大地が氷土に侵食される中、ハリラドンは血肉を燃やしながら大地を駆け抜ける。
その速度は瞬く間にドラクルとの距離を引き離し、氷槍から逃れるほどだった。
まさかハリラドンが魔法を使えたことに驚きを隠せなかったスヴェンは荷獣車の屋根からミアに問う。
「まさか、ハリラドンが魔法を使うなんてな」
魔法の効力が切れたのか、ハリラドンが徐々に速度を元の速度まで落とす。
「ハリラドンが使う加速魔法は天敵から逃げるための魔法なんだ。だけど1日に使える回数は一度だけ」
「そうか、ハリラドンに外傷は?」
「外傷は大丈夫だけど、少し速度を落とすよ」
「140キロ近くまで急加速したんだ、負担がねぇなんてのは嘘だな」
ミアの手綱にハリラドンは速度を落とした。
ハリラドンが使える切り札は使い切った。逆にあの時、ハリラドンが魔法を使わなければ逃げ切れず全滅していたのは明白だ。
同時にスヴェンは離脱時に撃った銃弾がドラクルの障壁に阻まれず、ドラクルは身体を蝙蝠に分裂させることで避けた。
強力な魔法発動時は魔力効率から障壁を解いている。
それならまだ一撃入れらる隙は生み出せそうだが、ドラクルが障壁を解くのは先程のような規模の大きい魔法ぐらいだろう。
あまり現実的では無い攻めの一手にスヴェンは思考から追い出すように頭を振ると、突如背後から濃密な殺気が現れる。
ガンバスターを盾に振り向く。
瞬間、紅い五爪の一閃が走る。
ギィリィィ!! 鋼を削り取る不快な音が響く。
ドラクルの爪がガンバスターに食い込み、スヴェンは眉を歪める。
脚に魔力を流し込み、ドラクルに蹴りを放つ。
障壁に防がれると同時に靴底から魔力を解き放つことでドラクルを障壁ごと退がらせる。
ドラクルが余裕の笑みを浮かべる中、スヴェンは縮地を利用しドラクルの背後に回り込む。
そして袈裟斬りを放つが今度はドラクルの爪に弾かれ、刃を強引に引き戻し振り抜かれる爪を弾く。
ドラクルの紅い斬撃と剣戟を繰り広げる中、スヴェンは思考を重ねる。
「……コイツに距離は関係ねぇのか?」
短距離とは言え、ハリラドンは百四十キロの速度で駆け抜け、間違いなくドラクルを後方の氷槍に置き去りにしたはず。
それが背後を取るように現れた。転移魔法による移動ならまだ説明も付くが、魔法の発動時に生じる魔力は感じられない。
スヴェンはガンバスターの刃でドラクルの爪による斬撃を弾き、斬り結びながら更に思考を重ねる。
魔力が感じない以上、魔法の発動では無いのは明白。
単純にドラクルの飛行速度がハリラドンの速度魔法を上回ったとも考えられるが飛翔音は聞こえなかった。
それなら一体どんな方法で距離を詰めたのか。
スヴェンはドラクルを見据えながら、周囲の紅い霧に眼を向ける。
死域の全土を包む紅い霧、魔力と精神力に加えて気力まで奪う恐ろしい結界領域。
恐らくそれは人に対してのみに作用する効果の一つに過ぎない。
ドラクルに対する死域の恩恵とも言うべき効果は何か。
一つは死域内なら何処でも自由に転移可能という可能性が浮かび上がる。
一つの可能性を導き出したスヴェンは、ドラクルの爪を弾き胴体に向け刃を二連撃叩き込む。
一振り一振りが火花を散らしながら弾かれ、スヴェンは身体を翻し、強引にガンバスターの刃を引き戻す。
そして刃に魔力を込めた突きを放ち、障壁に阻まれる中引き金を引いた。
ズガァァン!! .マグナムLR弾が障壁に食い込む。
僅かに生じる亀裂に食い込んだ銃弾に目掛けてスヴェンは、もう一度引き金を引く。
ズガァァン!! 二発目の銃弾が障壁に食い込んだ銃弾を押し出し、亀裂が障壁に広がる。
やがて障壁は砕け、迫る銃弾をドラクルは首を逸らすことで避けた。
そこにドラクルの焦りの色は見えず、むしろ『次はどんな手を披露してくれる?』そう言いたげな紅い瞳を向けれる。
「化け物に付き合ってられるほど暇じゃねえんだ」
スヴェンは魔力の反応を感じ取り、身を屈むことで風の刃を避ける。
風の刃は踊るようにドラクルの身体を刻み、決して逃しまいと風の刃が踊る。
そんな目の前の光景にスヴェンの視界が酷く霞む。
ーーチッ、コイツを荷獣車から引き離さねえと。
霞む視界の中でドラクルは風の刃を物ともせず、魔力を全身に巡らせる。
同時にアシュナの魔法をドラクルは片手で弾く。
弾かれた風の刃はアシュナの制御を離れ、スヴェンに向かう。
身を捻ることで風の刃を避けたスヴェンにドラクルが迫る。
瞬時に伸ばされた右手がスヴェンの頭部を鷲掴み、身体が宙を浮く。そして左掌に生み出した魔法陣を腹部に殴り付けた。
「っ!」
重い一撃が腹部から全身に伝わり、同時に魔法陣から不快な魔力が流れ込む。
ドラクルに掴まれたスヴェンは、魔力を流し込んだ蹴り上げを放つ。
しかし一度は砕いた障壁によって再び防がれる。
頭部を掴まれている状況でスヴェンは、左手でドラクルの右手を掴みながら障壁を足場にドラクルに背負い投げを放った。
荷獣車の屋根に衝突する刹那の瞬間、ドラクルは空に舞い上がる。
このまま追撃に出る。スヴェンがガンバスターを握り締めるも、身体から急速に力が抜け出る。
「あん?」
気が付けば腹部に怪しげな刻印が刻まれ、紅い光を放っていた。
刻印の紅い光が輝き、スヴェンは身体が力が抜け出るような感覚に襲われた。
刻印に吸われている。そう理解したスヴェンは息を大きく吸い込む。
下丹田に力を入れ直し、スヴェンは立ち上がる。
ドラクルにガンバスターを構え直すと、
「スヴェンさん! 空が!」
ミアの悲痛な叫び声にスヴェンとドラクルは同時に空を見上げた。
そこには戦場をーー死域を覆い尽くす程の魔法陣が展開され、今にも放たれんと魔力を輝かせていた。
ドラクルの相手だけで拙い状況だと言うのに、更に死域外からの魔法攻撃が決行されようとしている。
だが、魔法が放たれようが結局は死域を抜けないことには助からないのだ。
「ミア、降り注ぐだろう魔法を避けろ」
「任せて!」
「アシュナは魔法で援護を頼む」
スヴェンは荷獣車内のアシュナに指示を出すと、彼女の詠唱が響く。
「嵐よ敵を捕えよ」
詠唱と共に屋根に魔法陣が発生し、嵐がドラクルに放たれる。
放たれた嵐がドラクルを捕え、無数の刃が障壁を無視して身を刻む。
スヴェンは額から流れる汗を拭い、荒い息を調える。
ガンバスターに装填された.600LRマグナム弾は残り一発だ。
障壁は相変わらず展開されているが、空の魔法陣とアシュナの魔法ーー撃つ好奇を逃す訳にはいかねぇ。
スヴェンは銃口を構えたーーそして空の魔法陣から無数に等しい魔法が死域に放たれる。