獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「本当にごめんなさい。ただケガを見る事しか考えてなくて……」
「私も、深く考えてなかった……」
漁を終えてから、アランたちはガストンの家にもどっていた。だが家中には重たい雰囲気に満ちている。
床に正座し、二人並んでしゅんと頭を垂れているクロエ、そしてソフィア。二人の前では膝を抱えてうつむいた少女、スザンナがいる。
その周囲ではアランやジゼル、ケネス、リリィにくわえ、ガストンとヴァネッサが心配そうに成りゆきを見つめている。しばらくして、ヴァネッサが口を開いた。
「えと……スー? クロエさんたちは何も知らなかったんだし、そろそろ許してあげても……」
「許すも許さないも無いよ。ただ落ち込んでるだけ」
これ見よがしに両ひざに額をつけ、いじけた口調でスザンナは言った。それを聞いてアランたちの表情が気まずくなる。
その表情を見て、ガストンが苦笑して言った。
「その……気にしないでやってくれ。ちょっと事情があってな」
「いや、気にしてないが……あのアザは一体……」
アランがスザンナの方を窺いつつたずねる。スザンナの足を見ると、ズボンの裾の下から灰色のアザがわずかに見える。
服で隠れてはいるが、そのアザは彼女の脚全体に広がっているのだ。
ガストンとヴァネッサはスザンナをちらと見た。アランの問いにはまだ何も答えない。
視線に気づいたスザンナが、目だけをどんよりと周りに向ける。
「……好きに話せば」
それだけ言って、スザンナはまた目を伏せてしまった。ヴァネッサが悲しげに目を細める。ガストンは一つ咳払いをしてアランたちへ口を開いた。
「実はな……この村には、ある伝説があるんだ」
「伝説?」
「ああ。みんな、けさ人魚を見ただろ? この村は昔、人魚と人間で夫婦になる事があったらしいんだ」
「え……獣人が人間と……って事?」
「うむ」
ソフィアが驚いて聞き返すと、ガストンはうなずく。すると今度はジゼルが言った。
「じゃあ……スザンナも人魚の子供……?」
「いや、ウチは親父もお袋も人間だよ。……親父が浮気してたら別だけど」
「めったな事を言うな。ケリーのヤツに聞かれたらどうする」
「あはは、今夜化けて出てくるかもね。このダメ親父~って」
ケリーというのは母親だろうか。二人とも名前を出して冗談を言っている。
それを聞いていたスザンナが、ふっと目をそらして顔を険しくしていたのを、アランはふと見つけた。
一方でガストンは気づかず、気を取り直して言う。
「村人と人魚の血が混じっていたのは、ずっと昔だ。今では互いに余計な関わりは絶っているが……今でもまれに、生まれた子供に魚みたいな色のアザが浮き出る事があるんだ」
「先祖返りって言うのかな……。まあ見た目だけなんだけど、そういうのがあるんだって」
「そう……だったんですか」
かろうじて、という声色でケネスが相づちを打つ。スザンナ本人は依然として座り込んだままだ。
そんな中でソフィアは、無言でスザンナをジッと見つめていた。また、そうしているソフィアを後ろから見つめる人物が二人。
クロエと、それからリリィである。ソフィアが獣人と人間の混血だと知っている二人。その二人にしてみれば、ソフィアがスザンナを気にしている理由も察しがついた。
すると、座っていたスザンナが、急にがばりと腰を上げる。そして足早に外へ続くドアに飛びつくと、振り返りもせずに言った。
「ちょっと、外に出てくる」
「スザンナ、お前……」
「いいから、ついて来ないで」
声をかけてくる父親へ冷たく言って、スザンナは扉を開けるやサッと外へ飛び出してしまった。勢いよく扉が閉まる音を残し、家中が静まりかえる。
少し間を置いて、ガストンが頭をかいて気まずそうに言った。
「あー……すまないな。見苦しいところを」
「いや、構わないさ」
「よくあるのか? こういう事」
「ああ、年頃の女の気持ちは分からん……」
ジゼルがたずねると、ガストンはしゅんとして自虐の笑みをこぼす。するとヴァネッサが横から口をはさんだ。
「ちょい、私もその年頃の女の子なんだけど!」
「悪かったよ。そんなつもりじゃない」
「なんかいかにも気の利かないオヤジって感じね」
「ソフィア、おやめなさい」
悪口をささやくソフィアを、クロエがたしなめる。それが聞こえたのか、ガストンは気落ちした顔になってつぶやいた。
「……以前は、ここまでじゃなかったんだがなぁ」
「以前って?」
「それがある時、急に一人でフラフラ出歩くようになったんだ。まあ村からは出ないんだが、一人になりたいのかねぇ」
「……思春期、なのかなぁ」
リリィが悩ましげに首をひねる。他人事ながら気になるのだろう。その態度のせいかヴァネッサがため息まじりに愚痴をこぼした。
「……まったく、ただでさえ海賊なんか出て大変だってのに、それ言っても聞かないんだから」
「どのくらい続いてるの? その出歩くクセってのは」
「んー……一ヶ月くらい? 確か海賊どもが来てすぐくらいだったよね」
「厄介ごとが出てきて、とうとう漁が嫌になったんだろうか……」
「だからって危ないよ。今日はたまたま海賊に会わなかったけど……」
寂しそうにつぶやくガストンと、心配するヴァネッサ。その時、アランがふと何かに気づいたようにつぶやく。
「海賊どもが来て、すぐ……俺らが来た次の日は、たまたま姿を見せない……」
その間近にやっと聞こえるような言葉に、リリィ、クロエ、ソフィアが反応する。彼女らの目には、一様に何かの予感、もっと言えば恐れのようなものが浮かんでいた。
直後に、アランの頭にある記憶かよみがえる。数日前、ソフィアと初めて会った日にクロエが言った言葉。
『はしゃぎすぎも考えものですわね……ただでさえ別の血がまじっていますのに』
(別の血……か)
視線をめぐらせると、クロエやリリィもソフィアをちらちらと気にかけている。ソフィアもなんとなく居心地悪そうにしていた。
そんなソフィアが、周囲からの無言の視線に気づいてちょっと戸惑ったところで、アランは何気ない調子でこう切り出した。
「ソフィア、悪いけどちょっと外に出ていてくれないか」
「は?」
怪訝な顔をするソフィアへ、アランは続ける。
「これから、ガストンたちと今後の対応策でも練ろうと思ってな。長話してたら退屈だろ?」
「えー? 漁には引っ張り出しておいてソレ?」
「文句言うなよ。海の風景なんてあまり見ないぜ」
しぶるソフィアだったが、その声色はあまり嫌そうではなかった。どこか気がかりそうに、スザンナの出ていったドアを一瞥する。
それからソフィアはクロエの方を見た。するとクロエも微笑み、こう勧める。
「行ってらっしゃい。私はここでお話していますわ」
「……はぁーい」
ソフィアはつまらなそうに言って、スタスタとドアへ歩み寄る。そして思い出したように振り向き、言った。
「そう言えば、スザンナっていつもどの辺にいるの?」
「あー……浜辺から左の方に行ったら岩場があるから。その奥の、狭ーいスペースによくいる。昨日もそうだったし」
「あっそう」
ヴァネッサの返答を聞くや、ソフィアはあっさりと外へ出て行った。それを見届けたアランへ、背中から話しかけてくる者がいる。
「おい、アラン」
「ん?」
「どういうつもりだよ。アイツを一人で行かせて」
アランが振り向くと、ジゼルが眉をひそめていた。その近くではケネスが戸惑った表情でのぞきこんでくる。
アランの行動にどんな意図があるのかよく分からないという表情。アランはそんな二人をなだめるようにささやいた。
「まあまあ。事態が落ち着いたら話してやるさ。これはプライベートな事情もあるからな」
「んだよ、じれったいな。今話せよ」
「そうもいかないんだって。とにかく今はソフィアを信じよう」
「大丈夫なんですか?」
「ああ。アイツが適任なんだ」
不安げなケネスヘ、アランは微笑みかける。するとガストンが首をかしげて言った。
「お前らさっきから何ひそひそ話してるんだ?」
「いや、何でもない。それより海賊が出た時のために色々考えておこうぜ」
アランはさりげなく話題を変える。それにガストンとヴァネッサがきょとんとするのを見ながら、彼は内心でスザンナとソフィアを気にかけていた。
――
「……いいかげんに教えろ。もうずっと待たされている」
「そんな事言ったって……」
「こうして穏便に聞いているうちに吐いた方がいいぜ」
……アランたちがガストン家でそろって話し合いをしている頃。
陸と海の境目に広がる岩場。ゴツゴツとした岩が海面から顔を出し、入り組んだ浅瀬に高い岸壁が影を落としている。
その磯臭く薄暗い一帯で、何やら不穏な話し合いが行われていた。まずいるのはスザンナ。そして対するのは、三、四人の男女。
その男女は寒さ対策か毛皮を身にまとい、薄汚れた衣服を着ていた。肌は日に焼け、ところどころ傷跡まである。その姿は何日も陸に上がっていないようで、しかも剣やナイフなどの武器まで装備していた。村の人間でないのが一目で分かる。
その不審な者たちは、うつむいたスザンナへこう言った。
「俺たちだって村と戦いたくなんかねえんだ。人魚の居場所さえ教えてくれれば、そっちを何匹かいただくだけさ」
人魚の居場所。そう聞いた瞬間、スザンナの肩がピクリと震える。彼女はごくりとつばを呑んで口を開いた。
「言ったじゃない……。決心がつくまで待ってって」
「待つのも限界だってんだよ。親父の方は相変わらず口を割らねえし」
「……私が話すって言ったのに、なんでお父さんやお姉ちゃんに手を出すの!? それも何度も!」
「そりゃ、お前には危機感もってもらわなきゃ。俺たちゃ海賊だ。その気になりゃなんでもやるさ」
海賊、そう称した者たちはゲラゲラと笑う。スザンナは一瞬けわしくなった顔を苦しげにゆがめ、絞り出すような声で言った。
「どっちにしても今は無理だよ……。お父さんが冒険者を呼んで、しばらく守ってもらうんだから」
「なら、他の手を考えるしかねえな……」
「娘のお前を人質にすりゃ、親父も観念するんじゃないのか?」
「……! い、いや……」
にわかにその場に緊張がはしる。怯えて後ずさりするスザンナへ、海賊つがニヤニヤとにじり寄る。
……その様子を、遠巻きに見つめる者がいた。
「ふーん……そういうワケね」
納得いった様子でつぶやいたのは、岩陰に隠れて体を透明化させた少女、ソフィアだった。
海賊に迫られるスザンナを遠目に見ながら、彼女は持っているククリナイフを強く握りしめた。