窓から入り込んだ侵入者にスヴェンは、ガンバスターを構えた。
部屋を照らしていた蝋燭は風に掻き消え、暗闇に包まれる。
スヴェンの警戒を他所に暗闇の中で影が動く。
刃が風を斬る音にいち早く反応したスヴェンは、ガンバスターを盾に防ぐ。
ーー繰り返される二撃の刃と一撃の軽さ。敵は短剣の二刀流か。
「おい、ミア!」
言語と書き取りを教えていたミアに叫ぶと、
「……すぅー、すぅー」
少女らしい年相当の小さな寝息が返ってきた。
勉強の最中にミアは一人早く眠りに着いたーーおまけに他人のベッドで。
その件にスヴェンは青筋を浮かべ、二振りの刃を身を屈め避ける。
侵入者の腹部に反撃の蹴りを放ち、その感触からスヴェンは眉を歪める。
ーーこの筋肉の感触……いや、珍しいことでもねぇか。
「ぐっ!」
少女とも取れるまだあどけない呻き声にスヴェンは、力の限り蹴りで侵入者の身体を押し出す。
そのまま窓の位置に向け侵入者を突き飛ばすことで外へ追いやった。
スヴェンは未だすやすやと眠るミアに視線を向けーー涎を垂らす彼女に起こす気にもなれず、そのまま窓から外へ飛び出す。
三階の窓から侵入者が落ちた庭へ着地したスヴェンは、月明かりに照らされる侵入者にため息を吐く。
首辺りまで伸ばされた白髪、兎を彷彿とされる赤い瞳の少女。
その出立ちは暗殺者と思わせる身軽な軽装だった。
おまけにフードに隠された上半身から暗器の類いに注意を向けなければならない点を面倒に思う。
「ガキは寝る時間だ」
「む、仕事の時間」
頬を膨らませ抗議する少女に、スヴェンのやる気はますます削がれる。
だが、レーナから依頼を請負ったその日の内に襲撃されたのだ。
むろんスヴェンとしても少女を見逃す気が無い。
万が一少女の目的がスヴェンとレーナの排除だった場合、雇主が危険に曝される。
レーナはスヴェンが元の世界に帰る唯一の手段だ、それ以前に彼女の死は異界人の消滅を意味する。
殺人禁止、情報を得る為にも捕縛を念頭にスヴェンは少女との距離を詰める。
腕を伸ばし少女が避けるよりも早く、スヴェンは少女のフードを掴む。
そのまま少女を掴み上げ、容赦無く小柄な身体を地面に叩き付けた。
「あぐぅっ!」
地面に響く鈍い音、衝撃に咳き込む少女。
これで終わりだ。そう思ったのも束の間、突如掴んでいた筈の少女が霧に変わり消えた!
ーー魔法か!
スヴェンは背後から迫る気配にガンバスターを振り抜く。
ガキィーンっ! 鈍い音が闇夜に紛れ響き渡った。
これで誰か騎士でも駆け付ければ楽だーーそう思った時、この状況がそもそも可笑しいことに気付く。
ここは国の中核を担うエルリア城だ。まず簡単に侵入など不可能に近いだろう。
なおさら彼女が邪神教団が差し向けた刺客ならだ。
それともスヴェンの考えとは裏腹にエルリア城の警備はザルなのだろうか?
いや、それは無いと断言できる。
昼間見た騎士は絶えず城内を警備していた。
それこそネズミ一匹通さないほどに。
思考が戦闘から考え事に傾いたスヴェンに凶刃が迫る。
先程よりも比べ物にならない速度で繰り出される二振の刃。
反応が遅れ回避が間に合わず、刃が肉を斬る。
……しかし凶刃はスヴェンの首を狙わず、足を軽く斬り付ける程度だった。
薄らと切傷から流れる血と少女の動きにスヴェンは違和感を覚える。
同時に思考を遮った自身に苛立つーー本気で殺しに来られていたら死んでいた。何よりも油断した大馬鹿野郎は自分だ。
「クソガキ相手とはいえ、気も抜けねえわけか」
「ガキじゃない」
どうにもこの少女は子供扱いされる事に険悪感を感じるようだ。
スヴェンは仕方ないっと息を吐く。
本気で少女を制圧する。
両脚に力を入れ、地面を蹴り抜く。
縮地によって少女の目前に迫ったスヴェンは、容赦無くガンバスターの腹部分を薙ぎ払う。
少女は目前に現れたスヴェンに驚き、反応が遅れ小さな腹部に容赦無くガンバスターの腹部分が打ち付ける。
少女の身体がくの字に曲がり、メキッと骨の折れる音を奏でーー地面を二、三度転げた少女にスヴェンが畳み掛ける。
地面を転がった少女の首を鷲掴み、地面に押さえ付けガンバスターの刃を当てる。
「……かはっ! ごほっ……っ!」
少し強めに首を握り締めてしまった。
ーーこのままでは絞め殺してしまうな。
スヴェンは掴んだ首の拘束を緩め、
「さて、詳しく話してもらおうか?」
「……いや、まだ負けてないもんっ」
今にも泣き出してしまいそうな少女に、スヴェンは困惑を隠し切れず。
「お、おい。何も泣くことはねぇだろ」
確かに強くやり過ぎたとは思う。
「な、泣いてないもん」
目から涙を流して否定する少女に、スヴェンは何も言えずどうしたものかと困惑を強めた。
このまま情報を吐かせたいが、いっそのこと城内に侵入した狼藉者として騎士団に丸投げすべきか。
迷っている内に駆け付ける足音にスヴェンは視線を向けた。
「あー!! スヴェンさん何してるの!!」
そんな怒声と共に現れたミアに、スヴェンは安堵する。
これで侵入者の件は終わりだと。
「侵入者を捕らえただけだ。テメェが人のベッドで居眠りしてる間にな!」
「あら〜そうだったかなぁ? ってそうじゃない! 侵入者って誰のこと!?」
スヴェンはガンバスターを下げーー少女の首根っこを掴み直しミアに差し向ける。
「コイツ」
ミアは訝しげに少女を見詰め、スヴェンに顔を向けた。
「この子は侵入者じゃない。エルリア特殊作戦部隊のアシュナだよ」
ミアの説明にスヴェンは掴んだ手を離す。
そして、どういうわけだと三白眼でミアを睨んだ。
「わ、私を睨んでも! アシュナは、スヴェンさんの暗殺をオルゼア王に命令されたの?」
「? 違うよ、軽く襲撃して来いって」
ーー軽く襲撃ってなんだ! 悪戯ってレベルじゃねえぞ!?
オルゼア王の突飛な行動にスヴェンは頭を抱え、
「じゃあアンタは邪神教団の刺客って訳でもねえんだな」
「うん。影から要人警護、救出、情報収集が仕事」
アシュナは眠そうな眼差しで仕事に付いて話した。
平和そうな魔法大国エルリアで特殊作戦部隊が組織されていることにーー少なくともスヴェンは驚きを隠せなかった。
そんなスヴェンを他所にアシュナは、スヴェンに身体を預け眠りに就いてしまう。
「寝やがったよ……それで特殊作戦部隊ってのは暗殺もやるのか?」
「やらないよ。元々特殊作戦部隊は身寄りの無い孤児の為に編成された組織だけど、暗殺業はさせずに警護と救出、あと異界人の救援を担ってるよ」
「救援?」
「うん、戦闘の最中に危なくなった異界人を助けるのもこの子達の仕事なんだ」
随分と異界人に対して手厚いっと小さく感心を寄せた。
特殊作戦部隊と言うからには、救援時には影から見守っているのだろう。
つまり謁見の間で感じた視線は、レーナとオルゼア王の警護のため。
それだけの人材を保有しながら魔王救出は未だ果たせていない。
邪神教団の戦力、人質として取られた魔王のために働く魔族と呼ばれる種族。
ひょっとすると今回の依頼はスヴェンの想像以上に過酷なものなのかもしれない。
ーー過酷だろうが困難だろうが、傭兵として達成するまでだ。
「そうかい、アンタはコイツを寝室まで運んでやれ……骨も何本か折れてる筈だ、治療も頼む」
「治療はいいけど、スヴェンさんはどうするの?」
「寝るに決まってんだろ」
暗殺者紛いのガキを差し向けられた件に付いて、国王に文句の一つでも言ってやりたかったが、部隊の目的を聞けばその気も無くなった。
だからスヴェンは明日に備えて寝る事を選んだ。