獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らはついに、漁村に足を踏み入れる 中編3

 

「……とにかくだ。すぐにでも人魚の居場所を吐いてもらわないとこっちだって困るんだよ」

 

「…………」

 

 海岸の一角、人気のない岩場の暗がりで何人かの人物が話し込んでいた。うち大多数は毛皮に薄汚れた服装の怪しい者たちが三、四人ほど。対して、一人の少女もといスザンナが心苦しい表情で黙りこんでいる。

 男女入り交じった怪しい者どもは威圧的な目でスザンナをにらんでいる。うち一人がこう言った。

 

「こうなりゃお前に直接、人魚の住みかまで案内してもらうかぁ?」

 

「えっ……私が?」

 

「だって、こうかれこれ半月以上も待たされてんだぜ? 言葉だけじゃあ信用ならねえよ」

 

「うっ……」

 

 スザンナはひるみ、両手を胸の前でぎゅっと握り合わせた。

 この近くの漁村に住む、村長の下の娘であるスザンナ。村長の一家として人魚――もとい魚の獣人たちの住みかを知る彼女は、高値で売れるそれを狙った海賊どもと接触していたのだ。

 ただスザンナもためらいがあるのか交渉が何日も長引き、今では海賊たちが痺れを切らしかけている状態である。

 

 ……また、そんな決定的な場面を陰からのぞきこむ人物が一人いた。

 

(……現場を押さえたはいいけど、出ていくべきかなぁ……)

 

 スザンナたちから離れた岩陰に隠れ、目だけで様子をうかがう()()()少女。カメレオンの獣人、ソフィアであった。

 勘づいたアランにうながされ、こっそりスザンナの後をついてきた彼女。しかし彼女は武器のククリを手に持ったまま、どう行動すべきか考えていた。

 

(私が不意打ちすればスザンナを引き離す事はできるだろうけど……それじゃ何の解決にもならないしなぁ)

 

 そう、下手をすれば海賊と村の確執がさらに深まる恐れがある。そもそもスザンナがなぜ海賊と接触しているのかも、ソフィアはまだ知らないのだ。弱味でも握られたか、はたまた海賊に自主的に協力しているのか……。

 とにかくうかつに介入してはいけない。そこまで考えて、ソフィアの脳内には別の思考が浮かぶ。

 

(いや……とりあえずここで帰っちゃおうかな……。スザンナの考えとかまで配慮する義理ないし)

 

 深入りしてはまずいという考えがあらぬ方向へと転がる。元から冒険者もといプロですらないソフィアとしては、面倒な事はあまりやりたくなかった。

 と、彼女が思考をめぐらせていた時。

 

「まあまあ旦那。そう怖い顔しないで」

 

 ふと、少しだけ穏やかな声がした。ソフィアがあわてて視線を向けると、海賊たちの中から二人の人物が進み出た。男女の二人組。一見普通の人間のようだが、頭に三角形の猫耳がついている。獣人だ。

 ソフィアは思わず耳をすます。一方で獣人たちは、スザンナへこう語りかけた。

 

「まあ迷う気持ちは分かるさ。お嬢ちゃん」

 

「ルイスさんに……ルイーズさん」

 

 かすれた声で、獣人らの名前を呼ぶスザンナ。そんな彼女へ、獣人らは続けた。

 

「けど、僕らは人魚を売りたいだけ。人魚を殺すつもりもなければ、ましてや村人を殺したくもないんだ」

 

「…………」

 

「それに、間違いなく大きな儲けになる。あなたへも分け前はよこすって言ってるじゃない」

 

「だからって……」

 

 男のルイス、女のルイーズはそれぞれ猫なで声でスザンナへ語りかける。スザンナはそれに対して反論せず、動揺していた。

 そして、ルイーズの次の一言でスザンナの表情が変わる。

 

「オシャレ、してみたいんでしょう?」

 

「……!」

 

 ハッとして顔を上げるスザンナ。それを好機と見てか、ルイーズは畳みかけるようにして言った。

 

「前にも言ったじゃない。しけた村が嫌なら、お金を持って出ていけばいいって。そうすれば新しい人生が開けるわ」

 

「別に……嫌ってワケじゃ」

 

「隠さなくていいじゃない。あなた言ったでしょう。誰も自分のアザなんて知らない場所に行きたいって」

 

 ルイーズの視線が、ちらとスザンナの足へ向けられる。ズボンに隠された、あの魚のようなアザの広がる足。

 スザンナがうっとうめいて俯くと、ルイスも気安い調子で言った。

 

「僕らだって故郷を捨てた身だ。それでもお金があれば何とでもなる。ちっぽけな村のしきたりなんて気にするなよ」

 

「あなたたちは……平気なの? 家族とかは……」

 

「そんなもん忘れた。その気になればアッサリ捨てられるさ。ねぇ旦那?」

 

 ルイスは海賊のメンバーへ振り向いて笑う。海賊たちも下卑た笑いを返し、スザンナへ言い寄った。

 

「そうともお嬢ちゃん。なんなら船に乗せて別の街まで連れて行ってやるぜ?」

 

「そこで第二の人生を歩もうが自由だ」

 

 海賊たちはそう言って、そろってよこしまな視線を向ける。そこに思いやりなど無いのは明らかだったが、スザンナは拒否できずにいた。

 村を捨てた、自身の生まれつきのアザを誰も知らない人生。それが彼女にとって少なからず魅力的だったのだろう。

 スザンナは下を向いたまま数秒だけ歯噛みし、えずきにも似た声で言った。

 

「今日は……待って」

 

「あ?」

 

「お願い。明日には必ず返事をするから。決心がつくまで……待って」

 

 煮え切らない返事に、海賊たちの顔が険しくなる。しかしルイスとルイーズがなだめるような視線を送ると、その表情もころりと変わった。

 

「……仕方ねえな。じゃあ明日の今ごろ、またここで」

 

「色よい返事を期待してるぜ」

 

「……じゃ、ね」

 

 海賊たちは肩をゆすりながら、背を向けて岩場を出ていった。少しして、近くに隠していたらしい小舟に乗り、その場を離れていく。

 その船の影が少しずつ小さくなり、豆粒のようになった頃、スザンナは深い深いため息をついた。

 

「はぁーーーっ……」

 

 話していた間のストレスをまとめて吐き出すような吐息。しかしそうして気を抜いた一瞬の後、スザンナの背に声がかかる。

 

「ねえ」

 

「うひゃあっ!?」

 

 静かだった岩場にすっとんきょうな声が響く。スザンナがこわばった顔で振り向くと、そこにはにやけた面のソフィアが立っていた。

 息をのむスザンナへ、ソフィアは笑って詰め寄りながら言う。

 

「へぇー、そんな顔もするんだね」

 

「ソフィア……だっけ? な、なんでここに……」

 

「んー、暇だから遊んでたら、たまたま~」

 

 とぼけた調子で答えるソフィア。それに対してスザンナが口を開く前に、ソフィアはこう問いかける。

 

「それよりさ、今のって……」

 

「み、見てたの……?」

 

「うん。海賊だよね?」

 

「…………」

 

 答えに窮するスザンナ。そして目に涙を浮かべると、彼女はソフィアへこう懇願する。

 

「お願い。お父さんとお姉ちゃんには……言わないで」

 

「えー、どうしようかな。後から色々言われたくないし」

 

「そ、そんな……」

 

「私がかばってあげる筋合いないしねー」

 

 冷たい態度のソフィア。彼女はそうしてスザンナがうろたえるのをしばらく眺めていたが、ふとポツリと、こう問いかけた。

 

「……スーはさ、やっぱり気にしてる?」

 

「へ……な、何が?」

 

「アザよ。あの足のアザ」

 

 スザンナの足を指さし、じれた口調で言うソフィア。するとスザンナはムッと口をとがらせて答えた。

 

「それは……ちょっとは」

 

「生まれつきなんだってね」

 

「悪い?」

 

 スザンナの目つきに陰険さが戻りかける。ところがソフィアはサラリと答える。

 

「別に。私も生まれつき中途半端だし」

 

「えっ……?」

 

「人間と獣人のあいの子でさ。ほら、体の色もちょっとマダラ状なの」

 

「…………」

 

「おまけに親がどっちも行方不明でさー。いやぁ苦労したよホント」

 

 ソフィアはいやに明るい調子で身の上を明かす。戸惑うスザンナへ、彼女はまた問う。

 

「スーの方はどうなの? 親御さんの事どう思ってる?」

 

「……そんなの」

 

「いいから聞かせてよ。獣人の名残(なご)りがある人間とか興味あるし」

 

 ソフィアは口角を上げながら、ぐいぐいと相手に詰め寄る。そのニヤつきからは、スザンナへ寄り添うというより、ソフィアからの一方的なシンパシーが感じられた。

 スザンナは内心で気分を害したが、海賊との内通を見られた弱みからかため息まじりに答えた。

 

「……お父さんは、あまり好きじゃない。私のアザの事も、いざとなったら『気にするな』としか言わないし」

 

「なんか大雑把ぽいからねぇ。相談とかしにくそう」

 

「おまけにお姉ちゃんまで似たような性格だし……嫌になるわ」

 

「なるほど、だから家の中でもなんかテンション低かったんだ」

 

 うんざりした様子のスザンナの横で、ソフィアは納得したようにウンウンとうなずいた。そして「じゃあ……」と言いかけ、何かに気づいたように口をつぐんだ。

 それを見たスザンナは察したように口を開く。

 

「お母さんならいないよ。私を生んで亡くなったんだって」

 

「あ……そうなの」

 

「私のアザ見てたら何て言っただろ……」

 

 気まずそうな顔をするソフィアを尻目に、スザンナはうつむいてボソリとつぶやく。眼下の海面に映る彼女の表情には、寂しさといら立ちが入り交じっていた。

 わずかな間、場に重苦しい沈黙が流れる。それを気にしてソフィアは口を開いた。

 

「……死んだなら、あんまり気にしなくて良くない? 悪い方に考えなくても」

 

「あなたは気にしてないの? 両親が行方不明なんでしょ」

 

「気にするほどの記憶ないし。こっちは名前も顔も知らないからね」

 

「……ある意味、気楽ね」

 

 スザンナがすねた顔でつぶやくと、ソフィアは怒るでもなく肩をすくめた。怒ってはいない。そう判断したスザンナは顔をしかめて愚痴を吐きだした。

 

「……私は、こんな体で生まれたくなかった。他の子たちみたいに綺麗な、普通の肌がよかったのに」

 

「『なんでこんな風に生んだのよ!?』ってヤツ?」

 

「そうよ……それを言いたいお母さんは、もういないけど」

 

「生きてたら言ってたの?」

 

「っ……言えるワケないじゃない! お母さんにはどうしようもないんだから!!」

 

 ソフィアの無遠慮な質問に、スザンナは悲鳴のような怒鳴り声を発した。一瞬のちにスザンナはハッと我に返ると、目に涙を浮かべて肩をふるふると震わせはじめた。

 

「もう嫌……こんな村出て、遠くに行きたい。私の事なんて誰も知らない場所に」

 

「……じゃあさ、普通に出ていけば? なにも海賊と取引したりしなくていいじゃん」

 

「お金ないもん! 無一文でよその土地でやっていけるワケないじゃん! バカなの!?」

 

 スザンナは足元の海水もかまわず地団駄を踏み、子供のようにわめいた。彼女が感情をむき出しにする瞬間を初めて目撃したソフィアは言葉につまって面食らっていた。

 しかし、スザンナの悲痛な表情を見たソフィアはなんとなく放っておけないような気がした。獣人と人間の血が混じった者同士の同情の他に、とにかくスザンナを止めたい衝動がわいてくる。

 ソフィアは視線をめぐらせ、遠慮がちに口を開いた。

 

「なら……引っ越しの援助してもらうとかは? ガストンやヴァネッサに」

 

「家全体が貧乏なのよ……アンタは知らないでしょうけど」

 

「にしても、よりによって村のしきたりを破って儲けなくても」

 

「それくらいしないと、はした金しか入らないのよ! 貧しくてもみんな満足しちゃってんだから!」

 

「…………」

 

 答えるたびにいら立つスザンナ。その緊張した空気にソフィアが一瞬黙ると、スザンナはうんざりした笑みを浮かべて言った。

 

「だいたい……村を出るなんて話、まともに聞いてくれやしないわ。軽く流されるに決まってる」

 

「なんでそんなの分かるの?」

 

「だから、()()してるのよ、今の暮らしに。お父さんもお姉ちゃんも、毎日魚を捕ってセコセコしながら死んでいく人生しか頭にないの」

 

 スザンナは吐き捨てるように言いきった。ソフィアが口を開きかけるが、それをさえぎってスザンナは続ける。

 

「生きてる人だけじゃないわ。死んだお祖父ちゃんもそうだった」

 

「お祖父ちゃんって……あ、もしかして前の村長さん?」

 

「そうよ、お父さんの父親……。子供の頃の私に何て言ったと思う? 『村を出たらアザのせいで気味悪がられるから、ずっとここで暮らせ』だって!」

 

「うわ、それは酷い……」

 

「だから出てってやるの。こんな田舎の人魚伝説なんて忘れて、別人として暮らす! もうスザンナって名前も何もかもまっぴら!」

 

 ソフィアのかすかな同調も、スザンナにはもう聞こえていないようだった。顔を真っ赤にして自身の中の愚痴をどこまでも垂れ流す。

 それを見てソフィアはなんとなく、このような愚痴をスザンナは今まで言葉にしてこなかったのだろうと察した。今までさんざん鬱憤を溜め込んだのが、村のしきたりを破るという形であふれたのではないか。

 ソフィアが頭の中でそんな事を考えていると、スザンナがいつの間にかシュンとして、涙をぬぐいながら言った。

 

「……ね、だから、分かってくれる? 私が海賊(アイツら)と組んだ理由」

 

「あ……それは」

 

「お願い。邪魔しないで……アンタらには大して迷惑かけないでしょ」

 

 ひねくれた口調ではあったが、その目だけはすがるように光っていた。そんな視線がかち合い、ソフィアはしばし目をそらす。

 正直、ソフィアも同情しなくはない。生まれながらの見た目でコンプレックスを抱くなど無理からぬ事であるし、そんな気持ちを抱えたまま過ごす貧しい漁村など、しけた希望のない場所に見えても不思議ではない。

 

「まー、気持ちは分かるけど……」

 

 そう前置きし、ソフィアはちらとスザンナを見る。本人がスッキリするなら送り出してやってもいいんじゃないか、とも思ったが、すんなり決断はできない。

 目の前で感情を爆発させ、八つ当たりのような動機で家族を裏切ろうとしているスザンナ。そんな彼女を見ていると、どうしても暗い末路を想像してしまう。

 ソフィアは少し舌の上で言葉を転がし、こう水を向けた。

 

「ただ、金もらってハイさようならってのはなー……」

 

「…………?」

 

「だってさ、そしたらガストンもヴァネッサも、スーの気持ち知らないまんまだよ? 海賊に騙された可哀想な子だって思うかも」

 

「あ……」

 

 スザンナの眉がピクリと動く。自分の本音が伝わらないままなのは悔しいのだろう。それを見たソフィアはさらにこう話す。

 

「私は親の顔なんて知らないけどさ。会う機会があったら文句くらい言ってやりたいなー。最悪ぶん殴ってるかも」

 

「…………」

 

 海面に目を落とし、無言になるスザンナ。今さらたが、自分のした事が軽率だったと思いはじめているのだろう。

 それを見てとったソフィアは、急にスザンナの目の前に駆け寄った。パシャパシャと水をかく音に顔を上げたスザンナへ、ソフィアは上目遣いに口を開く。

 

「ね、もしよかったらさ。私と組まない?」

 

「は?」

 

「私にいい考えがあるの。ガストンたちにガツンと言えてお金まで手に入るいい方法」

 

「……何言ってんの」

 

「信じてくれないのー? 村から出る事だってできるのに」

 

 ソフィアはにんまりと笑いながら、妙に自信ありげに言った。スザンナは戸惑ったが、信じないとは言わなかった。

 二日そこらの薄い縁でも、ソフィアを信用しているのだ。スザンナが即答せずにいると、ソフィアはかまわず口を開いた。

 

「……ま、まずは作戦を聞いてみてよ。早くしないと人が来ちゃう」

 

「でも……」

 

「いーから! 上手くいけば私もスーも儲けられるから。騙されたと思って……」

 

 なんとなく不穏な声色で誘うソフィア。スザンナがついにうなずくと、二人はそのまま暗がりの中で話し合いをはじめた。

 冷えた風が流れる海辺で話す二人の表情が、ソフィアはどんどん楽しげに、スザンナはみるみる緊張したそれに変わっていった。

 

 ……その話す内容は、その場の二人以外の誰にも聞こえていなかった。

 

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