五月二十三日。温かな気候と晴れた青空、陽気な日差しが照らす城下町は道行く人々に溢れ返り賑わいを見せていた。
城下町の上空を漂う水玉、大通りのあちこちに設けられた翡翠色の光りを放つ街灯にスヴェンは不思議な感覚に見舞われる。
スヴェンは歩道を歩きながら自分の知る道路との違いに、新鮮味を感じた。
特に爬虫類のような獰猛な瞳とどっしりとした体格、背中に生え揃った針のような毛並み、そして二足歩行で歩きーー四本指の前脚で木箱を荷獣車に乗せる生物にスヴェンは年甲斐も無く好奇心に駆られる。
「変わったあの生物はなんだ?」
隣りを歩くミアに質問すると、彼女は納得した様子を浮かべ答えた。
「あれはハリラドンと呼ばれる草食獣だよ。脚力が凄くてどんな悪路も踏破できるんだ……だけど何故か異界人には名前がすごく不評なの」
あの見た目で草食獣、獣も見かけに寄らないらしい。
ハリラドンという名が何故異界人に不評なのか、スヴェンからしても理解に苦しむがーー異界人の世界で何か有ったのだろう。
「魔法騎士団の乗り物にも使われてんのか?」
「魔法騎士団に限らずかな。足も速いから王都からメルリアまで2時間弱で到着できるしね」
スヴェンは頭にエルリア国内の地図を浮かべた。
此処から百二十キロ先のメルリアに到着するとなれば、ハリラドンは時速を約六十キロ出すことになる。
あの風圧の抵抗をモロに受け易い木製の荷獣車でだ。
魔法大国と呼ばれるだけは有ってそこも魔法技術絡みなのだろうか?
「風圧でぶっ壊れそうなもんだがな」
疑問も兼ねた荷獣車への感想を呟いた。
「モンスターに襲われても良いよう防護魔法で護られてるんだよ。ほら、よく見てみて? 荷獣車の外壁側面に魔力で魔法陣が刻まれてるよね」
言われて荷獣車に意識を集中するーー昨日と比べすんなりと魔力が視認出来る。どうやら一日中魔力を意識していた影響が早くも現れているようだ。
確かにミアの言う通り荷獣車の側面に魔法陣が刻まれていた。
そういえば謁見の間では意識せずともはっきりと魔法陣が視認できたが、何か違いが有るのだろうか。
「召喚魔法陣ははっきりと見えたが何が違えんだ?」
「単純に使用魔力量かな。魔法陣の形成と発動に使用した魔力が多ければ多いほど、魔力に目覚めなくても肉眼で見えるの」
「そういやレイの魔法陣も見えたな」
「攻撃魔法はどうしても使用量が増すからね」
その知識はスヴェンにとって大きな利点だ。
魔法陣が視認できるということはつまり、危険性が高いとも認識できる。
例えば施設の床に構築された魔法陣。罠の可能性も考慮できるのはスヴェンにとって有難い知識だ。
そんな感心を浮かべた矢先、笑みを浮かべたミアが空を指差す。
スヴェンは訝しげに魔力を知覚化したまま空を見上げた。
するとエルリア城を魔力の膜でドーム状に覆われていることが判る。
これは恐らく昨日ミアが口にしていた結界なのだろう。
「空のあれが結界ってのは判ったが、随分と範囲が広いんだな」
目視だけでも平原の彼方まで続く結界。
これで平原に出た異界人の死亡率が高いと云うのだから、内通者の存在を疑わざるおえない。
「空のあれは守護結界って言って、王都はもちろんのこと町や村をモンスターの驚異から護ってくれてるんだ」
「へぇ、なら道中も安全な旅が望めそうだな」
「それがそうでも無いんだ。守護結界の範囲にも限界が有るの、だから結界と結界の間はモンスターの生息地域になってるわ」
スヴェンには守護結界の範囲が何処まで続いているのか分からなかったが、改めて再認識させるに至る。次の結界到着までは決して油断できないと。
同時にこうも考えられた。幾らモンスターから町を護る守護結界とは言え、先日騎士団の訓練所で戦ったブルータスのように意図的にモンスターを結界内部に入れることも可能なのだと。
でなければモンスターを訓練用に飼育も出来なければ、異界人の死亡率の高さにも説明ができない。
この世界の魔法技術に強く関心しながらスヴェンは、
「アンタと出掛けるってのには不安を覚えたが、物を知るにはアンタが居た方が良かったな」
大事な知識を得られたと笑った。
「不安ってなに!? だいたい鍛冶屋の場所も知らないでしょ!」
確かに知らないがそこは適当に散策がてら捜すつもりだった。
城下町の地理の把握もスヴェンにとっては必要なことだからだ。
すれ違う人の多さに、改めてミアに聞く。
「それにしても平常時からこうも人通りが多いのか」
「いつもこんな感じだよ。特に市場の方は買い物客で溢れてるし」
「目的の鍛冶屋は何処だ?」
「職人通りだよ。場所は大通りから西通りに進んで坂を降った先が職人通り」
ミアの説明にスヴェンは西通りに向けて歩みを進める。
▽ ▽ ▽
西通りを進み、大聖堂の前に差し掛かったスヴェンは足を止める。
スヴェンの世界ではデウス教会が運営していた礼拝堂が各地に点在してるがーー何十世紀も昔の人類は神々の存在を認識しながら礼拝堂で祈らなくなった。
その結果、デウス教会は廃れ。現在の廃堂は孤児院として利用されるか、自分のような傭兵の活動拠点として利用されることになった。
あそこに残して来た数々の装備とメルトバイクが名残惜しが、きっと三年の間に誰かに回収され使われているだろう。
つい物思いに耽るとミアは小首を傾け、不思議そうに聞いてくる。
「アトラス教会に用でも有るの?」
「いんや。前の世界じゃあ廃堂を拠点にしてたが、はじめてまともな教会の施設を目にしたな」
「スヴェンさんの世界は信仰を忘れたの?」
「忘れちゃあいねえが、機械神デウスは各国の主要都市に設置された端末に居るからな、わざわざ礼拝堂で祈る必要がねえのさ」
ミアは都市に神が何処にでも居るのかと、想像を膨らませ楽しげに微笑んだ。
「スヴェンさんの世界は何だかとっても不思議」
「そいつはお互い様だ」
スヴェンは歩みを再開させ、そのまま職人通りと書かれた看板を頼りに坂道を降りはじめる。
そんな彼にミアは置い行かれまいと走り出した。
しばらくして職人通りのーー人通りが多い場所に設けられた鍛冶屋【ブラックスミス】に到着した。
建物を見上げるスヴェンを他所にミアは通い慣れた様子で、店の扉を開け放つ。
「おじさーん! エリシェ! 居る〜?」
スヴェンはミアに続き店に入った。
すると丁度良く、店の奥から駆け付ける足音が響く。
そしてポニーテルに纏めたクリーム色の髪に、翡翠色の瞳の少女がミアに飛び付いた。
「ミア! 卒業式以来になるかな!」
「ちょっとエリシェ、卒業式からまだ1ヶ月しか経ってないよ」
如何やら二人は同い年で学友だったようだ。
スヴェンがそんな事を思いつつ、棚に陳列された短剣を手に取る。
どれも精巧な作りかつ、見ただけで判る鋭い斬れ味にスヴェンはこの鍛冶屋に期待を膨らませた。
此処ならいずれガンバスターを製造できるかもしれないと。
スヴェンは様々な短剣の中から重さと振り易さ重視でーー刃の厚さ10ミリ、全長24センチの黒柄のナイフを選び取った。
他にも武器なら色々と有るが結局、つい元の世界で似た形の武器を選んでしまう。
それだけ似た武器が手に馴染むという表れでも有るが。
一人納得するとエリシェがこちらに視線を向け、
「おっ、クロミスリル製のナイフを選ぶなんてお目が高いねぇ!」
「にしてもミアが異界人のお客さんを連れて来るなんて珍しいね」
「これも仕事でね。それで彼はスヴェンさん、武器の買い物……はもう済んだね。えっと整備のことで相談に来たんだ」
エリシェは観察するようにスヴェンを見詰め、背中のガンバスターの存在に気付く。
するとエリシェは眼を輝かせ、ミアを押し退けてスヴェンに駆け寄った。
「その武器……見た事も無い構造だけど異世界の!? 材質は? 重さとその回転しそうな部品は!?」
興奮した様子のエリシェにスヴェンは、武器好きのガキと認識しては口を開く。
「コイツの名称はガンバスターだ。大剣に射撃機構を掛け合わせた武器で、材質はメテオニス合金つう隕鉄とマナ結晶を加工したもんを使ってる」
恐らくこの世界にメテオニス合金は存在しないだろう。
スヴェンはそれを理解しながら材質に付いて話した。
すると案の定、エリシェは混乱顔を浮かべ。
「メテオニス、マナ結晶。それに隕鉄……どれも聴いたことがないよ! ミア、この人は何者!?」
「だから異界人だってば。それでおじさんは?」
「少し待ってて」
そう言ってエリシェが呼びに戻ろうとすると、奥から頭にタンコブを作った大柄な中年男性が姿を現した。
「父さん、なんでタンコブなんて作ってるの?」
「それはなぁ、お前が父さんを弾き飛ばしたからだ。いくらミアとは卒業式以来とはいえ、興奮し過ぎるのはよくないぞ」
鍛冶屋の男は豪快に笑い、エリシェが羞恥心から頬を赤らめる。
そして大柄の男はカウンター越しからスヴェンに気のいい笑みを浮かべた。
「オレの名はブラック。話しなら聞こえていた、買い物と整備の相談だってな」
スヴェンは鞘からガンバスターを引き抜き、ブラックに手渡す。
するとブラックは瞳に魔法陣を発動させ、興味深げに驚く。
「解析魔法で構造は把握できるが、材質に付いて未知っと出るなんてなぁ」
ブラックが驚くのを他所にスヴェンも彼が発動させた魔法に驚きを隠さずにいた。
ガンバスターの内部構造は銃を構成するパーツ、荷電粒子モジュールと反動抑制モジュールによって複雑化してる。
それを瞬時に解析し、理解してしまうのだから改めてテルカ・アトラスの魔法技術が末恐ろしいと実感を得た。
「整備の相談って言ったが、荷電粒子モジュールを取り外して貰いてえんだ」
「すぐに取り掛かりたい所だが、コイツを開けるための道具を一から造らねばならん」
道具さえ有れば機構の取り外しができる。
スヴェンはその点を踏まえ完成日数を尋ねた。
「どれぐらい掛かるんだ? あと5日もすれば俺は旅に出るんだが」
「今から作業となれば最短最速で6日だ」
「短縮はできねのか?」
「無理だな。まず造った事もねえ道具の作製だ、図面を引く必要も有る。道具が完成したら速達便で届くように手配はするさ」
魔王救出に向けて出発しても道具は届く。それなら此処で頼んで損も無いだろう。
スヴェンは先程選んだ二本のナイフをカウンターに置き、
「こいつ二本とついでに潤滑油を頼みたいが、配達料を含め幾らだ?」
「オーダーメイド、材料費、費用諸々合わせアルカ銀貨34枚だな」
スヴェンは出掛ける直前にレーナから受け取った金袋からアルカ銀貨を取り出した。
「領収書ってのは有るか?」
「もちろん有るが、領収書の発行は物と同時にだな」
「なら領収書の宛先だけエルリア城にしてくれ」
「了解した。エリシェ、早速図面の作製に取り掛かるぞ!」
「分かった! スヴェン、今度じっくりその武器を触らせてね!」
「機会が有ればな」
そう言ってスヴェンはミアに視線を向ける。
「俺は先に帰るが、アンタは如何する?」
「私も帰るよ。じゃあねエリシェ、今度はお土産話に期待してて」
二人の会話を他所にスヴェンは、購入したばかりのナイフを鞘ごと腰ベルトの留め具に装着した。
こうして用事を済ませた二人はエルリア城に戻り、城門でミアと別れたスヴェンは、さっそくナイフを試すべく騎士団の訓練所に足を運んだ。
その日、スヴェンは訓練所でミアの巧みな杖捌きを目撃することに……。