傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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11-9.エルリア大使館

 開錠魔法陣の修復は到着日には行われず、翌日の昼過ぎに漸く簀巻きにされた身形のいい修復師が兵隊に強引に連れられる形で作業が始まった。

 スヴェンは獣肉の干し肉を齧りながら欠けた魔法陣の修復を眺め、

 

「魔法陣に構築式を書き足してんのか。金で職に就いた割には仕事はできんのか」

 

 素人目で見ても修復されていく魔法陣に感心が浮かぶ。

 同時に欠けた魔法陣は修復され、独りでに門が開く。

 

「早く終わるならもっと早く連れて来ればいいのに」

 

 一日待たされた割にはあっさり修復作業が完了した。

 修復作業には多少待たされるかと思っていたが、実際は修復師が到着してから数分程度の作業だ。

 だからこそミアとアシュナの不満も殺意も理解できる。

 待たされ損。時間を無駄にした。そんな不満の言葉が頭の中で次々浮かぶが、もはや怒りを通り越して呆れる他になかった。

 同時に列の荷獣車から修復師に対する不満と殺意が溢れ出しながら門を通り抜ける光景は、中々見られるような光景じゃない。

 

「……大使館を通じて抗議文でも送ろうかと思ったけど、たぶん身に付けてる装飾品から貴族の子息だよねぇ」

 

 この国を訪れた目的はただ瑠璃の浄炎とフェルム山脈の登山だ。それさえ済めば何らかの依頼で訪れる程度だろう。

 

「ただの旅行者にんな権限もねぇし、そこまでする必要もねぇだろ」

 

 二列の荷獣車の流れに合わせてハリラドンがゆっくりと歩き出し、隣り合う荷獣車の御者がこちらに耳を澄ませていた。

 

 ーー行商人か、それとも情報屋か邪神教団か? 

 

 メルリアでの件を踏まえたスヴェンは警戒心から床を三度指で叩く。

 

「そうだね。そういえばあの場所に行くように言われてるんだっけ」

 

 レーナに行くように指示を受けただけで、大使館に行って何をするのか。

 パルミド小国という他国の地で転移クリスタルを領土内に設置すればそれだけで外交問題に繋がると考えれば、必然と何をするべきか理解も及ぶ。

 

「用事を済ませてあとは観光巡りで良いだろ」

 

「分かった。じゃあ観光案内書と相談して決めるよ」

 

 旅行者らしい会話をしながらハリラドンが門を通過した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 白い石造りの市場が並ぶ町の入り口にスヴェンとミアは眼を疑った。

 民家や店の壁は老朽化が原因なのかボロボロだ。その反面城を中心に豪邸が囲む様子は貧富の差を物語っているようだった。

 少なくともエルリアで見て来た町や村は大小の違いは有るが、ここまで差が激しい所は見た事がない。

 

「首都でこんなに差が激しいなら他の町はどうなってるの?」

 

「レギルスのことも有るからなぁ」

 

「少なくとも二度とあの村には立ち入れないよね」

 

 真実を知る代償として村人に襲撃される形で出発したのだから無理は無い。

 そもそも村人が村長命令でなりふり構わず、隠蔽に走る辺りもう戻れない深みまで足を突っ込んでしまったのだろう。

 既に終わったことだが、エルリア大使には一応伝えておく必要も有る。

 ぼんやりと考えを浮かべる中、荷獣車が町の中央に向かう。

 それから程なくしてエルリアの国旗ーー魔法陣に十二星座を加えた国旗を掲げた建造物に到着した。

 鉄柵に囲まれた大使館の前にミアの手綱を受けたハリラドンが足を停める。

 そしてミアが振り向き重点の定まらない視線で、

 

「大使館に到着したけど……スヴェンさん、すごく緊張しない?」

 

 額に汗を滲ませながら同意を求めた。

 傭兵として雇われた国の大使館を訪れることは何度も有り、同時に雇った国の指令で敵国の大使館を爆破したことも有る。

 それと比べて自国の大使館に訪れるミアの緊張感は度合いは違うが、何事も平常心でなければ身が保たないのも事実だ。

 ここは一つ冗談でも語って気を紛らわせるべきか。

 

「深呼吸しろ。そんで平常心を保て……じゃねえとアンタは死ぬ」

 

「死ぬの? 大使館を訪れるだけで死んじゃうの!?」

 

 単なる冗談を間に受ける辺り精神的に余裕が無いのか。そんなミアを天井裏から眺めていたアシュナが無表情で告げる。

 

「ミア、骨はエルリア城の片隅に埋めておくね」

 

「やめて! 責めて故郷の土に埋めてよ!」

 

 彼女の叫び声に大使館を警備しているエルリア魔法騎士団の騎士が近付き、

 

「先から騒がしいが、一体なにを騒いでるんだね?」

 

 訝しげな視線といつでも剣を抜けるように既に柄が握りしめられていた。

 

 ーー少し冗談が過ぎたな。

 

 まだ冷静になれないミアに変わって荷獣車の窓から顔を出し、

 

「騒いで悪りぃな、ちっと此処に用が有るんだ」

 

「大使館に? もしやミア殿とスヴェン殿、それにアシュナ殿だな」

 

 アシュナの存在を認知している。それは既にレーナを通して知らされている証拠だ。

 

「ってことは俺達の目的も知ってんのか」

 

「あぁ、公的に一応死亡扱いされてることも大使に伝わってるよ」

 

「そうか、なら速いところ要件を済ませた方がいいな」

 

 騎士にそう告げると彼は鉄柵を開き、

 

「入っていいぞ」

 

 彼の招きにスヴェンは周囲の視線を確かめてから、ミアとアシュナと共に荷獣車から降りては大使館の敷地に足を踏み込む。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 騎士に案内された大使館のフロアは、調度品や飾れた魔道具よりもフロアの入り口から正面の階段に飾られたレーナの絵画が真っ先に視界に映り込む。

 ミアとアシュナは絵画に満面の笑みを浮かべていた。そんな絵画の前で立ち止まった騎士が、

 

「いやぁ、大使も姫様のファンクラブ会員でなぁ。国交で長く国を離れるからオルゼア王に頼み込んで飾らせて貰ったそうなんだ」

 

 そんな知りたくもない情報を教えた。

 そもそもレーナのファンクラブは何処まで影響を及ぼすのか、少なくともエルリア国内でファンクラブ会員と接触する機会は一度だけだった。

 ただ温泉宿に宿泊時にレーナが居ると告げた時には、宿泊客が一斉に廊下に駆け出したことがあった。あれは今になって思えばファンクラブ会員だっのでは?

 そんな思考を浮かべたスヴェンは熱意を持って絵画に付いて語り合う三人に息を吐く。

 騎士もファンクラブ会員だとすれば、ファンクラブ会員は自然体のまま溶け込み日々の生活を送っている。

 それは諜報員として理想的な形だが、恐らく彼らにーー少なくともレーナの絵画に熱い眼差しで語り合う三人にそんな思考が挟み込まれる余地など無い。

 スヴェンはいつまでも語り合う三人に、

 

「語り合いはそこまでにして案内を続けてくんねぇかな」

 

 催促するように促すとミアとアシュナの不服そうな眼差しを向けられる。

 そんな視線を向けられる言われも無ければ、胸の内に溜まった苛立ちを率直にぶつけてやろうかと一瞬頭に浮かぶ。

 額に青筋を浮かべるスヴェンに騎士は苦笑を浮かべながら歩き出す。

 

「すまない、案内を再開するとしよう」

 

 騎士の案内に従い階段を登り、二階廊下の踊り場から二階の北廊下に進む。

 廊下の最奥に位置する大扉に到着した騎士が大扉を叩く。

 

『入って参れ』

 

 室内から厳格な声が響き、ミアに緊張感を与えた。

 騎士はそんなミアの様子などお構い無しに大扉を開き、道を譲る。

 正面の執務机で書類に羽ペンを滑らせる威厳と風格を兼ね備えた白髭の老人にスヴェン達は歩き出した。

 

「先ずは名を名乗ろう。レーナ姫よりパルミド小国で外交の全てを任されたグランデじゃ」

 

「グランデ大使、はじめまして。私は治療師のミア。こちらが異界人のスヴェンさんと同行者の一人アシュナです」

 

 ミアの丁寧な仕草にグランデは満足気に頷き、

 

「パルミド小国は如何じゃった?」

 

 そんな質問をしてきた。

 ミアはグランデの青い瞳を真っ直ぐと見つめ、

 

「最初に訪れた小さな村レギルスは過去の事件を隠蔽してます。それで事件の真相を知った者は誰構わず排除する様子でした」

 

 レギルスに付いてグランデに報告した。

 彼は既に真相を把握していたのか納得した様子を浮かべながらもため息を吐く。

 

「その件はパルミド小国側から黙認せよと通達が有ったばかりじゃ。むろんエルリアとして訪れた国民が危険に曝される可能性が有る以上対処すべき問題じゃよ。しかし時期が悪いのう」

 

 この時期で大使を通じて外交交渉ができない考えられる理由の一つは、現在エルリアは魔王救出に向けて密かに行動中だ。その要にフェルム山脈の登山が許可されなければ救出が滞る。

 だからグランデは時期が悪いと語った。

 

「ああ、纏まっていた交渉を蒸し返される訳にもいかねぇだろうしな」

 

「うむ、事実黙認せねば協力しないと遠回しに言ってきおったわい」

 

「えっ、既に見返りは支払ってる筈じゃ?」

 

「詳細は言えんが、多額の金貨が既にパルミド王に支払われておるよ」

 

 対価を受け取り成立した契約を反故にする姿勢をチラつかせるパルミド王にスヴェンは眉を歪める。

 仮に話が拗れたところでパルミド小国と魔法大国エルリアで戦争に発展することは無い。

 戦争にはならないがそれだけ魔王救出に支障が出る。現にフェルム山脈の登山が許可されなければ、別の侵入経路の模索をしなければならない。

 

「レギルスに関しちゃあ俺達は完全な部外者だ。それにこれ以上異界人が姫さんに負担をかける訳にもいかねぇだろう」

 

「その言葉、レギルスでの出来事に眼を瞑ると捉えてよいのじゃな?」

 

「依頼の達成に繋がんなら構わねぇよ」

 

 そう告げるとグランデは厳格な視線を緩め、書類に羽ペンを走らせた。

 

「ところで姫様から此処に立ち寄るように言われてるんですが、何か伺ってますか?」

 

「うむ、パルミド小国の一部内政官は悪事に手を染める者も居る。姫様からは三人を大使館に宿泊させ、施設内に転移クリスタルを設置せよと指示を受け取るよ」

 

「宿代が浮くのは喜ばしいですけど、旅行者が大使館に滞在って変に疑われませんか?」

 

「一般の旅行者なら素性を疑われるじゃろうが、お前さんは別じゃ。新しい治療魔法の開発と確立を功績と実績、それに伴い半身不全だった騎士の完全復帰、応用理論と授与された所有しちょる特許を考えれば自然じゃろうって」

 

 グランデから語られるミアの治療魔法による実績と功績が、大使館に宿泊していても違和感を与えない。むしろ他国からすればミアは喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 その意味でも大使館の宿泊は妥当とも言える。警備や諸々の不安要素さえ無ければ。

 

「大使館に宿泊事態がソイツはVIPって宣伝してるようなもんだが?」

 

「心配は及ばんよ。このエルリア大使館は一般開放されておるから一般人でも自由に出入り可能じゃ……せっかく譲り受けた姫様の絵画を他者に見せんのはもったいないしのう」

 

「……布教目的か」

 

「常日頃から一般開放しとるのが功を成したと言えるじゃろ?」

 

 したり顔で語るグランデにスヴェンは何も言えず黙り込んだ。

 事実過程や目的は如何あれ巡り巡って自然体でエルリア国民が宿泊してもおかしくない状況が成立しているのだ。そんな状態にスヴェンは文句の一つも言えるはずもない。

 

「……さっき凄い厳格な表情で『一般の旅行者なら素性を疑われるじゃろう』って言ってたのに、なんか台無しですね」

 

 ミアの指摘にグランデは厳格な表情がまるで嘘のように、優しげな笑みを浮かべた。

 

「老耄の戯言じゃよ。……宿泊用の部屋は既に用意しとるが、予定を訊ねてもよいかのう?」

 

「これから私達は孤島諸島に渡るための船を捜すつもりですが、グランデ大使の方で何か心当たりはありませんか?」

 

 ミアが予定を告げるついでに船の当てを訊ねると、グランデは白髭を撫でながら答えた。

 

「ワシの友人なら孤島諸島まで航海したかもしれんが、もう歳で体力も無いじゃろうし、その孫は悪魔の海域に出航したまま帰ってこんのじゃ」

 

「その孫が航海に出たのはいつだ?」

 

「5月3日の話じゃよ。あれから2ヶ月も経っておるからのう、生きてはおるまい」

 

「2ヶ月前か……孤島諸島まではどんぐらい日数が掛かるか判るのか?」

 

「港から北西に向かい片道10日じゃが、海域はモンスターの生息地域じゃ。地元の冒険家でも滅多に近付こうとせんよ」

 

 冒険家がテルカ・アトラスに実在してることに驚きを隠せないが、それ以上にか孤島諸島に行くための船と船乗りを捜す方が絶望的に思えてくる。

 確かにノーマッドは悪魔の海域と語っていたが、10日も船上でモンスターの襲撃に耐えながら目的地を目指すのは命を捨てる覚悟が伴う。

 そもそも船乗りにそんな危険を犯してまで孤島諸島に向かう見返りも無いのかもしれない。

 航海を如何するべきか悩むスヴェンを他所にミアが訊ねる。

 

「えっと、グランデ大使の友人のお孫さんは如何して孤島諸島に向かったんですか?」

 

「あの孤島には大昔から秘宝が眠ると船乗りの間で語り継がれておってな、実際に何百年も昔に一人の美しい女性が冒険家とと共に孤島諸島に向かい生きて帰って来た伝承も有るのじゃ。まぁ、何も持ち帰れなかったとも伝え聴いておるがな」

 

 ノーマッドから孤島諸島に瑠璃の浄炎が天使のガーディアンに護られていることは聴いていたが、あれは自身の体験に基く話しだとスヴェンとミアは理解を示す。

 同時に船乗りをその気にさせる材料は何か思考を巡らせながら、

 

「財宝が実在するとかんな逸話はねぇのか?」

 

 船乗りをその気にさせる材料を求めた。

 

「確か、伝承には持ち出せない程の莫大な財宝が眠っているとも記されておるが……孤島諸島に辿り着き財宝を持ち帰れた船乗りも冒険家もおらんのじゃ」

 

 数百年前にノーマッドを乗せた冒険家ならいざ知らず、孤島諸島に眠る財宝を儲け話と持ち出し、船乗りを金で雇えるかどうかと問われればリスクの方が高過ぎる。

 

「……船乗り探しは難航しそうだな」

 

「一応港で声をかけてみる? もしかしたら話に乗ってくれるかもよ」

 

 今まで会話を静観していたアシュナが懐に手を伸ばし、

 

「カジノで稼いだお金を使う時が来た?」

 

 ごくりと息を飲み込んだ。

 

「そいつでも足りねえだろうよ。それに金で雇う連中は慎重に選ばねぇと身包み剥がされて海に捨てられんのがオチだ」

 

「うーん、雇うにしても慎重に見極めないとだよね。そういえばスヴェンさんは船を操縦できないんですか?」

 

「デウス・ウェポンの船なら操縦できるが、テルカ・アトラスの船とじゃあ勝手が違うだろ。第一俺には航海経験がねぇよ

 

 仮に船を操縦できたとして、モンスターと戦闘可能なのは自身とアシュナだけ。それに加えて常にモンスターに警戒しながら航海しなければならない点を踏まえれば現実的じゃないどころか、わざわざモンスターの餌になりに行くようなものだ。

 しかし現状は港に行って交渉しないことに始まらないのも事実。

 

「そんじゃあまぁ、転移クリスタルを設置してから港に行って交渉でもして来るか」

 

「そうだね、動かないことには始まらないもんね」

 

「ん、影で見守ってる。必要になったら呼んで」

 

 やることを決めた三人はグランデに外出すると告げてから、執務室を立ち去った。

 そして用意された宿泊室に荷物を置き、転移クリスタルを設置してから観光客を装いながら港に足を運ぶ。

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