スヴェン達がドラクルと遭遇する少し前……。
緑の長髪に桃色の瞳を宿したジルニアの部隊長……カノンは今朝方に届いた速達の手紙に、
「言われずともドラクルは討伐する……ヨクナガの要請に動く形になるのは不本意だけど」
不貞腐れるように呟く。
それを耳にしていた騎士がため息混じりに、
「温泉宿で透明魔法を覗きに使用したと通報を受けてますが、その件はどうしますか?」
「既にお供を連れて逃亡してるんじゃないの? あんまり関わりたく無いし、姫様にしつこく言い寄られても嫌でしょ」
「確かに嫌ですが、エルリア城に送還せず詰所の牢屋に放り込めば済む話しですよね」
軽犯罪を犯した異界人を私情で見逃すのは職務怠慢に他ならない。
女性になら邪な視線を向けるヨクナガと関わりたくは無いが、魔法騎士団の部隊長の一人としてそうも言ってられない状況だ。
ふと早朝から祭りの屋台の片付けを手伝って周る
「はぁ〜エリカちゃんの努力が報われないなぁ」
アンドウエリカは同行者を連れて邪神教団の積極的な捕縛に留まらず、少しでも異界人の印象を回復をさせようと努めて来た。
それが欲望を満たしたいだけの子供に邪魔をされるのは面白くない話だ。
そもそも何人か捕縛した異界人は『これは夢なんだ』『夢の中ぐらい好きに振る舞っていいだろ?』などと現実の区別が付いていない者も居る。
こればかりは魔法という力や召喚された状況を現実として認識できない、一種の精神疾患や現実逃避の可能性も捨て切れず自身がどうこうできる問題じゃない。
カノンは頭の隅でそんな事を考えながら手紙に再び視線を落とす。
後輩キアラの手紙には、ミア達の死亡を告げ、早急な死域の排除を要請する内容だ。
ミア達が死んだとは到底思えないが、確かに出現したドラクルは早急に討伐しなければそれだけ流通が滞る。
予定通りに五日後にドラクル討伐を決行することはミアに告げて有った。
だからこそ本来の目的の為に動くミア達が死域に踏み込んでいる可能性が高い。
「ミア達が通過するであろう予測時間は今日の12時頃。予定を早め討伐を決行するにしても昼過ぎ、か」
「ミア達が生存してる保証もありませんが?」
確かに騎士の指摘通りだ。むしろミアは攻撃魔法は愚か治療魔法以外は使えず、本人の努力も虚しく攻撃魔法を習得することは叶わなかった。
そんな彼女が無事にドラクルから逃げ切り、死域を突破可能かと問われれば不可能に近い。
逆に突破中のミア達が居ると知りながら魔法による遠距離攻撃の決行ができるか。
仲間を自らの手で切り捨て、殺すような真似を部下達にできる筈も無い。
そもそも手紙の内容は事実なのだろうか。
「……これは、本当のことなの?」
手紙にはキアラの字で確かにミア達の無惨な死が詳細に告げられていた。
手紙が届いてから三十分。ミア達が早朝五時から六時ごろに出発したと仮定した場合、仮にヨクナガ達が死域に向かい到着早々にミア達の死体を発見したなら往復で一時間は掛かる。
ミア達の正確な出発時刻は判らないが、現時刻は六時三十八分だ。
一応ヨクナガ達がミア達の死体を確認後、キアラの転移魔法で手紙の速達なら説明は付くが、手紙の内容と震える文字が妙な信憑性を与える。
「……カノン隊長、早急にドラクル討伐を決行しては如何でしょうか?」
「……(不自然な部分も有る。これは私の騎士人生を賭ける他に無いわね)」
カノンは騎士の声を聞きながら思案した。
カノンはヨクナガという男を軽薄で身勝手な男だと認識していた。彼の語る言葉はどれも虚言が散りばめられ信じるに値しない男だと。
情報が虚偽だった場合、ミア達ごとドラクルに魔法を放つことになりかねない。その場合指揮を執り決行したのは部隊長である自身の責任問題だ。
この情報が真実だった場合、ドラクルはミアとスヴェンの血肉を喰らい魔力を増大させたことになる。
数多の血肉を喰らったドラクルの死域は領域を広げ、やがて守護結界を食い破る程に成長を遂げる。
仮に前者の場合、自らの指揮でミア達を殺すような事になれば辞職は当然だが、監獄町に収監される覚悟でカノンは決断を下す。
「ジルニアの騎士を集めなさい。予定通り町に少数を残し、ドラクル討伐のため温泉宿付近まで急行するわ」
「はっ!」
告げた伝令に騎士は敬礼し、その場を走り去る。
万が一この手紙が虚偽の報告ならキアラは無事で済まされないだろう。
ヨクナガに同行する二人の少女も含め。
「かわいい後輩が犯罪の片棒を担いでなきゃ良いけど」
そんな事をボヤきながら背後の気配に騎士剣の柄を握る。
「乙女の独り言を立ち聞きなんて、失礼じゃないのレイ」
「任務のあいさつに立ち寄っただけで、立ち聞きするつもりはありませんでしたよ」
「それで? 小隊長に昇格間近の貴方がどんな任務を任されたのよ」
「ヨクナガが解決した事件……あれら全て冤罪の可能性が浮上してね」
確かにヨクナガはキアラ達が被害に遭ったストーカー事件を解決し、現在三人の少女達から好意を寄せられる形で同行させている。
それが冤罪による捏造となればーー不意に喉が震える。同じ女性だからこそストーカー被害がどれだけ恐ろしいのか理解できれば、真犯人がのうのうと側に居る事実は恐怖でしかない。
「待ちなさい……ヨクナガは容疑者を確かな証拠で突き出したのよね?」
「その証拠事態が捏造……いえ、自ら透明魔法で盗撮した写真を罪の無い者に擦り付けたんですよ。先輩、よく思い出してください、捕縛された3人の容疑者の状態を」
「確か、顔は酷く腫れ上がる程に殴られ右眼の失明。特に喉は酷く何度も殴られたのか喋れなくなる程だったわね……まさか、ありもしない罪を捏造するために……っ」
当時容疑者達の衣服から魔道念写器と数々の盗撮写真が現れたが、三名は喉の外傷が原因でまともな証言も出来ず、具体的な立証は治療完治まで病院に入院させることで一先ず保留となった。
仮に完治したとしても外傷と言われのない罪による制裁に精神疾患を患ってもおかしくはない。ヨクナガはそうなる事を見越して罪を捏造し、徹底的に容疑者を痛ぶった。
レイが事件の詳細を再調査してる辺り、既に容疑者は回復したのだろう。
これは女性の身として恐ろしい真相だ。ヨクナガは盗撮した三人、キアラ達の側に今も居る。そして当人は真相に気付かぬままヨクナガに危うい所を救われた感謝から好意を抱いている。
ーー救われないわね。キアラ達も彼らも。
六人には心に決して消えぬ傷が刻まれることに、カノンは遣る瀬無い想いを胸に抱く。
そして確認するようにレイに訊ねた。
「貴方のことだから魔道念写器の売買記録を辿ったのね?」
「魔道念写器を取り扱う商会は少ないからね、雑務の片手間で調べと証言に帳簿の裏採りも取れたよ。ただ、どうやって気付かれずに盗撮したのかが判らないんです」
そんな方法は知りたくも無いが、今朝の通報とついさっきまで会話していた騎士との内容を思い出す。
温泉宿で透明魔法による覗きが行われたことを。
「ヨクナガは透明魔法が使えるわ。何でも三名の宿泊客が混浴中に犯行に及び、入浴中の男性に気付かれたのか掃除用具入れに拘束されていたそうよ」
「透明魔法は気配を完全に消せる魔法ではありませんからね。そもそもあの魔法は幼子が隠れんぼやちょっとした悪戯に使う魔法ですし……しかし温泉ともなれば気も緩みますが、拘束した者は鋭いのでしょうね」
確か、通報にはヨクナガを告げた人物の特徴が記載されていた。
「短い金髪、紅い瞳に恐い顔、細身ながら筋肉質で鍛えられあげられた体付きっと特徴が記載されていたわね」
「……スヴェン? だとすればヨクナガが覗いたのはミア? いや、アイツにそこまでする魅力は皆無のはず??」
ミアに対して随分酷い良いようだが、混浴で透明魔法を使ってまでわざわざ覗くという行動が不可解だ。
その件に関しては温泉宿の宿泊客から詳細な証言が得られるだろう。
「とにかく最後の証拠は温泉宿の証言で得られるわ。これでヨクナガを正当に逮捕できるわね」
「……では、僕はこれから温泉宿に急行します」
「待ちなさい。これからドラクル討伐に出発するところよ、ついでだがら貴方も乗車して行くといいわ」
「ありがとうございますカノン部隊長、しかし予定では五日後のはずでは?」
「説明は移動しながらするわ。早くしないとヨクナガに逃げられちゃいそうだし」
こうしてカノンはレイを急遽部隊に編成し、同行を許可したうえで部隊を率いて温泉宿に急行した。
▽ ▽ ▽
その道中で温泉宿の方向から走る荷獣車が部隊の近くで停車した。
「やっと来たか!」
そんな威勢の良い声と共にヨクナガが何食わぬ顔で姿を見せた。
いっそ厚かましささえ覚え、思わず怒りから斬り刻んでやりたい衝動がカノンを襲うも殺意を堪える。
大方この男は温泉宿から逃げるついでに手柄を欲したのだろう。自身の罪を手柄で塗り潰すために。
「全部隊、隊列! そのまま待機!」
部隊に待機命令を出し、レイがヨクナガに近付く。
三人の少女はレイに驚きを隠せない様子で、目を疑いかつての想い人に複雑な視線を向ける。
三人は一度レイに振られた過去が有る。その事は当時在学生だったカノンも知っている事実で、だからこそ乙女の心を悪辣な行為で塗り潰したヨクナガが許せない。
「キミがヨクナガだね」
「あ? 野郎に馴々しく呼ばれる筋合いはねぇよ」
ヨクナガの悪態つく態度にレイは顔を一つ変えず、何食わぬ顔を浮かべた瞬間、突如ヨクナガが腹を抱え込むように倒れたのだ。
それは新米の騎士や三人の少女にはそう見えただろう。
ーー高速で六発の打撃を正確に同じ位置に、か。
「ふむ、食当たりでも起こしたようだね」
事件の詳細を彼女達に知られないためにもレイは、ヨクナガを気絶させることを選んだ。
それは被害者の心を護る行為だが、事件はいずれ公表される。
それが少しだけ、ほんの僅かに遅れるだけに過ぎない。
行動前に余計な労力を避けられるからこそ、カノンはレイの行動を黙認した。
そしてカノンは心配そうに駆け寄るキアラを呼び止める。
「キアラ、貴女が寄越した手紙は本当なのかしら?」
真っ直ぐと彼女の眼を見詰め問う。
キアラは息を呑み込み、真っ直ぐと見詰め返した。
「えぇ、事実ですよ先輩」
「そう、本当にミア達は死んだのね」
確認するように再度問えば、キアラは懐から数本の青い髪の毛を取り出した。
さもそれが証拠だと言わんばかりに、
「死域に入ってすぐの岩場にこれだけが残れていたんです」
ミアの死亡を告げた。
「それは貴女の眼で確かめたの?」
「いえ、ヨクナガが発見したと」
キアラ達も盲目的な恋で眼が曇り犯罪の片棒を担いだとも考えたが、キアラ達はヨクナガの証言を鵜呑みにした。事実確認を済ませたカノンは眼を瞑り、
「総員確かに聴いたな? ミア達が死亡したと」
部隊全員に問う。
「「「はい!」」」
誰しもが同時にしかと聴いたと言わんばかりに答える。
これでミア達が生存していた場合、ヨクナガは罪を重ねることになる。
これは道中でレイから聴いた数々の証言を基に推測した事だが、覗きの邪魔をされたヨクナガはスヴェンに敵意を抱き、自身のものにならないミア共々葬ろうと考え、そしてキアラを利用した。
子供の癇癪に巻き込まれる方も大変だが、矛先を向けられるスヴェンには同情してしまう。
カノンは重いため息と共にキアラを行かせ、号令の合図を出すべく騎士剣の柄を握る。
「……治療魔法の才能やらで忘れていたけど、ミアは騎乗障害物競争を毎年優勝してたね」
「そういえばそうだったわ。なら私はミアちゃんの生存と腕を信じるまでよ」
カノンは騎士剣を抜刀し、掲げながら部隊に告げる。
「総員! 死域に魔法陣展開! 一定間隔を開けつつ魔法を放て!」
下された指示に全騎士が死域内部に魔法陣を遠距離から展開した。
やがて展開された魔法陣から無数に等しい魔法が放たれることに……。