獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「……本当にこっちで合ってるんだな? お嬢ちゃん」
「うん。いいからこのまま進んで」
分厚い雲が、昇ったばかりの太陽を覆い隠す早朝。ゲロス村の村長の次女、スザンナは2畳程度の舟に乗せられて真ん中に座り込んでいた。周りには5人ほどの男女が囲むように乗り、辺りを見回せば同じような船が5、6艘も固まって進んでいる。
船にいるのは誰も薄汚れた毛皮と衣服に身を包んだ怪しい風体の者たちだった。もれなく剣やナイフなどの武器を身につけ、なんとなく下劣な雰囲気の笑みを浮かべている。
スザンナの周りにいるのは、最近ちかくの漁村と衝突している海賊たちだった。近辺の海域に生息しているはずの獣人、人魚の居場所をつかもうと村をおどしていたのである。
その中でも一際いかつい顔をした眼帯の男が、背後のスザンナを振り返って言った。
「騙したら承知しないからな。こちとらずっと待たされたんだ。その気になりゃどうするか分からんぞ」
「…………」
「もー、船長ったら。怖がらせちゃダメですよ」
「せっかく案内してくれるって言うんですから、優しくしてあげないと」
威圧感に縮こまるスザンナを、二人の海賊が気遣う。それはメンバー内で異彩を放つ獣人、ルイスとルイーズ。彼らは猫の尻尾をスザンナの手にからめながら、なだめるように言う。
「お父さんたちにはバレてない? 大丈夫?」
「うん……具合悪いってウソついたから、私を置いて漁に出てった。しばらく帰ってこない」
「そっか」
スザンナの顔はこわばっていた。それを見たルイーズは、その頭をなでてやりながら語りかける。
「落ち着いて。人魚を予定通り捕まえたら、あなたには何もしないわ。ちゃんとお金も渡す」
「あとはどっか別の街に逃げちまえば、第二の人生が開ける。心配いらないさ」
「……うん」
ルイーズと、そしてルイスの言葉に、スザンナはぎこちなく頬笑む。そして自身の足をふっと見た。
彼女のズボンの下には、魚を思わせる灰色なアザがある。かつて人魚と村民が混血していたらしい名残り。そして、スザンナが村を捨てて遠くへ行きたい理由だった。
自分にはどうにもならない異質なアザ。彼女はそれを忌み嫌い、そしてその気持ちを理解しようとしない家族を忘れて、どこか知らない場所へ行きたがっていた。
「…………」
彼女はうつむきながら、悩ましげにある事を思い返していた。この海賊たちと最後に会った時の事を思い出した。
――
『ね、もしよかったらさ。私と組まない?』
…………
『いーから! 上手くいけば私もスーも儲けられるから。騙されたと思って……』
――
……あの時ソフィアに言われた言葉。それから一日をはさんで、スザンナはこうして海賊たちを案内している。
父親ガストンたちが出かけたスキに、ある場所へと……。
「お嬢ちゃん」
「! は、はいっ!」
その時、思考にふけっていたスザンナへ、不意に声がかかる。スザンナが我に返って振り向くと、ルイスがやや険しい顔をして言った。
「念のため聞くが……船に細工したりしてないよね?」
「えっ……し、してないです」
「急にどうしたの、ルイス」
スザンナは何故か緊張した様子で答える。一方で隣のルイーズが首をかしげると、ルイスは周りをにらむように見回して言った。
「……気のせいかもしれないけど……一つだけ、妙な動きをしている気がするんだ。何か引っかかっているような」
「えー……?」
眉を寄せながらルイーズはルイスと同じ方向を見る。船団の最後尾を進む一艘の船。一見トラブルもなく普通に進んでいるように見えるが、ルイスは疑り深い目で言う。
「考えすぎかもしれないけど、なんとなくおかしい。定員オーバーしているみたいな……」
「んー……言われてみれば確かに遅いけど……気にするほどじゃなくない?」
「…………」
ルイスとルイーズが会話するそばで、スザンナは無言で縮こまっていた。まるで自身に微かにでも向けられた疑念へおびえるように。
それに気づいたルイスが、あわてて笑顔で向き直った。
「ああ悪い。やっぱり気のせいだよ。そんな顔しないで」
「……はい」
こわばった表情でうなずくスザンナ。その気持ちをほぐすためか、ルイスは軽い調子で続けた。
「ほら、獣人は君たち人間より感覚が鋭いからさ。ささいな動きや音が気になっちゃうんだよね」
「おかげで『何もないところ見てどうした?』ってしょっちゅう言われるのよねぇ」
「そういうワケだからさ。気にしないでよ」
「…………」
くだけた調子で笑うルイスとルイーズ。それを見て、スザンナはホッと息をついた。
その時、前を見ていた船長が振り向き、不意に声をかける。
「おい、何か見えてきたぞ。こっちでいいのか?」
「……あっ、うん。そう」
ドスのきいた声に、スザンナは生返事をしてからあわてて前方へ向き直った。
そこには、岩がむき出しになった小島と、その側面からポッカリと口が空いたような洞穴があった。
「その穴の、奥」
スザンナが洞穴を指さして言う。言われて海賊たちがそこへ近づくと、固まって進んでいた船団が自然と一列に並んでいく。
船一艘にも満たない左右の幅を神経質に目で確かめる船長。しかし奥へ進むにつれ内部は薄暗くなり、辺りは目を凝らさないとほとんど何も見えないようになってしまった。
「暗いな……」
「こういう場所じゃ、そりゃ見つかりにくいワケだ」
洞穴の中に、ルイスとルイーズの声が響く。暗闇に浮かぶ猫の目に、黒い部分の割合が増える。
二人の呑気な声だけを聞けば、ちょうど海辺の洞穴の乗船ツアーのようだった。しかし実際には景色を楽しむ余裕などない。
「こんな真っ暗なところに、本当に人魚が住んでるのか?」
「海の中を泳げば、いくらでも抜け道があるから……。それに、暗い場所ばっかりじゃないし」
船長の問いに、スザンナはさらに奥の方を指さす。すると、はるか遠くに光が差し込んでいるのが見えた。それに気づいた船長が感心した声をあげる。
「おお、別の場所にも繋がってんじゃねえか! こりゃ確かに探せば何かいそうだな!」
「よっしゃ、一攫千金はもうすぐだ!」
「ここまで来たら、誰かにバレる心配もないだろ!」
「…………」
船長の声に、他の海賊たちも色めき立つ。いよいよスザンナも裏切りを達成しつつあり、彼女は罪悪感に塞ぎこんでいた。
……はずであった。
彼女は不意に立ち上がったかと思うと、暗い洞穴中に響くような大声で叫んだ。
「みんな、今!」
「……っ!?」
突然の叫びに、海賊たちが戸惑いの表情を浮かべる。中でも利益を確信していたぶん困惑していた船長の背後、洞穴内の岩陰で、何かが動いた。
その動きにルイスがいち早く気づき、キバをむいて叫ぶ。
「旦那! 後ろ!」
「へっ……」
船長が間抜けな声をもらした直後、岩を蹴って二つの影が飛び上がる。そして、彼らの船に音を立てて何者かが飛び乗った。
ガタガタとうるさい音とともに船が揺れ、船長たちの視線がいっせいにその乱入者に向けられる。その姿を見て、船長が怒りの声をあげた。
「お前ら何者だ! 何しに来やがった!?」
「そこの娘さんの知り合いだよ。手伝ってくれって頼まれてね」
「待ち伏せさせてもらったぜ。人魚泥棒さんよ」
怒鳴られた乱入者――アランとジゼルは武器を構えて答える。初対面の二人に船長が剣を抜こうとすると、彼らの後方……後ろをついてきた船の海賊たちが突然、驚きの悲鳴をあげだした。
「うわ、何だコイツ!? 透明なのが急に……!?」
「こっちは……イカだ! イカがいる!」
「こっちは蛇だ! くそ、どうなってやがる!」
方々であがる困惑の声。アランの仲間たち……ソフィア、リリィ、ケネス、クロエそれぞれが海賊たちの船に次々と飛び乗ってきたのだ。それを眺めていたルイスとルイーズが、やれやれと肩をすくめて言った。
「なるほどね……あの動きの変な船は、あらかじめ誰かが潜んでいたと」
「船長さん、こりゃハメられましたよぉ」
「な、なぁっ……!?」
予想外の奇襲に船長はわなわなと震え出す。そして何かを察したのか目の前のスザンナをにらむと、歯ぎしりしながら言う。
「貴様……まさか最初から」
「……ちょっと迷ったけど。ちなみに人魚はもっと遠くに住んでるから。この先は行き止まり」
「この小娘が! 優しくしていればいい気に――」
船長は剣を振り上げるやスザンナへ斬りかかろうとする。しかし、そうすると横手の暗闇からまたもや何者かの声が響いた。
「親父、早く!」
「そーれっ!」
十代と思われる少女と、中年らしき男の声。その声に続いて何か大きなものがバサリと広がり、船長に上から覆いかぶさった。
「うわっ!?」
得体の知れないものに覆われ、船長はジタバタともがく。彼をすっぽりと包んだそれは、魚を獲るための網だった。
網を投げてきた方角へ船長がどうにか顔を向けると、洞穴の横穴に停められた小舟と、その上に乗る二人の人物が見えた。
「スー! ケガはない!?」
「苦労をかけてすまん! もう大丈夫だ!」
「……お姉ちゃん、お父さん……」
家族の姿を見て、スザンナはホッとした笑みを見せる。それに気づいた船長は網の中をもがきながらガストンたちへ怒鳴った。
「お前らこのガキの身内か! コイツが何をしたか知ってるのか、村の掟を破って……」
「そいつは後でじっくり聞くさ」
「な、なぬっ!?」
船長の言葉をさえぎるガストン。そして神妙な顔になって続けた。
「昨日、そこの兄ちゃんたちから言われたんだ。スザンナが海賊たちに目をつけられて、一人で時間かせぎしていると」
「時間かせぎだぁ? おめでたいヤツめ……!」
「どのみち、本当の事はスザンナに後で聞くつもりだ。そういう約束だからな」
ガストンの視線がスザンナへ向かう。意を決した顔でうなずくスザンナへ、ガストンもヴァネッサも微笑んだ。
「家族だからこそ話しにくい事もあるだろうが……最後は打ち明けてくれると信じてる」
「私も。大事な妹だもん」
ガストンとヴァネッサは船長をしてやったりと見つめながらそう言った。船長はいまいましげにうなり、先ほどから黙っているルイスとルイーズの二人へ叫んだ。
「ええい何をしてる獣人ども! さっさと俺を助けないか!」
「…………」
見苦しく騒ぐ船長だったが、ルイスもルイーズもそろって半笑いでそれを見つめていた。やがてルイーズが肩をすくめて言う。
「いやぁ船長さん。この船の上であなたと女の子に注意しながら戦うのはムチャですよ」
「な、どういう意味だ!?」
「まずは女の子の方から下ろしてやりましょう。ほら、行った行った」
ルイーズはそう言って、スザンナへ『あっちへ行け』とジェスチャーする。スザンナは戸惑ったが、アランやジゼルふくめ誰も止めない。
スザンナは一つうなずくと、船から飛び降りて父親と姉のいる船へ泳いでいった。それを見ながら船長は一瞬ボーゼンとしていたが、我に返ってルイーズたちを怒鳴りつける。
「いやいや何を考えてる!? 逃がしてどうするんだ!?」
「だぁーって、人質とかにしてもしょうがないでしょ。こんな状況じゃあ」
あちこちの船で乱戦が始まっているのを見回して、ルイスが鼻で笑う。続けてジゼルが船長へと歩み寄り、言った。
「スザンナの言った通りだ。なかなか話の分かる獣人じゃないの」
「このっ……」
「んじゃ、お前も邪魔なんでちょっと退いてくれよ~」
「お、おい何をする……うわっ!?」
追い詰められて怖じけづく船長を、ジゼルはためらいなく船から蹴り落とした。ざぱあっ、と派手な水音を立てて水没した船長は、網を押し広げながら必死に叫んだ。
「くっ……泳げん! 見てないで引き上げてくれ! ルイス、ルイーズ! 後でひどいぞ!」
「"後"なんてあるんですかね、旦那」
「き、貴様っ……」
「心配しなくても、溺死はしませんって」
見下ろしながら、ルイーズがクスクス笑う。そしてガストンが網をつかんで一息に船長を自分の船へと引き上げた。
「ぐえっ」
「おお、めずらしい
「親父、コイツどうする?」
「兵隊さんにやってしまおう。彼らなら喜んで引き取ってくれる」
「こ、この……!」
ガストンとヴァネッサは冗談を言いながら船長をあっという間にす巻きにしてしまった。それを見届けたアラン、ジゼルは、ルイスとルイーズの方へ向き直る。
「じゃ、仕切り直すとするか」
「やれやれ、あの子が親子ゲンカする気になるとはねぇ」
「その割にはうれしそうだな、お前ら」
「別にー? 気のせいじゃない?」
手にカギ爪をはめながら、ジゼルが軽口をたたく。それをルイスは笑ってとぼけた。
そのやり取りを見て、アランは少し神妙な声になって言う。
「……よかったら投降しないか? 素直にした方がケガしなくて済むぜ」
「私としちゃ、あんまり獣人と戦いたくないんだよな」
アランの勧めにジゼルも同調する。しかしルイス、ルイーズは互いに悲しげに視線をかわして答えた。
「……せっかくだけど、もう帰る場所もないしなぁ」
「ワンチャンここを突破できる可能性に賭けるしかないのよね」
言いながら、二人はそれぞれ身につけた武器を取る。ルイスは腰にさした二本の手斧、ルイーズは懐にしまったダガーナイフ。武器を向けられ、アランとジゼルも覚悟した顔で身構える。
「なら……こっちも容赦はできないな」
「かまいやしないって。来なよ!」
ルイーズがけしかけると、アランたちは相手を見据えて駆け出した。四人ぶんの武器がぶつかり合い、洞穴内に高い金属音が響き渡った。
――
……その頃、アラン以外の船でも戦闘は進んでいた。ソフィアは襲いかかってくる海賊たちを相手に、軽快な動きで攻撃を避け続けていた。
「よっ、ほいっ!」
「このガキ、ちょこまかと……!」
「大人しくしやがれ! 八つ裂きにするぞ!?」
「へへーん、お断り!」
5、6人が絶え間なく振り回す剣を、ソフィアは右に左に、そして時には敵の股下へ滑り込んでかわしていった。何も身につけない身軽さでもって、隙をみて海賊を海へ蹴り落とす。
「ソフィア!」
隣の船にいたクロエが、ソフィアのククリを投げ渡す。ソフィアはそれを受け取り、即座に両手に構える。
「殺してはいけませんわよ!?」
「分かってるって!」
クロエの戒めに元気よく応え、引き続き海賊を相手にするソフィア。敵の武器を持つ指や、足元などを狙って斬りつけ、いやらしく無力化させてはまた海へと蹴り落としていく。傷口に海水が沁み、海賊たちは悲鳴をあげた。
その小賢しい戦いぶりにクロエが半ば呆れていると、彼女へも海賊が襲いかかる。
「おらあぁ!」
「ふんッ!!」
囲い込むように襲いくる海賊たちへ、クロエはムチを取り出して弧を描くように振るう。弾かれる音が洞穴にこだました直後、彼女は逆向きにもう一度ムチを振るい、同時に魔法の呪文をとなえる。
「
直後、海賊たちへぶち当たるムチを追いかけるように、大きな氷の塊が足元を這った。それは海賊たちの膝まで覆って瞬時に固まり、あちこちから小さな氷柱が垂れ下がる。
脚が凍りついて動けなくなった海賊たちは驚くと同時に、氷の重みで船がぐらつき、そろってあわてだす。
クロエはそんな船を蛇さながらの自らの胴体でバランスを取り、ムチを再びかざす。
そして舌をチロリとのぞかせて言った。
「お店にいる時はね……よくお会いしましたのよ」
「な、何だ!? 何の話だ!?」
「あなた方のような、ロクデナシは見飽きたという事ですわ!」
そう言って、うろたえる海賊たちへムチを振り下ろすクロエ。二度、三度、絶え間なく高く鋭い打撃音が鳴り響き、それに乗せて彼女は興奮ぎみに声をあげた。
「きまって、
「いだっ! あだ、あづっ! 痛ぁいっ!!」
「どうなんですの!? 悪いと思ってますの!? 何とか言いなさい!!」
「ぎゃっ、やっ、やめてくれぇ!!」
動けない相手へ、心なしか楽しげにムチを見舞うクロエ。その声は洞穴全体に響き渡り、自然と他の連中の注目を集めた。
「……あの人、ずいぶんハイになってるなぁ……」
その頃、別の船に乗っていたケネスは嫌でも聞こえてくるクロエの声をチラチラと気にしていた。耳が敏感なのか、少しうるさげに苦笑いしている。
そんな彼にも、例によって複数の海賊たちが襲いかかった。
「死にやがれぇっ!」
「うわっ!」
剣を振り下ろしてくる男らから、ケネスはハープを抱えて逃げ回る。そんな彼へ、すぐそばから叫び声が届く。
「ケネス、しっかりして!」
ケネスが顔を上げると、そこには別の海賊と戦っているリリィがいた。槍でもって海賊の剣を受け止め、ギリギリと押し返している。
その姿を見たケネスは、自身も戦わねばと思いつつ情けない声をあげる。
「けど、魔法を使うにも隙がなくて……うわっ!?」
「ああもう、仕方ないなぁ……」
背後から迫る海賊に、ケネスはハープを守るように抱いてあちこち逃げ回る。それを見たリリィは、彼女はつばぜり合いしていた海賊たちを振り払うと、先ほどにも増して大声で叫んだ。
「ケネス、伏せて!」
「!!」
その声でとっさにしゃがみこむケネス。それと同時に、リリィはぐんと背をそらしたかと思うと、反動をつけて前のめりになった。それに続いて、彼女の口からイカスミが勢いよく飛び出す。
「ぶわっ!?」
スミが海賊たちの顔にかかり、とたんに彼らは悲鳴をあげてのけぞった。リリィはそのままぐいと体をひねり、口から飛び出すスミを他の海賊たちにも浴びせかける。スミは弧を描いて飛び散り、海賊たちの顔をあっという間に黒く染め上げた。
「くそ、何だ!? 見えねえ!」
「目が……開けられねえ、わっ!」
顔中がスミまみれになり、視界を奪われた海賊たちはとたんにフラフラしだし、周りにぶつかるなどして混乱しだす。それを見たケネスは反射的にハープに手をかけ、力を込めて叫んだ。
「
ケネスが弦を弾くと、大音量に魔法の音色が流れ出す。海賊たちはそれが耳に響くやそろってビクリと体を震わせ、ユラユラと力なく揺れ始めた。
……そしてドサリという音を立て続けに鳴らし、気絶するように船の床に倒れたかと思うと、そのまま眠りこけてしまった。
その寝顔を確認し、ケネスはリリィと顔を見合わせ、ほぅと息をついた。
「……危なかった」
「ケガはない?」
「うん……ごめんねリリィ。一人で戦わせて」
「気にしてないから。むしろ誰も血を流さず済んだんだし、普通にお礼言いなよ」
「……うん、ありがとう」
リリィから差し出された手を取って立ち上がり、ケネスはぎこちなく笑った。
――
……一方で、アランとジゼルの二人はといえば。
「せいっ! はあっ!」
「いよっ、ほいっ」
船上に四人分の声と、武器の打ち合いの音が響く。アランとルイス、ジゼルとルイーズが二人ずつ、船首と船尾の方面に分かれて戦いを続けていた。狭い船を入れ替わり立ち替わり、彼らは海に落ちないように立ち回りながら互角に打ち合う。
そんな膠着状態の中、アランはルイスに向かって声を張り上げた。
「まだやる気か? だいぶ旗色が悪いようだが」
「確かに……」
次々と制圧される海賊たちの姿をチラと見て、ルイスもうなずく。しかし手斧を構え直し、彼は言った。
「けど、まだドサクサにまぎれて逃げるのは可能だ」
「逃がすと思うか? 出来もしないのに強がるなよ」
「いやぁ、ルイーズと二人で逃げるには、やっぱ戦わないとだし」
ルイスはそう言ってタハハと笑う。その笑みに心なしか余裕を感じ、アランは眉をひそめた。
その直後。
「せえぇいッ!」
「うわっ!?」
突如、ルイスは手斧を振り上げアランへ飛びかかる。アランがとっさに避けると、ルイスは船首に足をかけ、なんとアランとすれ違う形で船の外へと飛び上がってしまった。
「なっ――」
洞穴のただ中にジャンプしていったルイス。結局一人で逃げる気か、とアランが焦っていると、ルイスは更なる行動に出た。
「よっ……そらっ!」
彼は洞穴内の小岩や岸壁を足がかりにして、アランのいる反対側へ勢いをつけて戻ってきた。予想外の動きで迫るルイスに、アランは反射的に剣で身構える。
「くっ!」
上から振り下ろされる手斧を、アランはどうにか剣で受け止める。しかしルイスはその反動まで利用し、空中でクルクルと体勢を建て直すやアランの背後へ着地しようとする。
「あぶねっ!」
アランは反射的に背後へ剣を振るうが、ルイスはそれをアッサリとかわす。得意気に笑うルイスへ、アランは苦笑しつつ言った。
「……海賊よりサーカス団にでも入ればよかったんじゃねえの、お前」
「そうかもな。そのチャンスをつかむ為にも逃げないと」
「まだ言うか」
「ずっと逃避行してきた身だからな。ずっと二人でさ」
投げやりな口調でそう言って、ルイスは後ろ手にルイーズを指さす。アランが見ると、その視線の先ではジゼルとルイーズの戦いが続いていた。
「せっ、ほっ、やあっ!」
こちらの方でも、ルイーズが洞穴を縦横無尽に飛び回り、猫さながらの動きでジゼルを翻弄していた。ジゼルは狭い船上に釘付けにされ、あらゆる場所から迫るルイーズの攻撃を受け流すので精いっぱいだった。
「あーはっは! どうしたのお姉さん! 手も足も出ないじゃん!」
「くっ、この……!」
「身軽さなら
ルイーズが挑発してきても、ジゼルは歯がみしつつ必死にガードを続けた。頭上から迫り、足元に飛び込み、あるいは船の
「ええい、このっ!」
飛びかかってきたルイーズへ、ジゼルがぶるんとカギ爪を突き出す。しかしルイーズはそれを空中でひらりとかわすと、体をひねる勢いでジゼルの顔に回し蹴りを見舞った。
「ぐあっ!?」
強烈な一撃を食らい、ジゼルはよろける。その悲鳴に反応してか、別の船にいたリリィがハッと振り向いた。
「ジゼルちゃん!」
「おっと!」
が、飛び出そうとしたリリィへルイーズは後ろ手にナイフを投げつける。リリィの頬をナイフがかすめ、リリィがひるんでいると、ルイーズは腰からさらにナイフを抜きながら言った。
「
「くっ……」
悔しげに歯がみするリリィ。ルイーズとルイスの二人はまたアランたちとの戦いを再開しはじめるが、先ほどのようにナイフが飛んでくるかと思うと、周りの者たちもうかつに手出しできなかった。
そうこうしているうちにも、アランとジゼルは身体能力の差からジワジワと追い詰められはじめる。ルイスが間断なく振るう手斧をいなしながら、アランは必死に頭を回転させた。
(どうする……? 俺たちの足場はこの船だけで、奴らはあちこちの方角から狙ってくる……)
背後のジゼルを気にしつつ、突破口を考えるアラン。そんな彼の脳裏に、ふっとある考えが浮かぶ。
(そうだ!)
ハッと目を輝かせるや、アランは剣を振るってルイスを遠ざけると、素早く後ずさりつつジゼルの方を向いて叫んだ。
「ジゼル、背中を!」
「えっ……うおっ!」
急に呼ばれたジゼルは戸惑いつつも、反射的にアランへ背を向けた格好で後ろへ飛ぶ。結果、二人は背中を突き合わせた格好で船の真ん中に陣取った。
背中のぶつかる衝撃もよそに引き続きルイーズをにらむジゼル。そんな彼女へ、アランはルイスを見つめたままで、こうささやいた。
(今から俺の言う通りにしてくれ!)
(はぁ? 何だよ急に……)
(いいから! とにかくだな、今は……)
ささやき声でゴニョゴニョと話しだすアランとジゼル。それを見ながら、ルイスとルイーズは距離を取ったまま身構える。
「…………」
「…………」
狭い船の上。すれ違う余裕も少ないのに正面から行くのは得策ではない。ルイスたちは、敵二人を挟んで互いにアイコンタクトすると、警戒しつつもうなずいた。
そしてまた高くジャンプする二人。岩や岸壁を足がかりにして速度を上げつつ、ルイスが勝ちを確信したように叫んだ。
「諦めたか!? 悪いがそれなりのケガはしてもらうぞ!!」
その言葉とともに、二人は上からそれぞれ飛びかかる形で。アランたちを挟撃する。アランもジゼルも武器を構えたままで動かない。
決着か、と思われたその時。
「今だ!」
「えっ……」
突如、アランが大きな声で合図する。それと同時に、アランとジゼルがそれぞれ逆方向に駆けだす。姿勢を低くし、迫る獣人たちの下をすり抜けるようにして、船首と船尾に飛び込む勢いで倒れこんだ。
バタン、という二人分の騒音とともに揺れる船。しかしルイスとルイーズにとってはそれどころではなかった。
狙っていた相手がいなくなり、代わりに飛び降りたその先にいるのは、反対側から来た自分のパートナー。
「のわっ!?」
「きゃっ!?」
危うくぶつかりそうになり、ルイスたちは船に降りるなり急ブレーキをかける。足踏みしながら前のめりになりつつ、互いに抱き合うようにして止まった二人は、顔を上げるやほぼ同時に叫んだ。
「気をつけろよ! ケガしたらどうする!」
「勢いつけすぎ! ちゃんと前見てよ!」
文句を言い合う二人だったが、すぐにハッとして後ろを振り向く。その先ではアランとジゼルがしてやったりという顔で見つめていた。
アランが敵の二人に剣先を向け、剣に雷の魔力を集中させながら口を開く。
「簡単な話だった。来る場所が分かってるなら寸前で避ければいい」
「あとは仲間にぶつかるように仕組めば、動きが止まるに決まってらぁ」
「くっ……!」
得意気に言う二人の声に歯がみし、ルイスは目の前のアランへ斬りかかろうとする。しかしそれより早くアランは魔法を発動させた。
「
ルイスたちに向かってバリバリと迸る電流。その衝撃とまぶしさに、ルイスたちは思わず目をつむる。
「ぎゃあ!?」
「いやあぁっ!!」
電流から庇うようにしてルイーズを抱きしめるルイス。しかしそれもつかの間、アランは放電をやめると魔力をまとった剣をそのまま両手で高く振り上げる。
それを見たルイスはとっさにアランへ向き直ろうとする。
「何する気……ぐっ!」
「へへ、この一瞬の隙が欲しかった!」
痺れて動けないルイスを見ながら、アランはさらに剣へ魔力を集める。そして船の反対側にいるジゼルへ向けて叫んだ。
「ジゼル! 船から降りてろ!」
「おう!」
言われるが早いか、ジゼルは船尾を蹴って船を離れた。しかし飛び出したはいいが他の船にも岩場にも届かず、彼女は体はざぶりと水に浸かる。
何してんだコイツ、とその行動に一瞬だけ眉をひそめるルイスとルイーズ。しかしその直後に、二人はアランの方へ目を移す。
見ると、アランはまぶしいくらいに雷をまとった剣を掲げたまま、足元の船を見ていた。その狙いに気づいたルイスがとっさに飛び出す。
「おい待て、まさか――」
「
しかし、アランの方が早かった。彼の振り下ろした剣はすぐ下の足元……もとい船底にまっすぐ振り下ろされた。ルイスが止める間もなく、その剣は雷の軌跡を残して船底へ食い込む。
直後、洞穴中の空気を揺らすような轟音が響いた。
「ひあっ!?」
「きゃうっ!?」
焦げながら真っ二つに割れる船。思わず耳をふさぐルイスとルイーズの体が、ふわりと浮き上がる。下から噴き上がる水しぶきに煽られた後、無惨な姿で波に流され沈んでいく残骸のすき間に、二人はザブンと落ち込んだ。
海面から首だけ出した姿で、彼らはしばし見つめ合っていたが、一瞬のちにみるみる顔を真っ青にしたかと思うと、弾かれたように手足をバタバタと跳ねさせてから、水音に負けない声量で悲鳴をあげた。
「ひぎゃーっ! 水、水ッ!!!」
「やだぁ、水嫌いーッ!!!」
猫の本能から、またたく間にパニックになる二人。そんな二人へアランとジゼルが背後から近づき、アランがルイスを、ジゼルがルイーズを羽交い締めにして押さえつけた。
「野郎、こんな自爆戦法を……!」
「ふふん、わざわざ得意な場所で戦ってやる必要もないわな」
「離してよ、痛い!」
「おぉっと、暴れんなよ。かえって溺れるぜ」
捕まったルイスたちはジタバタともがく。特にルイスの方は激しく暴れ、アランに向かってわめいた。
「クソ、ふざけるな! これで勝ったつもりかよ!」
「はは、頭に血がのぼってるな。少し落ち着けよ」
「黙れ! こんな卑怯な手を使っておいて、恥ずかしくないのか!?」
「まあ、思うところはあるけどさ……」
ルイスがムキになって怒鳴るのを、アランはため息まじりにさえぎる。そして一瞬だけ視線をよそに向け、静かな口調になって言った。
「本当に最後まで抵抗する気か? アイツの見ている前で」
「アイツって誰!?」
「ほら、
アランは横向きにアゴをしゃくる。ルイスがいら立ちながら顔を向けると、そこには彼らに近づく一人の少女がいた。
スザンナである。周りを気にしながら船を飛び移り、ルイスたちのいる場所へ駆けてくる。
「…………」
それに気づいたルイスの体から、力が抜けていく。ルイーズも、取り押さえられながら意気消沈していく。そんな彼らへ、最寄りの船から身を乗り出してスザンナは言った。
「……ルイスさん、ルイーズさん……頼むから、もうやめて」
「何だよ……せっかく逃がしたんだから、放っておけばいいのに」
「そうもいかないよ」
スザンナは譲らなかった。ルイスが困った顔でルイーズへ振り向くと、ルイーズは悲しげに笑って言った。
「しょうがないわ。諦めましょう」
「いいのか……? ろくな末路じゃないぞ」
「私たちのまいたタネよ。命があるだけでもありがたいと思わなくちゃ」
ルイーズの言葉に、ルイスもやがて力なくうなずく。それを確認して、ジゼルが厳しい口調で言った。
「……じゃ、大人しくしてもらうぞ。これからまとめてお縄についてもらうからな」
「……分かったよ」
ルイスの返事を最後に、二人はズルズルと船に引き揚げられた。他の海賊たちもまとめて捕縛される中、スザンナは目に涙を浮かべながらその様子を見ていた。
……30分ほどのち、もう太陽が西へ傾きかけた頃、洞穴からいくつかの船が一列になって出てきた。来る時と違うのは、海賊たちが揃って縛りあげられ、それを見張るようにアランやガストンたちが何人かに分けて乗っている事だった。
その中には、ルイスとルイーズが乗った船もあった。その横には見張り兼漕ぎ手としてアランとジゼルがおり、それからスザンナがポツンと真ん中に立っていた。
スザンナは縛られたルイスたちを見ながら、申し訳なさそうに言う。
「……ごめんなさい。騙す事になっちゃって」
「いいって。遅かれ早かれこうなってたんだ」
「あなたが気にする事じゃないわ」
ルイスたちはすっかり諦めた表情で答える。それからルイスは空を見上げると、独り言のように言った。
「……故郷は人間につぶされて、どうなってもいいやって悪い仕事をやった。そんな身の上だから、お嬢ちゃんにも同情しちゃったんだけどさ」
「…………」
「根本的な事を忘れてた。お嬢ちゃんはまだ悪い事をしてない。これから家族とも仲直りできる」
ルイスの言葉を聞き、スザンナはうつむいた。海賊にさとされ、自分のしようとした事をあらためて痛感する。
そんな時、ジゼルがふと何かに気づいたように言った。
「……おい、何か聞こえないか?」
「へ?」
アランが振り向き、首をかしげる。他の者たちもキョトンとした目でジゼルを見るが、その中でルイスとルイーズの二人だけがピクリと眉を動かした。
「言われてみれば……」
「何か聞こえるかも」
「本当なの?」
「……獣人だから聞こえるのかもな。耳がいいから」
戸惑うスザンナへ、アランが少し考えてから言う。するとジゼルが耳をすまして口を開く。
「人魚が歌ってるんだ。どこか遠いところで」
「人魚……」
ジゼルが言いながらよそへ振り向く。アランやスザンナがそれにならうと、その視界には広々とした大海原があった。
雲が晴れて澄んだ空の下で、青い海が穏やかな白波を立てている。その景色の向こうから、冷たくも落ち着いた風が流れてくる。
その風に乗って、あの人魚たちの歌が聞こえてくるらしい。獣人ではないアランとスザンナには聞こえないが、他の面々の顔色を見るにその歌声が心地いいものであるのは間違いない。
ルイスが目を細めて微笑みながら、しかしどこか寂しそうに言った。
「僕も故郷に残れば、人魚たちみたいに平和に過ごせたのかな……」
「そう上手く行くかね。人間が踏み込んできたかも知れんし」
「まあそうだけどさ。悪い事して稼ぐよかマシだったかなって」
水を差すジゼルに自嘲するような笑みを返し、ルイスはうつむいた。スザンナがそれを心配そうに見つめていると、横からルイーズが言った。
「お嬢ちゃん。安易な道を選んじゃいけないよ。どうすればいいか悩んだら、ちゃんと周りに相談しな」
「ルイーズ、さん……」
「つっても、私らが言えた義理じゃなさすぎるんだけどさ。アハハ」
ルイーズは笑って肩をすくめる。その声色は明るかったが、どこか後悔の色が混じっていた。
「……あとは、家庭内の荒波が待ってるぜ」
そうつぶやき、様子を横から見ていたアランがふと前方へ向き直る。するとその向こうには、すでに元いた漁村が見えてきていた。
――
「……じゃ、世話になったな」
次の日の朝。、アラン、ジゼル、その他の一行はガストン家の前で別れを告げていた。旅支度を終えた姿のアランたちへ、ガストンが白い歯を見せて言う。
「こちらこそ、本当に感謝するよ。あのままだったらいつか人魚を連れ去られていたかもしれん」
「捕まえた海賊どもはどうすんだ? どのみち、俺たちが街の兵隊に知らせるつもりだったが」
「心配ない。我が家が責任もって土蔵に閉じ込めておくさ」
ドンと胸をたたくガストンへ、アランはうなずく。するとクロエが一歩前に進み出て、スザンナに向かって言った。
「……では、お元気で。ちゃんと親御さんと話すんですのよ?」
「……うん」
「何も言わないなら平気だろうってヤツいるからなぁ」
ジゼルがからかうように、ガストンとヴァネッサへ目をやる。すると二人はばつが悪そうに笑って、スザンナにこう言った。
「その……悪かったな。お前の悩みを軽く考えてた」
「私も、姉のクセに親父みたいな無神経さで……ゆうべ言われてよく分かった」
「もういいよ……。悪いのは私だし」
スザンナは首を横に振り、小さく微笑んだ。短いやりとりだが、それだけでスザンナが例のアザへのコンプレックスを打ち明けたのがうかがえた。
その様子を見てアランはうなずき、周りを見回して口を開く。
「よし、それじゃ遅くならないうちに行くか」
「あ、ちょい待って。その事なんだけど」
ところが、いざ出発というタイミングでソフィアが声をあげる。すると一同はついそちらへ視線を向けた。
「どうかしたの?」
「もしかして忘れ物ですか?」
「や、ちょっとね……」
リリィやケネスが尋ねるのにおざなりに答え、ソフィアはスザンナへ駆け寄る。そして唐突にこんな事を言った。
「ね、スー。私たちと一緒に街へ行かない?」
「へっ!?」
スザンナは急な申し出に目を丸くする。ガストンとヴァネッサ、そしてアランをはじめとしたメンバーも予想外という顔で戸惑っていた。
その表情に気づかないまま、ソフィアは続ける。
「ほら、前に私と組まないかって話したじゃん。ここまで含めて私の提案。どう?」
「……けど、急にそんなの言われても」
「都会まで送ってもらえるのにピッタリのチャンスだよ? 今しかないじゃん。ホラ」
ソフィアはまるで子供が遊び場にでも誘うかのように同行をすすめた。そこへアランがあきれた表情で口をはさむ。
「いや待てよ。そんな話聞いてないぞ」
「言ってないもん。それどころじゃなかったし」
「今この場で伝えて、通ると思うかそんな話」
「何よケチ。いーじゃん人間なら獣人より簡単に移住できるでしょ」
ソフィアは反省の色もなく頬を膨らませる。するとクロエもあわてた様子で言った。
「あの……ソフィア。それはさすがにムチャですわ。スザンナちゃんやそのご家族にも事情があるのですから」
「何よお姉様まで。私たち二人が街にもぐり込む時なんて、着のみ着のままだったじゃない」
「あのなぁ、それと一緒にするなよ。家族が子供を送り出すって、そう簡単じゃないんだって」
「なんにせよ、まず本人の意思を確認しないと。どう見ても困ってるし」
「乗り気だったとしても、即決できるようなスケールではないでしょうし……」
「むっ……」
仲間たちからこぞって批判を浴び、ソフィアは焦れた様子でうなる。家族もなく転々としてきた彼女からすれば、故郷や家族というのはさほど重みのあるモノではないのだろう。せいぜい形だけでも意思を確認できればいい、程度だろうか。
やがてソフィアは結論を催促するかのようにスザンナへ視線を向けた。しかし、スザンナは少し間を置いて苦笑しつつ答える。
「……ごめん。気持ちだけ受け取っとく」
「スー」
「私、この村に残るよ」
納得しないソフィアへ心苦しそうに頭を下げ、スザンナはそばにいる父親と姉をちらと見る。それからソフィアへ向き直ると、こう話した。
「……今まで、私この村にも、家族にも……自分にすら真剣に向き合ってなかった。ただ言われた通りに生活して、勝手にふてくされて……海賊なんかに利用された」
「…………」
「けどね。今からでもやれる事はあると思う。お父さんやお姉ちゃんと話したり、漁を真面目にやったり。他所に逃げる前に、すべき事がいっぱいあった」
「けど、いいの? 後悔しない?」
ソフィアは不安げな目つきで念を押す。それにスザンナはうなずいて答えた。
「後悔しないかは……まだ分からない。けど安易な道に逃げちゃったら、その方が確実に後悔しちゃうから」
そう答えるスザンナを、ソフィアはジッと見つめる。やがて彼女は折れた様子で、しょげてつぶやいた。
「……そっか」
「ゴメンね。一緒に行けなくて」
「別に、そんなんじゃないし」
ぶっきらぼうに言って、ソフィアは背を向ける。しかしその後ろ姿はどこか寂しそうだった。その背を、クロエが優しく撫でる。
アランは仕切り直すように口を開いた。
「じゃ、帰るか。元気でな、三人とも」
「ああ、それじゃ」
「よかったらまた来てよ。つっても大したもてなし出来ないけど」
「……さよなら」
「おう、またな」
軽く手を振り合い、今度こそアランたちは歩き出す。ガストンの家を離れ、村を出たところで、ソフィアがポツリとつぶやく。
「……家族ってめんどくさい。ケンカしないで仲いいつもりでも、あんな事になるなんて」
その声に、隣のクロエが振り向く。ソフィアの顔にはかすかに拗ねたような感じがあった。
それに切なそうな笑みを浮かべながら、クロエはこうなぐさめてやる。
「……たとえ家族でなくとも、結局は信頼しあえるかどうかが大切ですのよ。スザンナちゃんたちなら上手くやれるでしょう」
「信頼ねぇ……」
ソフィアがため息まじりに周りを見る。すると視線が気になってかジゼルが振り向き、からかうように言った。
「なんだ、私はまだ身内あつかいされてないのか」
「うっさいな。犬じゃないんだしそう簡単に尻尾振らないよ」
「失礼だな。これでも人を見る目はある方だぜ」
「はっ、どうだか」
フンと鼻を鳴らすソフィア。それにジゼルが苦笑していると、アランが横から口を出した。
「まあまあ。そういうのは口でどう言うかより、普段の振る舞いの方が大切だぜ」
「お前はいつもくだらない事しか言えないけどな」
「そんな事ないさ。じゃあ言ってやろうか。永遠に愛してるぜ!」
「よせ、気色悪い」
ふざけるアランを押しのけ、ジゼルは先を歩き出す。周りがクスクス笑っているとアランへちらと振り向き、やれやれという調子で言った。
「せめて兄弟はマシなつがいに会えてると信じたいぜ」
「ジゼルさんの兄弟って……」
「生き別れさ。人間の街に来てからずっとな」
「あ……」
まずい事を言った、とケネスがあわてて口を押さえる。ジゼルは肩をすくめ、さも気にしてない風に言う。
「どうせもう会えないだろうがな。お互い大人だし」
「そう……なんですか?」
「そうそう。どうせ私らの種族は独り立ちしたらバラバラさ。人間と違ってな」
ジゼルがそう話す姿を、皆はなんとなく気まずそうに見つめていた。ジゼルはそれに目を向けず、おもむろに空を見上げてつぶやく。
「けど……一度くらいは会ってみてぇなぁ」
「…………」
そのつぶやきの後、ジゼルは何も言わなくなった。一番前を歩く彼女の表情は、誰も見なかった。
――
「……姉ちゃん、無理だって! 爪が折れる!」
「文句言わないの。しゃべるだけ体力が無くなるわよ」
……ところ変わって、ここはアランたちが住んでいる街ルベール市。彼らが帰路を辿っている頃、街の外側、市街を取り囲む城壁際の一角で、怪しい二人組が言い争っていた。
丈の長いマントと、顔にグルグルと巻いたフードで全身を覆い隠した者たち。声色で若い男女だと分かるが、それらより奇妙な事がある。
「壁登るのはさすがにキツいってば! 蛇じゃあるまいし!」
壁。彼らはただ城壁のそばにいるのではない。何十メートルも垂直にそそり立つその壁を、手足を使ってよじ登っているのだ。命綱もなく、下に受け止められる物も見当たらない。石材を組んだわずかな凹凸に手をかけ、張り付くようにして上に行く。
「他にやりよう無かったの!? 見張りなんて殺せばよかったじゃんか!」
「…………」
10メートルほど登っていた男は、すでに5メートルほど先を行く女――彼いわく『姉ちゃん』――へしきりに文句を言う。
すると女はふと手を止め、男の方を見た。フードからのぞくその目は鋭く光り、怒りが宿っていた。
ビクリと肩を震わせる男へ、女は言った。
「……もう一度言ってみなさい。どうすればよかったって?」
「あ……ゴメン」
「そういうのは言わない約束だったでしょう」
厳しい口調でいさめられ、男はうなだれる。女は続けてこんな事を言った。
「久々に
「……はい」
「お父さんも言ってたでしょ? 人間というだけで軽んじるなって。それであの子もこの街に……」
女がそこまで言った時、ずっと下を向いて話していたせいで彼女のフードがズルリと落ちかける。そして直後、ハラリと重力にしたがい取れてしまった。
「あっ」
女はあわてて片手をのばしてフードを取る。ところが同時に、彼女の頭に妙なものがあらわれた。
サラサラとした灰色の長髪。フードの中でまとまっていたそれがぱさりと広がる。
重力にしたがい落ちていく、腰までのびるであろう髪。その髪が垂れきった瞬間、彼女の頭のてっぺんでピョコンと動くものがあった。
三角形をした、二対の毛の生えたもの。頭と繋がったそれは、内側が白い毛に覆われている。
それは、言うなれば狼の耳……もとい、ジゼルにそっくりな、狼獣人の耳だった。