獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

75 / 80
彼らはついに、漁村に足を踏み入れる 中編2

 

「本当にごめんなさい。ただケガを見る事しか考えてなくて……」

 

「私も、深く考えてなかった……」

 

 漁を終えてから、アランたちはガストンの家にもどっていた。だが家中には重たい雰囲気に満ちている。

 床に正座し、二人並んでしゅんと頭を垂れているクロエ、そしてソフィア。二人の前では膝を抱えてうつむいた少女、スザンナがいる。

 その周囲ではアランやジゼル、ケネス、リリィにくわえ、ガストンとヴァネッサが心配そうに成りゆきを見つめている。しばらくして、ヴァネッサが口を開いた。

 

「えと……スー? クロエさんたちは何も知らなかったんだし、そろそろ許してあげても……」

 

「許すも許さないも無いよ。ただ落ち込んでるだけ」

 

 これ見よがしに両ひざに額をつけ、いじけた口調でスザンナは言った。それを聞いてアランたちの表情が気まずくなる。

 その表情を見て、ガストンが苦笑して言った。

 

「その……気にしないでやってくれ。ちょっと事情があってな」

 

「いや、気にしてないが……あのアザは一体……」

 

 アランがスザンナの方を窺いつつたずねる。スザンナの足を見ると、ズボンの裾の下から灰色のアザがわずかに見える。

 服で隠れてはいるが、そのアザは彼女の脚全体に広がっているのだ。

 

 ガストンとヴァネッサはスザンナをちらと見た。アランの問いにはまだ何も答えない。

 視線に気づいたスザンナが、目だけをどんよりと周りに向ける。

 

「……好きに話せば」

 

 それだけ言って、スザンナはまた目を伏せてしまった。ヴァネッサが悲しげに目を細める。ガストンは一つ咳払いをしてアランたちへ口を開いた。

 

「実はな……この村には、ある伝説があるんだ」

 

「伝説?」

 

「ああ。みんな、けさ人魚を見ただろ? この村は昔、人魚と人間で夫婦になる事があったらしいんだ」

 

「え……獣人が人間と……って事?」

 

「うむ」

 

 ソフィアが驚いて聞き返すと、ガストンはうなずく。すると今度はジゼルが言った。

 

「じゃあ……スザンナも人魚の子供……?」

 

「いや、ウチは親父もお袋も人間だよ。……親父が浮気してたら別だけど」

 

「めったな事を言うな。ケリーのヤツに聞かれたらどうする」

 

「あはは、今夜化けて出てくるかもね。このダメ親父~って」

 

 ケリーというのは母親だろうか。二人とも名前を出して冗談を言っている。

 それを聞いていたスザンナが、ふっと目をそらして顔を険しくしていたのを、アランはふと見つけた。

 一方でガストンは気づかず、気を取り直して言う。

 

「村人と人魚の血が混じっていたのは、ずっと昔だ。今では互いに余計な関わりは絶っているが……今でもまれに、生まれた子供に魚みたいな色のアザが浮き出る事があるんだ」

 

「先祖返りって言うのかな……。まあ見た目だけなんだけど、そういうのがあるんだって」

 

「そう……だったんですか」

 

 かろうじて、という声色でケネスが相づちを打つ。スザンナ本人は依然として座り込んだままだ。

 そんな中でソフィアは、無言でスザンナをジッと見つめていた。また、そうしているソフィアを後ろから見つめる人物が二人。

 

 クロエと、それからリリィである。ソフィアが獣人と人間の混血だと知っている二人。その二人にしてみれば、ソフィアがスザンナを気にしている理由も察しがついた。

 すると、座っていたスザンナが、急にがばりと腰を上げる。そして足早に外へ続くドアに飛びつくと、振り返りもせずに言った。

 

「ちょっと、外に出てくる」

 

「スザンナ、お前……」

 

「いいから、ついて来ないで」

 

 声をかけてくる父親へ冷たく言って、スザンナは扉を開けるやサッと外へ飛び出してしまった。勢いよく扉が閉まる音を残し、家中が静まりかえる。

 少し間を置いて、ガストンが頭をかいて気まずそうに言った。

 

「あー……すまないな。見苦しいところを」

 

「いや、構わないさ」

 

「よくあるのか? こういう事」

 

「ああ、年頃の女の気持ちは分からん……」

 

 ジゼルがたずねると、ガストンはしゅんとして自虐の笑みをこぼす。するとヴァネッサが横から口をはさんだ。

 

「ちょい、私もその年頃の女の子なんだけど!」

 

「悪かったよ。そんなつもりじゃない」

 

「なんかいかにも気の利かないオヤジって感じね」

 

「ソフィア、おやめなさい」

 

 悪口をささやくソフィアを、クロエがたしなめる。それが聞こえたのか、ガストンは気落ちした顔になってつぶやいた。

 

「……以前は、ここまでじゃなかったんだがなぁ」

 

「以前って?」

 

「それがある時、急に一人でフラフラ出歩くようになったんだ。まあ村からは出ないんだが、一人になりたいのかねぇ」

 

「……思春期、なのかなぁ」

 

 リリィが悩ましげに首をひねる。他人事ながら気になるのだろう。その態度のせいかヴァネッサがため息まじりに愚痴をこぼした。

 

「……まったく、ただでさえ海賊なんか出て大変だってのに、それ言っても聞かないんだから」

 

「どのくらい続いてるの? その出歩くクセってのは」

 

「んー……一ヶ月くらい? 確か海賊どもが来てすぐくらいだったよね」

 

「厄介ごとが出てきて、とうとう漁が嫌になったんだろうか……」

 

「だからって危ないよ。今日はたまたま海賊に会わなかったけど……」

 

 寂しそうにつぶやくガストンと、心配するヴァネッサ。その時、アランがふと何かに気づいたようにつぶやく。

 

「海賊どもが来て、すぐ……俺らが来た次の日は、たまたま姿を見せない……」

 

 その間近にやっと聞こえるような言葉に、リリィ、クロエ、ソフィアが反応する。彼女らの目には、一様に何かの予感、もっと言えば恐れのようなものが浮かんでいた。

 直後に、アランの頭にある記憶かよみがえる。数日前、ソフィアと初めて会った日にクロエが言った言葉。

 

『はしゃぎすぎも考えものですわね……ただでさえ別の血がまじっていますのに』

 

(別の血……か)

 

 視線をめぐらせると、クロエやリリィもソフィアをちらちらと気にかけている。ソフィアもなんとなく居心地悪そうにしていた。

 そんなソフィアが、周囲からの無言の視線に気づいてちょっと戸惑ったところで、アランは何気ない調子でこう切り出した。

 

「ソフィア、悪いけどちょっと外に出ていてくれないか」

 

「は?」

 

 怪訝な顔をするソフィアへ、アランは続ける。

 

「これから、ガストンたちと今後の対応策でも練ろうと思ってな。長話してたら退屈だろ?」

 

「えー? 漁には引っ張り出しておいてソレ?」

 

「文句言うなよ。海の風景なんてあまり見ないぜ」

 

 しぶるソフィアだったが、その声色はあまり嫌そうではなかった。どこか気がかりそうに、スザンナの出ていったドアを一瞥する。

 それからソフィアはクロエの方を見た。するとクロエも微笑み、こう勧める。

 

「行ってらっしゃい。私はここでお話していますわ」

 

「……はぁーい」

 

 ソフィアはつまらなそうに言って、スタスタとドアへ歩み寄る。そして思い出したように振り向き、言った。

 

「そう言えば、スザンナっていつもどの辺にいるの?」

 

「あー……浜辺から左の方に行ったら岩場があるから。その奥の、狭ーいスペースによくいる。昨日もそうだったし」

 

「あっそう」

 

 ヴァネッサの返答を聞くや、ソフィアはあっさりと外へ出て行った。それを見届けたアランへ、背中から話しかけてくる者がいる。

 

「おい、アラン」

 

「ん?」

 

「どういうつもりだよ。アイツを一人で行かせて」

 

 アランが振り向くと、ジゼルが眉をひそめていた。その近くではケネスが戸惑った表情でのぞきこんでくる。

 アランの行動にどんな意図があるのかよく分からないという表情。アランはそんな二人をなだめるようにささやいた。

 

「まあまあ。事態が落ち着いたら話してやるさ。これはプライベートな事情もあるからな」

 

「んだよ、じれったいな。今話せよ」

 

「そうもいかないんだって。とにかく今はソフィアを信じよう」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「ああ。アイツが適任なんだ」

 

 不安げなケネスヘ、アランは微笑みかける。するとガストンが首をかしげて言った。

 

「お前らさっきから何ひそひそ話してるんだ?」

 

「いや、何でもない。それより海賊が出た時のために色々考えておこうぜ」

 

 アランはさりげなく話題を変える。それにガストンとヴァネッサがきょとんとするのを見ながら、彼は内心でスザンナとソフィアを気にかけていた。

 

 

――

 

 

「……いいかげんに教えろ。もうずっと待たされている」

 

「そんな事言ったって……」

 

「こうして穏便に聞いているうちに吐いた方がいいぜ」

 

 ……アランたちがガストン家でそろって話し合いをしている頃。

 陸と海の境目に広がる岩場。ゴツゴツとした岩が海面から顔を出し、入り組んだ浅瀬に高い岸壁が影を落としている。

 

 その磯臭く薄暗い一帯で、何やら不穏な話し合いが行われていた。まずいるのはスザンナ。そして対するのは、三、四人の男女。

 その男女は寒さ対策か毛皮を身にまとい、薄汚れた衣服を着ていた。肌は日に焼け、ところどころ傷跡まである。その姿は何日も陸に上がっていないようで、しかも剣やナイフなどの武器まで装備していた。村の人間でないのが一目で分かる。

 その不審な者たちは、うつむいたスザンナへこう言った。

 

「俺たちだって村と戦いたくなんかねえんだ。人魚の居場所さえ教えてくれれば、そっちを何匹かいただくだけさ」

 

 人魚の居場所。そう聞いた瞬間、スザンナの肩がピクリと震える。彼女はごくりとつばを呑んで口を開いた。

 

「言ったじゃない……。決心がつくまで待ってって」

 

「待つのも限界だってんだよ。親父の方は相変わらず口を割らねえし」

 

「……私が話すって言ったのに、なんでお父さんやお姉ちゃんに手を出すの!? それも何度も!」

 

「そりゃ、お前には危機感もってもらわなきゃ。俺たちゃ海賊だ。その気になりゃなんでもやるさ」

 

 海賊、そう称した者たちはゲラゲラと笑う。スザンナは一瞬けわしくなった顔を苦しげにゆがめ、絞り出すような声で言った。

 

「どっちにしても今は無理だよ……。お父さんが冒険者を呼んで、しばらく守ってもらうんだから」

 

「なら、他の手を考えるしかねえな……」

 

「娘のお前を人質にすりゃ、親父も観念するんじゃないのか?」

 

「……! い、いや……」

 

 にわかにその場に緊張がはしる。怯えて後ずさりするスザンナへ、海賊つがニヤニヤとにじり寄る。

 ……その様子を、遠巻きに見つめる者がいた。

 

「ふーん……そういうワケね」

 

 納得いった様子でつぶやいたのは、岩陰に隠れて体を透明化させた少女、ソフィアだった。

 海賊に迫られるスザンナを遠目に見ながら、彼女は持っているククリナイフを強く握りしめた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。