七月一日の晴れた朝。三つの村を通り抜けアンラス関所が目前まで差し迫る中、スヴェン達は驚く拍子抜けしていた。
「これが嵐の前の静けさってヤツなのかな?」
アシュナが放った一言でミアが警戒心を宿すのも無理もないと思えた。
これまで町や村に到着すれば邪神教団絡みの事件に遭遇し、モンスター生息地域では襲撃に警戒する日々を。
ごく最近では温泉宿のちょっとした面倒ごとと死域の戦闘が真新しいが、流石に四日も何も遭遇しない方が不気味だ。
「旅は平和に行きてぇとは思っちゃあいたが、いざ何も起こらねぇと不気味だな」
「うーん、幸先が悪かったからね。旅行はこれが普通なんだよ、きっと」
「普通ってなんだろ?」
アシュナは彼女の言う普通に小首を傾げた。
彼女が普通に付いて疑問を浮かべるのも無理は無い。それほど随分と濃い道中だったようにも思える。
ただミアの言う通り何も起こらないのが普通で、行く先々で邪神教団絡みに遭遇することの方が可笑しい。
ジルニアで出会った二人組の邪神教団、異端の烙印を押された彼らは各地の信徒がヴェルハイム魔聖国に招集されていると語っていた。
つまりこの平穏も嵐前の静けさと考えれば、自然と下丹田に力が入る。
そしてスヴェンは眼と鼻の先に差し迫る、エルリアとパルミド小国を繋ぐ石造りの関所に視線を移した。
関所の向こう側は国境線、パルミド小国は異界人のスヴェンにとってはじめての外国だ。
今までは魔法騎士団が融通を利かせていたが、外国となればそうはいかない。
表向きはエルリア側から異界人が旅行として入国する以上、派手な行動は控えるべきだ。
ましてやレーナに雇われている身で外交問題に発展させる以ての外だ。
ーーとは言え、孤島諸島に行く為には船を探さなきゃならねぇが。
果たして旅行者の遺跡観光に付き合う船乗りが居るかどうか。
スヴェンが思案している中、荷獣車が停車し検問の騎士に声をかけられた。
「パルミド小国に入国かい?」
「えぇ、そんなところです。手続きは5月に終えてますが……」
騎士は既に完了してる手続きに眉を寄せ、ミアに不信感を露わに、
「名を伺っても?」
「ミアとスヴェン、入国手続き予定リストにそう記載されてるはずです」
疑われながらも自信を持ってはっきりと告げるミアに、騎士の二人は互いに顔を見合わせーーまるで幽霊でも目撃したのか、顔面蒼白で頬を引き攣らせた。
流石に騎士の様子が可笑しい。手続きや必要事項のやり取りはミアに任せていたが、騎士の様子にスヴェンは口を挟む。
「顔色が悪りぃな、死者にでも会ったか?」
スヴェンの問い掛けに、騎士は狼狽ながらも答える。
「ミアとスヴェン……この二人は六月二十七日に死域で死亡したと、そう通達が来たんだ」
「「はっ?」」
スヴェンとミアは何故そんな事になっているのか絶句した。
基本的に死亡は遺体が発見されるのか、明確に死んだと判らなければ消息不明扱いだ。
それが何をどう間違えて死域で死んだことになってるのか。
ーー死域の突破を試みたから誤認されたのか?
確かに死域を突破してから村は通り過ぎるだけで、魔法騎士団の誰かと接触した訳でもない。
それが情報に拍車をかけてしまったのか。
スヴェンは一先ず推測を一旦辞め、
「誰が死亡報告を?」
冷静に訊ねた。
「ジルニアのカノン部隊長からだ。なんでも異界人からミアの遺髪が提供されたらしいんだと」
確かに死域でまともな死体が残るとも限らない。何処かに付着していたミアの髪の毛が回収され、遺髪として扱われた。
それは遺髪の提供者が異界人でなければ通じるが、そもそも最近で接触した異界人は二人だけ。
「えっと、誰から遺髪が提供されたんですか?」
「異界人の
異界人のヨクナガが誰なのかは知らないが、並べられた嘘は状況とタイミング次第で偽証に使える。
死亡扱いになっていることに驚いたが、この状況は使えるのも事実だ。
ーーレーナは嘘を見抜いてんだろうな。
彼女は魔力を使わずとも召喚した対象の居場所を知ることが可能だ。
当人が前回の時と同様に気が動転してうっかりしていれば話しは別だが。
情報を利用するにしても、ヨクナガという人物が何者なのか知っておく必要も有る。
「……ヨクナガってのは何処に滞在してたんだ? 死域の近くとなりゃあ温泉宿しか思い付かねえが」
「おっ? ヨクナガも温泉地に滞在してたらしいぞ……確か、あそこに宿泊していた異界人は二人だけらしい」
温泉宿に宿泊していた異界人。ミアにしつこく絡んだ少年の名に、スヴェンとミアは何とも言えない表情で顔を見合わせた。
二人の間に流れる微妙な空気に、二人の騎士が苦笑混じりに傍観を決め込む。
「私の髪の毛……いつも間に拾ったんだろ? あーでも、カノン先輩が情報を伝えたなら何か遭ったのかも」
髪の毛に関しては、ヨクナガは何度かミアに触れる機会が有った。
そもそも彼女の腰下まで伸びた青い長髪は、何処かで抜け毛が落ちても不思議ではない。
それよりも問題はカノン部隊長がヨクナガの提供を鵜呑みにしたことか。
「ジルニアで何かが起き、ヨクナガの嘘を利用することを思い付いたなら……俺達に関することか」
「その可能性の方が高いと思う」
考えられる可能性とすればジルニアに邪神教団が現れ、フェルシオンに滞在していた異界人を捜索していた。
連中にとって喉から手が出るほど欲しい封印の鍵が持ち出された状態だ。追手を差し向けてもおかしくないは無い頃合いだ。
そう考えればヨクナガの行動は、見事なファインプレーと言わざるおえない。
賞賛すべきでは無いが、恐らくカノン部隊長のドラクル討伐が予定よりも早まったのも関係しているのだろう。
誰かの思惑一つで状況が悪化することもあれば、いい方向に好転することも有る。
今回は後者だからこそスヴェンはヨクナガの行動に眼を瞑ることにした。
「あー、騎士のお二人さん。俺達の死亡情報はそのままにしてくれ……どうにも厄介な連中に眼を付けられたらしい」
「事情はよく分からないが、二人の身の安全を考えれば仕方ないか」
やはりエルリアの魔法騎士団は融通が効く。
スヴェンが騎士に感心を寄せると、ミアは二人分の旅券を改めて取り出した。
「えっと〜それで入国許可は降りるんですか?」
騎士はミアが取り出した旅券に視線を向け、それが何処から発行された物なのか一眼で見抜き、
「あぁ、この旅券なら問題ない」
旅券に魔力を流し込み、刻まれていた魔法陣が現れる。
すると関所の門が魔法陣に呼応し、門に施されていた幾つもの魔法陣が回転しーーガチャン! 開錠音が響き渡る。
やがて門は独りでに開き、荒れた大地と湿った大地の境界線が視界に移り込んだ。
「「二人に良き旅を!」」
「うん! 祖国を離れるのはの少しだけ寂しいけど、楽しんで来ます!」
気の利いた言葉に笑みを浮かべて返したミアが、手綱を握り締めたーーその時だ。空から大鷲の鳴き声と共に風が舞い、大鷲とその背中に乗った少女が、
「毎度〜空が繋がる限り何処でも最速でお届けに参る【デリバリー・イーグル】のご利用ありがとうございます!」
愛想笑いを浮かべ宣伝文句と共にアンラス関所に降り立ったのは。
「「「……えぇ〜」」」
そして気の利いた台詞を言った三人の出鼻を挫かれたのも同時だった。