魔法騎士団が展開した無数の魔法が大地に降り注ぎ、そこかしこで爆音が響く。
魔法の破壊による衝撃と余波が荷獣車の車体を襲う。
「くぅぅ!」
ミアが手綱を捌き荷獣車の横転を防ぎ、魔法の着弾と余波を避ける。
車体が激しく揺れる中、スヴェンはアシュナが唱えた嵐に拘束されているドラクルに銃口の定めーーまた視界が霞み、腹部の刻印が怪しく輝いた途端、突如右眼が暗闇に包まれる。
スヴェンは突然のことに舌打ちしながら、左眼でドラクルを捉えた。
ーー魔力を纏わねえ銃弾は効果が薄いが、注意を向けることはできる。
腹部の刻印が少しずつ五感を奪うならいずれ左眼も視力を失う。
そんな事になれば他の五感を頼りに戦う他に無いが、全ての五感が奪われればそれは死を意味する。
スヴェンは引き金を引き、ガンバスターの銃口から銃弾が炸裂する。
銃弾が嵐に拘束されたドラクルに迫りーー銃弾は障壁に阻まれずドラクルの右半身を肉片に変えた。
「あっ?」
.600マグナムLR弾を撃ったスヴェンは嵐から地面に落下するドラクルに呆然と見詰めた。
疾走する地面を転がり、無数の魔法がドラクルごと大地を蹂躙する。
魔法の集中砲火に巻き込まれたドラクルに違和感が募る。
ドラクルの魔力は未だ障壁展開が可能なほど残されているはず。アシュナの嵐がドラクルをそこまで追い込んだとも考えられるが、ドラクルは常に余裕を見せていた。
それは強者がこの程度で死なない確信から来る絶対の現れ。
「スヴェン、終わった?」
荷獣車内からアシュナの問い掛けに、スヴェンは未だ紅い霧に包まれ魔法が降り注ぐ光景に息を吐く。
死域を生み出すモンスターが随分と小賢しい真似をする。だが用心深い者には通じない。
「……まだ、終わっちゃいねえ。まだ出て、来るなよ」
息があまり続かず、呼吸が乱れる。
「……? 調子悪いの?」
「いや、多少疲れた程度だ」
まだガンバスターを振るうだけの体力と気力は残っている。
荷獣車とハリラドン、それを操るミアが無事ならドラクルを討伐出来ずとも死域の突破が可能だ。
スヴェンは大地に降り注ぐ魔法が奏でる破壊音と衝撃に眼を瞑る。すると失明した右眼にデウス・ウェポンの戦場が浮かび上がった。
戦場を求め、戦場が居場所のスヴェンは小さく口元を歪め、ガンバスターを強く握り込む。
ドラクルに距離は関係ない。そして背後から奇襲する。人の形と知識、どう襲えば恐怖を与えるのか。
ドラクルにとって死域に踏み込んだ人類を恐怖に陥れ、殺し喰らう。それが本能による行動だ。
ドラクルがミアとアシュナを襲わないのはそう言った理由からだろう。
狩人が獲物を追い詰める時、狡猾に残忍に。
スヴェンは背後から現れた殺意にガンバスターを振り払う。
案の定、背後に出現したドラクルは意外そうな視線を向けながら紅い爪で刃を防いだ。
「ドラクルのお出ましだ!」
三度目の接触を告げ、ミアとアシュナに再び緊張感が走る。
空から降り注ぐ魔法はミアの手綱捌きとハリラドンの勇敢さによってどうにか避けられているがーーいや、意図的に発射間隔が一定に空けてあんな。
なぜ魔法騎士団が予定を早めたのかは判らないが、状況を利用しない手は無い。
スヴェンはドラクルの爪を弾き、魔力をガンバスターに纏わせ腹部に向けて刃を払う。
障壁が刃を阻み火花が散る。だがスヴェンはそんなこと知ったことかぁ! そう言わんばかりに何度も障壁を斬り付ける。
ドラクルは障壁の内部から炎を纏わせた手刀をーー死角が生じたスヴェンの右側を狙って。
「視力を奪えば止まると思ったか?」
スヴェンは右半身を逸らすことで炎の手刀を避け、ガンバスターの一閃を放つ。
障壁から飛び出したドラクルの右腕を切り裂き、障壁に刃の一閃が走る。
障壁に亀裂が走り、ドラクルは楽しげに顔を歪めた。
それはスヴェンも同じだった。
久々の戦場、降り注ぐ魔法の爆撃。そして目前の怪物にスヴェンの戦意を高揚させる。
同時に腹部の刻印がまた怪しい輝きを放ち、急速な疲労がスヴェンの襲い、右方向から爆音が響く。
突然の体力低下に身体を蹌踉めかせ、飛来物に気付くのが遅れたスヴェンの右眼に何かが突き刺さる。
左眼を向ければ岩の破片が右眼に突き刺さり、鮮血が流れていた。
痛覚が無い。腕の感覚も無いが、ガンバスターを握れていることから筋力は健在。
感覚に生じる狂いにスヴェンは、
「……チィ!」
忌々しげに舌打ちを鳴らす。
だが手を止め、隙を与えればそれだけミア達に危険が及ぶ。
スヴェンは足を踏み止まらせ、再度ガンバスターを振り抜く。
止まらないスヴェンにドラクルははじめて眉を歪め、同時に背後から風の槍がドラクルを貫く。
ーーいいタイミングだ!
アシュナの支援にスヴェンは舌を巻き、魔力を宿したガンバスターの一閃を障壁の亀裂に叩き込む。
バリーーン!! 障壁が砕け散り、スヴェンはすかさずポーチから聖装ボルトを取り出す。
聖装ボルトの鏃にドラクルは激しく顔を歪め、怯えた様子を見せた。
「そんなにコイツが怖えのか、なら腹一杯喰らえ」
握り締めた聖装ボルトの束をドラクルに突き出すーーだが、突き出した左腕はドラクルの左手に掴まれ抑えられる。
だが聖装ボルトは対吸血鬼モンスター用の聖装だ。鏃がわずかにドラクルの左腕を掠るだけで青い炎が、ドラクルの左腕を焼く。
魔力も流さずに効力を発揮し、星が生み出したモンスターに苦痛を与える。
アトラス教会の魔法なのか、それともアトラスが与えた魔法なのかは判らないがーー星に抗う人類は……。
スヴェンは浮かんだ言葉を呑み込み、左腕を更に押し込む。
しかし、ドラクルの冷気を纏った蹴りがスヴェンの腹部に突き刺さる。
腹部が僅かに凍り、更にドラクルの強靭な脚力がスヴェンの身体を弾く。
「クソがっ」
身体が屋根に打ち付けられ、その衝撃で聖装ボルトの束を手放してしまった。
転がる聖装ボルトの束に左手を伸ばすが、左手、両足、腹部が紅い槍に貫かれる。
屋根に縫い付けられた個所から夥しい血が流れ、
「スヴェンさん!? 大丈夫なの……っおっと!」
空の魔法陣が放った魔法が荷獣車の真横を掠め、衝撃が車体を襲う。
ドラクルは無表情でスヴェンを見下す。
大抵は勝利を確信した者は目前の獲物の前で舌を舐めずり、不敵に笑う。最後に油断と慢心を見せる者は逆に殺されるが、ドラクルにその様子は見えない。
隙が無いことにスヴェンはどうするべきか、思考を巡らせ空の魔法陣を見上げる。
そして完璧に気配を断ち、ドラクルに悟られず音もなく背後に佇むアシュナが左眼に映る。
ドラクルの背中を一本の聖装ボルトが貫く。
鏃から放たれる青い炎がドラクルの身を焼き、ドラクルは苦しみから逃れようと蝙蝠に分離した。
「逃げられる」
荷獣車から離れる蝙蝠の群れをアシュナが追うべく、脚に力を込めるが、
「必要ねぇよ……よく見てみろ」
分離した蝙蝠は青い炎に包まれ、そこに畳み掛けるように魔法が続々と降り注ぐ。
「今度こそ?」
「だと良いがなぁ」
基本的に運が悪い、これで終わって欲しいと願えば願うほど状況が悪化する。
まだ油断は出来ない状況にため息を吐くと、アシュナはこちらの状態に気付いたのか、
「右眼……見えないの?」
そんなことを珍しく泣きそうな顔で問われた。
事実右眼は潰れて見えなければ感覚も無い。しかしそれは紅い霧とドラクルの刻印が原因だ。
「ドラクルが死ねば感覚は治んだろ」
そう気楽に答えると紅い霧が徐々に晴れ、スヴェンの腹部に刻まれた刻印が薄れるように消えていく。
ついでに身体を貫いた紅い槍も消失し、漸くスヴェンの身体は自由を得る。
同時にそれはドラクルの討伐を証明し、空を覆い尽くした魔法陣も次々に消えた。
やがて感覚も戻り、スヴェンは出血も何事もないように立ち上がる。
そして右眼に突き刺さった破片を、眼球まで抜き出さないように引き抜く。
「……もう大丈夫そうだ。アンタは平気か?」
「かなりキツい、けどミアの方がキツいかも」
ドラクルから逃げるように手綱を操り、着弾する無数の魔法を避け続けた。
スヴェンはガンバスターを背中に屋根を駆け出す。
そこには番頭のミアが疲労困憊で身体を蹌踉めかせた瞬間が映り込む。
このままではミアが落ちて死ぬ。そんな判断が頭をよぎる前にスヴェンは動き出した。
彼女の側に着地し、蹌踉めく身体を支えると、
「す、スヴェンさん……ごめん、ふらついちゃった」
そんな謝罪の言葉が紡がれる。
「いや、アンタも疲れたろ」
「ドラクルに何もしてないよ」
「アンタの正確な手綱捌きとハリラドンが無きゃ、突破は無理だったろ」
「スヴェンさんとアシュナ、どっちか欠けても無理だったね。……今度は右眼、あなたは戦う度に酷い傷を負うね」
「傷を負うだけで済むなら安いもんだろ」
そう告げると潰れた右瞼の傷をミアの細い指が撫でる。
「ごめん、今は魔力が上手く操作できない」
それは無理もないことだった。死域によって魔力と精神が削られた状態だ。
悔しそうに口元を歪めるミアに、スヴェンはハリラドンが走る道先を真っ直ぐ見据える。
「無理もねぇさ……だが、右眼はこのままか?」
「大丈夫だよ。スヴェンさんの生命力が保つ限り、どんな欠損も治せる。それこそ時間を置いてもね」
そんなミアの心強い言葉に、スヴェンの身体に自然と力が入り、同時に傷口から出血した。
血がミアの衣服を汚し、
「悪りぃな、血で汚れちまった」
そう告げれば彼女は気にした様子も無く笑っていた。
「汚れなんて洗えば落ちるから大丈夫だよ」
「そうか」
どちらにせよこのまま出血したままでは、失血死することになる。そうなる前にスヴェンはポーチから治療キットの小箱を取り出す。
ミアの治療魔法のお陰で使用することは無かったが、デウス・ウェポンの治療キットなら傷口を完全に塞ぐことは無いがーースヴェンは治療キットの中から透明な薬液が入った注射器を取り出した。
「スヴェンさん、それは?」
「デウス・ウェポンの治療器具、中身は細胞活性化剤だな」
スヴェンは注射器の針を自らの首筋に刺し、薬液を注入する。
薬液が首筋の血管を通して全身に流れ、身体の細胞が暴れ狂う。
そしてスヴェンの傷口から蒸気が漏れながれ、僅かに傷口が塞がる。
同時に全身を激痛と熱が襲う。何度か使用した細胞活性化剤の副作用にーーやっぱ副作用もねぇミアの治療魔法は優秀だな。
「えっと、なんだか熱も凄そうだけど……」
「平気だがコイツは戦闘時に使えねぇからな。その点を考えりゃあアンタの治療魔法はデウス・ウェポンの細胞活性化剤を超えてやがる」
「そっか、それならスヴェンさんが傷付いたら何度も癒すよ。……それより死域は消失したけど、まだモンスターの生息域だよね」
「そうだが、手綱は握れんのか?」
ミアは姿勢を正そうとするが、体力と精神力が大幅に消耗したままだ。だから蹌踉めくのも無理はない。
「……う、うーん、やっぱり想像以上に消耗してるみたい。むしろ戦闘してたスヴェンさんが動けるのが不思議だよ」
「アンタは操縦をミスりゃあ俺達ごと死ぬ……そんなプレッシャーと死域の影響が強く出たんだろ」
「そっか……そういえばスヴェンさんはドラクルに何かされなかった?」
既に終わったことだがドラクルの刻印が齎す詳細な効果を知らない。
だからこそ次の対策としてミアに聴いておくべきだ。
「腹に刻印を刻まれたぐれぇか」
なんでもない様に聴けば、ミアの呆れたため息が耳に響く。
「はぁ〜無知って恐ろしいなぁ。……スヴェンさん、ドラクルの刻印は腐敗と吸収、刻印を刻んだ対象から五感と生命力を奪い、最後は操り人形にしちゃうの。死域の効果と合わせて生命力の消耗も早かったはずだよ」
左眼を残してそれ以外の五感は奪われていた。もしもアシュナがドラクルに聖装ボルトを突き刺さなければ、間に合わずドラクルの操り人形にされていたか、あのまま殺されていた。
「……ヤバかったな」
「でも楽しそうだよ」
言われたスヴェンは自身の口元を触れた。それは確かに笑っていた。
「傭兵の悪りぃ癖が出たな」
「高揚と死闘を制した余韻ってことかぁ。じゃあ、スヴェンさんの治療が終わったら夕飯は少し盛大にする? 死域を無事に突破した記念にさ」
「えっ、それなんて地獄?」
荷獣車の屋根からアシュナの狼狽えた声が響いたが、ミアの料理はそこまで悪くはない。
それに奇妙な偶然の重なりもあったが、確かにドラクルの死域を突破した。
守護結界領域内の野宿、そこで少女達を労う意味でも必要なことだ。
こうしてドラクルの死域を突破した三人は、その後何度かモンスターに奇襲されるも無事に守護結界領域に到着するのだった。