荒れ果てた大地に砂埃が舞い踊る。
雄叫びと悲鳴が混じり合い、嘆きの声は地を蹴る音に掻き消され、人が地に横たわる。
ここは戦場。憎しみと憎しみがぶつかり合う場所。戦いの装束に身を包み、自らの国の為に身を捧げる者達の咆哮が、波のように叩き込まれる。
人族と魔族による百年戦争は、未だに終わりを見せない。魔法と科学は人を殺す為に発展を続け、戦いの舞台は宇宙にまで広がっていた。
剣の一振りで軍が壊滅し、大規模魔法が島を消し飛ばし、衛星のレーザーが星を焼き尽くす。両国の軍事力は加速度的に膨れ上がり、時計の秒針が進む毎に数千単位で命が消し飛んでいく。
加熱した戦争は、軍事技術の発達を促したが、得られたものは何もない。ただただ大地が汚染され、亡くなる戦士が増えていくだけ。
これ以上争っても得られるものなんてない。人族も魔族も、そんなことは分かっていた。それでも憎悪が心に絡みつき。もはや止まることなどできなかった。
―――それを嘆いた、一本の木があった。
バショウ平原。人族と魔族の国の境目にあるこの場所は、百年前から終わらない闘争に満ちていた。
「リカード様! 魔将ルセが率いる部隊が吶喊を開始いたしました!」
「私が食い止める。お前は軍の指揮をとっておけ」
『我は汝を求むるものなり。我が声に耳を傾けよ―――』
「召喚魔法の詠唱を確認! 何としても止めるんだ!!」
敵味方が入り混じる戦場の最中、黄金色に輝く鎧に身を包んだ男性―――リカードが、青白い肌の魔族の軍へと突貫し、一糖のもとに斬り伏せていく。
波のように襲い来る魔族をなぎ倒し続け、倒れる魔族の数が百を超えて尚、無傷。
黄金色の輝きは鈍らず、立ちふさがるその男に、気圧される。魔族の軍の勢いは衰え、一人、また一人と足が止まる。
単独で軍勢を止めたリカードは、誇る事もなく静かに獲物を構え続けていた。
「―――調子に乗ってる奴がいるなァ」
鋭い目付きで睥睨していたリカードの眉がピクリと動く。
声のした方へ視線を向けていると、魔族の軍勢の中から、リカードと似た黄金色の鎧を着た青年が足音を立てて歩いてきた。
「魔将、ルセ……!」
「あァ? またテメェか、おっさん」
因縁のある顔に、思わずいきり立つ。リカードは衝動のままに足を踏み出そうとして、動きを止める。直後、爪先に突き刺さった得物に舌打った。
「逸るんじゃねェよ。早漏ヤロウがァ」
ルセは嘲るように笑い、リカードを見下す。
「貴様のせいで何人の兵が犠牲になったと思っている。貴様の存在を許すわけにはいかん」
「オマエも似たようなモンだろうがァ。散々邪魔してきやがってよ。あー、だりィ……」
ルセが疲れたように首を振り、ゆっくりと腰の武器へ手を伸ばす。
「そろそろおっさんも年だろ。引導を渡してやるよォ」
両手に武器を持ったルセが、自然体で構える。
貼り詰める空気。睨み合う両者。
その均衡を崩したのは、リカードだった。
一歩で間合いを潰したリカードの突きが、ルセの頭部を貫く。
手応えのなさにリカードが目を見開くと同時、ルセの姿が掻き消える。
「おせェ!」
「ぐぅっ!?」
横からの鋭い一撃が迫る。リカードは瞬時に反対へ跳ぶが避けきれない。ルセの一閃が掠り、鎧が弾け飛ぶ。
圧倒的な速度のままに、ルセはリカードに連撃を浴びせた。
「オラオラオラァ! どうしたァ、許せないんじゃなかったのかよォ!」
「言わせておけば……っ!」
目で追うことができない程の速度。リカードは最早視覚を捨てていた。戦場で培った勘のみで凌ぎ、避け、防ぐ。その度に鎧は削れ、身を守るものが無くなっていった。
徐々に追い詰められていく。リカードは一歩ずつ後退していき、対応していくも、限界は近い。
(凌ぎ切れ。好機は必ず来る)
焦るな。冷静に時を待て。反撃のチャンスは、必ずやって来る。
耐え忍ぶリカードの瞳に陰りはなく。
その光にルセは顔をしかめた。
「テメェ、まだ勝てると思ってやがんのか? この差を見て? チッ、だからおっさんはうぜェンだ」
終わらせてやるよ。
そう言ってルセは上体を低く下げ、構えを変える。
「じゃあな、リカードさんよォ。奥義―――死突」
ルセが足に力を込める。地を蹴ろうとしている。
―――ここだ。
「ああぁぁぁぁぁっ!!!」
ルセが消えた瞬間、リカードは目の前に全力の一閃を放つ。ルセは速度こそ驚異的だが、動きは直線的だ。動き出しさえ読めれば、奴が来る軌道に攻撃を置いておく事ができる。
だからリカードは、ルセが大技を使う時を。動き出しが読みやすい、その瞬間を待っていた。
勝利を確信したリカードは、
「―――なんてなァ」
剣尖から薄皮一枚の位置で静止しているルセを見て、愕然と目を見開く。
振り抜いた得物は空を切る。致命的な隙。顔先に迫る凶器に、リカードは。
それでも―――
「ぬおぉぉぉぉぉぉお!!!」
腕の肉が千切れる音を無視して、振り抜いた武器を顔の前に持ってくる。
鈍い衝突音がした。
「はぁっ、はぁっ、腕がいったか……」
「……しぶといなァ、おっさん」
ルセが呆れたように言う。
自身の腕は力が入らず、得物も折れて。
それでもリカードは立っていた。
「私はリカード。第一軍団長である、リカードだ! 我が国の為に、私が負けるわけにはいかんのだぁ!!」
吠えるような宣言に、ルセはため息をつく。
「ご立派ですねェ。国を背負ってるから倒れられないってか? 生きてて辛そうだなァ、おっさん」
ゆっくりとリカードに近づき、武器を頭の上に持っていき。
「安心しろ。今楽にしてやるよォ」
振り下ろした。
「君を、ね」
ルセの二対の凶器が地面に落ちる。
「あァ……?」
体が動かない。目の前の景色が揺らぐ。
ルセがゆっくり視線を左に向けると、そこには人族の鎧を着た銀髪の青年が此方に手を突き出していて。
自身の口からは、武器が生えていた。
「ハッ、なるほど、隠れてやがったか。……うめェじゃねえか」
思わず漏れ出た称賛を最後に、ルセは意識を失った。
魔将を失った魔族の軍は、混乱しながら後退していく。
倒れてからも警戒を解くことなくルセを見ていた銀髪の青年は、ルセが動かないことを確認し、漸く息を吐いた。
「ご無事ですか、リカードさん」
「ええ。助かりました、勇者殿」
勇者と呼ばれた銀髪の青年は、気にしないで下さいと言って笑う。
「リカードさんの助けになれたなら、何よりです。貴方はこの戦場に最も必要な方ですから」
そんな勇者の言葉に、首を横に振ったリカードは。
「それは勇者殿も同じでしょうに。いや、今となっては貴方の方が重要です。なにせ私は、鎧は無くなり、武器も折れてしまったのですからな」
そう言って笑い、持っていた自分の得物を勇者に見せた。
そう、
バ ナ ナ で あ る !
長きに渡る戦争に、バナナの木は嘆いていた。このままでは、人族と魔族は絶滅してしまう。バナナを食べて美味しいと言ってくれる、知的生命体がいなくなってしまう。
そこでバナナは考えた。寝る間も惜しんで考えた。
どうすれば彼らの戦争は終わるのか?
どうすればもっとバナナを美味しいと言ってもらえるのか?
バナナは考えに考え、一つの結論に辿り着く。
全てをバナナにしてしまえば良い、と。
そしてバナナは、何千年も使う機会が訪れなかった、膨大な魔力を使い、世界と契約を交わした。
全ての武器と防具をバナナにするという魔法契約を取り結んだのだ。
つまり、先程リカードが着ていた鎧も、ルセが持っていた凶器も、勇者の装備も何もかも―――
バ ナ ナ で あ る !
全てがバナナになった今、世界の戦争は死傷者のいない、全く新しい形に生まれ変わっていた。
皆さんもご存知の通り、バナナは並の人間が触れると美味過ぎて気絶してしまう。訓練を重ね、鍛えあげた者のみが触れられる果物だ。
そんな選ばれし人でさえ一度バナナを食べれば、穏やかな甘味が口いっぱいに広がり、気絶してしまう。考えてみれば、これ程戦争に適した果物は存在しない。
バナナの一振りで軍が壊滅し、バナナ魔法が島の木を全てバナナに変え、衛星のレーザーが星をバナナで埋め尽くす。人族と魔族の戦争は、新しいステージへと到達したのだ―――
―――そうして舞台は戦場へと戻る。
リカードは折れたバナナをしまい、勇者に頭を下げる。
「助けてもらって申し訳ありませんが、私は軍の指揮に戻らねばなりません。このお礼は、いずれ必ず」
「はい、戦場は助け合いですから、頼りにしています」
勇者も頭を下げ、戦いの場へと戻ろうとした。
その時だった。
「リカード様! ご報告がございます!」
馬を駆り、転げる様にリカードの部下がやってくる。
「落ち着け。何があった」
「敵軍の召喚魔法、妨害に失敗しました! 間もなく起動いたします!」
「「―――なっ!?」」
リカードと勇者が驚愕の声をあげて。
『我が意に従い、その力を示せ―――!』
魔族の軍内に巨大な魔法陣が描かれる。
「不味い不味い不味いっ!! 全軍、後退ィィィィィ!!」
リカードの怒号が戦場を通り抜け。
魔法陣の中から、それがゆっくりと姿を表した。
「ウホォォォォォォォォ!!」
巨大な獣が、咆哮する。
それは衝撃波となって地を揺らし、雲を消し飛ばし、人々は膝をつく。
ゴリラ。
古代からバナナを愛する森の王。バナナの扱いに最も長けた存在。
その獣の発する威圧感は、一瞬の内に戦場を支配していた。
呆然とゴリラを見るリカードと勇者。
笑みを引きつらせた勇者の頬に、一筋の汗が流れる。
「召喚されちゃったか。これは、一筋縄ではいかなそうだね」
「そう、ですな」
かの獣がいる以上、勝算は殆ど無くなった。
だとしても。
「僕が行くよ。奴を止める」
「私も行きましょう」
「だめだ、リカードさん。貴方は兵たちを率いてくれ」
「ですがっ」
言い募るリカードを制し、勇者は人族の軍を指差す。ゴリラの召喚により、統率が取れず、大混乱に陥っていた。
その様子を見たリカードが唇を噛みしめる。
「……分かりました。軍へ戻ります。すぐに助太刀に参りますので、しばし耐えてください」
「ああ。頼んだよ」
敬礼するリカードに軽く手を振って、勇者は歩き出す。
足取りは軽く。何も気負っていないかのように、ゴリラへと向かう勇者の背中を見て、リカードは勇者が勇者たる所以を見た気がした。
「ご武運を」
頭を下げ、リカードは軍の統率を取るために来た道を戻る。
苦しい戦いになるだろう。それでも勝たなければならない。国に献身する、勇者の為にも。
敵兵が落とした武器を拾い、土を落とす。
そのバナナは、なぜか。
リカードに笑いかけている気がした。
こんな夢を見ました。