獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
曇り空に雪がちらつき、冷えた土がうっすら白く染まっている。季節が冬に近づくにつれ、人は自然と出歩くのをひかえるようになる。
街と街を結ぶその細い林道も、時期によっては荷物や人を運ぶ馬車の姿が見られるのだが、今は車輪の跡すらない寂しい風景となっている。
その細い未舗装の道を、何人かの人影が連れ立って歩いていた。それぞれが鎧や武器を身につけ、白い息を吐きながら歩いている。
その一行には人間の他に、獣の耳やイカの足を備えた獣人の女性らがいた。そう、アランたちである。隣を歩くのがジゼル、そして後ろにイカの獣人リリィ、そしてそのパートナーのケネスが続く。
鼻水が垂れるのを気にしながら先頭を歩くアラン。その背中に、ケネスが声をかけた。
「あの……アランさん」
「んー?」
背中にハープを携えた楽士風の男、ケネスは気弱そうに言う。寒さのせいかいつものシャツの上にコートを着込み、手袋をしている。
振り向いたアランへ、彼は何やら後ろをうかがいながら言った。
「あのお二人は……連れてきて大丈夫なんですか? 部外者なのでは……」
「ああ、大丈夫だって。俺の知り合いだから」
アランは手を振って軽く答える。するとケネスはなおも気がかりそうに、一緒に歩いているジゼルやリリィの顔をうかがい、また後ろを見た。
そこにいるのは、黒いローブを着て後をついてくる二人組がいた。一人は白い蛇のような下半身を持つ獣人の女性。そしてもう一人がフードの中から緑色のウロコが見え隠れする少女。クロエとソフィアである。
先日、これから先もアランたちの仕事についてくると決めた二人。しかしアランとジゼルが二人を放っておいているのに対し、ケネスとリリィはうっすら警戒しているようだった。
黙々と歩いていたリリィも、クロエたちを一瞥して口を開く。
「ここまで来ちゃったら仕方ないけど……危険はないのよね?」
「気にすんな。仲間が増えたと思えばいい」
「のんきなヤツめ。お前の因縁でこうなってんだぞ」
「な、なんかジゼルさんはお気に召さないようですが……」
平気そうでいるアランに対し、ジゼルは横からトゲのある言葉をぶつける。その対照的な態度にケネスが少し困惑する。
それをよそに、アランは立ち止まって仲間たちを見回すとこんな事を言った。
「ところで、今回の目的地はどの辺だっけ? まだかなりかかるよな?」
「やれやれ、今朝に確認して出てきたばっかりだろ……」
ため息をつくジゼル。それをアランは笑ってごまかし、懐から依頼書を出して広げる。
「えーとだな……『ゲロス村の海賊たちの捕縛』だとさ。魔物じゃないから楽そうだ」
「海賊……海の近くですよね?」
「そうらしい。この依頼書によれば、村の近くの海沿いで賊がたびたび暴れるんだって」
紙につく雪を払いながら、アランは答える。すると皆が依頼書を見ながら首をかしげた。
「けど、海ってなると遠いよなぁ。今までも他の村は見てきたけど、海は記憶にないぜ」
「なんだって僕らの街に依頼を出したんでしょう? もっと近場に頼めばよかったのに」
「小さい村らしいからなぁ。最寄りで冒険者なんぞ呼べる場所が、そもそもこっちしか無かったんじゃないか」
「けっこうな田舎ってワケだな」
依頼書を輪になって見ながら話す四人。そこにクロエとソフィアが追いついた。
ソフィアがフードを取り、寒さに赤らんだ顔に小憎たらしい笑みをうかべて言う。
「なーにモタモタしてんのー? 道にでも迷った?」
「ああ違う。依頼内容を確認してただけだ」
「へーぇ、まあ私らは元から仕事なんて受けてないし、どーでもいいんだけど」
ソフィアはわざとらしく肩をすくめる。そのしぐさにアランは愛想笑いし、ジゼルやリリィは白けた顔をしていた。ケネスはそれらを見回し、ただ困った顔をしていた。
そこへ、ソフィアの隣にいたクロエが言った。
「ソフィア。初対面の人もいるのですから、からかってはいけませんわ」
「知らなーい。私はいつも通りにするだけだし」
「こら、いい加減になさい」
「ふーんだ」
ケラケラ笑うソフィア。しかし目の前で始まったその言い争いに、ケネスが気まずそうにしながらあわてて言った。
「そう言えば、お二人……クロエさんにソフィアさんは、どうやって街の外に? 門を出る時はいませんでしたよね?」
「壁を伝って勝手に出ましたわ。私たちは冒険者ではありませんし」
「外に出ちゃえば何とでもなるよ」
「そういう……ものですか」
ケネスは小さくうなずいて、サッと背を向ける。そして早足に移動を再開した。
その背中を見ながらソフィアがつぶやく。
「なんか、興味なさそうだね」
「そ、そんな事ないですよ?」
「目ぇ泳いでるよ」
ぎくりと振り向くケネスへ、ソフィアは追い打ちをかける。その様子に先へ行こうとしていた周りの面々までが顔を向ける。
そこで、ソフィアが何かに気づいたように目を細めた。
「あ、もしかして"
「や、別にそんな……」
「もう口調で分かるって。いるんだよねー。周りがケンカしたり気まずくなったりするの、やたら怖がるタイプ。そんでどうでもいい事言ったりするの」
「…………」
「あー黙っちゃった。大丈夫? お話したくないなら無理しなくていいんだよ?」
ソフィアはケネスへにじり寄り、上目遣いに煽りだした。ケネスは図星を突かれたのか必死にのけぞって目をそらしていた。
その姿を見てソフィアがまた何か言いかける、とそこで、彼女の肩をリリィがつかんだ。
「その辺にして。ケネスが困ってるから」
「何よ、ご主人様の機嫌とりたいの? もしかしてコイツ繊細(笑)だったりする?」
「いいから。とりあえずやめて」
「……ふん」
リリィが冷静な口調で念を押すと、ソフィアも白けた顔になって離れた。そこで、見かねたアランやジゼルも話しかける。
「ソフィア。子供だからって許されない事もあるんだぞ」
「あんまり礼儀がなかったら友達なくすぜ」
「うるさいなー。アランたちも困った性格だって言ってたじゃない」
「えっ」
ソフィアが漏らした言葉に、ケネスがぎょっとする。それをよそにソフィアはこう続けた。
「『ちょっとアンバランスなコンビだけど、人間と獣人の関係を知る参考になる』って言われてついてきたんだよ? 私ら」
「イジメていいとは言ってない。それに、深く知るには少しくらい仲良くならなきゃ」
「私もケネスはちょっと情けないと思うが、悪いとこばっかアレコレ言ったらかわいそうだぜ」
「……はぁ、めんどくさ」
アランやジゼルにいさめられ、ソフィアはため息をついてソフィアのそばに戻った。するとケネスがコソコソとアランの方へ歩み寄る。
「……どういう事ですかアランさん。人間と獣人の関係を知るとかなんとか、僕聞いてないですよ」
「それに関してはすまん。ただ、あのソフィアってのがどうにも人間嫌いでな。知り合った手前、放っておくのも忍びなくて」
「だからって、相談もなく長丁場の仕事になんて……!」
「あ、言っとくが言い出しっぺはアランだかんな。文句はソイツに言ってくれ」
「おいおい、お前も弁護してくれよ」
詰め寄るケネスへ、ジゼルが面倒そうに言い放つ。そこへリリィが仲裁に入った。
「もう諦めなよ。どうせ勝手について来るだろうし」
「……リリィは平気なの? 事情もよく知らない初対面の人がついて来るなんて」
「アランとジゼルちゃんが何もしないなら、そこまで心配いらないでしょ。それに私たちだって武装してるんだし」
「それにしても、人間と獣人について知りたいって一体」
「おいおい聞くとしましょう。私たちに興味があるなら、キナ臭い事にはならないでしょ」
「……そう、かな」
とりあえずは頷き、口を閉じるケネス。しかし歩を進めながらも、その表情は落ち着かなかった。
リリィ、そしてアラン、ジゼルがその顔をちらと見て、三人ともだいたい同じ事を思った。つまり"初対面の相手"が苦手なのだろうと。素性の分からないゆえの警戒を差し引いても、知らない者に対してコミュニケーションを取りたがらないのがケネスという男なのだと、三人はとっくに分かっていた。
ソフィアもそれをなんとなく察したのだろう。飽きた様子でケネスから離れ、リリィの方に話しかける。
「ねえねえお姉さん」
「リリィ」
「あ、リリィか。あのさ、そこのご主人様の事どう思ってる?」
「別に主人じゃないわ。互いに持ちつ持たれつってところ」
「へぇー、なんか頼りなさそうだけど」
「そうね。でもやる時はやる子だから」
「それってたまに活躍したのが印象に残ってるだけじゃない?」
ソフィアは聞こえよがしに意地悪なセリフを発する。場の空気がかすかにピリつき、クロエも気まずい顔をする。
しかし、リリィは平気な表情で振り向き答えた。
「いい印象が残るって、人間関係で大事な事じゃない?」
「ん……それは」
「本当にヒフティ・ヒフティで貢献するなんて所詮はムチャだから。少なくとも今はいい関係だと思ってる」
そう言って頬笑むリリィに、ソフィアは戸惑いの表情を浮かべる。そこへリリィはこう続けた。
「ソフィアちゃんがなんで人間と獣人にこだわるのかは、よく知らないけど……実際に見てみた方が、分かる事もあると思うよ」
「……なんか、じれったいな」
「そう言わずに、普通について来ればいいじゃない。それこそどうせ長丁場の仕事なんだから」
そう言ってリリィは前へと向き直る。ソフィアが何か言いかけると、横からクロエがその肩を叩いた。
が振り向くと、クロエが苦笑いしつつうなずく。ソフィアはうつむき、すねたようにつぶやいた。
「いい関係って、本当かなぁ……」
そんな時、先頭の方で不意に大声が聞こえた。
「うわあっ!?」
ケネスのすっとんきょうな悲鳴。ソフィアやクロエが驚いて前を見ると、ケネスやアランの前方20メートルくらいのところに、大きな黒い動物がいるのが見えた。
体は馬の何倍も大きくずんぐりとし、高さは成人男性を軽く越えるほど。前へと突きだすようにのびる太い首と牛のような顔、そして頭のてっぺんからはトナカイを思わせる巨大な広がった形のツノがあった。
それを見て、ソフィアは息をのむ。熊よりも巨大なその動物に、思わずクロエへすがりついた。
そして、そんな彼女よりもあからさまにおびえて後ずさっていたのが、ケネスだった。
「わ、わあデッカ……な、なんですかアレ!?」
「落ち着け。ありゃヘラジカだよ」
「男のクセにビビるなよ、情けねー」
「そんな事言ったって怖くて……リリィはなんで平気なのさ?」
「んー、ケネスが怖がるのいつも見るから。私は自然と平気でいなきゃなって」
「えぇ……僕だけかっこ悪……」
三人から冷めた目で見られ、肩を落とすケネス。それを見たソフィアは内心、鼻で笑った。
なぁんだ――やっぱりロクな人間じゃないじゃないか。
しかし困った事に、例のヘラジカはソフィアふくめた一行を不審に思ったのか、のそのそと近づいてきた。六人の顔に緊張がはしる。
「…………っ!」
その時、ケネスが背中のハープを手に取り、おもむろに曲を奏ではじめた。
「
直後、暖かな風のような落ち着いた音色が鳴り響く。その音にあてられたようにヘラジカがピクリと鼻を動かした。
その様子を見て、ソフィアがクロエへささやく。
「どうしたんだろ。こんな時に楽器なんて……」
「何かの魔法でしょう。効果は分かりませんが」
「ふぅん……」
緊張した顔でクロエが言ってから、ソフィアはそっと移動し、リリィのそばに歩み寄る。そして背中をついてたずねた。
「リリィ、あれ何してるの?」
「ん? 音楽の魔法。相手の敵意を削いだり、色んな使い方ができるの」
「……あの人にそんな特技が」
ソフィアは意外そうに言い、ケネスの方へ目を移す。ケネスはヘラジカを前にして根気強く演奏を続けており、アランやジゼルも緊張してはいるものの、戦いをしかける気配はなかった。
周りの者たちはケネスを信頼している。このままいけば、ヘラジカとの衝突は避けられるかもしれない。
しかしそんな状況で、ソフィアの脳裏にふと、ある考えが浮かんだ。見るとケネスは相変わらずヘラジカから目を離せずにいる。
それを確かめると、ソフィアはニヤリと笑ってその場から飛びのいた。
「っソフィア!? どこへ行くんですの!?」
クロエが驚いて呼び止めるが、ソフィアは止まらない。くるりと背を向け、手近な茂みの中へ身を隠す。クロエがその方角を戸惑いながら見つめていると、ふと、彼女の背後で演奏が鳴りやんだ。
「……これで、大丈夫でしょう」
クロエが振り向くと、ケネスがハープを降ろしてホッと息をつく。ヘラジカは例の魔法のおかげかゆっくりとそっぽを向き、その場から動きだした。
それを見届け、アランたちも表情を和らげる。
「サンキュー、ケネス。お前こういう時には頼りになるな」
「戦わないで済むならその方がいい」
「うん。また助けられたね」
「えへへ……」
アラン、ジゼル、リリィから礼を言われ、ケネスも照れた笑いを浮かべる。
しかしその時、突然ケネスが後ろから突き飛ばされたかのように前のめりに倒れこんだ。
「うわっ!?」
叫び声とともにハープを放り出し、手と膝をつくケネス。見ていたアランたちの顔色が一転、笑みから驚きのそれに変わる。
「ケネス、どうした?」
「一人で何へたり込んでんだよ」
「どうしたの? 具合悪い?」
「あ、いえその……」
周りにこぞって心配されながら、ケネスは戸惑った目でキョロキョロと辺りを見回す。すると彼のすぐ後ろ、誰もいないと思われていた場所から声がした。
「あはははは! ビビってやんの。おもろ~!」
子供っぽく甲高い笑い声。それにジゼルが反射的に鼻を動かし、声のした場所、何も見えない
「ソフィア! お前何やってんだ!」
「え……ソフィアさん?」
「やん、バレちゃったぁ」
ジゼルが腕らしき部分をつかむと、ソフィアが一瞬だけうっすらと、舌を出した笑顔を見せる。その表情にアランがため息をついて言った。
「コイツはカメレオンの獣人でな。透明になる能力があるんだ」
「そう、なんですか……」
「便利でしょ? ケネス思いっきりビックリしてたもんねー」
「その能力、もっと有意義に使えないかしら……」
イタズラする子供そのままのソフィアの口調に、リリィは肩をすくめる。するとそこへ、クロエが割って入って声をあらげた。
「ソフィア、おやめなさい! 何を考えていますの!?」
「止めないでよお姉様。こういう予想外の事が起きた時こそ、本性が出るんだから」
「だとしても、今はそんな事をしている場合ではないでしょう」
「そんな怒らなくてもー。どうせあのデッカいのはとっくにどっか行って……」
おちゃらけた口調で受け答えしていたソフィアだったが、その言葉が不意に途切れる。その視線の向きは見えないものの、他の者たちは皆ある予感がして同じ方向を振り向いた。
そして、いまだに彼らを警戒してにらんでいるヘラジカの姿を見た。
「ひゃあっ!?」
「ソフィア、静かに!」
「やっ、お姉様そこ違っ……んんっ」
クロエはとっさに、叫んだソフィアの口を押さえようとする。が、ソフィアが透明だったために見当違いなところを触るはめになってしまった。
そうこうしているうちに、ヘラジカは騒ぐ彼女らを不快に思ってかゆっくりと近づいてくる。のんきでいたアランやジゼルもにわかに身構えた。
場に緊迫した空気が流れはじめる。そんな時。
「危ない!」
突然、ヘラジカの前にケネスが躍り出る。皆を守るように両手を広げ、ヘラジカと対峙する。
ヘラジカがギロリとケネスをにらむ。ケネスの背後にいるアランつも心配そうにその背中を見つめていた。
そんな中、ケネスはこわばった動きでハープを構えなおし、先ほどの魔法と同じ曲を奏ではじめた。
緊迫していた空気が、また少しずつやわらいでいく。時間にして一分ほどして、やっとヘラジカがぐいと体を回した。そしてゆっくりと、やれやれという動きで去っていく。
「ふぅー……」
危機が去るのを見届けると、ケネスはヘナヘナとその場に座り込んだ。その体をリリィが横から支える。
「大丈夫? ケネス」
「あ……なんとかね」
どっと疲れた顔をしながらケネスが答える。アランとジゼルも安堵の息をついた。
その時。
ぱん、という張りつめた音が急に響き渡った。ケネスたちが反射的に音が鳴った方を見ると、クロエが厳しい顔でソフィアのいた場所をにらんでいる。
クロエは片腕を横に振り切った姿勢でいた。同時に、ソフィアの透明な体の像がゆらぎ、片頬を押さえてうつむく姿が一瞬うかぶ。
なんだ、とアランたちが戸惑っていると、クロエは先ほどにも増して厳しい声をソフィアに浴びせる。
「危ない真似はおよしなさい! もし私たちの誰かがケガでもしたらどうするおつもりですの!?」
「だ、だって……そうすればリリィがあの男にちゃんとゲンメツするかなって」
「そんなのはそばで観察していれば、おのずと分かる事です。そもそも、私もあなたもその為について来たんでしょう」
「…………」
ソフィアはすねたようにうなり、そして黙ってしまう。しかしクロエはまだ説教を続けた。
「それに……あなた、服はどうしましたの」
「あ……脱いで置いてきたよ。そこの茂みに」
「えっ」
"脱いで"という言葉にケネスがぎょっとするが、それをよそに、クロエはきつい口調でこんな事を言った。
「あなた……あれはルナちゃんやダニエルさんが買ってきてくれたモノでしょう? そんな粗末に扱うだなんて」
「それは……悪いと思ったけどさ。けどケネスがどんなヤツか気になったし」
……そう。ルナとダニエルは、服や靴を持てないソフィアたちを不憫に思い、必要なモノを買いそろえてやっていたのだ。
ソフィアも善意をむげにした自覚はあるのか、バツが悪そうに弁解する。それをクロエは目でもって無言で制する。
そんな中でケネスは"脱いだ"発言にただ一人戸惑っていた。
約一命をのぞいて気まずい空気が流れる。その時。
「へっくしょ!」
不意にソフィアの口からクシャミが飛び出した。「あっ」と彼女は恥ずかしげに漏らしたが、クシャミは止まらず立て続けに彼女を襲う。
「へきしっ、へっくし、へくしょっ!」
「あーホラ、いつまでもそんな姿でいるから……」
「クロエ、とりあえず先に着替えさせてやれよ。風邪ひいちまう」
「ったく、こうならないようにってルナたち心配してたのによ」
「……分かりましたわ」
声だけで震えているのが分かるソフィアへ、アランやジゼルが駆け寄る。ソフィアはクシャミのせいで集中力が途切れるのか、透明な体がしょっちゅう揺らぎ、その度に何も着ていない姿がさらされる。
その光景は、見ているだけでいたケネスの視界にも入った。するとそんな彼の視界を、リリィのイカ足がペチンと張りついてふさいだ。
「ふやっ」
「一応、目隠し」
「……リリィはまるで驚かないね」
「以前に一度、姿を見てるから。服がないのはなんとなく分かってた」
「……そうなんだ」
耳もとでささやかれながら、ケネスは苦笑いする。これではソフィアの姿に動揺していたのは彼一人である。
そんな彼に向けて、ジゼルが面倒そうにこう言った。
「おいケネス。悪いがあっち行っててくれよ。ソフィアが嫌だって」
「あ……ごめんなさい」
「謝る事ねえぞ。不可抗力じゃん」
「アラン、お前も行け。男どもは全員だ」
「はいはい。じゃあケネス、行こうぜ」
「は、はい……」
アランに連れられ、ケネスは離れた木陰の方へと歩いていく。
その背中へ、唐突にソフィアが叫んだ。
「助けられたなんて思わないからね。人間なんてどうせろくなモンじゃないんだから!」
「……っ」
「こっち見ないでよ!」
「……すみません」
ケネスは一瞬立ち止まり、悲しげな表情で振り向く。しかしソフィアに怒鳴られてしゅんと顔をそらした。
そんな彼の背中を、アランがぽんと叩く。二人の背後ではソフィアが女性たちから小言を言われていた。
……ある程度はなれ、ソフィアたちが見えなくなったところでアランとケネスは立ち止まる。
ケネスはうつむきがちで無言でいる。そんな彼へアランはたずねた。
「大丈夫か」
「へ……」
「気にすんなよ。ソフィアはちょっと事情があって、ひねくれてるだけだから」
アランはそう気遣うが、ケネスは沈んだ表情。アランは頭をかいて更に続けた。
「でもアイツも、ルナやダニエルとはちょっと打ち解けてくれたんだ。時間をかければ、お前ともまともに接してくれるさ」
「…………」
ケネスはしばらく黙っていたが、やがて悲しげな顔でうなずくと、顔を上げてこう言った。
「いえ……気にしていませんよ」
「本当か?」
「ええ。人間関係って普段からの積み重ねですから……。一度助けたら好かれるなんて、そんな単純じゃないでしょ。大した事ないです」
ケネスは笑顔で言ったが、あからさまな作り笑いだった。人間関係は単純じゃない、難しい……。きっと今まで、その道理を思い知るような出来事が何度もあったのだろう。冒険者をやる中で、あるいはそれ以前からも。
アランはいたたまれない気持ちになり、つい顔をくもらせる。しかしすぐに明るい表情をつくると、ケネスの肩をたたいて言った。
「ま、あんまり難しく考えるなよ。お前は良い事したんだ。それは変わらんさ」
「……ありがとうございます」
ケネスはしみじみと頭を下げた。アランは内心で、どうかこの卑屈な青年に理解者が居続けてくれるようにと願った。