指定された時間通りにプリンセスマーメイド号に向かったスヴェン達は、さっそくアンセムによって仕事を割り当てられた。
スヴェンは当初の予定通りに彼と共に借金の取立て。そしてミアとアシュナの二人は他の船員と共に町で必要な物質の買い物を任されることに。
さっそくアンセムに首都カイデスの中央に位置する貴族街にら連れられたスヴェンは、意気揚々と歩く彼に問う。
「それで、詳細ってのは?」
「おっと忘れるところだった。俺が金を貸したのは貴族で修復師をやってるボンクラだ、一昨日も奴が真面目に仕事しねえから大変だったろ」
「ああ……ん? アンタに金を借りたってことは修復師の職もそれでか」
「あー、まあな。今のパルミドの内政は汚職まみれでな、大金さえ積めば爵位だって買えちまう」
アンセムは一瞬だけ憂いを帯びた表情を見せたが、すぐに戯けた表情に戻る。
「おっと奴の邸はもう目の前だ」
彼の言葉に正面に顔を向けると周辺の豪邸よりも一層豪華な邸が最奥に在った。
屋根から壁には所々散りばめられるように嵌め込まれた金が夏の光を反射し煌めく。
そして富の象徴と言わんばかりに鎮座する庭の黄金像にスヴェンは思わず眉を歪める。
「悪趣味な成金だな……って、ソイツが借金ってのも解せねえ話だな」
「ここの当主ゴールドダイン公爵は完全実力主義にして高潔な血の持ち主に加えて厳しい御仁でな、バカ息子にいちいち金なんざ出さないさ」
「つまり借りた金は自分で払えってことか」
「あぁ、だから俺達はボンクラのティンギルをとっ捕まえて金を回収ってわけだ」
ティンギルが借りた金は金貨八百枚だ。それはこの世界では高額な金額で、それを一括で貸すアンセムもただの冒険家ではないのだろう。
「アンタも貴族だったりすんのか?」
「おー、なんだ知らなかったのか? テオドール家は先祖の冒険稼業とパルミド小国を度重なる飢えと貧困から救った功績で伯爵位を賜ってんだ。ま、所謂栄誉貴族ってやつで流れる血は庶民派さ」
「貴族の生活ってのは判らねえが、洒落た料理なんざより気心知れた連中と飯を食った方がマシだな」
「分かってるじゃないの」
戯けながら歩くアンセムがゴールドダイン公爵家の邸に近付くと槍を構えた禿頭の門番はすかさず槍で行く手を阻む。
「止まれ! 今は旦那様の不在中に来客を入れる訳にはいかん、それがテオドール家の当主でもだ!」
如何あっても邸に入れないっと鋭い目付きで睨む門番にアンセムは肩を竦める。
「相変わらずお堅いねぇ、そんなだから頭が禿げるのさ」
「ふん、大きなお世話だ」
「ならボンクラ息子を呼んで来てくれよ。愛しいアンセムが金を回収しに来たってな」
敷地内に踏み込まないならっとアンセムがティンギルを呼ぶように門番に告げると、彼は渋い表情で舌打ちした。
「ティンギル様なら昨日から帰っていない」
ティンギル不在にスヴェンはアンセムと顔を見合わせ、互いに仕方ないと肩を竦める。
昨日の時点でテオドール冒険団の船員がティンギルに借金の返済を迫られ断った。
おおかた借りた金を返すのが嫌だから町の中を逃げ回っているのだろう。
借りた金を返済せずに逃げまわるティンギルは少々痛い目に遭っても仕方ない。
「忠告は御当主様にも届いてるはずだよな?」
「旦那様からこう仰せつかってる、死なない程度に痛め付けて構わないと」
それなら遠慮する必要もない。そう判断したスヴェンは拳を鳴らし、アンセムに彼が行きそうな場所に心当たりがないか訊ねた。
「ティンギルが行きそうな場所は?」
「ここから東に行った貧民街の巨乳バーだな。少々如何わしい店だが、兄ちゃんは平気かい」
「平気だ。町の外に出る可能性は?」
「野盗や人売りにとっ捕まらない限りは無いと断言できる」
スヴェンは嫌な可能性に戯けるように肩を竦めてみせ、アンセムに案内するように促す。
▽ ▽ ▽
サングラスを装着したスヴェンはアンセムと貧民街に足を運び、血と腐敗の異臭と路上で物乞いをする住人や酒を飲みながら荒んだ眼差し、スヴェンを値踏みするような視線が歓迎していた。
あわよくば身ぐるみを剥ぐ。そんな企みが明け透けに見えたスヴェンは何食わぬ顔で巨乳バーの看板が立てられた店に歩き出す。
同時に物陰から四人の荒くれ者がナイフを片手に行く手を阻むのも、スヴェンにとっては慣れ親しんだ光景だ。
だからこそ次に彼らが発する脅し文句の予想も容易い。
「へへっ、命が惜しかったら金と背中の大剣を置いていきな!」
荒くれ者のリーダー格の男が血がべったりと付着したナイフの刃を舌で舐めまわしながらそんな言葉を吐く。
それに対して他の三人がニヤついた笑みを浮かべるのも、路上に座り込む住民が我関心せずの態度を貫くのも予定調和だ。
彼らが飛び出した物陰に転がった、痩せ細った少女の死体にもスヴェンは顔色一つ変えず歩き出す。
ナイフを向けるリーダー格の男に続き、三人の荒くれ者も彼に続くようにナイフを向ける。
デウス・ウェポンの貧民街や紛争地帯の街と比べて違いが有るとすれば、やはりただの荒くれ者ですら武器に魔力を纏わせている点か。
そんな事を考えながら進むスヴェンに、痺れを切らしたリーダー格が吠える。
「無視してんじゃねーよ!」
振り下ろされるナイフと背後から伝わるアンセムの非情な眼差し。
スヴェンはリーダー格の振り下ろした手首を掴み、掴んだ腕に力を込める。
ミシミシっとリーダー格の手首が悲鳴をあげ、ナイフを落としながら、
「は、離せよ!」
彼の叫び声に他の荒くれ者は狼狽えるばかり。
次第にリーダー格の手首の骨が軋み、スヴェンは力任せにそのまま彼の手首を捻り折る。
本来有り得ない方向に捻じ曲がった手首と激痛にリーダー格の絶叫が貧民街に轟く。
「いぎゃぁぁぁ!!」
絶叫を浮かべるリーダー格に、残りの荒くれ者はナイフを下ろし後退りを始めていた。
その背後に既にアンセムが回り込んでるとも知らずに。
激痛のあまり地面に疼くまるリーダー格を置いて逃げようと振り向いた三人の荒くれ者に、アンセムの鋭い眼孔が威圧する。
「おい小物共、俺の顔を知らねえわけじゃねえよな?」
「も、もちろん知ってるとも!」
頷きながら答える三人にアンセムは話が速いと、曲刀の柄に手を伸ばす。
「くだらねえ命令を出したのはティンギルのバカか?」
「そ、そうだよ! あんたを追い払うように雇われたんだ」
彼らが束になったところでアンセム一人を害することなど不可能だ。
単なる足止めの捨て駒、物陰に転がる少女の死体はアンセムの怒りの矛先を向けるための釣り餌だとスヴェンは推測を浮かべた。
推測の段階だが三流のやり方に思わずため息が吐く。
「アンセム、コイツらは捨て駒だ」
「お前さんの言う通りだな。……ならさっさと失せろ」
殺気を宿した眼孔に充てられた三人の荒くれ者はその場で泡を吹いて倒れ、気を失った。
そんな彼らにアンセムは背を向け吐き捨てるように呟いた。
「糞虫どもがっ」
そのまま巨乳バーに歩き出すアンセムの後を追い、二人は店のドアを開けそのまま中に踏み込んだ。
店に入った途端に鼻に纏わり付く甘ったるく男を虜にする魅惑の匂い。
そんな匂いを身体に纏わせ、際どく胸を強調する服装を着こなした女性が、獲物を狩る狩人の視線を向けながら訪れたスヴェンとアンセムに甘ったるい声で告げる。
「いらっしゃぁい。けっこうかわいい子達が入ってますよぉ」
そんな彼女にアンセムは眉を顰めながらため息を吐く。
「相変わらず媚薬混じりの香水で接客してんのか、高価な香水を買うよりもお前さんに合う香水が有るだろ」
「あら嬉しいこと言ってくれるわねぇ〜。でも旦那のように耐性を持った男はいざ知らず、性欲盛んの男は大金を落としてくれるのよぉ」
ーー興味ねぇな、さっさと用事を済ませるか。
腰を曲げあからさまに胸の谷間を見せ付ける店員にスヴェンは、顔色一つ変えず変わらない眼差しで訊ねる。
「ここにティンギルは居るか?」
「あ〜あの早漏ティンギルボウヤね。彼ならほんの少し前に店の裏口から出て行ったわよ」
酷い言われようだが、今から追えば間に合う。そう判断したスヴェンがアンセムに顔を向けると、彼は数人の巨乳店員に囲まれ身動きが取れない状況に陥っていた。
「お、おい! 腰に抱き付くな! 胸を押し当てるな! 今日は客じゃなくて借金の取立てに来たんだって!」
「旦那のいけず〜本当は溜まってるんでしょう?」
アンセムは群がる女性店員を振り払うおとするも、全身に魔力を巡らせ全力で彼を取り押さえる女性店員達にスヴェンの頬が引き攣る。
スヴェンはこのままではティンギルに逃げれると判断し、こちらに腕を伸ばすアンセムに背を向けそのまま店の裏口に駆け出した。
店の裏口から一本道の路地裏に出ると、
『す、スヴェンんんんんっ!! 俺を置いて……ちょっ! そ、そこはっ!」
アンセムの悲痛な叫び声が背後から轟く。
彼の悲鳴を無視しながら弾けるように路地裏を駆け出し、一直線で最奥の行止まりまで駆け抜け、そのまま壁を足場に飛び越える。
すると驚き腰を抜かす修復師と眼が合う。スヴェンは着地と同時に背中のガンバスターを引き抜き、瞬時に首筋に刃を押し当て、
「ティンギルだな? アンセムから借りた金を取立てに来た……抵抗すんなら分かるよな」
低めの声で脅すと彼は狼狽えた眼差しでゆっくりと首を縦に何度も頷いた。
やがて左手がズボンのポケットに伸ばされ、中から丸い玉のような物を取り出す。
大人しく返済する気がないっと判断したスヴェンはティンギルが行動に出るより早く、左足でティンギルの左手を踏み付ける。
地面に擦り込むように靴の底て左手の皮を捻り、
「何をしようとしたかは知らねえが、大人しく金を返せば無事で済んだんだが……残念だ」
ガンバスターの柄を強く握り込めば、
「わ、分かったよ! 金貨800枚返せばいいんだろ! たく、少し返済が遅れただけで物騒な奴を雇いやがってよ」
観念したのか毒付きながら膨らんだ金袋を差し出した。
それを受け取ったスヴェンは膨らんだ金袋から伝わる重みと膨らんだ形から金が入っていないと判断する。
恐らく重みと膨らみ方からしてただの石を入れただけ。同時にこの状況で人を欺こうとするティンギルに息を吐く。
「どうやら腕の一本失わねえと理解しねえようだな?」
「ふ、ふん! 貧乏人風情がゴールドダイン公爵家の跡取り息子に手を出してタダで済むと思うなよ!」
「アンタの親父に死なない程度に痛め付けてやれと言われてんだよ」
スヴェンはガンバスターを振り上げるとティンギルは往生際悪く叫ぶ。
「いいのか!? オレ様はこの首都唯一の修復師だぞ! 傷一つ付けてみろ? 国が黙ってないぞ!」
ここまで三流の台詞を惜しみなく吐けるのも珍しい。
立場と状況をまだ理解できてないからこそか。それはそれで呆れを通り越して寧ろ感心すら浮かぶ。
「金で買った職だろ、それに毎回仕事をサボり損失を出す馬鹿を雇用し続ける理由が国にあんのか?」
「へっ! そのために毎月金貨100枚手渡してんだ!」
堂々と賄賂を払っているとドヤ顔で告げる彼に、頭痛に眉を寄せた。
「はっ、ボンクラ息子らしいやり口だな」
頭上から聴こえたアンセムの声にスヴェンが視線を向けると、顔と衣服に女性店員の口紅を大量に付けた彼の姿がそこにあった。
「……随分遅いと思えば楽しんだあとか」
「置き去りにしておいてよく言えるな!」
アンセムのツッコミが路地裏に響き渡り、彼は隣に着地しては懐から一枚の紙を取り出す。
解雇通知書と記載された紙に視線を滑らせ、細々と書かれた文章とティンギルの解雇を告げるサインにスヴェンはティンギルに視線を移した。
解雇通知書を突き出されたティンギルが顔面蒼白になりながら息を荒げ、
「う、嘘だ! 賄賂だって贈ってたんだぞ!」
信じられないと言わんばかりに叫んだ。
スヴェンはさっさと金を回収して済ませたいっとアンセムに目配りすれば、彼はもう少し付き合えと視線で返した。
ーー仕方ねぇ茶番に少し付き合うか。
「馬鹿だな、今月だけで開錠魔法陣のメンテナンスをサボりどんだけ損失を出した? お前さんが出した損失は金貨2000枚だ。先月と合わせれば金貨2500枚だぞ?」
いくら首都唯一の修復師でもそれだけの損失を重ねれば、本人が解雇されても仕方ない。
元々金で今の職に就いた男だ。賄賂さえ定期的に支払われば文句も無かったが、毎度高額の損失を出されては割に合わないと見限ったのだろう。
所詮は金だけの薄っぺらい繋がり。その点だけで言えば傭兵と雇主との関係も同じだ。唯一違いが有るとすれば信頼関係を築けたかどうか、その程度の違いだけ。
スヴェンが信頼関係で成り立つ傭兵としての立場からティンギルを静かに見据える中、
「そんだけの金が有れば代わりを探した方が早い。ってかもうエルリアの大使を通じて募集してる頃合いだろうよ」
アンセムは更にティンギルに絶望を突き付ける。
そんな彼にティンギルは青褪めた顔で、
「は? じゃあオレ様はどうすればいいんだ?」
縋るようにアンセムに答えを求めた。だがその問いに誰も答える者は居ない。
「……いや、嘘だ。オレ様は信じない、オレ様はっ」
現実を直視できなくなったティンギルは
「金貨800枚丁度だな……それとお前さんが雇った荒くれ者が殺害した少女の件も有る。お前さんは暫く牢獄で反省してな」
もはやティンギルにはアンセムの声は届かず、彼は振り向き戯ける態度で肩を竦めて見せた。
「こんな光景はミアとアシュナに見せられないだろ」
一人の男を精神的に追い詰める様子は確かに二人の少女に見せる訳にはいかない。
スヴェンは同意するように頷き、
「ああ、アンタのキスマークまみれの姿もな」
歩きながらそんな軽口を叩く。
「それは言わないでくれよ」
げんなりと肩を落とすアンセムにふと生じた疑問を問う。
「いつ書類なんて用意したんだ?」
「あー、昨晩にはな。ま、ティンギルを解雇したところで財政難は変わらねえし、汚職が途絶えることもねぇ。全く邪神教団には参ったよ」
「交易の面で損害を被ってたか」
「ああ、交易の取引先はエルリアが応じてくれてるが、海路経由の輸送はどうにもなぁ。他にも一応エルリアや数々の国が資金面で援助してくれてるが……」
確かに交易面で言えば海路経由の輸送はモンスターの襲撃によって損害が被る。それは陸路でも同じことが言えるが、輸送船と船員の損失は少人数で済む荷獣車と比較にならないだろう。
それに援助に関しても貧民街の現状を見るにあまり改善はされて無いように思える。
汚職と腐敗が進んだ内政を考えるに一筋縄ではいかない問題だ。
何がきっかけにせよ、魔王救出を成功させ交易が再会されたところで一度腐敗した内政が元通りになるかと言えば、それも難しい。
腐敗した内政を浄化するには大規模な洗浄が必要になる。そこに指揮を担う者が居なければ解決されない問題だ。
スヴェンはアンセムの話から内政の腐敗具合を改めて実感しては、難しい問題に密かに息を吐くのだった。