獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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本当の名前 中編

 太陽が西に大きく傾き、空が薄い藍色に染まり始める夕暮れ。ただでさえ寒かった冬の気温が、昼夜の切り替わりとともにがくんと下がりはじめる。

 そんな寒風がヒュウヒュウと吹く街道を、アランとジゼルの二人が歩いていた。いつも身につけている剣やカギ爪を何故か持っておらず、二人とも真剣な表情で道をひたすら黙々と進んでいる。

 

 そんな二人の姿を、反対側から歩いてきた二人の人物が見つける。向き合った一人が意外そうに声をかけた。

 

「あれ……アランさんにジゼルさん? 忘れ物ですか?」

 

「ああ……ケネスか」

 

 アランは目の前の見知った顔……ケネスとリリィの二人に微笑みかけた。その微笑みは取ってつけたようで、そのまま彼は軽く流すような口調で話す。

 

「……ちょっと用事さ。街の外にな」

 

「街の外? こんな時間に?」

 

「なに、大した用じゃないさ。それより、お前は体調治ったか?」

 

「僕は、大丈夫ですが……」

 

 話題を変えようとするアラン。するとリリィが割り込むように口を開いた。

 

「待って。何か浮かない顔をしてる」

 

「そう心配するなよ。大丈夫だって」

 

「でも気になるから。ジゼルちゃん、私たちが見ない間に何かあった?」

 

「…………」

 

 質問の矛先は、先ほどから黙っているジゼルへ向けられた。ジゼルは少し目をおよがせ、肩をすくめて答える。

 

「家庭の事情だよ。悪いが今は何も聞かないでくれ」

 

「けど気になるわ。あなたがそんな重々しい顔をするなんて、ただ事じゃない」

 

「何でもねーって。マジで」

 

「……昼間私たちをギルドに置いて、血相変えて出ていった。……本当に何でもないの?」

 

 手をヒラヒラさせて流そうとするジゼルだったが、リリィはさらに問いを続けた。目は真剣そのもので、気にかけているのがありありと伝わってくる。

 それに押されてか、ジゼルはバツが悪そうに目をそらす。アランも困ったように無言で額を押さえる。にわかに不穏になる空気に、アランたちとリリィを交互に見ながらケネスはただオロオロしていた。

 するとアランは肩をすくめ、ジゼルの背をポンと叩いて言った。

 

「ま、今はそっとしといてやってくれ。何もヤバい事しようってんじゃないんだ」

 

「本当に? 信用しないワケじゃないけど心配だわ」

 

「んー、実を言うとかなり込み入った話でなぁ。あんまり不安になられちゃ困る」

 

「そんな……水くさいですよ」

 

 アランの言葉に、ケネスが不満げに声をあげる。ジゼルも気まずそうに目を伏せ、黙っていた。

 一方で、アランはなだめるように笑いながら続ける。

 

「ここは黙って見逃してくれ。帰ったらちゃんと理由を話すさ」

 

「本当に帰ってくるんでしょうね?」

 

「大丈夫。……大丈夫さ、なぁジゼル」

 

 頷きながら答えたアランは、ジゼルへ水を向けた。ジゼルは顔を上げると、少し目をおよがせ、ぎこちない口調で言った。

 

「ああ……黙っていなくなったりは、しねえよ」

 

「ならいいけど……」

 

「じゃ、悪いがもう行くよ。約束に遅れちまう」

 

 引き下がったリリィの脇をぬけ、アランは挨拶もそこそこにジゼルと街道を歩いていった。その背中がどうにも心細げに見え、リリィとケネスは顔を見合わせた。

 

「……決闘の後、私は心変わりしてるかもしれんぞ」

 

「もし、本当にお前が後悔しないと言うなら……それでもいい」

 

「引き留めないのかよ?」

 

「これからケンカするってのに、情けなく引き留めてもいいのか」

 

「……やっぱウザいわ」

 

 早歩きで街道を進みながら、二人は小声でささやき合っていた。顔色は暗く、いつものからかい合う時の調子はない。

 ほどなくして二人とも無言になり、伏し目がちになって歩き出す。二人の足音が響く中、アランは頭の中で先ほどあった光景を思い出していた。

 

――

 

『街の外に森があったはずよ。そこで"決闘"といきましょう。先に行って待ってる』

 

――

 

 ……アランたちが宿を出る少し前、彼らはジゼルの姉であるミコトからそう告げられた。

 ミコトとその弟ホムラは、ジゼルを人間から引き離そうと彼らの街を訪ねてきた。だがアランもジゼルも離ればなれになるのを拒んだため、ミコトが"決闘"を申し出てきたのだった。

 

 ミコトの言う決闘は"武器を持たずに戦い、参ったと言わせた方が言い分を聞く"というものである。それを受けたアランたち二人は、こうして街道を歩いているのだった。

 最初はミコトたちの提案を蹴ったジゼル。しかし歩くうちに彼女は言葉少なになり、少しずつ歩みも鈍くなっているように見えた。

 

(コイツからしたら、一生の選択をする上に嫌いでもない身内と争うんだからな……そりゃキツいはずだ)

 

 隣を歩きながらアランもいたたまれなく思った。納得ずくで決闘におもむくとはいえ、こんな行為が楽しかろうはずがない。

 そう考えていると、ジゼルがふと横からこんな事を言った。

 

「つか、ケネスたちって宿に戻れば結局どんな事があったかちゃんと聞くんじゃないか? さっきは隠したけど」

 

「……ああ、言われてみれば」

 

「ったく、そういうトコ間抜けなんだよなー」

 

「いや、すまんすまん」

 

 軽く謝りながらアランが振り向くと、ジゼルは笑っていた。口ではなんだかんだ言いながらも、表情を見ればからかいつつ雰囲気を和らげたいのが分かる。

 そんな気遣いを、アランはありがたく思った。

 

「そういや、街の門番に何て話すか決めておかなきゃな。さすがに個人的な因縁じゃ外出できないから……」

 

「なんだ、面倒だな」

 

「仕方ないさ。そうだな……ギルドでミコトたちが不審者扱いされてたし、その足取りを調べるとでも言っておくか」

 

「なんか聞いてていい気分しねえな」

 

「そう言うなって。大事なのはあの二人に会ってからだろ」

 

 少しいつもの調子に戻り相談する二人。しかしそうしている間にも、彼らは戦いの場となる森へ確実に近づいていたのだった。

 

 

――

 

 

「……だんだん暗くなってきたな」

 

 いよいよ日が沈んだ頃、アランとジゼルは街を出て森の中へと踏み込んでいた。街の灯りもない自然の景色は、夜になるにつれポッカリとした闇へと変わっていく。

 その暗くなっていく木々のすき間を慎重に進みながら、アランは隣のジゼルへたずねた。

 

「なあ、本当にこっちで合ってるのか?」

 

「大丈夫だよ。匂いで追ってるんだから黙ってついて来い」

 

 ジゼルはそう言って、そろそろと歩くアランと正反対に見えない何かに引かれるように早歩きで進んでいく。

 そうして、1キロほど森を進んだかというところで、二人の前に人影がずいと現れた。

 

「来たね、二人とも」

 

「姉貴!」

 

 茂みの陰からまず現れたのは、ミコトだった。暗闇の中で長い髪のシルエットが揺れ、狼の目が鋭く光る。続いて、その後ろからもう一人の影がぬっと現れる。

 

「覚悟はできたかい。オッサン」

 

「ホムラ……。ああ、大丈夫だ」

 

 ケンカ腰でアランに話しかけるのはホムラ。それをミコトは目でたしなめ、前に進み出て言った。

 

「前にも言ったけど……武器なしで殴り合って決着をつけてもらう。文句はない?」

 

「分かってるよ」

 

「俺も平気だ」

 

「それと……決闘というからには、一対一でやってもらう。いいわね?」

 

 ミコトは念押しするように前の二人を見つめた。一対一、つまりアランは人間でありながら獣人と身一つで戦わねばならない。ジゼルも気がかりそうにアランをちらと見たが、当のアランは笑って答えた。

 

「大丈夫だって。宿でも言ったろ? お前らに認めてもらえるなら、それぐらいやってやる」

 

「その強がりがいつまで続くか楽しみだよ」

 

「男たるもの、行動で示さないとな。ましてや義理の弟が相手だし」

 

「誰がテメェの弟だ、コラァッ!!」

 

「ホムラ、やめなさい!」

 

「よせって、まだ話してるんだぞ!!」

 

 逆上しそうになるホムラを、ミコトとジゼルがあわてて押さえる。そしてミコトがアランの方へ振り向き、こう告げた。

 

「確認するけど、武器は持ってきてないわよね?」

 

「無いよ。この通り」

 

 アランが両手をひらひら振ってみせると、ミコトはうなずき、弟を離してやる。そして弟と妹を見つめ、言った。

 

「なら、二人ずつに別れましょう。ホムラとアランさんは向こうへ。私たちはここに残るから」

 

「えー、まだ歩くのかよ俺」

 

「文句言わないの。ほら、早く連れていって」

 

「はぁー……。ほれ、こっち来いよオッサン」

 

 ホムラはため息をつき、アランへアゴをしゃくる。そして背を向けるや勝手に森の奥へと歩きだしてしまった。

 その後をアランはあわてて追い、ジゼルやミコトへ振り向きざまに言った。

 

「んじゃ行ってくる! まあどのみちジゼルに悪いようにはならんから、心配すんな!」

 

「……お前……」

 

「そうだ、もし良かったらお前の本当の名前――」

 

「早く来い! 置いてくぞ!!」

 

 言いかけたアランのセリフを、ホムラが怒鳴ってさえぎる。それを聞いてアランは苦笑いして去っていった。

 森の奥へ歩いていきながら、アランたちは「置いていってくれたら決闘は無効になるんじゃ?」だの「黙れ屁理屈野郎」だのと色々話していた。その声がやがて聞こえなくなると、ミコトはジゼルを見て言った。

 

「……そう悪い人ではなさそうね」

 

「どうだか、慣れただけかもしれねーな」

 

「あら、あなたは信頼してるんじゃないの?」

 

「……それは、まあ」

 

「まったく。昔から素直じゃないんだから」

 

 ミコトはそう言ってクスクスと笑う。その顔はまさに愛らしい妹を見るそれだった。

 ジゼルが照れくさそうに目をそらすと、ミコトは微笑んだまま小さくつぶやく。

 

「……さて。そんなひねくれ屋さんの本音を聞くには、ちょいと体を張らないとね」

 

「姉貴、やっぱり……」

 

「そうビクつかないでよ。これも昔からやってきた事じゃない」

 

 ふと、ミコトのまとう雰囲気がやや重々しくなる。ジゼルか何やら警戒する目の前で、ミコトの体に変化があらわれた。

 

 全身から灰色の毛がぶわっと広がり、顔の骨格が変化して獣のように変わる。手足は器用そうな五指が毛に覆われ太くなり、肉に食い込みそうな恐ろしい爪が生える。脚の関節もバネにすぐれた肉食動物さながらのヒザが後ろに突き出たものへ変わる。

 変化が終わった頃、ミコトの体はほとんど狼そのものになっていた。動物と違うのは、シルエットに人間らしさがかろうじて残っている事と、理性と知性がある事のみ。

 

 諸君も見た事があるだろう。獣化である。しかし姉がそうなったのを目の当たりにしたジゼルはすくみ上がり、額に汗をかいていた。

 

本気(マジ)でやる気か。姉貴」

 

「当たり前でしょう? ……そういえばアンタ、私にケンカで勝った事なかったわね」

 

 グルル、といううなり声とともにからかうミコト。ジゼルはそれを聞いて身構え、ごくりと唾をのんだ。

 

(……アラン、お前も頑張れよ)

 

 内心で相棒にエールを送り、ジゼルはミコトとにらみ合って自らも獣化を始めるのだった。

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