獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「うおぉ……揺れるっ」
「おい、よろけるなら離れた場所でやってくれ。私まで海にまっ逆さまだ」
「はは、船は慣れてないかい、兄ちゃんたち!」
……まだ日が昇りきらない、空に夜の藍色が濃く残った明朝。端からうっすらと白みつつある、青黒く広大な大海原を、アランは一艘の小さな船に乗って進んでいた。
一緒に乗っているのはジゼル、そしてゲロス村の村長ガストン。船の左右の縁には大きな
近くの漕ぎ手たちを船の真ん中で見回し、アランは感心したように言った。
「しかし毎日こんな事やってんのか。しかも朝早く」
「はは、漁師なんぞこんなもんさ。むしろ、兄ちゃんたちが来た分いつもより遅いくらいだぞ」
「へ、そうなの?」
「護衛ってのも楽じゃないな……」
ガストンの言葉に意外そうな顔をするアラン。ジゼルも神妙な顔になって、暗い中で周りの船を見渡す。
その内には、それぞれケネスとリリィ、クロエとソフィアの二人ずつに分かれて船に乗る仲間たち。そして二人組にそれぞれくっつくようにして、ガストンの娘のヴァネッサとスザンナが乗っていた。
ジゼルは、自分より年下に見える娘二人までが漁に出ている光景に、こっそり感嘆してため息をついていた。
――
……アランたちが漁に同行するという話がハッキリ出たのは、昨日の夕方あたりであった。
当時、アランその他はガストン親子から豪勢な海鮮鍋をふるまわれていた。貴重な魚に貝類、そして少しばかりの野菜を出汁と塩で味付けしたそれに、アランやジゼルは舌鼓を打っていた。
『美味い……! 魚ってこんなに美味いんだ』
『海が遠いと干物しか食えないからなぁ』
『はっはっは。イケるだろ? 新鮮な海の幸ほど上等なモンはねえ』
『しばらく内陸の方にいたから、久々な味ね……』
『なんか、申し訳ないくらいのもてなしですね』
アランやジゼル、ケネスにリリィらがそれぞれ料理に顔をほころばせるのを見て、ガストンは肩をゆらして嬉しそうに笑った。
そして隣では、長女のヴァネッサが椀に鍋をよそってソフィアにすすめている。
『えっ、今日はお腹いっぱいになるまで食べていいの!?』
『ああ、しっかり食べな。おかわりもあるぞ!』
『すっご……夢みたい』
『もう、ソフィアったらはしゃいで……ほら、私のも少しあげますわ』
今まで食事に恵まれてこなかったのか、ソフィアはひときわ目を輝かせて鍋を食していた。夢中になっておかわりをもらう様を、クロエもヴァネッサも微笑ましげに見つめている。
それを見てアランが頬をゆるめていると、不意にガストンがこう言った。
『お、そうそう。悪いけど食い終わったらすぐ休んでくれ。漁ってのは朝早いからな』
『え、早いってどんくらい?』
『んー、少なくとも夜明けの気配が来たらアウトだな』
『えっ、それもう夜じゃん!』
平然としたガストンの言葉に、ジゼルが驚いて声をあげる。そこへヴァネッサが口をはさんだ。
『そうしないと魚が獲れないのよ。生活がかかってんだから仕方ないの』
『ヴァネッサさんは平気ですの?』
『もちろん、もう慣れたよ。ねえスー?』
ヴァネッサは、さっきから黙っているスザンナへ水を向けた。椀へと落としていた目をふっと姉に向け、スザンナはこう言う。
『……少しくらい遅れてもいいんじゃない。よその人にいきなり早起きさせるの、強引かもしれないし』
『えー、そうかなぁ』
『けど、村の生業のためときたら我慢するのがスジじゃないですかね……』
眉をひそめるヴァネッサ。ケネスも遠慮がちに異論をとなえる。意見が割れたところで、ソフィアがげんなりした声で言った。
『あのさー、もしかして私も早起きしなきゃいけない感じ?』
『ソフィア、ワガママはおやめなさい。夕飯だってご馳走になったでしょうに』
『だってそれは向こうが勝手に用意したんじゃん』
『……もし皆が出払った家で眠っていましたら、危ないかもしれませんわよ? まだ暗くて、人数も少ないのですから』
『……むっ……』
クロエに忠告されたソフィアが口をとがらせる。その様子を見たガストンが苦笑いしながら口を開いた。
『なら、明日は少し漁を遅らせよう。他の漁師には俺から話しておくよ』
『いいのか?』
『ま、ちょっとぐらいならな……。こっちも依頼で来てもらった身だし』
『すまない、わざわざ……』
『戦いになったら、私らが盾になるからさ』
『おう、期待してる』
気が引けた様子のアランやジゼルに、ガストンは笑って答える。そして食が進まずにいる面々に気づいて、気分を変えるように言った。
『さあ、食べよう食べよう! 残すともったいない!』
『おっと、そうだった』
『おかわりしていい?』
『あ、じゃあ僕も』
一同はハッとした表情で食事を再開する。その中で、ソフィアがふとスザンナに向けて礼を言った。
『ありがとねスザンナ。おかげで睡眠時間がのびたわ』
『……別に』
気のない返事をして黙り込むスザンナ。彼女のそのどうでもよさげな態度をちらと見て、アランは昼間からこっち、彼女がずっと沈んだ調子でいるのが、なんとなく気がかりだった。
――
「う~、ゆうべの鍋を思い出すと腹へってきたな……」
「この漁が終わってから朝メシだとよ。まあ頑張れ」
「他人事みたいに言うなよ。ジゼルだって腹へってないのか?」
「仕事中に気にしてられっかよ。むしろ他の連中が大丈夫なんかね……」
ぶっきらぼうに言いながら、ジゼルは他の船に目を移す。ケネスやリリィ、クロエとソフィアは大なり小なりグロッキー気味に見える。やはり慣れない海に船は大変なのだろうか。
そんな風に思っていると、不意にガストンが辺り一帯に響く大声を張り上げた。
「よーし、この辺でいいだろう! みんな網を引き揚げろ!」
「へいっ!」
ガストンの指示に、漁師たちがいっせいに船の後ろに固定された網を掴んで引っ張りはじめる。海上を進んできた分、その網の中に魚がたっぷりと入っているのである。
にわかに活気のわいたその船上で、アランはとっさに網の方へと駆け出す。そして顔だけ振り向いて、ジゼルへ手招きしながら言った。
「ほら、ジゼル! お前も手伝えって!」
「えー、マジでやるのかよ……」
「お、力を貸してもらえるか!? 冒険者ってのは頼もしいな!」
ジゼルは一瞬しぶったが、ガストンの方はすっかりその気になってアランへ網を渡している。そして手ほどきまで受けているのを見て、ジゼルはやれやれと駆け出した。
……漁について行くとは言ったが、漁そのものを手伝うのは仕事の内なのだろうか。脳内でそう考えながら、彼女は仲間の乗った船をちらと見た。
――
「う~……気持ち悪い……」
「ケネス、大丈夫?」
ちょうどその頃、ケネスとリリィの乗っていた船でも網の引き揚げ作業が始まっていた。ところが、漁師たちが威勢よく動くその船上で、ケネスは青い顔をしてうずくまっていた。
心配して駆け寄るリリィへ、ケネスは気弱く笑って言う。
「はは……ちょっと酔っちゃったみたいで」
「そのまま休んでたら? あとは本業の人たちに任せて」
「平気……ここでボサッとしてちゃ、皆さんに迷惑かけちゃうから」
「ダルいなら無理しなくてもいいんだよー?」
よろよろと立ち上がるケネスへ、一緒に乗っていたヴァネッサが苦笑いする。しかしそれでも彼は漁師たちの輪の隅っこに混ざり、精いっぱいに声を張った。
「やります……! ここまで来て一人でへばっていたら、情けない事この上ないんで」
「…………」
ヨタヨタと網を引っ張りながら意地を張るケネスを、リリィは心配そうに見つめる。するとふと彼女は何かを思いついたかのように口を開いた。
「そうだケネス。歌ってよ」
「はぇ?」
「景気づけに歌を歌うの。そうした方が元気が出るって」
にこやかに提案するリリィへ、ケネスは青い顔のまま眉尻を下げる。「いや、こんな人前で……」などとつぶやき、ためらっ
ていた。……が。
「……うぷ」
その間にも彼は顔をしかめてえづき、今にも大惨事を招きそうだった。そして最悪の事態よりはマシだと思ったのか、それとも悪寒で思考がにぶっていたのか、ケネスはヤケクソ気味に網を引っ張るや大声を張り上げた。
ドッコイショ
突然の歌声に、周りの漁師たちもつい手を止めてケネスを見る。ヴァネッサもポカンとしながらリリィにたずねた。
「ねえ……何の歌? あれ」
「別の地域で聞いた事があるわ。漁師が魚を引き揚げる時に、ああやって音頭を取るの」
「へぇー、魚をねぇ……」
漁師の娘としての親近感からか、ヴァネッサは感心したように言った。そして自らも網をつかみ、船の仲間つに向かって言う。
「ほら、チンタラしてないで! 魚が逃げないうちに網を揚げる!」
「あ、はい!」
「ケネスも! 照れてないで、どうせ歌うなら最後まで!」
「え、えぇ~……」
威勢よく発破をかけるヴァネッサへ、ケネスはしぶしぶと言った様子で再び声をあげる。今度はリリィも一緒だった。
(ハイッ ハイッ!!)
波のざわめきに負けない歌声が、他の漁船にも聞こえるほど広く響き渡る。ヴァネッサが合いの手を入れ、同船の漁師たちもそれに倣うと、その大合唱にアランやジゼル、そして他の連中も自然とケネスたちの方を見つめる。
「……なぁに、あれ」
その中で、合唱する様子を冷めた目で見つめる少女がいた。別の船に乗ったソフィアである。漁も手伝わずに突っ立っている彼女を、横にいるクロエがたしなめる。
「ああして皆の気持ちを高めているのでしょう。協力しあう仕事なら理にかなっていますわ」
「バッカみたい。いい大人が」
「こら、おやめなさい」
鼻で笑うソフィアをたしなめるクロエ。しかしソフィアは意に介さず、船上を小走りしてある者に声をかける。
「ね、スザンナ。あんなのカッコ悪いよね?」
ソフィアは漁師たちと一緒に黙々と網を引いているスザンナへ問いかけた。陰口をたたくソフィアの表情は気安い子供のそれだったが、振り向いたスザンナはあっさりと言い放つ。
「さあ、どうでもいい」
「…………」
まるで興味なさげな、ぶっきらぼうな一言。ソフィアが鼻白んだ一瞬で、スザンナは無表情のまま網の方へ向き直ってしまった。
その背中を見てムッとするソフィア。仕事中に無駄なおしゃべりをするのが悪いと言えばそれまでだが、あからさまに冷たい対応をされるとやはり腹が立つ。
不機嫌そうなソフィアを、クロエが横から「まあまあ」となだめた、とその時。
「ん?」
そっぽを向いていたソフィアの目が、あるものを捉える。そして遠くの海面を指さし、彼女は海面とクロエを交互に見て言った。
「お姉様! ねえ、何だろアレ!」
「へ? どこですの?」
「ほらアレ! あの岩の近く!」
戸惑うクロエへ、ソフィアはなおも海の一点を指さす。その声にスザンナや他の漁師らも手を止め、彼女が指さした方面に目をこらす。
そして、一人の漁師が目を見開き、「あ!」と叫んで言った。
「見ろよアレ! 人魚だ! 人魚が泳いでる!」
「なっ!? マジかよ!」
「ウソだろ!?」
人魚、そんな言葉が出た瞬間、漁師たちが一斉にどよめく。そして彼らはソフィアの方をチラチラとうかがい、次第に視線の方向をそろえていく。
その集中させた視線の先。何百メートルも離れた海原に、二、三の小さな影が浮かんでいた。
海面から出ているのは、若い女性の顔。長い髪。そして細い首と肩。一見すると人間のようだが、耳にあたる部分にうっすら小さな魚のヒレのようなものが見え、顔のすぐ横で大きな魚の尾が海中をくぐり、水面をたたく。
その影はくるりとソフィアたちに背を向けると、ぱしゃっと音を立てて海へもぐった。沈んでいく体にはもれなく魚の尻尾が連動してついていき、間違いなく人間の上半身に魚の下半身がついているのが分かった。
人間ではない。あれが人魚……? ソフィアが目を見開いて人魚が見えなくなった場所を呆然と眺めていると、ふと横から声がした。
「ラッキーだなお前さん方! 人魚の姿を直接おがめるなんて!」
「村にずっと住んでる人でも、めったに見れないんだよ!」
見ると、いつの間にかガストンやヴァネッサが船を寄せてすぐそばで笑っていた。皆で顔を見合わせ、すごいすごいと騒いでいる。
その様子を見回し、アランがガストンへたずねる。
「そんなに珍しいのか? 人魚って」
「おうともさ。そもそも人間と会いたがらないからな。多分ケネスの歌につられたんだろうさ」
「え、僕ですか?」
「ああ。あいつらは昔から歌が好きな種族だからな」
「へえ、すごい幸運を呼んだじゃない。ケネス」
「え、えへへ……」
リリィが誉めると、ケネスは照れた顔で笑う。周りの漁師たちも「アンタのおかげだ」などと口々にはやし立てた。
そんな時、ジゼルがふとたずねる。
「けど、人魚ってどこに住んでるんだ? 種族まるごと見かけないってのも妙な話だな」
その言葉に、リリィやソフィア、クロエなども首をかしげる。人間と普段から接している彼女らにとって、獣人の種族そのものがめったに会えないというのは意外に思えるのだろう。ガストンへ視線を向けると、彼は少し口ごもった。
「あー……それはだな」
「どうしたんだ? 急に」
態度の変わったガストンにアランが言う。するとガストンは急にアランとジゼルの肩に手を回し、それからケネス、リリィ、クロエ、ソフィアにまで目配せして他の漁師たちに背を向けた。
そしてにわかに声をひそめ、真剣な顔になって言う。
「……実はな、人魚の居場所は秘密になってるんだ。この村の連中はみんな固く口止めされてる
「口止め?」
「ああ……だが俺とヴァネッサとスザンナ……つまり村長の一家だけは知ってる。代々村の長が秘密をあずかるんだ」
重たい口調で言ってから、ガストンはアランたちが窮屈そうにしているのに気づいて、腕を離した。それからやるせない顔になってこう続けた。
「なんせ、人魚ってのは言い伝えに残るレベルで美人ぞろいらしくてな……。居場所が広まれば、欲に目がくらんだ連中が押し寄せてくる」
「欲にって……」
「人魚を売るのさ。高値でな。その手のヤツらは自分の事しか考えてない。この村は人魚が近くにいるって評判だったのに、台無しにされちゃかなわん」
ガストンは両手を広げていら立った口調になった。するとクロエが何かに気づいたように言った。
「もしかして……今回の依頼でおっしゃっていた海賊って」
「そう、人魚が目当てなの!」
「わっ」
その時、いつの間にか会話を聞いていたヴァネッサが船をまたいで会話に割り込んでくる。そしてガストンの方をちらと見て続けた。
「親父と私らしか居場所を知らないからさ。海賊どももおいそれと殺せないってワケ。いやー親父がガンコで助かったわー」
「けど、吐かせるために色々やってくるんじゃ……たとえば、村の人を人質に取ったり」
ケネスが不安げに口をはさむ。が、ヴァネッサは自身の胸をドンと叩いて答えた。
「だいじょーぶ! 親父があらかじめ『村の誰かを傷つけたら、村人全員で戦争してやる』ってクギさしてんの」
「えぇ……!? 大きく出ましたね……。村の方々は納得してるんですか?」
「心配ないって! 親父は村の人と漁をまとめる大黒柱だかんね!」
驚くケネスへ、ヴァネッサはからからと笑う。そして同じく自信ありげに笑っているガストンと目を合わせ、こう宣言した。
「私らゲロス村は一心同体! ね、スー……ん?」
言いながらヴァネッサは、別の船にいるスザンナへと振り向く。
しかしスザンナは彼女らの会話にまるで興味を示さず、ひたすら捕った魚を船に引き揚げる作業に没頭していた。そして面倒くさそうにヴァネッサへ振り向いて、スザンナは言う。
「お姉ちゃんうるさい。駄弁らないで仕事してよ」
「な……何さ。そんな冷たい事言わなくても」
「長引くと魚の匂いが染み付くの。勘弁してよ」
戸惑うヴァネッサだが、スザンナはけんもほろろ。見るとスザンナの周りではソフィアやクロエも話に加わらず、手を動かしている。
二人はアランたちへ目をやり、クロエは苦笑いしながら、ソフィアは嫌みっぽく笑いながら言う。
「まあ……お仕事の最中ですし、スザンナちゃんの言う事も正しいですわね」
「私らに最後までやらせるなら別にいいよ。でもそしたら駄賃を弾んでね」
「…………」
二人の視線に、アランやガストンたちも顔を見合わせ、作業へもどる。そうしてすっかり日が昇った頃、ようやく全ての船が魚を捕り終えた。
ガストンはそれを見回して確かめ、仲間たちに声を張り上げる。
「よーし、いったん浜へ戻るか! お待ちかねの飯が食えるぞ!」
「ふー……ようやくか」
ガストンの声を聞いて、ジゼルが腰を下ろしてこっそりため息をつく。それを横目にアランは気遣いからかこう言った。
「女の子がやるにはちょっと大変かもな。これ」
「女でくくるなよ。ただ……ヴァネッサやスザンナはよくやってるな」
そう答えて、ジゼルは別の船にそれぞれ乗っている姉妹を見つめる。若い身空で家業の肉体労働を手伝うのは、ジゼルたちが知らない苦労も多いだろう。
彼女がそんな風に考えていると、船がゆっくりと浜を目指して漕ぎ出される。しかし、そんな時。
「きゃっ!」
ある船から、小さな悲鳴があがった。アランその他が声のした方角を見ると、スザンナが船にうつ伏せに倒れている。
船が動いた拍子に転んだのだろうか。皆がそちらを見つめる中、近くにいたクロエとソフィアが急いで駆け寄る。
「大丈夫ですの、スザンナちゃん!?」
「あーあ、しっかり掴まってないから」
「……平気」
声をかけるクロエたちへ、スザンナは足首のあたりを押さえて短く答える。そこは見ると赤い液体がポツポツと、ズボンの裾に滲んできていた。
それを見るなり、クロエは顔色を変えてスザンナの足首に手をのばす。
「大変、血が出ていますわ! 手当てしないと!」
「いや別にいい……このくらい」
「ほっとくと良くないよ。いつも生魚乗せてる船なんて汚いし」
心配するクロエとソフィアだったが、スザンナは何故かそれを渋る。アランたちが心配そうにそれを眺めていると、不意にヴァネッサが叫んだ。
「ごめん、今は放っておいて! 後は私らでやるから」
「え、でも……」
「俺からも頼む! 岸にもどったらすぐ治すから!」
ヴァネッサにくわえてガストンまでが、手当てを後回しにしろと言い出した。しかもよほどの頼みなのか、船をバタバタと乗り越えてスザンナつの方へ向かって来るではないか。
クロエは眉をひそめ、船上の者たちを見回す。スザンナは無言でうつむき、周りの漁師たちも気まずそうに顔を見合わせ、黙っていた。
何か事情でもあるのだろうか。そうクロエがためらった時だった。
「あーもう、よく分かんないけどとりあえず見るよ! 放っておけないじゃん」
そう言うなりソフィアがクロエを押しのけ、傷口をおおうズボンへ手をかける。そして止める暇もなく強引に裾をまくり上げた。
「あっ!」
「…………っ!?」
直後、スザンナが金切り声をあげる。同時にソフィアが息をのんだ。
その様子を見ていた漁師たちの間に、何故かにわかに緊張した空気が流れた。ガストンとヴァネッサも、今までと打って変わった気まずい顔をしている。
どうしたのだろう。アランはジゼルと一緒に顔を見合わせ、身を乗り出してスザンナの方を凝視する。ケネスやリリィも気がかりでそちらへ注目していた。
そんな、場の誰もが気にしていたスザンナの、あらわになった足首には。
魚のウロコのような灰色をしたアザが、まだら状に広がっていたのだった。