獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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本当の名前 前編

 

「……分かりました。ゲロス村の海賊の件ですね。捕縛したので兵をよこしてほしいと」

 

「ああ、頼むよ」

 

 アランたちが例の漁村を出て一週間ほどのち、彼らは無事にいつもの街に帰りついていた。旅で疲れた表情を取り繕いながら、受付嬢とともに依頼完了の手続きをする。

 

「分かりました。軍部にはこちらから交渉してみます。もっとも、あまり大規模には動いてくれないでしょうが」

 

「悪いな。殺すのがセオリーだったんだろうが……一般人が見ていたもんでね」

 

「なるべく早く頼むぜ。人間ってのはいちいち細かい手続きやら面倒なんだよ」

 

「まあ、丸くおさまるならいいじゃない」

 

「色んな立場の人にかけ合わなきゃ、どこかで限界がきますからね」

 

 アランの後ろでは、ジゼル、リリィ、ケネスの三人が茶々を入れつつ暇そうにおしゃべりしていた。もっとも内容はやや物騒であったが、三人の顔は一件落着といった風である。

 

「でも、クロエさんとソフィアさんは別れて大丈夫だったんですかね。家もないっておっしゃっていましたが……」

 

「アイツら元から不法侵入してるし、連れ回すワケにもいかんだろ。死ぬ事ないだろーし、気にすんな」

 

「今までも二人旅していたそうだし、心配いらないでしょ。街の中にいればそのうち会えるわよ」

 

「そっかな……」

 

 ジゼルとリリィが事もなげに言うと、ケネスは苦笑しつつ頷く。すると、ふとジゼルがそわそわと辺りを見回しているのに気づいた。

 

「ジゼルさん? どうかしました?」

 

「ん、いや別に……」

 

 生返事をし、なにやら一人で視線をめぐらせるジゼル。ケネスとリリィが気がかりそうに顔を見合わせるが、ジゼルはそれ以上何も言わなかった。

 すると、ケネスの顔を見ていたリリィがふと、心配そうに口を開いた。

 

「……ケネス、あなた大丈夫? 疲れてない?」

 

「へ、急にどうしたの」

 

「だって目にクマができてるし。顔色だって悪いわ」

 

 ケネスの前髪をよけ、顔を近づけるリリィ。間近に見つめられてケネスはぽっと赤くなる。

 

「や、大丈夫だって。そんな……」

 

「本当に? なんなら少し休んでいこうか?」

 

「わ、分かった分かった! じゃあ休憩していこうか!」

 

 照れ隠しのためか早口に言って顔をそらすケネス。ジゼルはそれを冷やかすような目つきで眺めていた。その視線に気づいて、ケネスはごまかすように言う。

 

「そ、そういえばアランさんずっと話してますね。どうしたんでしょう」

 

「言われてみれば……どうしたのかしら」

 

 カウンターにいまだに立っているアランに、リリィはあっさりと視線を移す。ジゼルもやれやれとため息をつき、アランへ歩み寄った。

 

「……ですから、余計かもしれませんがご用心を。なにぶんトラブルの多い界隈ですので」

 

「ふむ……そうか。最近よくあるなそういう事」

 

「おいアラン、そろそろ終わらねーのかよ。待ちくたびれたぞ」

 

 アランと受付嬢の間に不機嫌そうに割り込むジゼル。カウンターにヒジを乗せる彼女の後ろから、ケネスとリリィが顔をのぞかせる。すると気づいたアランが何でもない風に言った。

 

「ああすまん。ちょっと気になる話を聞いてな」

 

「何だそりゃ?」

 

「実はこの前、ちょっと不審な方を見かけまして」

 

 首をかしげるジゼルへ、受付嬢が声をひそめて言う。そのセリフにジゼル、そしてケネス、リリィも眉をひそめると、受付嬢は出口の方をちらと見てこう続ける。

 

「あなた方が出かけて、しばらくしてからです。あの戸口の外から、支部の中をのぞき込む怪しい影がありました」

 

「どんなヤツ? 特徴とかは無いのか?」

 

「確か……人数は二人でした。ヒソヒソ何かを話していましたが、結局は中に入る事もせず、どこかへ行ってしまいまして」

 

「どんな事を話していたんです?」

 

「ごめんなさい、それは聞き取れませんでした……」

 

「そうですか……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる受付嬢。するとアランたちは互いに顔を見合わせる。

 

「物取りか何かか……?」

 

「誰かが仕事でトラブル作ったのかも。悪い繋がりができちゃったとか」

 

「なんだか怖い話ですね」

 

 そう話す彼らの顔色は、のんきとはいかないまでもどこか他人事だった。冒険者という不安定な仕事には、多少のトラブルは珍しくない。

 

「…………」

 

 しかし、ただ一人ジゼルだけは何故か真剣な顔をしていた。そして不意にカウンターへ詰め寄ったかと思うと、受付嬢へ低い声でたずねる。

 

「おい。その不審者って、まさか獣人じゃなかったか?」

 

「へ、えと……残念ながら顔は隠していまして、分かりませんでした」

 

「つまり獣人かもしれないんだな?」

 

「はい。可能性としては」

 

「そうか……」

 

 戸惑いながら答える受付嬢へ、ジゼルは深くうなずく。そして急に周囲を見回し、スンスンと一人で鼻を利かせたかと思うと、ボソリとつぶやく。

 

「この匂い、やっぱり……!」

 

「なあ、どうかしたのか……わっ!?」

 

 ジゼルの様子にアランがたずねるが、彼女はアランの腕を乱暴につかんだ。アランが驚くのをよそに、ジゼルはそばのケネスとリリィに振り向き叫ぶ。

 

「悪い、先に帰る! 行くところがあるからな!」

 

「え、どうしたんですか?」

 

「話すヒマはない! 急がねえと!!」

 

 おざなりに答え、ジゼルはアランを引っ張ったままビュンと風を切って建物を飛び出す。そして勢いをまして街道を走っていった。

 

「はっ、はっ!」

 

 道を行き交う人々の間をすり抜け、ジゼルは息せき切らして道を駆けていく。その速さに引きずられそうになりながら、アランは必死に声を張り上げる。

 

「ジゼル!! 待ってくれ! どこに行くんだ!?」

 

「……っ!」

 

「何を急いでんだよ! せめてワケを話してくれ!」

 

 アランの訴えに、ジゼルはもどかしそうに立ち止まって振り向く。そして額に汗を浮かべてこう言った。

 

「知ってるヤツ……かもしれないんだ。さっき言ってた不審なヤツらが」

 

「知り合い? ……どんな」

 

()()だよ! 匂いで分かる。こっちまで続いてるんだ!!」

 

 街道の向こうを指さし、ジゼルは焦りをありありと顔に浮かべて叫んだ。体は今にも駆け出しそうに身震いしている。

 対して、アランは目をしばたかせてジゼルを見返す。街に来る時に離ればなれになったジゼルの家族。それが今住んでいるこの街にいるというのか。

 偶然にしてもすぐには信じがたい。アランはそう思ったが、ジゼルはじれったそうに言う。

 

「早く! 早く行かねえと! 行き違いになったら二度と会えないかもしれねえ!」

 

「わ、分かった! すぐ行こう。な!」

 

 もはや泣きそうな目で叫ぶジゼルに負け、アランもあわてて駆け出す。今は変に疑うより、再会のチャンスがあると信じたい。若くして家族と会えなくなっていた彼女を思うと、アランは水を差す気になれなかった。

 ただ。

 

(……しかし、なんだって今になって……)

 

 これまでは顔を見せなかった。しかもジゼルだって以前は、いつかは独り立ちするからと、会える望みがあるとは思っていない様子で話していた。それが、突然。

 ……もし本当に彼女の家族なら、ただ会いに来たのではないだろうという予感があった。とんでもなく深刻な、おおごとが待っているかもしれない。

 

(……獣人の家族からしたら、俺ってどんな風に見えるんだろ……)

 

 今まで人間に馴れた獣人ばかり多く見てきたアランは、走りながらふと、そんな事を考えた。

 

 

――

 

 

「見えてきた! あっちだ!」

 

「ぜぇっ、ぜぇっ……やっと、か」

 

 ……しばらくして、全力で走る二人の視界にはいつも泊まっていた宿屋があらわれる。それを見てますます速度を上げるジゼルへ、アランが息も絶え絶えにたずねる。

 

「なあ……本当にそう都合よく、俺たちの知ってる場所にいるのか……?」

 

「向こうも匂いをつかんでんだよ! 私がいつもいたあの場所で、待っていてくれてるはずだ!!」

 

「そ、そうか……ゲホッ」

 

 ジゼルは期待と焦りに満ちた表情でまくし立てる。消息を知らなかった家族に会えるかもしれないのがよほど嬉しく、居ても立ってもいられないのだろう。

 ところが、アランの方はもう限界だった。獣人のジゼルの走力に無理をしてついてきたせいで、額が汗ばみ、顔色が青ざめている。

 そしてついに、彼は道の真ん中にガクリとしゃがみこんでしまった。

 

「がはっ……はぁ……」

 

「おい何座ってんだよ、あと少しなのに!」

 

「悪ぃ……やっぱつれぇわ」

 

「ああもう、先に行ってるからな!」

 

「おう……」

 

 うつむいて動けずにいるアランを放置し、ジゼルは後ろ足で砂をかける勢いで宿屋へ駆けていった。小さくなっていく彼女の背中を見てアランが苦笑いしていると、入れ替わりに建物から出てくる知り合いの影が見える。

 

「アランさん!」

 

「おーい、そんな所で何をしとるんじゃ?」

 

「ああ……ちょいとグロッキーでな」

 

 出てきたのはダニエルとルナの二人組だった。往来でうずくまっているアランを見て心配そうに駆け寄ってくる二人へ、アランは軽く手を振り返す。

 ダニエルに肩を貸してもらい、どうにか立ち上がるアラン。するとダニエルは気がかりそうに口を開いた。

 

「あの……実は、アランさんたちのいない間にちょっと大変な事があって」

 

「ああ、今いく。けどそう物騒なトラブルじゃないんだろ?」

 

「それは、そうですが……」

 

「……?」

 

 ジゼルの親か兄弟があらわれた、そんな事態を想定していたアランだったが、ダニエルはあいまいに言葉をにごす。

 それに眉をひそめたアランだったが、横からルナが歩きながら別の話題を振ってくる。

 

「そういえば、お主らちょいと遠くへ旅をしていたのだったな」

 

「ああ。ケネスたちやクロエたちも一緒でな。トラブルもあったが楽しかったぜ」

 

「……ソフィアは、どうしておる?」

 

 やや声をひそめ、ルナがたずねる。初対面時にソフィアのすねた態度を見て、気にかかっていたのだろうか。

 その優しさを微笑ましく思いながら、アランは答えた。

 

「心配すんな、元気にやってるさ。むしろ拗らせ具合は治まってきたぐらいだ」

 

「そうか……」

 

 ホッと息をつくルナ。しかしそこへダニエルが口をはさんでくる。

 

「でも、悪いですが今はそれどころじゃ……」

 

「分かっておる。しかし喜んでよいのか分からんのう」

 

「? どうかしたのか?」

 

「とりあえず、来てみてくれ」

 

 表情に緊張がはしるアランを、二人は例の宿屋へ連れていく。中に踏み入ると、いつも会っていた面子と目があった。

 

「あ、アランさん!」

 

「久しぶりだニャー」

 

「おかえりなさいッス!」

 

「よう、ただいま」

 

 リズ、エマ、フェリクスが順に出迎えの言葉をくれる。しかし彼らはみな何故かロビーの一角にかたまり、掃除などをするでもなく立っている。その様子にアランがますます緊張を深めると、ダニエルがそっと耳打ちした。

 

「あそこですよ。あの部屋」

 

「ん?」

 

「アレじゃ。あの開けっ放しの」

 

 ルナに言われ、アランは再度ロビーに視線をめぐらせる。するとリズのすぐ近くの部屋のドアが、よく見ると少し開いているのに気づいた。

 中に誰かいるのだろうか。そう思ってアランが見ると、不意にその扉が勢いよく開かれ、中から何人かが連れ立って出てきた。

 

なかなかワルくないヤドだぜ。なかなか悪くない宿だぜ。 ジュウジンもハタラいてるし、フンイキゆるいし獣人も働いてるし、雰囲気ゆるいし

 

タシかに、そうワルいバショではなさそうね確かに、そう悪い場所ではなさそうね

 

ケッ、タショウはマシってだけじゃん。ケッ、多少マシってだけじゃん。 しょせんはニンゲンのやるコトだよしょせんは人間のやる事だよ

 

 獣人の言葉で話しながら、最初に出てきたのはジゼルだった。上機嫌に頬を染め、夢中になって話している。

 その後に続いて、二人の人物がジゼルの話に応じながら出てくる。ジゼルと同じくらいの年頃の、獣人の男女が一人ずつ。

 

 一人は、髪を肩までのばした背の高い女性。やせ形のスラリとしたスタイルで、顔は目鼻立ちの高い美人だった。薄い唇で柔らかく微笑んではいるが、するどく伸びた眉毛やその下の切れ長の目からは、周りを隙なく観察するような強かさを感じさせる。

 

 もう一人は、髪の短い背の低い男性。高さとして150センチほどだろうか。アランより頭一つ以上は小さく見える。しかしツンツンと上向いた短髪やキツくつり上がった目には下から食らいつくような迫力があった。

 

 そしてアランが何より目についたのは、灰色の髪と、その下からのぞく三角形の狼の耳。ジゼルにそっくりな、まるで兄弟のような特徴だった。

 

 初めて見るその二人をアランが見つめていると、ジゼルが気づいて振り向いた。

 

「アラン、やっと来たのか! 遅いぞ!」

 

「ああ……その二人は?」

 

「へへ、聞いて驚くなよ? 誰だと思う?」

 

 珍しくもったいつけた話し方をするジゼル。アランが答えようとすると、それより早くジゼルがガマンできないという様子で答えた。

 

「なんと! 私の姉貴と弟! いやーまさかまた会えるなんて! すっかり大人っぽくなったなぁ」

 

「あなたも大きくなったわね。この街にまだ住んでいてくれて良かった」

 

「へへー」

 

 獣人の女性……もとい姉に褒められ、ジゼルは耳を丸めて照れていた。すると姉はアランへと歩み寄り、片手を差し出して言う。

 

「はじめまして、あなたがアランさんですよね。私は彼女の一つ上の姉、"ミコト"と申します」

 

Mikoto(ミコト)……さん。どうも」

 

「こっちが弟の"ホムラ"。どうぞよろしく」

 

「……ふん」

 

 ミコトが後ろの男性を指し示すと、弟もといホムラは無愛想に目をそらす。あまり印象は良くなさそうだ、とアランは少し戸惑うが、ふと何かに気づいたようにジゼルの方を見て言った。

 

「そうだ、ミコトとかホムラって獣人の名前だよな。つー事はお前の本名も……」

 

「ん……ああ。そうだな。そろそろ教えてやってもいいか……」

 

 アランの言葉に、ジゼルは照れたようにつぶやいた。今まで知らなかった本名をようやく教えてもらえるのか……とアランが思っていると、周りのリズやエマが興味ありげにジゼルの方を見た。

 

「そういえば私たちも初めて聞きますね。ジゼルさんの本名」

 

「本当だニャー。たいていの人間には通り名で済ませるニャン」

 

「ある意味、信頼の証って事ッスね」

 

 心なしか色めき立つ周りの連中。しかしそこで、冷や水をかけるような舌打ちの音が聞こえた。

 

「チッ、組んで仕事してるクセに名前も知らねーのかよ」

 

 そう言ったのはホムラだった。思わず他の面々が視線を向けると、彼はアランをにらみつけて言う。

 

「やっぱり人間だな。いくら親しく見えても根っこではどーでもいいんだ」

 

「ホムラ、やめなさい」

 

「いいんだよ、私が教えなかったんだから」

 

「姉ちゃんが教えたくなる程度の信頼を、この野郎がつくれば良かったんだよ。勝手に名前つけて馴れ馴れしくしやがって」

 

 ホムラの剣呑な態度をミコトやジゼルがたしなめる。が、彼は険しい顔のままなおもアランをなじった。するとアランもさすがに困った様子で前に進み出て、言った。

 

「あー……信用されないのはもっともだがな。俺たちもそれなりに上手くやってるつもりだ。ジゼル……いやそっちの姉さんがおいそれと服従するもんか」

 

「えっ確かに……大人しくしてるのは不自然だけど」

 

「おい、ホムラ!」

 

「ふふっ」

 

 納得しかけるホムラへ牙をむくジゼル。それにミコトがクスクス笑っていると、ふとダニエルが口を開く。

 

「あの……すみません」

 

「ん?」

 

「楽しそうなところ悪いのですが……そろそろあの事を話してもいいんじゃないですか?」

 

 何やら深刻な顔で切り出すダニエル。するとルナやリズたちも不意にくもった表情になる。アランやジゼルが戸惑っていると、言いにくそうにミコトが答えた。

 

「そうね……本人も来たし話してあげないと」

 

「おい姉貴。何の話だよ」

 

「そもそも、私とホムラが何のために会いに来たかって話よ。ただ顔を見にきたワケじゃないの」

 

 ミコトはジゼルの目をジッと見て語りかける。ジゼルがそれを見返し、アランも気がかりそうに視線を向けると、ミコトは目を鋭くして言った。

 

「……私たちはね。その子……ジゼルを連れ出しに来たの」

 

「なに?」

 

 真っ先に反応したのはアランだった。ジゼルも眉をしかめ、姉弟の二人を交互に見る。ホムラは無言で訴えかけるようにジゼルをにらんでいた。

 ミコトは肩にかかる髪をよけ、慎重な調子で続ける。

 

「この街に来るまで、あちこち転々として分かった。人間と獣人、戦っている地域もあれば、ここみたいに共存してる地域もある。家族の大半は共存の方を取った。アンタみたいにね」

 

「…………」

 

「けど、結局は平等になっていない。獣人が街で暮らすには人間と契約が必要だし、名前も新しく付けなきゃいけない。寄るべが無くなったら貧民窟(スラム)に流れていく」

 

「そうだけど……! 私はそこまで不満はないぞ!? アランはスケベでバカで、おまけに考えなしだけど……見捨てるほどじゃない!」

 

「ほら見ろよ。この通り悪口も自由に言えるぞ」

 

 ジゼルの反論に乗じてアランも口をはさむが、ホムラがフンと鼻を鳴らす。

 

「それが何だよ。俺たちにとっては目の前で見てきた獣人の姿が全てだ」

 

「お前らが一番気にしてた姉ちゃんの意見を無視して決めつけるのか?」

 

「それは……姉ちゃんわりと気分でモノを言うし……信用できない」

 

「おいコラ、私の悪口言うトコじゃないだろ」

 

「うっさいな! 俺はこの目で見てんだ!!」

 

 反発するジゼルへ喚き立て、ホムラはフェリクスを鋭く指さして言い放った。

 

「その男が、一人で外出するために人間に伺いを立てるのをな! そんなのが平等か!? 自由か!?」

 

「え、ぼっ僕ッスか?」

 

「そうともよ。普段から主人にヘコヘコしくさって。情けないったら」

 

「う、うぅ……」

 

「あちゃー、言われてるニャー」

 

「そ、そんな事ないですってフェリクスさん!」

 

 たじろぐフェリクスをなぐさめるリズ。しかしホムラは意地悪な目で追い打ちをかける。

 

「ちなみに聞くけど、フェリなんとかさんはどこに出かけてたんだ?」

 

「うぐ、そっそれは……!」

 

「人に言えない場所なのか? あ?」

 

 うろたえるフェリクスへなおも問うホムラ。そばではリズが戸惑って二人を交互に見ている。

 その様子を見て、アランとエマがとっさに視線をかわした。そしてエマの目に緊迫した光があるのを見て、アランは確信した。

 おそらくホムラはフェリクスの娼館通いをすでに知っているのだ。ともすればこの場でそれをバラされかねない。

 しかし、アランが口を開こうとしたその時。

 

「……ホムラ、やめな」

 

 横からミコトが手を差し出して制止する。止めてくれるのか、とアランは安堵しかけたが、ミコトは軽蔑しきった目でフェリクスを見つめていた。

 フェリクスは顔を真っ青にして後ずさったが、ミコトは視線を外さなかった。

 

 考えてみれば当然かもしれない。ミコトやホムラにしてみれば、娼館で働く獣人たちも人間に支配されている被害者なのだろう。それを同じ獣人であるフェリクスが利用する……あらためて聞くと地獄のような話だ。

 おそらくフェリクスの宿での立場を考え、ミコトは追求を止めたのだろう。しかし今度はミコトが話しだした。

 

「フェリクスさんにエマさん。あなたたちは今の境遇をどう思ってる? 正直に答えて」

 

「別に不満はないッスよ。むしろ僕には今の方が合ってるぐらいで」

 

「人間の街だろうと、上手くやっていけば済む話だニャ」

 

「…………」

 

 二人の答えに、ミコトはしばし考え込む。そして一つうなずき、言った。

 

「分かったわ。あなたたちはそれでいいのね」

 

「ちょっと、姉ちゃん……」

 

「いいから。ここであまり議論もしてられない。長居もできないし」

 

「長居って……どういう事だよ姉貴」

 

 渋い顔のホムラをたしなめ、ミコトは眉をひそめるジゼルの方を向く。そして口を開いた。

 

「それはさ……」

 

 しかし、その直後。

 

「お前たち、何故こんな所にいる!?」

 

 不意に、入り口の辺りから大声が響いた。アランたちが驚いて振り向くと、そこにはクリスとナタリーが立っていた。彼らもミコトやホムラの事は知っているようで、二人をジッと見つめている。

 「おう、久しぶり……」とアランは片手を挙げるが、クリスはそれを無視してミコトたちへ口を開く。

 

「部屋から出るなと言っておいたろう! 誰かに見つかったら大変なんだぞ!」

 

「クリスさん、何も言わないうちから怒鳴らなくても……。あ、アランさん方お久しぶりです」

 

「そんな場合じゃない! 不法侵入したとバレたらどうなると思う!? 街から追い出されて、下手すれば処分されるぞ!」

 

 エントランスに何人も集まっているのに目もくれず、クリスはミコトたちへ言い募る。皆が呆気にとられていると、クリスは続けてこう言った。

 

「まったく、ジゼルの身内だと言うから、かくまって面倒をみてやったというのに……」

 

「クリスさん頑張っていましたもんねぇ。貯金も備蓄も切り詰めて、床で寝て……」

 

「へぇー、おせっかいめ」

 

「い、今はそんな事どうでもいい! ジゼル、こいつらは本当に兄弟なんだろうな!?」

 

「ああ、間違いない。ありがとうな」

 

 おざなりに礼を言うジゼルを見て、クリスはげんなりと肩を落とす。静かになったそのタイミングで、ミコトが肩をすくめて言った。

 

「……というワケで、これ以上はさすがにお世話になれないって事」

 

「けっこう仲良くしてるじゃん二人とも」

 

「仲良くねえよ。獣人だけじゃ見つかったらヤバいからこうしてんだ」

 

 横からからかうアランをホムラがにらみつける。それをよそに、ミコトがジゼルに向き直る。そして一歩前に進み出て、言った。

 

「……できれば今日中に、アンタには決めてほしい。その男と一緒に行くか、私たちと行くか」

 

「ンな事、急に言われても……」

 

「言っとくけど、私たちは今のアンタを"差別されてる"と思ってるからね。本当は一刻も早く連れて行きたいくらいなの」

 

「そうだよ姉ちゃん。人間なんて放っておいて、どっか自然の中で暮らそうぜ!」

 

「けど……」

 

 ミコトの言葉にホムラが同調するが、ジゼルはためらっていた。アランや周囲も横やりこそ入れないが、強引な兄弟のすすめにくもった表情をしている。

 しばらくの沈黙の後、ミコトはため息をついて言った。

 

「……分かったわ。じゃあ無理にでも連れていく」

 

「ちょ、姉貴!?」

 

「待て、何をする気だよ!?」

 

「ご心配なく。私たちの種族が昔からやってきた事よ。アンタは分かってるでしょ?」

 

 顔色を変えるアランを目で制止し、ミコトはジゼルをアゴでしゃくる。アランや周りが見ると、ジゼルは何か察した様子で表情を険しくした。

 それを見て、ミコトはあらためてこう話す。

 

「"決闘"といきましょう。どちらかが"参った"と言うまで身一つで戦って、勝った方が言い分を通す」

 

「待てよ姉貴、そんな野蛮な……!」

 

「悪いけど文句は受け付けない。後々、取り返しのつかない事にしたくないし。……それと、アランさん」

 

 呼ばれたアランの目が、神妙なミコトの視線とかち合う。ミコトは有無を言わさぬ調子でこう告げた。

 

「当事者として、あなたにも決闘を受けてもらう。……このホムラと」

 

 弟を指さすミコト。それを見た瞬間、ジゼルが焦りを増して詰め寄った。

 

「よせ姉貴! 人間が素手で獣人に勝てるワケが……」

 

「でも、そうしないとホムラが納得しなさそうだったから。……ね」

 

「殺しはしないよ。約束する」

 

 ミコトに目配せされ、しぶしぶといった様子で言うホムラ。そして彼は一応という感じでアランに向かって口を開いた。

 

「怖かったら逃げてもいいぜ。オッサン」

 

「…………」

 

 挑発するホムラの目を、アランは見返す。今にも殴りかかってきそうな怒りを抑え、それでも選択肢を与える彼の目。

 引き下がろうと思えば出来なくもない。しかしアランは一つうなずくと、こう答えた。

 

「いいだろう。その勝負、受けて立つ」

 

「正気かお前! どうなっても知らねえぞ!?」

 

「俺だって無傷で済むとは思ってないさ。ただ……」

 

 青ざめるジゼルや、心配そうに見つめる仲間たちを見回し、恐怖を抑えるかのように落ち着き払って彼は言う。

 

「……ほら、ハタから見れば俺って契約で縛ってコキ使ってるように見えるだろうし。命がけで誠意を見せるくらいしなきゃ、信用できないだろ」

 

「にしたって、もっとやり方が……」

 

「口では何とでも言える。そうだろ?」

 

 やれやれといった口調で、アランはミコトとホムラを見る。二人が視線をかわし、うなずくのを見て、アランはジゼルの方へ微笑んだ。

 

「ほら。ここでごまかしたら、俺も一生後悔しちまうだろうし。お前は自分の決闘に集中しろ」

 

「ふざけんな! 私は真面目に……」

 

「俺も真面目さ」

 

 食ってかかるジゼルへ、アランは強い口調で返す。まっすぐ見つめるその表情には、覚悟を決めたと肌で感じさせる凄みがあった。

 ジゼルが黙ると、アランはミコトたちの方を見る。そして迷いのない声色でこう言った。

 

「……話は決まりだ。俺は契約とか関係なしに、一人の人間として彼女のそばにいてみせる」

 

「その言葉、裏切らないでちょうだいね」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 刺すような目つきで念を押すミコトへ、アランはふっと表情を柔らかくして微笑んだ。

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