10-0.愚行
朝日の陽射しに目覚めた銀髪の少女ーーキアラはまだ眠っている二人の少女に眼を向け、やがて愛おしい彼が眠るベッドに視線を向けて首を傾げる。
「あれ? 寝てたはずなのに」
彼が居ないことに昨日廊下で出会ったミアの姿が脳裏に浮かぶ。
まさかあの女の所に行っているのではないか? そんな予想に焦りと苛立ちが胸を駆け巡る。
ミアは確かに顔だけは可愛いが、決して男性を満足させるような胸は無い。むしろ成長期に見限られた哀れな娘と多少の同情心が宿るほどだ。
レイと幼馴染の少女というだけで他に何の価値も無い。
ただそれだけならどんなに気楽で自分達の醜い自尊心を正しく認識せずにいたか。
彼女は治療魔法だけは天才だ。それこそ再生治療魔法を開発し特許を取得するほどに。
彼がーー
だからヨクナガがミアを口説くことには眼を瞑ろう。
「ヨクナガに手を出す事は許さないけど」
利用するだけ利用して捨てるべき少女を睨むように天井を見上げる。
すると窓の外からハリラドンの鳴き声が響く。
こんなに早くから誰かが出発するのだろうか?
興味本位で窓から覗き込むと、昨日ミアと共に行動していた男ーー金髪と紅い眼を宿し、背中に見た事もない大剣を背負う男。
ヨクナガがミアの勧誘に成功したなら彼は、女に捨てられた哀れな人ということになるが。
荷獣車から顔を出したミアに、
「ふーん、そんなにあの男が良いんだ」
ヨクナガの勧誘が失敗に終わったのだと理解すると同時に、なぜ彼はまだ戻らないのか疑問が湧く。
頭の中で浮かぶ疑問と共に窓から様子を窺えば、不意に底抜けに冷たい視線と目が合う。
「っ!?」
あれは到底人が人に向けるような視線ではない。狂人や殺戮者が向けるような狂った眼だ。
あんな視線をするような男がミアと行動を?
それも有るが、まさかヨクナガが彼に殺されてしまったのでは?
自身でも気付かずに遭っていたストーカー被害を、魔道念写器で撮影された数々の写真という証拠と共に犯人を成敗し、危うい所を救われた。
ヨクナガはまだ寝ている二人の少女も同様に救った。
異界人は実力が不足していると通説が有るがヨクナガは違う。
事件を事前に察知する鋭さ、そして戦闘時は眼で捉えきれない速度でモンスターを刈り取る実力者だ。
そんな善人で実力を有する彼が殺されてしまったというのか?
「そ、そんなの有り得ない」
そうこうしてる内に荷獣車は死域が展開されている方角へ走って行く。
ただ呆然と見てる事しか出来ずーー時間ばかりが悪戯に過ぎて行く。
部屋に備え付けられた魔法時計が六時三十五分を指した時、不意に部屋のドアが慌しく開け放たれた。
何事かと振り返れば頭部に大きなタンコブを作ったヨクナガが息を切らしながら戻って来たのだ。
何処か焦ってる様子だが一先ず彼が戻って来たことが喜ばしい。
「ヨクナガ! 無事だったのね!」
「ああ! それよりも急いで二人を起こせ!」
叫ぶ彼に思わず肩が震える。
「ど、どうしたの?」
「あ、えっとな……さっき荷獣車が死域に入るのを見たんだ」
確かにミア達は死域の方角にハリラドンを走らせた。それを目撃したという事はヨクナガは死域の側に居たことになる。
彼は時折り朝帰りを繰り返すことも有るが、その事を問えば何処かで一人で鍛錬をしてると。
魔王救出には鍛錬が必要だと、そう力説する彼にキアラ達は納得し深く追求する事はしなかった。
いや、出来なかったと言った方が正しい。彼に救われた身で恩人であり最愛の彼を疑うのは裏切りと思えたからだ。
だから今回も鍛錬の帰りにミア達を目撃したのだろう。
「私も窓から向かうのを見たわ、それで助けに行くの?」
「……いや、手遅れになる前に俺も死域に入ったんだ」
まさかミア達を止めるためだけに危険な死域に単身踏み込んだのか。その事実でさえ驚愕を隠せないが、ヨクナガの正義感がそうさせるのだろう。
ただ彼の表情が苦しそうなのは、何かあった事を暗に告げている。
いくら嫌いな同級生とはいえ、死んで欲しいと思ったことも無い。
ミアならなんとなく生きている。根拠も確証も無いが治療魔法の天才がそう簡単に死ぬとは考え難い。
そんなキアラの考えを否定するようにヨクナガは、手を震わせながらポケットから数本の青い髪の毛を取り出した。
「……死体は骨も残さず、これしか持ち帰れなかっんだ」
己の無力を悔いるようにヨクナガは顔を背けた。
あの数本の青い髪の毛からミアの魔力を感じる。それはつまり彼女の遺髪を意味しているーー人って簡単に……。
治療魔法の天才でも死域に潜むモンスター相手では、治療の意味も成さず死んでしまう。
呆然と遺髪を眺めるとヨクナガが、
「ジルニアの魔法騎士団に手紙を、死域に犠牲者が出たこと。早急な討伐と解決を促すように送ってくれ」
「……キミの言う通りね。分かったジルニアのカノン先輩に速達で送るわ」
彼の指示通りに、ミア達の死と共に死域に犠牲が出た趣旨を急ぎ書き上げ、手紙を転移でジルニアの魔法騎士団に送った。
あとはまだ寝ている二人を叩き起こし、
「よし、あとは俺達も魔法騎士団に合流だ!」
ヨクナガの言葉のままに三人は動き出すのだった。
彼が温泉宿の係員の拘束から逃げるためだと知らずに。