傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第十一章 入国と小さな村
11-1.夕暮れの再会


 夕暮れに包まれる空の下、スヴェンは荒地に寝かされた状態で、

 

「『この者に再生の癒しを』」

 

 詠唱と共にミアの構えた杖の先端に魔法陣が、スヴェンを緑の光りで包み込んだ。

 ドラクルから受けた傷と潰れた右眼が瞬く間に癒える。

 すっかり元通りに再生された右眼に視力が戻った。

 相変わらず凄まじい治療魔法にスヴェンは舌を巻きながら身体を起こす。

 

「すっかり元通りだが、腹も減ったな」

 

「……そりゃあ生命力の消耗も激しいからね。待っててすぐに作るから、その間に洗濯を済ませたら?」

 

「ああ、そうさせて貰う」

 

 すっかり血だらけになった上着のままでは衛生状態は最悪だ。だからこそスヴェンは近場の川に足を運んだ。

 川に上着を浸せば滲んだ血が下流に流され、手洗いを加え汚れを落とす。

 そして上着を絞り、夕暮れの太陽に向けて岩場に干した。

 戦闘の影響で所々穴が空いたが後で補修すれば済む。それともこの気にテルカ・アトラスの衣類を数着購入するべきか。

 耐久性と防御力に信頼を置いている防弾シャツに似た材質の衣類が有れば良いのだが、この世界の防具は基本金属鎧だ。

 

 --流石に高望みか、それともエリシェ辺りに依頼してみるか? いや状況が落ち着いてからでいいか。

 

 どうするべきか一旦保留したスヴェンは改めて荷獣車が停車した野営地に視線を向ける。

 エルリア中央部の平原が嘘のように、荒れ果てた大地が広がっていた。

 草木は愚かただ目の前には荒地、そして背後にはパルミド海と繋がるガリアネス川が在る。

 あと村を三つ経由し四日でアンラス関所に到着するが、幸いなのは現在居るのがアルストの守護結界領域内ということだ。

 スヴェンは頭の中で地図を浮かべる。白碧の町アルストは現在地から東に向かった先に在る。

 そこに向かう理由も無ければ、目的地のアンラス関所もアルスト守護結界領域内に位置している。

 

「しばらくはモンスターと戦闘もねぇか」

 

 スヴェンは岩場に腰を掛け、食材を切り始めるミアとそんな彼女の隣で調理を見守るアシュナに視線が向く。

 

『えっと、野菜スープは当然として。獣肉の干し肉と羽獣の干し肉は切るだけ、あとはイモを蒸して……』

 

『……今日は豪華そう、失敗しなければ』

 

『私もあれから回数を熟してるからね。流石に大丈夫だよ』

 

 そんな会話が夏の風とと共に耳に届いた。

 フェルシオンを出発し、幾度も行った野宿でミアの調理技術は少しずつ上達はしていた。

 ただそれは、ほんの些細な変化程度で作り手のミアは愚かアシュナも気付かない僅かな変化だ。

 スヴェンは上着が渇いた事を確認しては、着替えてから二人の下に足を運ぶ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 夕暮れの空を羽ばたく巨鳥の鳴き声が響く中、焚火を囲ったスヴェンとアシュナは皿に野菜スープを盛るミアに視線を向けていた。

 そしてそんな彼女に差し出される手にミアは野菜スープを、

 

「はい、沢山作ったから食べてね」

 

 笑みを浮かべながら差し出した。

 

「あら、美味しそうね」

 

 そして返されるわずかに聴き覚えの有る声に、スヴェンはその場から飛び退いた。

 気配も悟らせずに隣りに座られ、あろうことか警戒心も与えずに何食わぬ顔で野菜スープを受け取った女性に鋭い眼孔を向ける。

 警戒心剥き出しでガンバスターを引き抜き、いつでもガンバスターの刃が首を刎ねられるように刃を首筋に当て、ミアとアシュナが一斉に女性から距離を取る。

 

「何者だ?」

 

 女性に問えば、女性は心外そうにため息を吐いた。

 

「名は名乗っては居ないけれど、メルリアで会ってますよ。旅行者さん」

 

 スヴェンは記憶を探るように思考を重ね、やがてラオが探していた紫髪の女性ーー生きた封印の鍵だと思い出すにはそう時間を要さなかった。

 魔力に意識を向ければ、禍々しい殺意で満たされた魔力が下丹田を巡っている。

 それは封印の鍵だからこそか。スヴェンはガンバスターを鞘にしまい、

 

「アンタか。こんな辺鄙な場所で会うとはな」

 

「えぇ、わたくしも想像してませんでしたよ。まさか、忌々しくも懐かしい気配と美味しそうな匂いに釣られて来てみれば、あなたと再会するなんて」

 

 彼女の言う忌々しい気配は、封印の鍵の事を指しているのだろう。

 同じ封印の鍵だからこそ惹かれ合うのか、それはスヴェンには理解が及ばない事だがーー呑気に野菜スープを食べ始める彼女を警戒するだけ無駄だ。

 女性は野菜スープの味に眉を歪め、不思議そうに野菜スープを見詰める。

 どうやら見た目は完璧だが味付けは彼女が満足するものでは無かった。スヴェンがそう結論付ける中、ミアがおずおずと訊ねる。

 

「えっと、確かラオさんが探してた女性ですよね? メルリアでラオさんに会いましたか?」

 

「えぇ、会ったわ。彼を経由してエルリア王家から提案も受けたけれど……それは断らせてもらったわ」

 

 レーナ達が何を提案したかは判らないが、女性から険悪感を感じない所を見るに彼女にとって決して悪い提案では無かったことが伺えた。

 スヴェンはミアから野菜スープを受け取り、二種の干し肉を口に運ぶ。

 

「そうですか。詳しいことは聞きませんが、名前を教えてもらっても?」

 

「今はノーマッド(放浪者)と名乗ってるわ。そういうあなた達は?」

 

「おっとこれは失礼しました。私はミア、そこで無言で食事してるのがスヴェンさんとアシュナです」

 

 ノーマッドは三人の名を記憶するように小さな声で何度も呟く。やがて名を覚えたのか、

 

「スヴェン、ミア、アシュナ。変わった組み合わせでは有るけれど、あなた達はなぜ封印の鍵を?」

 

 真意を確かめるように質問してきた。

 そこに敵対する意志は無いのか、穏やかな眼差しにスヴェンは食べる手を止める。

 

「旅行の最中に偶然拾った物だったが、アンタの探し物か?」

 

「邪神の一部を封印した鍵なんて要らないわ。それよりもこの身体を犯す呪いの解除方法が知りたいのよね」

 

 呪われた身体。以前ラオからも聴いた話を思い出しながらスヴェンは訊ねた。

 

「確か邪神の呪いを受けた一族だとか、んな話を聴いたが?」

 

「……あら意外とラオはお喋りさんなのね。まあ、歴史書を読めばわたくしの呪いは記載されてるから隠しても仕方ないわね」

 

「封印戦争時代に一族は邪神に呪われた。呪われた理由は誰にも判らないけれど、呪いが存在する限り老いることも死ぬことも許されない身体になったわ。同時に死なない存在だから封印の鍵の一つに選ばれた……簡単に語るとすればこんなところかしら」

 

 封印戦争時代がいつ起きた話しなのかは知らないが、遠い昔から呪いに生かされ続けた不老不死。

 そこに死による生からの解放など無く、齎されるのは生き続ける無限地獄だ。

 スヴェンはノーマッドの呪いをそう捉えながら、

 

「十分だ……いや、呪いに影響はあんのか?」

 

 野菜スープをスプーンで口に運ぶ。

 口の中で辛味、甘味、酸味、塩味、苦味、その五種類の薄味が変わる変わる変化を引き起こす。

 たった一口でなぜ五種の味が引き起こせるのか、一体何を入れればそうなるのかスヴェンは不思議がりながらも野菜スープを食べ続けた。

 

「一定期間その場に留まり続ければ呪いが、周囲一体に破壊と腐敗を振り撒くわ」

 

 どの程度の期間で呪いを発動するのか、それはノーマッド本人が正確に把握してるのか。

 そうでも無ければこんな場所で悠長に食事を摂ることも、こうして会話をすることも無いのだろう。

 

「歴史書に記された通りですね……他にノーマッドさんと同じ呪いを受けた人は居るんですか?」

 

 確かに一族が受けた呪いなら複数人居ても可笑しくは無いが、それとも別種の呪いを受けた者が他に存在しているのか?

 スヴェンはノーマッドが返答に躊躇する間に、野菜スープを食ながら記憶を探り一つ思い出した。

 邪神教団のエルロイ司祭はレーナが言うには、大昔から存在が確認されている人物だと。

 エルロイには不老不死との情報も有るが、彼の役割を受け継いだ人物なのではないかと。しかし各地でエルロイの姿形で目撃されていることから不老不死の線が濃厚だ。

 

「邪神教団のエルロイ司祭、そいつは如何だ?」

 

 事実確認のために訊ねると、ノーマッドは観念したように息を吐いた。

 

「……アイツも邪神に呪われた結果、不老不死になったけれどわたくしとは別種の呪いよ」

 

 そう短く語るノーマッドは昔を懐かしむような眼差しで夕暮れの空を見上げていた。

 スヴェンはそんな彼女から視線を外し、野菜スープを食べながら思考を重ねる。

 呪いによる不老不死化がテルカ・アトラスには存在する。その事実が知れただけでも有益な情報だ。

 同時に魔王アルディアを凍結封印したのはエルロイ司祭だ。魔王救出の最後の障害が不老不死だと確定した。

 殺せない相手を如何に無力化するか? 当初はコンクリートに固めて水中に放り込む方法を思案したが、材料の用意とそもそも戦場でコンクリートの使用は危険性が多過ぎる。

 戦闘による無力化か石化が好ましいが、後者に限っては該当する魔法が使用可能な魔族の力を借りる必要も……。

 邪神教団が蔓延るヴェルハイム魔聖国で魔族を一人同行させるのは、それはそれでリスクだ。

 

 ーーあれからアウリオンと接触は無し。潜入も含めて話がしてぇが、アイツから接触して来るまで待つ他にないか。

 

 考え込むスヴェンを他所にアシュナがノーマッドに視線を向け、

 

「どうしたらそんなに大きくなるの?」

 

 そんな事を唐突に訊ねた。

 スヴェンはアシュナの興味や、自身の胸を抑えながら熱心な視線を向けるミアに、歳頃の悩みに羽獣の干し肉を噛みちぎり蒸したイモを齧る。

 少女の歳頃な悩みを受けたノーマッドは少しだけ考え込む素振りを見せ、やがて笑みを浮かべた。

 

「大抵は親から受け継ぐものよ」

 

 身も蓋もない返答にミアは膝から崩れ落ち、アシュナは眉を歪める。

 

「親の顔なんて知らないよ」

 

「そう……それならアシュナは成長期を楽しみするといいわよ」

 

 やんわりと答えるノーマッドにアシュナは、思い出したようにこちらに視線を移す。

 スヴェンは彼女の視線を気にせず、空になった木製の器に野菜スープを盛る。

 

「……スヴェンの両親ってどんな人?」

 

 ジルニアで答えなかった質問にスヴェンは黙秘を行使しながら、野菜スープを口に運ぶ。

 

「アシュナ、ダメだよ? スヴェンさんにも話せないことが有るんだから」

 

 無視された事に頬を膨らませるアシュナを論ずるも、ミアも興味が尽きないのか『私も知りたいなぁ〜』っと眼が語っていた。

 

「ミアだって気になってる癖に」

 

 アシュナの尤もな指摘にミアは顔を背けながら、わざとらしく口笛を吹く。

 なぜアシュナは両親に付いて聴きたいのか。親という存在を求めているのか、それとも単なる興味本位からの質問なのかは、彼女の無表情からでは読み取れない。

 ただ自身の両親に関しては三人に話すべき内容でも無ければ、食事を不味くするだけの無価値な話題だ。

 

「食事中に話すような内容でもねぇよ。それよりも俺は、伝説と呼ばれる瑠璃の浄炎に付いて知りてぇ」

 

 話題を孤島諸島に眠る伝説に付いて、ノーマッドに視線を向けるも、

 

「何処に在るのか、何に護られているのかも知っているけれど……異界人の両親、スヴェンの底抜けに冷たい眼、普通の家庭ならそうはならないわよね?」

 

 アシュナの質問に答えなければ瑠璃の浄炎に関する正しい情報を得られない。

 レーナが調べ上げた情報をより確実にするにはノーマッドの知る情報も必要だ。

 その対価が自身の過去となれば、スヴェンは眉を歪めざる負えなかった。

 つまらない過去話と必要な情報。依頼を達するには必要不可欠な要素をーーあんな話を、綺麗なままの二人に? 

 スヴェンは眼を瞑り、自身のつまらない過去か依頼達成どちらかを選ぶべきか。それは傭兵として選択の余地もないものだった。

 

 --馬鹿正直に話してやる理由もない。

 

 スヴェンは皿にスープを置いて、一拍置いてから語り出した。

 

「俺は産まれた時には両親に戦場に置き去りにされたらしい。そんな話を俺を拾った傭兵から聴いたが、親の顔もどんな存在なのかも知らねぇ」

 

 ミアとアシュナは嘘を信じ込む形で眼を伏せた。

 事実は戦場に捨てられ、傭兵に拾われ育てられたことだが、嘘は親の顔を知らないという部分だけ。

 その程度の情報でミアとアシュナは信じ込み、疑いもせず追求を辞めた。

 逆にノーマッドは生きた年月から得た経験からわずかな嘘も見破るだろう。

 両親の顔は正直に言えば覚えてもいれば、二人を戦場で傭兵として殺害したのも他ならない自分自身だ。

 当時五歳だった子供に殺された現役の傭兵夫婦。それが自身の最初の標的だった。傭兵として再会し、殺し合いの果てに捨てた赤子が生き残るーー何度も振り返ってみたが皮肉の結果、ただそれだけだ。

 

「そう、親の存在を知らないならアシュナの求める解答はできないわね。……それじゃあ瑠璃の浄炎に付いて話すわ」

 

 ノーマッドは一呼吸置いてから情報を告げた。

 

「パルミド小国から北西、海を渡った絶海……大瀑布の側に浮かぶ孤島の遺跡、その最奥に瑠璃の浄炎は実在するわ。ただ厄介な存在が護っているけれど」

 

「厄介な存在? そいつはモンスターか?」

 

「遺跡内部はモンスターの巣窟、それだけでも厄介だけど天使が創り出したガーディアンが護っているのよ」

 

「天使のガーディアン……じゃあ孤島諸島の遺跡は封神戦争時代の物ってことですか?」

 

 ミアの疑問をノーマッドは獣肉の干し肉を食べてから答えた。

 

「いつの時代の遺跡なのかは判らないわ。ただ、言えることは帰りの手段は用意した方が賢明かしら」

 

 ノーマッドの忠告にスヴェンは頷き、空の皿を片付けた。

 

「食べながら聴いてると思ったら……今日の野菜スープは成功で良いのかな?」

 

「最初と比べりゃあ美味くなってる」

 

 着実に調理の腕を上げるミアにそう告げると、アシュナがげんなりした様子で呟く。

 

「……スヴェン、ミアに遠慮してるの?」

 

 まだアシュナの満足するレベルには達していない。それは明白だが、野菜スープ一つに様々な試行錯誤と工夫によって混ざり薄めの味付けは、五種という点を抜きにしても不思議と嫌いになれない。

 むしろ血を流し過ぎた身体には丁度いい味付けとも言える。

 

「作り手の工夫ってのは案外伝わねえもんだな」

 

「うーん、栄養と摂取効率に加えて滋養強壮薬に薬草も入れたからアシュナには合わないのかもね」

 

「口の中で5種類の味……舌がおかしくなりそう」

 

 アシュナの苦言にミアは肩を落とし、懐から取り出したメモ帳に羽ペンを滑らせた。

 

「お腹も膨れたし、わたくしはもう行くわ……何処かでまた会ったらその時はまたお話ししましょう」

 

 ノーマッドはそれだけ告げ、暗くなりはじめた荒地を歩き始めるのだった。

 彼女が何処へ行くのかは誰にも判らない。

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