傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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9-4.癒して温泉

 温泉宿の食堂でジルニア直送の浮遊魚のムニエルや浮遊魚の蒸し焼きソテーを堪能したスヴェン達は一旦宿部屋に戻るのだが、その廊下で、

 

「やあ! ミアちゃん、待ってたよ」

 

 ミアを呼ぶ声に彼女は一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべ、すぐさま愛想笑いで取り繕う。

 待ち構えて居た異界人の少年は性の臭いを僅かに纏わせながらミアに笑みを浮かべる。

 ミアは彼に名を名乗った事は無いが、恐らく情報源は三人の少女なのだろう。

 

「名前を教えた覚えはありませんが?」

 

「大事な彼女達から聴いたのさ、どうだ? やっぱ混浴だけじゃなく一晩俺と楽しい夜を過ごさないか?」

 

 盛った雄のように雌を見る眼差しを向ける少年にスヴェンは内心で呆れたため息を吐く。

 隠し切れていない欲望と性への渇望、そんな感情を向けられるミアに思わず同情してしまうのも無理は無いことだ。

 スヴェンがそんな事を考えていると、ミアがスヴェンの右腕に腕を絡ませ身体を擦り付ける。

 男避けに利用する。そう視線で語る彼女にスヴェンは何も言わず、

 

「ごめんなさい、今晩は彼と過ごすので」

 

 小悪魔のような笑みを浮かべるミアの演技に黙認を貫く。

 これで少年が諦め身を引けば楽なのだが、どうにも佐藤竜司のようには行かないらしい。

 少年はスヴェンを睨み付け、

 

「ミアちゃん、付き合う男を選んだ方がいい。少なくともこんな人殺しをしてそうな恐い顔の男なんかよりなっ!」

 

 そんな事を怒鳴り声で言い放つ。

 上手く行かず当たり散らかす子供のような癇癪に、右腕に抱き付くミアの力が強まる。

 

 ーーあん? 怒ってんのか?

 

 彼女が怒る要素は何処にも無い。むしろ少年の言い分は癇癪だが、スヴェンを対象にするなら言ってる事はある意味で正しい。

 だからこそミアの怒りはお門違いなのだが、恋人を装う演技中ではその指摘をする訳にもいかない。

 

「あなたがなんと言おうとも私の愛情は変わりませんよ」

 

 ただの指摘と演技に愛情もクソも無いだろうに。

 そもそも人が他者に向ける愛情など不確で理解ができない感情の一つだ。

 スヴェンが二人を他所にそんな事を思考すると、

 

「ふん、どうかなぁ? 本当は俺の誘いを交わすためのその場限りの演技じゃないのか」

 

 少年がミアに下卑た眼差しを向ける。

 大抵売り言葉に買い言葉で人は失敗を起こす。ミアが顔を赤く染めながら何かを言い出す前に、スヴェンは彼女を素早くーーいつもなら樽担ぎか脇に抱えるのだが、今回はそういう風に見せるため、ガンバスターの整備時のように大切に抱えた。

 

「もう済んだろ。アンタもまだ足りねえならあの娘共と楽しんで来いよ」

 

 そう告げるも少年は行く手を阻むように廊下を塞ぐ。

 まだ納得もしていない少年は指を突き付け、

 

「まだ演技かどうか証明してないだろ! 俺の目の前でキスの一つをするんだ!」

 

 相手を見下すように告げる命令口調。むろん言いなりになる言われも無いが、ここで少年に手を出せば堪えていたミアの頑張りが徒労に終わる。

 断ればしつこく付き纏い、言う通りにすればどの道付き纏う。

 要するに少年は一度眼を付けた少女を手に入れるまでは、しつこく付き纏う腹詰まりなのだ。

 少年の下卑た視線から感じる思惑にスヴェンはため息を吐く。

 

「どうした? できねえのか? ま、所詮は三流の演技だ。俺なら本気の愛を捧げるのになぁ」

 

 勝利を確信したようにそんな事を言い始める。

 そもそもたかがキス一つで証明を求める発想が子供のようで、ある種の新鮮さを覚える。

 果たして本気の愛とは実在するのか疑問も有るが、どの道少年に付き合うだけ時間の無駄だ。

 だからスヴェンは古典的で実にくだらない方法を使うことにした。

 

「おい! レーナ姫がなぜここに!?」

 

 他の宿泊客に聴こえるように声を張り上げて叫ぶこと、一瞬。

 狂ったよう宿部屋から宿泊客達が我が先だと言わんばかりに、廊下に殺到する。

 そして少年を邪魔だと言わんばかりに突き飛ばす宿泊客に紛れるように、気配を殺したスヴェンがミアを抱えたまま自身の宿部屋まで通り抜けた。

 宿泊客に揉まれる少年を他所にスヴェンは自室に入った。

 それから様子見を含めてドラクルと死域に対する対策を二十三時過ぎまで話し合うことに……。

 

「寝たみたいだよ」

 

 偵察に出ていたアシュナの報告にミアが安堵のため息を吐く。

 

「はぁ〜やっと温泉に入れる〜」

 

「……俺達は癒されに来たんだよな?」

 

「むしろ疲労が蓄積されてる」

 

「二人ともごめんね? でも1時間でもゆっくり浸かろ!」

 

 こうして三人は貴重品と武器を部屋に置き、改めて湯煙が立ち込める温泉へと足を運ぶ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 脱衣所の着替え入れ用の籠に首に封印の鍵とIDタグをぶら下げたスヴェンは眼を見張っていた。

 

「盗難防止に結界が張ってあんのか」

 

 籠に入れた衣類や所持品は結界が入れた者の固有魔力を識別し、再度取り出せば一度結界は効力を失う。

 そして別の誰かが籠に衣類を置けば再度結界が張られる仕組みに舌を巻く。

 テルカ・アトラスは盗難防止に魔法技術の活用、万が一魔力のそのものを無力化する技術が開発された日には大事になる。

 漠然と将来起こり得る可能性の一つを頭に浮かべながらスヴェンは脱衣所に備えられた湯着を着用した。

 ドアを開ければ目前には湯気が立ち込める木造造りの浴場が広がる。

 内装も混浴を想定した広さ、そして後から敷居を築き易いように浴場の中心にはわずかな窪みが有った。

 混浴はエルリア内で物珍しさによる集客として、本格経営は男女別の温泉宿として運用するのだろうか。

 なんとなくスヴェンは温泉宿の経営方針を想像しては、掛け湯で身体を流す。

 天然の源泉を魔法で冷やし、人が入れる温度まで下げられた温泉の温度がスヴェンの身体に染み込む。

 

「は、早いね」

 

「広い」

 

 ミアとアシュナの声にスヴェンはわずかに視線を向ける。

 湯着を着用したミアとアシュナ、しかしその手には何故かひよこが握られていた。

 

 ーーひよこ? あー、浮かばせるアレか。

 

 ひよこに半ば納得したスヴェンは備え付けの石鹸を手に取る。

 すると隣に座ったミアが石鹸を掻っ攫い、

 

「背中洗ってあげる」

 

「顔真っ赤にしてなに言ってんだか」

 

 既に入浴を済ませたと言われても疑いようがない程に顔を赤く染め上げたミアに思わずため息が漏れる。

 

「い、言わないでよ〜」

 

 誰かに背中を流されるのは経験したことも無いが、自分を拾った傭兵団の団長はかつてこんなことを言っていた。

 

『この間娘に背中を流して貰ったんだが、ありゃあ良いもんだ。スヴェン、お前もやってみるか?』

 

 あの時の彼は心から気持ち良さげだった事を不意に思い出したスヴェンは、本当に良いものか試してみるか。そんな軽い気持ちでミアに背中を向けた。

 到底背中を預けるとは想像にもしてなかったのか、ミアの意外そうな視線が向けられる。

 

「なんだ、洗わねえのか?」

 

「洗うよ!」

 

「……ねぇミア、湯着の上から身体洗っても汚れって落ちるの?」

 

 垢擦りを石鹸で泡立て始めるミアの隣からアシュナの素朴な疑問が二人の耳に響いた。

 

「……スヴェンさん」

 

「アンタらの裸体は見ねえって約束するさ……だが、忠告だ。俺はあっちの離れた所で洗う」

 

 スヴェンは離れた壁際の隅を指差さす。

 あそこなら下半身を洗おうとも、湯煙も合わさりミアとアシュナの視界から映ることは無い。

 ミアは納得したのか、泡立てた垢擦りで肩を擦り始める。

 泡立つとマッサージも兼ねているのか、筋肉の疲労を解すように絶妙な力加減を加えられる。

 絶妙だからこそ不快感も無く、妙な焦ったさを感じない。むしろ自然と力が抜ける心地だ。

 

「肩が解れるでしょ?」

 

「あぁ、こいつは中々良いな」

 

 なるほど、あの男が気に入ったのも有る意味で納得が浮かびーー娘って血の繋がりも作用してるかもしれねぇな。

 

「それなら定期的にマッサージしてあげようか?」

 

 ミアの細く小さな手が垢擦りと共に背中に滑る。

 ごしごしっと泡立つ背中、掌で広げるように伸ばされる背筋。

 

「気持ちいいかな?」

 

「悪くねぇな。治療師ってのはマッサージも得意なのか?」

 

「治療魔法で筋肉に蓄積された疲労は癒せないからさ、こういう技術も治療後のケアに必要なんだよ」

 

 ミアの技術や知識は全て治療魔法に直結している。得意を極限まで活かす点は好感が持てる。

 

「腕の方もやっちゃう?」

 

 視線を向ければ、気恥ずかしそうに小悪魔のような表情を浮かべていた。

 流石に腕の方までミアに委ねる気にはなれない。

 

「いや、充分だ」

 

 スヴェンは桶に溜めていたお湯で背中を流し、ミアから垢擦りを受け取り壁際に歩き出した。

 そして髪と身体を洗い終えたスヴェンは、ミアとアシュナに背を向けるように離れた位置で温泉に浸かる。

 肩までしっかり浸かると、疲れが抜け出るように息が漏れた。

 

「硫化水素の臭いがしねえ温泉ってのも不思議だが、悪くはねぇな」

 

 硫化水素という概念が存在しないのか、浴場の床には滑り気を一切感じることはなかった。

 それともそれも魔法による対策なのだろうか。

 技術的な部分で気にもなるが、心地いい温泉で考察や推測も野暮に思える。

 異界人の少年に絡まれなければ極楽の癒しなのは明白だ。

 吐息を漏らした瞬間、スヴェンは温泉内に突然現れた覚えの有る気配を感じ取り、気配のする方向に視線を向ける。

 男性の脱衣所の出入り口、そこには人の姿は見えないが、湯煙が見えない者をそこに居ると告げていた。

 

「ちょっとアシュナ、くすぐったいから!」

 

「ここが弱いの?」

 

 洗い合うミアとアシュナの声が温泉内に響く。

 

 ーー混浴に透明魔法の類いか。

 

 スヴェンは一度湯船から立ち上がり、手近の桶を手に持つ。

 そして桶に魔力を流し込み、透化中の人物に桶を投擲する。

 ゴチィーンン!! 鈍い音が温泉内に響き渡り、ミアの驚いた声が響く。

 スヴェンは決して二人の方に視線を向けずに告げる。

 

「手が滑った」

 

「えっ、そうなの?」

 

 疑問を浮かべる声に眼も向けず、湯煙を利用しながら狼藉者を脱衣所に引っ張り出す。

 そして備え付けのタオルの山から数枚手に取り、タオルを縄に結ぶ。

 手早く狼藉者を縄で縛り上げ、掃除用具入れに押し込めたスヴェンは再び温泉に戻る。

 すると既に身体を洗い終え、湯着を着直したミアとアシュナが手を振っていた。

 

「こっちこっち!」

 

 先程のことも有る。あまり二人から距離を取るのは得策とは言い難い。

 そもそも魔法を覗きに利用されるとは世も末だ。この件は後で係員に知らせ、透明魔法の対策を促すべきか。

 スヴェンは頭の隅でそんな事を思考しながら再び温泉に浸かる。

 

「さっきどうしたの?」

 

「単に桶で魔力操作の鍛錬をしてたらな」

 

「そうなんだ……私が知らない方がいいこと?」

 

「あぁ、このまま疲れを取って寝る。それが一番だろ」

 

「ふわぁ〜気持ち良くてこのまま寝ちゃいそう」

 

 温泉の気持ちよさに欠伸をするアシュナにミアが苦笑を浮かべる。

 

「寝たら溺れるからね」

 

「スヴェンに寄り掛かればセーフ」

 

「沈めんぞ」

 

 冷たく遇らえばアシュナが不満気な視線を向けた。

 

「スヴェンのケチ」

 

「ひよこでも握ってろ」

 

 温泉に浮かべられたひよこをアシュナの方に寄越せば、彼女はそれを握り始めた。

 何が楽しいのか判らないが、熱心に握り締める彼女の姿はまだまだ年相応なのだろう。

 

「ふぅ〜いいお湯だね」

「そうだな、足を運ぶには少々不便なのがなぁ……」

 

「魔王様が救出されたら魔法騎士団にも余裕が生まれるから、それまでの辛抱かもね」

 

 帰還までの三年の間、たまの骨休めに温泉旅行も悪くはない。

 それを円滑に可能にするためにも魔王救出を何としても果たさなければならない。

 

「アンタはいずれ多忙の姫さんやエリシェでも誘ってやれ」

 

「その時はスヴェンさんもどう?」

 

「女三人の旅行に野暮だろ。第一俺が付いて来るとでも?」

 

「護衛依頼を出されたら請けそうだけど」

 

 否定はできない指摘にスヴェンは黙りを決め込んだ。 

 そんな様子にくすくすと笑うミアが若干腹立たしいが、異界人の少年に絡まれた彼女の気を紛らせられたのならそれで構わないとさえ思えた。

 温泉に浸かり、既に日付が変わった頃合いか。現にアシュナは何度も欠伸を繰り返し、うつらうつらと眼を瞑り始めている。

 

「そろそろ上がって寝るか」

 

「アシュナも限界だもんね」

 

 こうしてミアは眠そうなアシュナを連れ、先に温泉から上がった。

 充分に癒されたスヴェンも脱衣所に向かい、着替えを済ませ、廊下で偶然遭遇した係員に掃除用具入れに閉じ込めた狼藉者に付いて告げ、

 

「混浴でわざわざ覗きだと!? 魔法の無駄……いや、対策を講じなければ!」

 

 係員が狼藉者を運び出す姿を確認してから宿部屋に戻るのだった。

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