アシュナの襲撃から翌日、廊下で遭遇したレーナと別れたスヴェンは一人で資料庫に来ていた。
エルリア城東塔の一階と二階に続く一般開放された資料庫は、城下町に住む一般人や学生らしき少年少女達が勉強に励んでいた。
そんな中、背中にガンバスターを背負った異界人スヴェンは嫌でも目立つらしい。
ーー武器が珍しいのか、それとも異界人が珍しいのか?
スヴェンは両者か、それとも自分がとても資料庫で勉強するような人種に見えないと考え直す。
確かにさっき遭遇したレーナは意外そうな表情をしていた。
とは言え、誰にどう思われようがテルカ・アトラス語が完璧では無い。まともに読み書きが出来なければ何処かで躓くのは明白。
だからこそスヴェンは人目に目も向けず、ミアから教わった単語と読み方を紙に書き始める。
黙読しながら羽ペンを動かす。隣に誰かが座ったが、それでもスヴェンは本から眼を離さない。
「熱心だねぇ。分からないことは私に遠慮なく質問してよ」
小煩い声にスヴェンは目も向けず。
ーーなんだ、ミアか。
ミアを無視して言語の修得を進める。
しかし、それが良くなかったのか。
「無視よくない!」
耳元でミアに騒がれ、一般客の注目が集まる。
様々な視線とミアの声に集中力が地平線の彼方に飛んで行く。
漸くスヴェンはミアに睨むように視線を向け、
「煩えなぁ、表の看板が見えなかったのか」
「看板の文字が読めたの?」
まだ看板の文字は読めないが、そこに書いて有る単語は簡単に推測できるーー此処が資料庫ならなおさら。
「資料庫内では静かにしろ、だろ?」
「違うよ。好き勝手騒いでいいよ、だよ」
真顔で答えるミアにスヴェンは、自分の推測が外れた事に少しだけショックを受ける。
「……マジかよ」
「嘘だよ」
平然と嘘を吐くミアにスヴェンはジト目を向け、手を動かす。
紙に単語と通貨を書きながらスヴェンは、
「俺に何か用があんのか?」
漸く彼女の目的を聴くと、ミアは少し考え込む素振りを見せては、
「部屋に行ったらスヴェンさんが居なかったから」
微笑みながらそんな事を語った。
それは紛れもない嘘だ。
質問に対しミアの視線は確かに泳ぎ、何かを隠している様子だがーー既にスヴェンは検討が付いていた。
異界人の行動に対する監視。
それがミアの役割なのだろう。
現にレーナに監視の件をそれとなく口にしたが、彼女は監視員に対して、『その言葉は好ましくない』っと監視員の存在を否定はしなかったのだ。
ただミアが監視員と仮定した場合、他の異界人の耳も有るこの場所でそれを口にしては余計な騒ぎを招く。
スヴェンは単語を頭に叩き込みながら自然な形で話題を続ける。
「自由に散策でもさせて欲しいもんだがな」
エルリア城は城内が北塔、東塔、中央塔、西塔の四区画に別れていた。それだけでも内部構造把握のために散策もしたいところだ。
特にデウス・ウェポンでは既に記録でしか存在しない建造物だ。興味本意で暇を潰すには丁度いいだろう。
「……城内には立ち入り禁止区画も在るから、間違えて入りでもしたら大騒ぎになるよ」
こちらの考えを見透かしたのか釘を刺され、スヴェンは残念そうに肩を竦めた。
「そいつは気を付けてねえとな」
「なので城内では私と行動するように」
胸を張ってそう語るミアに、スヴェンは諦めに似た感情を浮かべ羽ペンの手を止める。
ふと資料庫の天井を見上げれば、宙を浮かぶ魔法時計に眼が行く。
既に十時を差す魔法時計ーーもう二時間が経過していたのか。
時間の経過が早いと実感しながらスヴェンは道具を纏め立ち上がった。
「およ? 次は何処に行くの?」
「丁度いい、魔力の使い方を俺に教えてくれねえか?」
「任せて! 場所は中庭でいいかな、それともラピス魔法学院でやる?」
「学生に紛れてか? ってかラピス魔法学院ってのはこの城の隣に建ってる城のことか?」
「うん、西塔とラピス魔法学院は繋がってるからね」
果たして部外者が立ち入っていい場所なのか。
そもそもそこまで移動するのも面倒に感じたスヴェンはそこそこ広い東塔の中庭を選んだ。
あそこなら万が一魔力が暴発したとしても周囲に被害を与えることは無いだろう。
そう考えたスヴェンは、早速ミアと中庭で魔力と操作に付いて学ぶことに。
▽ ▽ ▽
魔力は人体の下丹田に宿る。
そこはデウス・ウェポンとテルカ・アトラスで違いが無い事にスヴェンは小さく安堵した。
宿る場所が違えば身体から取り出す感覚も異なるからだ。
「スヴェンさん、まずは下丹田に宿る魔力を感じることから始めよ。意識を集中させて、風も草木の音も無視するのがコツ」
ミアの説明にスヴェンは眼を閉じる。
そして下丹田に強く意識を集中させた。
まだ集中が足りないのか何も感じない。下丹田に自然と力が入るぐらいだ。
それでもスヴェンは下丹田に宿っている筈の魔力に意識を向ける。
だが、想像以上に魔力を感じ取るのは難しいようだ。
尤もすぐに出来るとも思ってないが。
額に汗が流れ、眼を開けると目前にミアが映り込む。
どうやら接近に気付かない程度には集中していたようだ。
だが、スヴェンはミアが咄嗟に隠した羽ペンを見逃さなかった。
ーーこのクソガキ、悪戯する気だったな。
「すごい集中力だね! それで、魔力は感じられた?」
悪戯を誤魔化すように問われたが、
「いや、どうにも簡単にはいかねえようだ」
事実を伝えるとミアは少しだけ考え込み、何か閃いたのか手を軽く叩く。
「そうだ! スヴェンさん、服を捲り上げて!」
スヴェンは言われた通りに服を捲り上げ、八つに割れた腹筋が顕となる。
それをミアがマジマジと見つめ、
「服の上から見ても腹筋が割れてるのは分かってたけど……だ、男性のお腹ってこうなってるのね」
気恥ずかしさを浮かべた。
少女に中庭で腹筋を見せる。デウス・ウェポンなら痴漢で即逮捕されてもおかしくない状況だ。
「腹筋が見たかっただけか?」
「違うよ、こうして魔力を刺激するんだよ!」
ミアが掌をスヴェンの腹筋に当て、彼女の掌から何か温かな物が流れ込む感覚が走った。
するとスヴェンの下丹田に違和感が襲い、突如として視界が歪む。
それはまるで船酔いに似た感覚だった。
揺れる視界と軽度の吐き気がスヴェンを襲う。
ーーこれが魔力が動いた影響か?
「うん、さっきよりも活性化してる」
「見て分かるもんなのか?」
「治療魔法に才能全振りしてるけど、魔力の流れぐらいは理解できるもんだよ。さ、もう一度意識してみて!」
船酔いに襲われる中、スヴェンは眼を閉じ再度下丹田に意識を向ける。
すると今度は、下丹田の底から緑の光りが見えた。
確かにこれは星の中核で発見された魔力エネルギーと同じだと理解が及ぶ。
だが、先程はいくら集中しようとも魔力を感じることができなかった。
「魔力が見えたな、しかしどういう原理だ?」
「眠ってる魔力に強引に魔力で刺激を与えたからね、刺激によってスヴェンさんの魔力が目覚めたんだよ」
「なら、異界人は魔力に目覚め放題だな」
「そうでもないよ。スヴェンさんは元々鍛えてるから魔力の通りも良かったんだ」
「そんなもんか?」
魔力が感じれただけでも儲けものだと一人納得し、捲り上げた服を戻す。
「次はどうすればいい?」
「次は下丹田の魔力を利腕に流し込んでみよう!」
言うのは容易いが実行は難しい。
スヴェンはミアのお気楽な言動を他所に、それがどれだけ自分にとって困難なのか理解し『簡単に言ってくれる』と苦笑した。
早速スヴェンは下丹田の魔力に意識を向け、右手に流し込むイメージを浮かべる。
するとわずかに下丹田の魔力が右腕に向かって動いたがーー臍を超えた辺りで魔力の動きが止まった。
更に強く意識を集中させるが、魔力はそれ以上動く事は無かった。
「……中々難しいな」
「最初はそんなもんだよ。私達も魔力が扱えるようになったのは5歳の頃だもん」
「ガキに出来て大人が出来ねぇじゃあ格好が付かねえな」
「や、魔力は物心付いた頃から認識できるから。スヴェンさんはまだ魔力を認識して数分だよ? それに視覚で魔力が視えるようになると王都や町を囲む守護結界も視えるようになるよ」
魔力の知覚化に関する利点を説くミアに、スヴェンは一つ疑問を浮かべた。
王都を囲む守護結界の存在。形や範囲はどうあれモンスターの驚異から生活圏を護る物だと理解が及ぶ。
同時に守護結界が在りながら平原に出た異界人の死亡率の高さに一つの推測が立つが、スヴェンは今は目の前の事に集中すべきだと切り替えた。
「なら常に魔力を意識することから始めるか……そうと決まれば昼飯前に実戦も兼ねて騎士団の訓練に参加すっか」
魔法騎士団の訓練で騎士と交流しつつ、自身の身体が鈍らないように鍛錬を積む。
その後、昼食前に東塔五階に設けられた客人用の大浴場で汗を流す。
流石魔法文明が発達してることだけは有り、サウナも完備されていたことに驚いたのはスヴェンの記憶に新しい。
「およ、訓練なんて随分と熱心だね」
「今の俺は鍛錬と勉強ぐらいしかやる事がねえんだよ」
騎士団の訓練に参加する事はスヴェンにとって得られる利点が多い。
何処の町で犯罪が急増したことや、ラオ率いる部隊の調査が難航していること。そう言った情報が得られるのだ。
そこまで考えたスヴェンは、背中のガンバスターに視線を移す。
「出発前までには武器の整備もしてぇところだ」
「スヴェンさんの武器はかなり特殊だもんね。一応城下町に王国お抱えの鍛冶屋が在るけど、明日行ってみる?」
「そいつはいいな。だが、俺は金を持ってねぇ」
「そこは姫様に伝えておくから心配ないよ」
ミアに言われ金の心配が無くなった事に安堵する反面、スヴェンの中でこれは一種のヒモなのでは? そんな危機感が宿る。
一先ずスヴェンはその件を思考の外に追い出し、一度自室に戻ってから改めて訓練場に足を運ぶのだった。