獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らはかくして依頼に取りかかる

「あ、ほら。目的の村が見えてきましたよ」

 

「お、やっとか……。いやー、今日ばかりは荷物ともお別れだ」

 

「仕事の前からへばってんじゃねえよ」

 

「まあ二日も歩いていたからのう」

 

 冷たいからっ風が吹く午前中。それぞれ背中に大きな荷物を背負ったアラン、ジゼル、そしてダニエル、ルナの一行はうっそうとした森を抜け、前方の一帯を見て安堵の息を吐いた。

 

 彼らの暮らすルベーマ市から歩いて二日の距離にある小さな村。ここが今回、彼らが依頼を受けた場所である。

 木の柵に囲まれ、二十ほどの家々と畑と牧場がポツポツと点在するそこを見て、ダニエルが依頼書を取り出す。

 

「ラト村……ここで間違いないでしょう。話ではゴブリンの被害にあっているとか」

 

「ここがねぇ。のどかな風に見えるけどな」

 

 村の姿を遠目に見ながら、アランはつぶやいた。村の中では人々が薪を割り、家畜の世話をし、大人も子供もかいがいしく働いているのが見える。

 それをのんびりと見つめている彼をジゼルが追い抜き、振り向きざまに言う。

 

「本当に平和だったら何よりだぜ。私らはまた二日かけて、手ぶらで帰るワケだ」

 

「それ嫌じゃな~。陽の光をあびて歩くのはつらいんじゃ」

 

 ルナはそう言って笑いながら、日よけにかぶっていたフードを取って天をあおぐ。二つ結びの金髪をきらめかせながら太陽を見つめ、「ぐわー」とわざとらしくうめいて遊んでいる。

 そんな彼女の前に進み出て、ダニエルがこう促した。

 

「ほら、とにかく急ぎましょう。村の人にあいさつも要りますし、準備もしないと」

 

 その一言に、一行はゆっくりとまた歩き出す。アランがふと横目に見ると、ジゼルが尻尾を左右に振り、それをルナがタッチして遊んでいる姿が見えた。

 

――

 

「……で、ここがゴブリンに荒らされている畑というわけか」

 

「そうなんです、毎晩毎晩……。一時は囲いも設置したのですが、効果がなくて……」

 

 しばらくして、アランたちはそろって村の入り口に一番近い畑のそばに立っていた。隣では年配の村長夫妻が心配そうに立っている。

 彼らの前に広がるのはキャベツ畑。よく耕された黒土ではあるが、そこにあったキャベツは根から掘り起こされ、あるいは無惨に外側をむしり取られ、足あとだらけになってさんざんな姿だった。周囲には害獣よけもかねてか1メートルほどの扉つきの柵がもうけられていたが、一部が折られ、破壊されていた。

 

 疲れきった様子の村長夫妻を一目みて、アランがつぶやく。

 

「……やっぱり、ただの動物じゃないな」

 

「ええ。動物なら丸ごと持ち去るなんてマネはしない」

 

 ダニエルも真面目な顔でうなずく。するとアランは村長に向けて問うた。

 

「村長さん。ゴブリンは森から来たって事でいいんだよな?」

 

「ええ……村のすぐ近く。雨上がりなどには足跡もあったんですが、なんせ危険なもので」

 

 村長は村を囲っている柵の向こう、深い森を指さした。そこから村までの茂みに足跡は見当たらなかったが、通るためか柵の一部が壊されている。

 居場所の見当がありながら手を出せないのが悔しいのか、村長夫妻はがっくりとうなだれた。するとジゼルが夫妻へ振り向き、腰に手を当てて言った。

 

「まあそう落ち込むなよ。人間のナワバリには興味ねーけど、こちとら仕事だからな」

 

「ああ、お主らは大船に乗ったつもりで待っていると良い」

 

 ルナもふんと鼻をならして呼応する。夫妻が表情をやわらげるのを見て、ダニエルが荷物を地面におろし、中身をあけた。

 

「では、夜までにできる事をしておきますか」

 

「おう、重たい思いをしたかいがあったぜ」

 

 ダニエルは鞄から長いロープを何本も取り出した。そして小さなナイフ。いよいよ本番が近いと察し、アランは夫妻を帰らせる。するとダニエルは周囲にむけて言った。

 

「では、こちらは道中で言った"ワナ"を準備しておきます。ルナ、念のため周りに怪しい場所がないか見ておいてください」

 

「分かっておる。そちらも怠けるなよ」

 

 ルナはにやりと笑い、着ていたローブをぬぐ。するとチェーンメイルに包まれた華奢な体があらわれ、続いて背中にばさりと黒く大きな布のようなものがあらわれた。

 それを見て、アランとジゼルが感嘆の声をあげる。

 

「おぉ……これってもしかして」

 

「はっはっは、これがワシの翼じゃ。見ていろ、我が美しき飛翔を!」

 

 ルナはそう言って、体を包めるほどの巨大な翼をばさりと広げる。そして周囲の土をまきあげ、あっという間に上空に飛んでいった。

 

「うひゃっ……もう遠くなったよ」

 

「ああすれば空から森の全体像をつかめます。何かひそむような場所があればすぐ見つかるはずです」

 

「へ~、そりゃ便利だな」

 

 獣人が空を飛ぶ姿にアランは感心した声をあげる。そして同じように空を見つめているジゼルに気付き、自分もあわてて表情を引きしめて言った。

 

「えーとジゼル。ちょっと村から森までにゴブリンの匂いが残ってないか確認してくれ。なるべく正確なルートが知りたい」

 

「……あいよ、お前もサボるなよ?」

 

 そう釘をさし、ジゼルは目の前の地面から丹念に探りはじめる。それを確認してから、アランはダニエルと向かい合って地面に座った。ダニエルはロープをかけ合わせて結び、網状のものをつくっている。ゴブリンをつかまえる網であろうか。

 

「悪いな。普段からこういう準備とか、あまりしてなかったから」

 

「気にしていませんよ。そういうスタイルの人のが多いですから」

 

 ダニエルはクスリと笑っただけで、たんたんとロープを結び続ける。アランもロープを手に取り手伝うが、しかしその時ふと、ダニエルの顔色がくもる。

 

「……アランさん」

 

「ど、どうした?」

 

「これは、僕の杞憂かもしれないんですが……」

 

 深刻な表情になったダニエルを、アランはしげしげと見つめる。しばしの沈黙の後、ダニエルは言った。

 

「オーク……って知っていますか」

 

「ああ。ゴブリンが大きくなったようなヤツだろ」

 

「それです。ゴブリンを従える場合もある、凶暴な輩です」

 

 オークというのは、ゴブリンと同じく魔物の一種である。ゴブリンと似た緑色の肌に、人の2倍ほどの背丈をもち、肥満体で腕力に長ける……というのがお決まりの姿であった。数は少ないものの、そのパワーからゴブリンを手下にする例もある。

 ダニエルはいったん手を休め、アランに弱々しく打ち明ける。

 

「僕ら……さいわいというか、オークに出会った事がないんです。だからその、ちょっと不安で……」

 

「……そっか」

 

「正直に言うと……怖いんです。こうして入念に対策をするのも、元はといえば、不安だからでして……」

 

 不安げに目を伏せるダニエルを見て、アランは神妙な顔でうなずいた。情けないとは思わない。元から命がけの仕事であり、どんなランクの冒険者でも怖いものは怖いだろう。ダニエルのように慎重なタイプならなおさらだ。

 ……というより、ジゼルにも言われるように自分がのんきなのかもしれない。そう思いながらも、アランは作業を進めつつ口を開いた。

 

「……以前、俺が冒険者になる前な。職場に一人、嫌な先輩がいたんだよ」

 

「え?」

 

「そいつは、ちょっと後ろ暗い店での見張り役みたいな立場だった。ガタイがでかくて腹が出て、まんまオークみたいなの。そいつが毎日、下働きに嫌みを言ってくんの」

 

「は、はぁ……」

 

 話の流れが見えず、生返事するダニエル。するとアランはふと調子を変える。

 

「けどある日、そいつのやっているイジメに我慢ならなくてな……ケンカになった時があったんだ」

 

「上司を頼ったりとかは……」

 

「今思えば、そうすべきだったかもな。けど、その時は俺も青二才だ。後先を考えずに突っ込んじまった。そんでどうなったと思う?」

 

「どう、って……」

 

 その先の展開、そこでアランの言いたい事が分かると察し、ダニエルはつい答えを待った。アランは一つうなずき、おかしげに笑って言った。

 

「思いっきり脚を蹴ってやったら、それがスネに当たったみたいでよ……。それだけで悶絶してやがった」

 

「たまたま勝てた……ですか?」

 

「まあな。だが最初に飛び出していなきゃ、そのラッキーも掴めなかったろう」

 

 しみじみとした口調で言いながら、アランは作業を再開する。そして目は手元に向けたまま、落ち着いた声で付け加えた。

 

「慎重な賢者ってのは有能だ。そりゃ間違いない。だが、いざって時には勇気も必要さ。馬鹿みたいな選択でもな」

 

「馬鹿って……もう、アランさん」

 

「なんだよ、俺の事だなんて言ってないぞ?」

 

「あっ……よ、よしてくださいよ、からかうの!」

 

「ははは、すまんすまん」

 

 笑って手を振ってから、アランは視線を村の外へ向ける。その先ではジゼルが、森のすぐそばでルナと合流して何かを話し合っていた。

 

「……オークとかの強い奴がいるなら、ジゼルが匂いをつかむだろうさ。今は対策に集中しようぜ」

 

「はい!」

 

 気を取り直し、ダニエルもアランと同じ場所を見る。パートナーを信じ、頼りにしているのが分かる視線だった。

 

――

 

ニンゲンシャカイにクるマエからな、人間社会に来る前からな、 ワシはムラでイチバンのカリュウドだったんじゃぞワシは村で一番の狩人だったんじゃぞ

 

ホントウかぁ~?本当かぁ~? なんかウソくせーななんかウソくせーな

 

ウソじゃナいわい!ウソじゃ無いわい! コンド、ショウコをくれてやる。今度、証拠をくれてやる。 ウサギでつくったテブクロがアマっとるんじゃ兎でつくった手袋が余っとるんじゃ

 

キモチだけでいいよ。気持ちだけでいいよ。 ワタシはツメがブキなんだから私は爪が武器なんだから

 

 ……一方その頃、ジゼルとルナはといえば、二人で依頼と全く関係のないおしゃべりに興じていた。人間には通じない獣人の言語でもって、実に開放的に言葉をかわしている。

 

あーあ、ワがシュゾクにモジがあればなー。あーあ、我が種族に文字があればなー。 カりのメイシュとしてマチガいなくキロクにノコっておったろうになー。狩りの名手として間違いなく記録に残っておったろうになー。 ザンネンじゃなー。残念じゃなー。

 

え、おマエんとこモジないの?え、お前んとこ文字ないの?

 

ナい。無い。 ワレらはもともとクラいバショをコノむからな。我らはもともと暗い場所を好むからな。 そんなバショじゃ、モジなぞハッテンせんそんな場所じゃ、文字なぞ発展せん

 

ふーん……。ふーん……。 タイヘンそうだな大変そうだな

 

アたりマエじゃ。当たり前じゃ。 いまだにニンゲンのコトバがいまだに人間の言葉が "Luna(ルナ)" しかカけんしか書けん

 

あーそれワタシもだ。あーそれ私もだ。 "Gisele(ジゼル)" くらいしかカけないくらいしか書けない

 

 愚痴をこぼしながら、二人はアランたちのもとへ戻ってくる。ダニエルが立ちあがり、二人にたずねた。

 

「お疲れ様です。何か分かりましたか?」

 

 その言葉に、ルナがまず誇らしげに答える。

 

「ああ。森の中ほどに一つ、洞窟のようなものがあった。夜に後を追えば、そこが住みかかハッキリする」

 

「という事は、狭い空間も想定すべきか……」

 

「ジゼルの方は? 変わった事あったか?」

 

 考え込むダニエルと入れ代わりに、アランがたずねる。ジゼルはしばし鼻をこすって考えた後、眉をしかめて言う。

 

「そういや……ゴブリンの匂いのほかに、かすかに別の匂いがした気がするな。なんか、似てるけどもっと濃いというか」

 

「……別の、匂い」

 

 ジゼルの答えに、ダニエルがはっとする。そしてアランと顔を見合せ、低い声でつぶやいた。

 

「……オークでしょうか」

 

「かもな」

 

「オーク?」

 

 その名前を聞き、ジゼルとルナも表情をピリつかせる。そしてルナがローブを拾いあげ、真面目な声で言った。

 

「……すまんが少し眠らせてくれ。夜行性のカンを戻しておきたい」

 

「じゃ、私はその"ワナ"づくりでも手伝うよ。三人でやれば早く終わるだろ」

 

「感謝します。でも……」

 

 ダニエルは礼を言ってから、ふと遠慮がちに笑いながらちらと結んでいる縄を見る。

 

「……できれば、もう少し丁寧にやっていただけると……」

 

「……あ」

 

 ダニエルの視線を追い、アランは思わず声をもらした。縄の結び目が、ダニエルのはきちんと固く網の目も均等に結ばれているのに対し、アランのは結び目にすき間があき、網の目もゆがんでいる。

 それを見て気まずそうに笑うアランの横で、ジゼルはなぜか同じような顔をしつつ、それでも隣に勢いよく座る。

 

「お、おう見てろ! コイツよりはマシにできるから! まずここをこうしてだな……」

 

「ジゼルさん、それじゃ絡まってるだけですよ。いったんほどいて」

 

「お前もそんな器用じゃないだろ。もう教えてもらおうぜ」

 

「あーもう、うるせぇ! 少し集中させろ!」

 

 ……毎晩、ゴブリンの被害にあうという村。

 彼らがさわいでいる間にも、太陽は夜に向かって少しずつ動き続けていた。

 

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