四人の兵隊が盗人に盗まれたと。そう語る女性にスヴェンとミアは耳を疑う。
村人の大切なものを対象にしてるとは思っていたが、兵隊ともなれば見境が無い。
スヴェンは冷静になった思考でミアに視線を移す。
盗人が対象を選ばないならいずれこちらに被害も出る。警戒を怠るな、そういう意味で視線を向ければ、
「大切な私が盗まれるって心配してるんだ」
照れ顔で戯言を吐き出した。
何をどう考えてそんな戯言が飛び出すのか。それとも恋仲を演じた演技だというのか。
何処かに潜む盗人がミアを対象に選ぶ。そして彼女が盗人を確保するとでも言うのか。それは囮としてはあまりにも弱過ぎる。
スヴェンとミアの関係は観察眼に優れた者が見れば、そんな関係には見えないからだ。
ただ盗人が村人の大切なものに限定してる辺り、事前に誰が何を大切にしてるのか情報収集と下見は済ませて有るのだろう。
スヴェンはそこまで考えては、戯言を語り未だ照れ顔を浮かべるミアに肩を竦める。
「アンタより背中のガンバスターが大切なんだがなぁ」
そう真顔で返すとミアは落胆しながら階段に歩き出した。
こちらにも被害が出るそんな危惧も有るが、
「見張りの強化と魔法陣を仕掛けて……そういえば4人とも息子でしたね」
「そうだけど、おかしなことに
二人の会話にスヴェンは眼を細めながら宿部屋へ向かった。
▽ ▽ ▽
宿部屋で荷解きをしたスヴェンは窓から村を眺めた。
眠そうな村人が地面を念入りに調べては、深いため息を吐く。足跡は見当たらず、周囲の魔力の痕跡を辿ろうにも魔力は村の民家や魔道具から発する魔力、畑に使用されている魔法陣から発せられている。
そのため痕跡は隠され手掛かりが出ない状況だ。そもそも盗人は魔法を使ったのかすら分からない。
事件を調査するわけでも無いが警戒は必要だ。特に訓練を受けているはずの兵隊が争った痕跡も残さず誘拐された。
「寝込みを連れ去られたのか?」
それは考え難い。いくら寝ていたとしても足音や視線、不審な気配には目が覚める。
何らかの魔法による犯行。そこまでは考えが及ぶがその先まで思考が続かない。
スヴェンが息を吐くと村人の会話が耳に届く。窓から離れ聴覚を研ぎ澄ませる。
『盗人の正体は?』
『まだ何とも……ただ村を熟知してるヤツだとは思う』
『村を熟知してる? それは、まさかアイツが?』
『隠れんぼじゃ負け無し、存在感も薄かったからなぁ。ただ8年前に村を飛び出して以来だ』
『可能性は低そうだけど……待って? それじゃあ盗人は私達の誰かって疑ってるの?』
八年前に村を飛び出した人物。盗人は村人の誰かという可能性にスヴェンは息を潜める。
『可能性の話だよ。それにアイツが村を飛び出したのだって……』
『確か妹が行方不明になったからよね?』
行方不明の妹と村を飛び出した人物の関係性は判るが、盗人を働く理由は何か。
そこまで思考を巡らせたスヴェンは廊下から聴こえる足音に耳を澄ませた。
足音はミアの宿部屋まで止まり、ドアが開く音に眉を歪める。
不信感からガンバスターの柄に手を伸ばす。
『誰!? ちょっ、このぉぉ!!』
壁を打ち付ける打撃音にスヴェンは宿部屋を飛び出し、すぐさま隣の宿部屋へ駆け込んだ。
室内に視線を巡らせ、気絶したアシュナとシルクハットと紳士服、そして羽織ったマントと鉄仮面。
怪盗を彷彿とさせる装いの男がミアの首を掴んでいる光景が映り込んだ。
「あっ、ぐぅ……」
頸動脈を握り締められたミアの呻き声が室内に響く中、スヴェンはガンバスターを引き抜いた。
「おっと、この娘がどうなってもいいのかね?」
ぐぐもった声にスヴェンは躊躇無くガンバスターの刃を男に向ける。
騒動の渦中に居る盗人本人なのか判らないが、わざわざ部屋に侵入した以上は制圧すべき敵だ。
「一歩でも踏み込めば首を圧し折る」
脅しの言葉にスヴェンは依然として構えを解かない。それどころか男を鋭く睨む。
男はわずかに困った様子で被りを振る。すると苦しげにしていたミアが男を睨み、
「……っ!」
鋭く魔力を流し込んだ脚で男の腕を蹴り上げ、手が離された瞬間に男の首締めから自力で脱出した。
「げほ! げほ! もう美少女の首を絞めるなんて最低!」
息を整え素早く壁を足場にスヴェンの背後に逃げ込む。
人質に逃げられた男は焦る様子も見せず、むしろ余裕さえ有る。
ーー何かを狙ってやがるのか?
例え罠だとしてもこちらに手を出された以上、制圧すべき敵だ。
スヴェンは床を蹴り、男の懐に入り込む。
そしてガンバスターを振り払うも男がマントを翻し、目の前で姿が消えた。
対象を見失ったスヴェンはそのままガンバスターを振り切るも、刃が空振りに終わる。
一瞬で消えたことに間違いなく何らかの魔法が発動されたが、
「この魔法って!?」
思考はミアのどよめき声によって遮られる。
何事かと視線を移したスヴェンは、黒い霧に身体が包み込まれているミアに眉を歪めた。
何らかの魔法が接触時に仕掛けられていた。そう理解した時には既に遅く、ミアの伸ばされた手を掴むもーーミアが黒い霧に呑み込まれるように消えて行った。
手に残されたのはミアの温もりだけ。そして彼女が寸前に流し込んだ魔力だ。
スヴェンがミアの魔力に疑問を浮かべる中、何処からともなく盗人の声が響く。
『大切ものは預かった。返して欲しくば一人で我が根城に来い』
盗人の言葉はミアの生存を確証するものでは無いが、彼女は優秀な治療師であり同行者だ。
なぜ盗人がミアをわざわざ攫う真似を見せたのか。現状では罠の可能性が高いが、わざわざ目の前で痕跡を残したまま攫うなど不自然だ。
盗人の目的にスヴェンはため息を吐き、掌に残留を続けるミアの魔力に意識を集中させる。
彼女が残した魔力の残滓は、ミアの下を示すように薄い線で繋がっていた。
その先に盗人の隠れ家が在ると判断したスヴェンは、あの一瞬で魔力を残したミアに感心を寄せる。
ーーここで切り捨てるには惜しい人材だな。
魔王救出にはミアの存在も必要不可欠になりつつ有る。そう実感したスヴェンはアシュナを起こし、
「しくじった……ミアは?」
身体が痺れているのか、酷く動きが鈍い。
「奴に連れて行かれた。アンタは此処で待機してろ」
簡素に状況を告げる。すると気絶させられたこと、ミアが連れ去られたことにアシュナは顔を歪めた。
責任を感じている。それは彼女の眼を見れば明らかだが、いまはアシュナにしかできないことが有る。
「いいか? アンタは村人が付いて来ねえように適度に誤魔化せ」
「分かった。……ミアはちゃんと助けてよ?」
「信用がねぇな」
肩を竦めてとぼけて見せれば、
「ミアの言動に苛ついたスヴェンが……なんてことも」
真顔でそんな事を静かに語った。
確かに助けに向かったミアが戯言をほざく可能性は十分に有る。その戯言にうっかり狙いを外す事だってあり得る話だ。
スヴェンは敢えて何も答えず、アシュナに後を任せ、窓から飛び出しては魔力の残滓を追跡を開始した。