静かな波が木造船を揺らし、グリードプテラの大群が空を飛び回る。
スヴェンとミアはさっそく停泊しているいくつもの木造の大型船に視線を向け、風に揺らめく旗が視界に映り込む。
なんの変哲も無い旗、大型船には弩砲が搭載されてるあたりモンスターへの対抗策が備えているのだろう。
しかも魔力を意識すれば、弩砲が魔法陣を展開し魔法を放つ仕組みということが判る。
スヴェンはそんなことを頭の隅に追いやり、ミアが小休止を挟む屈強な船乗りに声をかけた。
「すみませーん! 少しお話し良いですか?」
ミアの愛想笑いに屈強な船乗りは訝しげな視線を向け、彼女の隣に立つスヴェンに警戒心を宿す。
背中のガンバスターを警戒している。そう読み取ったミアが、
「彼は物騒な武器を所持してますが、基本手を出さない限り人畜無害な臆病な人ですので安心してください」
屈強な船乗りの警戒を解くべく面白い冗談を語る。
すると屈強な船乗りはやや呆けた表情を浮かべ、ようやく口を開いた。
「話ってのはなんだい? 儲け話なら船長に掛け合うが……それともケツで楽しませてくれんのか?」
下卑た声にミアは毅然とした態度で愛想笑いを浮かべたまま話を続ける。
「生憎と私のキュートでかわいいお尻は楽しませるものじゃないですよ」
「ん? 別に嬢ちゃんのそのケツに興味は無いよ。そっちの兄ちゃんの方を誘ってるのさ」
「は? えっ? スヴェンさんの……な、な、なにを考えてるんですか!?」
「なにって、もちろんナニさ」
慌てるミアと熱い眼差しを向けてくる屈強な船乗りにスヴェンは底に抜けに冷たい眼差しを向ける。
傭兵問わずその類の性癖の持ち主は別段珍しい訳でも無いが、男にも抱かれる趣味は無い。
「興味ねぇな」
屈強な船乗りは残念そうに肩を竦めた。
「あら〜連れないなぁ。まあナニの話は置いといて、本題はなんだい?」
瞬時に諦めるあたり単なる冗談類か、それとも無理強いはしない主義なのか。それは判らないが衝撃を受けたミアは未だ顔が真っ赤のまま。
これでは彼女が落ち着くまで使い物にならないと判断したスヴェンが代わりに交渉に入る。
「本題は俺を含めた3名を孤島諸島に送ること、そこに眠る金銀財宝はアンタらの物だ。儲け話にしちゃあ危険度も高いが話に乗るか?」
スヴェンはわざとらしく挑発的な視線を屈強な船乗りに向ければ、彼は儲け話に興味を無くしたのか背中を向けた。
「冗談よしてくれ、あんな悪魔の海域に誰が好き好んで行くか」
儲け話よりも命を優先した。一船員でしかない屈強な船乗りの判断は正しい。
船長に儲け話を告げたところで断るのは明白だと分かっているからだ。だからこそ彼は船長に告げるよりも命を優先に話しを蹴った。
「正しい判断だ。迷わず儲け話に食いつく奴ほど信用できねぇしな」
「ただの物好きな兄ちゃんかと思えば、何を優先するべきか分かってるじゃないか」
モンスターが多数生息する海域で航海など命を捨てに行くようなもの。
加えて船員に養う家族なんかが居れば何をどう優先するすべきかは、家族を持たずに理解もできないスヴェンでも理解が及ぶ。
スヴェンは屈強な船乗りに別れを告げ、ミアを連れて次の船に足を運んだーー影でこちらの様子を窺う視線を受けながら。
学者が多数乗船する調査船、ロマンと財宝を求めて航海する冒険家の船、漁師の船から行商人の船を手当たり次第に当たるもーー結果は悉く失敗に終わった。
依頼を請けるなら多額の金貨をチラつかせた交渉でも、誰一人として孤島諸島への航海に応じる者は居なかった。
▽ ▽ ▽
港に居ても仕方ないと判断した二人は港の酒場に来訪し、一先ず適当な席に座ると、
「どうするの?」
姿を現したアシュナの問いにミアがテーブルに突っ伏した。
「うぅ〜予想はしてたけど、こんなに難しいなんてぇ!」
正直ミアが項垂れる気持ちは判らなくも無い。自身がまだ駆け出しの傭兵だった頃は交渉が上手くいかない日だって有る。
乗組員不在の何隻かはまだ残っているが、声をかけた船乗りが全員孤島諸島と言われた途端に掌を返されては叶わない。
ただ同時に彼らの言い分も正当だ。命が惜しいと考えるのは当たり前のことで、それを強要したところできっと上手くいかないだろう。
「みんな臆病なの?」
悉く断った船乗りにアシュナは想うところが有るのか、不服そうな眼差しでそんな事を口にした。
「そいつは違ぇな。本当に実在するかどうかも判らねぇ財宝を求めてモンスターが蔓延る海域の航海ってのはリスクが高すぎる。奴らは船員の生命と家族、どっちを優先すべきか正確に判断したってことだ。だからまぁ臆病じゃねえのは確かだ」
「そうなの?」
「これに限った話しだが、本当の臆病者ってのは案外存在しねぇかもしれねぇ。誰だって命は惜しいだろ?」
「うん、実は船に乗ってミアが海に落ちるって考えると怖い」
ミアはかなずちで泳げない。そこにモンスターの襲撃が加われば彼女が助かる可能性は限りなく低い。
その意味でも船乗りを頼るよりエルリア魔法騎士団かパルミド小国が保有する軍艦を頼った方が妥当に思えてくる。
だがそのぶんリスクも伴う。軍艦の移動を邪神教団に悟られた場合だ。戦力の移動とみなし不利な状況に持ち込まれる可能性も充分に有り得る。
ここで船乗りの協力を得られなければ詰みに近い。スヴェンが事態の重さに息を吐くと、
「確かに私はかなずちだけど、その時はスヴェンさんが助けてくれるよね?」
ミアの戯ける声が耳に響く。
「……必ず助けられるとは限らねぇよ。ま、ベストなのは落ちねえように気を付けることぐれぇか」
「まあそうだよね。ところで本当にどうしようか?」
先ずは船の宛てを得るのが先決か。同時にここで時間を浪費する訳にもいかない、そんな思考が必然的に余裕を奪い焦りを招き失敗する。
そうならないようにスヴェンは時間的を猶予を頭に入れず、どうするべきか思考を巡らせたその時はだった。
こちらに明確に近付く足取りと共に床から鳴る木材が軋む音が響く。
「よお、夢を追い求める命知らずの馬鹿共ってのはあんたらか?」
そんな声に視線だけを向ければ、黒より茶髪と紫色の瞳をした若い男性が戯けるような態度で佇んでいた。
船乗りにしては上等な革の服と腰に刺した曲刀。無造作に伸ばした顎髭は若干の不潔さを感じさせるが、上等の革の服と合わせれば随分様になっている印象を受ける。
スヴェンはそんな若い男性に警戒心を浮かべながら問う。
「冷やかしか?」
「俺は無謀と知りながら夢を追う馬鹿が大好きでな、いっちょお前達の儲け話に一枚噛もうと思った次第だ」
素性は判らないが、若い男性が纏う気配からして港で影から様子を窺っていた人物で間違いないだろう。
「アンタは?」
「おう、俺の名前か? 俺は冒険家アンセム・テオドールだ。ハンサムなあんちゃんと可愛らしいお嬢ちゃん共々よろしく!」
そう、冒険家アンセム・テオドールはにやりと笑みを浮かべて見せた。
ミアはテオドール性に聞き覚えが有ったのか、彼に真っ直ぐな視線を向け問う。
「えっと、テオドールって希代の冒険家としてあの有名な?」
アンセムはミアの質問に答える前に我が物顔でスヴェンの隣に座り、
「そいつは先祖の功績だ。俺はまだ何も成しちゃいないさ」
戯ける態度は鳴りを潜め、深妙な眼差しでそう答えた。
一変した態度にスヴェンは彼なりの切実さと先祖の功績に対する真面目さを見抜いたうえで本題を訊ねた。
「つまりアンタは俺達を孤島諸島までの冒険に連れて行ってくれると?」
「先ずは本題に入る前に酒で親睦を深めようじゃないか!」
本題に入る前にアンセムは酒場の店員に何種類かの酒を注文しては不適な笑みを浮かべるのだった。