませんから」

 

 そう言って、クロエはソフィアとともに建物の陰に消えていった。アランとジゼルは、なんとも言えない顔でそれを見つめていた。

 

「はぁ……なんだってんだ一体」

 

 しばらくして、ジゼルがやれやれとため息をついてアランを見る。見られたアランは肩をすくめて笑った。

 

「まあ、俺に非がないのは分かっただろ? とりあえずケガもなくてよかったじゃないか」

 

「そりゃ、非はないけどさ……面倒な事になったなぁ」

 

 うんざりした様子のジゼル。そんな彼女の肩をたたき、アランは明るい調子で言った。

 

「大丈夫。アイツら、なんだかんだそんなに酷い事はしねえよ。なんとなく分かる」

 

「アテになるのか? 私は切りつけられそうでヒヤヒヤしたぜ」

 

「大丈夫だって。俺だってこの通り無傷だ。それに……」

 

 アランはいったん言葉を切り、ジゼルの目を間近に見て言った。

 

「いざとなったら、俺がお前の事を守る。心配すんな」

 

「……よく言うぜ」

 

 アランの宣言を軽く流し、ジゼルはさっさと背を向けて歩き出す。それに苦笑いし、アランも後を追って帰路についた。

 時刻はすでに夕方にさしかかり、西に低く傾いた太陽が、赤く光りはじめていた。

 

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