傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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2-4.レーナとオルゼア王

 エルリア城の中央塔、最上階の一室。

 ベッドで眠るレーナは窓から射し込む朝日を受け、二、三度寝返りを繰り返す。

 鳥の囀りに薄らっと眼を開け身体を起こした。

 

「ふぁ〜……もうあさぁ?」

 

 まだ寝ぼけ気味の瞼を擦ると、丁度数人のメイドが部屋に入って来る。

 そして彼女達はいつも通りのあいさつを口にした。

 

「「「レーナ姫様、おはようございます」」」

 

「おはよう……もう少し寝かせてくれると嬉しいのだけど」

 

 昨晩処理すべき書類やら手続き、スヴェンに頼まれた物品を技術研究所に提供。

 レーナが就寝したのは深夜の二時を過ぎた辺りだ。

 それでもメイド達は笑みを浮かべ、

 

「ダメですよレーナ姫様、オルゼア王から目が覚めたら執務室に来るようにと言伝を預かっております」

 

 オルゼア王が呼んでいると語った。

 父、オルゼア王の要件が何か全く心当たりが無い。

 どんな要件か首を傾げメイド達に告げる。

 

「直ぐに支度して向かうわ」

 

「では、本日はこちらのドレスは如何でしょうか?」

 

 そう言ってメイドが広げて見せたのは、青を基調とした清楚な印象を受けるドレスだった。

 もう五月二十二日とは言え、青基調のドレスはいささか早い気もする。

 気もするがメイド達が嬉々として広げるドレスの数々、その内の一つから選ぶのも億劫に思えた。

 この際何でもいいと思ったレーナは頷く。

 

「お父様に会うだけだもの、それでいいわよ」

 

 ベッドから降りて、メイド達の前で両手を広げる。

 

「かしこまりました。それでは失礼します!」

 

 これも毎朝の日課。

 数人のメイド達が寝巻きを脱がし、身体を温かいタオルで拭くのも。

 そして下着やドレスの着替えをやってもらうのも、髪の毛を梳かすのも全てメイド達任せだ。 

 これぐらい自分一人で出来るのだが、以前一人で支度を済ませたらメイド達に『我々メイドの生き甲斐と仕事を奪わないでください!!』っと号泣され、仕事を奪った罪悪感も相まって今に至る。

 少し昔の思い出に浸り、気付けばあっという間に完了した身支度に感謝の意を込めて告げた。

 

「毎朝ありがとう」

 

「いえ! これも我々メイドの仕事ですから!」

 

 身支度を調え終えたメイド達がベッドメイキングと部屋の清掃に移る。

 レーナはそんな彼女達に有り難みを感じながらオルゼア王が待つ中央塔の執務室に足を運ぶ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

「昨晩、スヴェンに刺客を差し向けてみた」

 

 執務室を訪れ、開口一番にオルゼア王がそんなことを……。

 レーナはオルゼア王の言った言葉を正しく認識しーーこの人を如何してやろうかと黒い笑みを浮かべる。

 

「竜王召喚と竜王召喚、どちらがよろしいですか?」

 

 優しい姫は王に二択を告げる。

 迷う必要もない単純明解な選択肢だ。

 二択を突き付けられた王は余裕たっぷりの笑みを浮かべ、

 

「実質一択だな……なに、お前が心配することは何も起こってはない」

 

 一国の王が異界人に刺客を送るだけでも問題だが、始末の悪い事にオルゼア王はその辺りと退き際を重々理解している。

 変な所で悪戯好きだったが、まさかスヴェンに刺客を差し向けるとは誰が予想できようか。

 レーナは呆れた眼差しを向け、後でスヴェンに謝罪しようと心に誓う。

 

「スヴェンは依頼を請負ったのよ? 如何して刺客なんか差し向けたのよ、それも特殊作戦部隊からなのでしょう」

 

 オルゼア王が自由に動かせる部隊、しかも隠密行動となれば特殊作戦部隊のあの子達しか居ない。

 

「スヴェンが国内の刺客にどう対処するのか確かめるためだ。……レーナ、彼奴はお前に言われた通りに殺人禁止を守ったぞ」

 

 わざわざそれを確かめるために刺客を送り込んだのか。

 スヴェンが国内で人を殺さない、それは彼の依頼に対する姿勢の現れなのだろう。

 

「本当にそれだけの理由ですか?」

 

「……彼奴の影の護衛はアシュナに任せると決めた時、ワシの子らを預けてよいものかとなぁ」

 

 オルゼア王は国民と娘である自分含め平等に大切にしているが、それと同等に孤児院から集めた特殊作戦部隊の子達も大切にしている。

 それを娘の立場から理解しているが、一歩間違えればアシュナがスヴェンに殺され、スヴェンがアシュナに殺されていたかもしれない。

 

「最悪の想定はしなかったのかしら?」

 

「想定したうえでアシュナに制限を言い渡した。結果的に手酷い反撃に有ったようだがな」

 

「そう、納得はできないけど理解はできるわ」

 

 王家としてオルゼア王はスヴェンを試す必要が有った。

 傭兵として殺しも辞さないスヴェンを国内に放っていいのか、ましてや異界人の彼をオルゼア王が信用できる理由が今のところ無い。

 オルゼア王は異界人に対してはあまり口を開かない、それは異界人に対する警戒心の現れだ。

 オルゼア王が異界人を警戒するようになった理由も当然理解できる。

 度重なる異界人の裏切りと事件が国内外で起これば、新たに召喚した異界人に対しても警戒してしまうのは無理もないことだ。

 

「まぁ、ワシのお茶目な話しは終いにして……レーナよ、各地に散る異界人の様子は如何だ?」

 

 言われてレーナは少量の魔力で、執務机にチェス盤を召喚した。

 遊戯用のチェス盤とは異なる世界地図を基にしたチェス盤ーー盤上に配置された白い駒に視線を落とし、エルリア城から最も近いメルリアに黒い駒が滞在してる事が少々気掛かりだが、

 

「以前と大きな変わりは無いわね。スヴェンの分が城内に追加されたぐらいで」

 

 他に新たに邪神教団に付いた異界人は現れていない。

 

「ふむ、それは行幸だな。しかし、果たしてスヴェンは何処まで行けるか」

 

「彼なら……いえ、異界人達なら依頼を達成してくれる。私はそう信じてるわ」

 

「信じる心も大事だが……それでお前が心を壊し、臣下や国民から信頼を失っては意味が無いぞ」

 

 確かに異界人の引き起こす問題はレーナに間接的に降り掛かっていた。

 アトラス神の信託と自身の判断も合わさって実行した異界人の召喚政策は未だ実を結んではいない。

 加えて異界人に渡す資金も引き起こされた事件に対する補填も全てレーナの個人資産から賄っているのが現状だ。

 オルゼア王の心配している眼差しに、レーナは気丈に振る舞った。

 

「大丈夫よお父様、私の精神は亡くなったお母様譲りよ」

 

 オルゼア王は目を伏せ、小さな吐息を吐く。

 

「……そうだったな。だが忘れるな? 王族である前にお前もまた一人の人の子なのだと、苦しい時は誰かに相談すると良い」

 

 誰かに相談、気軽に相談できる相手っとレーナは友人のアルディアを思い浮かべるが、すぐに苦笑を浮かべる。

 

 ーー凍結封印中で相談もできないわね。

 

「本当に苦しくなったら相談するわ、それじゃあ私は自分の仕事に戻らせてもらうわよ」

 

 オルゼア王は笑みを浮かべ、レーナは父の温かな眼差しを背に執務室から退出し東塔の執務室に足を運ぶ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 自身の執務室に向かう廊下の途中でーースヴェンとばったり出会う。

 

「昨夜はお父様がごめんなさい」

 

「あ? あー、理由は分からんでもねえさ」

 

 スヴェンは一晩寝たからなのか、襲撃に対して特に気にした様子を見せなかった。

 むしろアシュナに関して気にしてる様な様子を見せ、

 

「昨夜は加減を誤ったが、あのガキは平気なのか? 一応ミアに治療を頼んだが……」

 

 意外にもアシュナを気遣う様子にレーナは小さく微笑む。

 

「ミアが治療したなら大丈夫よ。だけど今日はまだ会って無から後で様子を確かめてみるわ……それより貴方の方は大丈夫なの?」

 

「俺か? 見ての通り元気だ」

 

「元気なら良いわ、何か足りない物が有ったら遠慮なく言ってちょうだい」

 

 ズボンの縫い跡を見るにアシュナに斬られたのだろう。

 こうしてスヴェンと対面して判ることも有る。

 彼の瞳は底抜けに冷たい。そんな冷たい感情を瞳に宿す割には他者を気遣う一面も有るのか。

 なぜそんなにも冷たい感情を宿しているのか、どんな人生を歩んだのかーー少しだけ話しをしようかと思ったが、午前中に片付けてしまいたい書類がまだ多い。

 少し遅れて気付く、この場所にミアの姿が見えない事に。

 

「そういえば、ミアを連れず何処に向かう途中なのかしら?」

 

「一人で資料庫で勉強だな、それにアイツは喧しい」

 

 連れて行かない方が喧しいと思う。レーナはなんとなくそう思ったが、意外と勉強熱心な彼に感心を寄せた。

 

「そう、貴方って意外と努力家なのね。正直言って勉強は不得意に思ってたわ」

 

「事実教養はねえからな。だが、コイツは商売に繋がる必要な事だ。やらねえ手はねえのさ」

 

 あくまでも商売の為と語る彼にーーレーナは小さく手を振って、

 

「近々、異界人達とお茶会も有るから貴方も出席するように」

 

 そう告げると非常に嫌そうな顔をされた。

 それでもスヴェンは一言、考えておくとだけ言い残して立ち去る彼の背中を見送る。

 スヴェンの出立まであと六日、レーナは残りの手続きを片付ける為に執務室に歩き出す。


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