傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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9-3.爆発と過去

 宿部屋に入った二人は無料にしては上質な内装に我が眼を疑った。

 大きめのベッドが二つ、壁側の両サイドに丈夫な机、部屋の中心にテーブルとソファのセット。

 ベッドだけでも充分だと言うのに一通り揃ったこの部屋は、本来泊まるならそれ相応の料金がするだろう。

 

「無料……これも宣伝のためってか」

 

「ジルニアは祭りの時期は人の往来が多いけど、普段は行商人の往来ばかりで旅行者は少ないんだよね」

 

 峡谷の町ジルニアに向かうには長いモンスターの生息地域を抜ける必要が有る。

 護衛を雇い、万全に備えて漸く辿り着けるとなれば往来が少ないのも頷けた。

 

「魔法騎士団でも全部はカバーできねぇだろうしな」

「毎年採用数は数百人を超えるけど、それでもここ数年は何処の部隊も邪神教団の対応に追われてるから……あと定期的なモンスターの討伐もね」

 

 魔王アルディア救出によってエルリア国内で邪神教団の活動が沈静化すれば人手不足は解消される。

 同時に依頼達成後はどう生計を立てるべきか。傭兵としての経験を活かすのは絶対条件だが、モンスター討伐を専門に請負うにはまだまだ自身の実力と経験が足りないのは明白だ。

 そもそもモンスター討伐で生計を立てるのは難しい。それならいっそのこと傭兵として護衛を請け負った方が現実的か。

 

「後のことは後で考えるとして……アシュナ、入って来ていいぞ」

 

 何処かに待機している彼女に声を掛ければ、アシュナは部屋の窓から入り込んだ。

 そして手元の荷物を壁側に置いてはベッドに座る。

 

「……面倒なのに眼を付けられたね」

 

 ミアに同情の眼差しを向けながらそんな事を。

 言われたミアは深いため息を吐き、明らかに疲れを滲ませた表情を浮かべた。

 

「はぁ〜、かわいいって罪だよね」

 

 重いため息と共に吐かれた戯言にスヴェンとアシュナは肩を竦める。

 まだ戯言を語る余裕が有る内は大丈夫だろう。

 ただそれは表面上の情報に過ぎない。もしかすれば精神的な疲労を隠すための戯言の可能性も有る。確認の意味を含めてスヴェンは問う。

 

「まだ余裕そうだな」

 

「うーん、スヴェンさんに意地張っても無駄だよね」

 

「不満や精神的疲労は溜め込まねえ方がいいだろ」

 

 これから先の事を考えれば尚更に。特にミアの力はこの先必ず必要になる。

 

「あー、俺は誰かの相談事に乗るのは苦手だが愚痴なら聴いてやれる」

 

 そう告げればミアは意外そうに眼を細め、やがて小さく笑い出した。

 

「ぷふっ……前はもっと突き放した態度だったのに最近のスヴェンさんは何処か柔らかくない?」

 

「依頼の達成が最優先事項だからな。精神的負担や疲労は依頼達成の妨げになんだろ」

 

「まぁそうだけど……じゃあ遠慮無く言うよ?」

 

 まだ控えめな様子を見せるミアにスヴェンは頷いて見せた。

 誰かの愚痴を聴くことは多い。特にデウス・ウェポンの仲介人や世渡り上手の知人に爆弾魔の不満なんかは。

 スヴェンが自身に一方的に絡んで来る連中の顔を浮かべると、

 

「馴々しく触るんじゃねぇぇ!!」

 

 普段の言葉遣いをかなぐり捨てたミアの渾身の怒声が室内に響き渡る。

 それほどミアは我慢していたのだろう。それこそ自ら手を出して揉め事を起こさないためにも。

 同時に異界人の少年を余計に増長させることになるが、それも仕方ないことだ。

 レーナが召喚した同じ異界人同士で潰し合い足の引っ張り合いをしてる暇も無ければ、それこそレーナや国民の失望を大きく買うだけになる。

 

「よく耐えたな」

 

「姫様の顔が無ければ殴り飛ばしてたところだよ! でも解せないんだよね」

 

 溜め込んだ不満を吐き出したミアは冷静な眼差しでアシュナに視線を向ける。

 恐らく彼女の懸念は同行者や特殊作戦部隊の隊員が居ないことか。

 

「同僚の気配も無いよ。たぶんオルゼア王様の指令Cに従ってだと思う」

 

 アシュナも元を正せばオルゼア王の直轄ーーいや、血の繋がりこそ無いが、ある意味で国王の子供たちと言って差し支えないだろう。

 同時に状況から指令内容の予測も簡単だ。

 

「指令Cってのは、担当異界人に魔王救出の意志が無けりゃ即時撤退ってところか」

 

 異界人には勝手に召喚されたという言い分は有るが、それ相応の支援と待遇を受けて依頼を放置するなら切り捨てられても文句は言えない。

 スヴェンの推測にアシュナは素直に頷き、

 

「継続的な監視は必要だけど、優先したい対象が多い」

 

 そう答えた。

 アシュナの言い分も当然だ。本来特殊作戦部隊は要人の護衛や救出を務める部隊だ。それをいつまでも異界人に人員を割り当てるのは得策とは言えない。

 むしろアシュナのような孤児が多く所属しているなら隊員数も決して多くないだろう。

 

「……エリカさんは異界人の信頼回復ために動いてるけど、彼は何の為に動いているの?」

 

「さあ? 態度はともかく本性は判らん。俺と同じように回り道でヴェルハイム魔聖国に向かってりゃあまだ良いがな」

 

「そうだと良いんだけど……まあ、彼の話をしてももやるだけだから昼食を食べて温泉に入らない?」

 

 あの少年のミアへの一種の執着は恐らく温泉宿に居る間は続く可能性が高い。

 三人の少女が少年を諌めれば話は別だが、彼女らの態度と様子から期待も難しそうだ。

 それにミアへの敵意も有る。彼女に何もしないとは限らないが……。

 

「そういや、あの三人とは面識がねえのか?」

 

 ふと生じた疑問を訊ねれば、ミアは記憶を探る唸った。

 

「うーん、たぶん同級生だと思うけど……あっ、三人ともレイに振られた子達かも」

 

 同級生で一応の面識が有る三人の少女。

 過去にレイに振られたが、ミアに対する嫉妬混じりの強い敵意は如何にも繋がらない。しかし学生時代のミアや交流関係を知らないため答えなど出る筈が無い。

 しかし、今後はこういった問題にも直面すると思えば面倒では有るがミアに訊ねておくべきだ。

 

「アイツは性格が良さそうだからな。それで? アンタに敵意を向ける理由は?」

 

 何か心当たりは無いのか? そう聞けばミアは一つだけ心当たりが有るのかーー彼女にしては珍しく、本当に珍しく無表情で口を開いた。

 

「大変不本意ながら私とレイは幼馴染でね、本当に不本意だけど。イケメンって評判に入学時からずっと学年主席の天才児……そんな彼に私みたいな美少女な幼馴染が居るとね?」

 

 相変わらずミアの言う美少女が見当たらないが、要するに天才レイの幼馴染。単なる関係性の一つに嫉妬心を抱いた。

 蓋を開ければつまらないし、深くは理解できないが人は恋を抱いた相手の周辺関係に敏感という事は理解が及ぶ。

 同時にミアは治療魔法に関してはずば抜けた天才だ。それこそ彼女を超える治療魔法の使い手が居ると言われれば存在自体が疑わしいほどに。

 人は慕う相手に少しでも負の印象を与える者が近付く事を拒むーー当人の意志など一方的に無視したクソ迷惑な善意という名の無自覚な悪意を押し付けて。

 

「天才児レイの幼馴染が治療魔法以外は扱えないからか?」

 

「それも有るけどさ……やっぱり三年前の大喧嘩も原因かも」

 

 魔王アルディアの凍結封印もミアの故郷に何かが起こったのも三年前。これは単なる偶然なのか? 

 スヴェンはミアの故郷も何かしらの陰謀の真っ只中に有ると予測しながら、黙って彼女に話の続きを促す。

 

「詳しいことは……ごめん、まだ私も故郷のことでスヴェンさんを巻き込んで良いのか踏ん切りが付かないからあまり話せないけど。でも! 言えることは方向性の違いとすれ違いかな」

 

 まだ詳細は話せないが、過去にレイと何が有ったのは明白だ。

 しかし仲が最悪に拗れた訳でも無ければ、互いに苦手でも煽り合いはするといった関係性か。

 そして三年前の大喧嘩でミアは多数の女子生徒から強い反感と嫉妬を買うことに。

 だが、恐らくミアは因縁付ける相手を尽く返り討ちにしてきたのだろう。

 

「なるほど、それで喧嘩を売る女子生徒を返り討ちにしたと」

 

「そうなんだよねぇ〜『レイ様に近付くな無能絶壁』って言われた時はもうね?」

 

 ただでさえ大喧嘩した相手の名前を出され、そのうえ身体的コンプレックスを刺激されては堪忍袋の尾が切れるのも無理は無い。

 むしろ喧嘩を売り逆に返り討ちされた生徒に同情すべきか。

 

「見下してた相手に返り討ち……かっこわる」

 

「アシュナ、当人の前で絶対に言うな? 面倒だからよ」

 

「分かった。でもスヴェンとミアが悪く言われると我慢できないかも」

 

 無表情ながら頬を膨らませるアシュナに、ミアが愛おしげに抱き付いた。

 

「もう! そう言ってくれるなんてかわいいわね!」

 

「訂正、ミアだけは存分に罵られていいかも」

 

「なんでぇ!?」

 

 二人のやり取りにスヴェンは、空腹を訴える自身の腹に触れ、

 

「腹が減ったな」

 

「じゃあお昼に行って……あっ」

 

 温泉宿は混浴に気付いたのか、ミアは恥ずかしそうにこちらに視線を向ける。

 

「その、混浴らしいけどさ」

 

「らしいが、あのガキのことが気掛かりか?」

 

「うん、できればスヴェンさんには守って欲しいなぁって。ほらアシュナもかわいい女の子だしね?」

 

 公衆の面前で二人を襲う度胸があの少年に有るか如何か疑わしいが、ミアとアシュナはレーナとオルゼア王から預かった人材でも有る。

 

「壁役になれってことか。そいつは構わねえが……」

 

「……もしかして私が気になっちゃうとか?」

 

 何故かドヤ顔を浮かべる彼女のその自信は何処から来るのか。

 自信に溢れるのは良いことと他は言うが、ミアのそれは虚しい虚栄だ。

 

「それはねぇよ。アンタは野郎の裸体に慣れてねえようだったからな」

 

 そんな指摘にミアは硬直し、アシュナが首を傾げる。

 

「裸? 別に見られても見ても気にしないけど」

 

 ーーそういやぁ、コイツは以前ラウルに裸体を目撃されたんだったか? 

 

 湖でラウルとアシュナに起きた出来事を思い出したが、当人が気にして居ないならそれに越したことは無い。

 スヴェンがそんな結論を出すと、

 

「ダメだよアシュナ! 異性に裸体を見せて良いのは結婚した後だけなんだから!」

 

「温泉に入るんだよ? スヴェンには見せて良いの?」

 

「それもダメだよ!? って混浴だから必然的に……や、そ、それもちがっ!?」

 

 ミアは一人で顔を真っ赤にしては慌てふためく。

 気付かないのだろうか? 公共の施設で混浴ともなれば湯着の着用を義務付ける可能性に。

 それともテルカ・アトラスでは混浴時に湯着を着用しないのだろうか。

 

「湯着があんじゃねえのか?」

 

 そんな指摘にミアは落ち着きを取り戻すように、

 

「すぅ〜はぁ〜すぅ〜はぁ〜……魔法式論構築、無機物の自己修復付与に関する実験、実用化に向けた治療魔法の応用と実用的理論と検証。再生治療の応用による無機物の自己修復と……」

 

 深く深呼吸をしては、専門用語の羅列を早口で語り出した。

 ミアの治療魔法における天才的な一部分を改めて垣間見た気分だ。

 特に無機物に対する自己修復付与に関する一部分。それはまるでエリシェがバイクンから借りたゴーレムに備わっていた魔法と同じ。

 つまりミアは既に無機物に自己修復付与を再生治療魔法の応用で成功させている。

 エリシェが製造中のガンバスターに自己修復機能を付与できないものだろうか?

 

「おい、ミア?」

 

 名を呼ぶとミアはぴたっと口を止め、戯けるように笑みを浮かべる。

 

「あ、あはは〜落ち着かせるには構成中の論文を朗読するに限るよね」

 

「そいつは判ったが、ガンバスターに付与できねえか?」

 

「うーん、理論は既に検証済みだけど……まだ確実性に欠けるし、成功例がまだゴーレムだけだからもう少し待ってね」

 

 無理と断言しない辺り、治療魔法の天才ゆえか。

 既に治療魔法という概念を逸脱している気もするが、

 

「あー、そいつは構わねえが……治療魔法ってのは生命力が必要なんだよな」

 

「うん、本来生命力は生物が持つ力だけど……えっとこの話はかなり長くなるよ?」

 

 確かに長くなっては昼食を食べ逃す。それはなんとしても避けなければならない事態だ。

 

「おう、じゃあその話は機会が有ればな」

 

「うん、待たせちゃったね」

 

「背中がくっ付きそう」

 

 アシュナのそんな言葉にミアは微笑み、三人は早速食堂に移動した。

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