13-1.オルゼア王と来訪者
スヴェン達が孤島諸島に上陸した頃。
オルゼア王は書類に眼を止め、不意に訪れた気配に眼を向けた。
そこには緑の衣に吟遊詩人を彷彿とさせる装い、そしてかつて絶滅したエルフ族の血を引いた耳長の男性が申し訳なさそうな苦渋に満ちた眼差しを向けていた。
ミルディル森林国のカトルバス森王にオルゼア王は動じた様子もなく語りかける。
「謁見の申し出も公的手続きもない来訪……友よ、貴公の国で何が起こった?」
「すまないオルゼア王、我が息子シャルルの婚約者が人質に取られた」
シャルル王子とその婚約者リーシャ。王族と平民出の婚約発表をミルディル森林国の国民は誰しもが祝福したのは記憶に新しく、レーナと共に祝福の言葉を贈ったのも一昨年の話しだった。
彼が立場と身の危険を犯してまで内密にこの場所に訪れたということは、邪神教団が動き出したに違いない。
オルゼア王はそう当たりを付けながら彼に問う。
「首謀者は邪神教団、あの者達か?」
「……今更何を語ろうとも言い訳に過ぎぬが、シャルルとリーシャの外交帰りを邪神教団に襲撃され、リーシャが攫われてしまった」
苦しげに語るカトルバスにオルゼア王は眼を伏せた。
王族たるシャルル王子が人質なら、その血筋と立場から人質としての価値も高い。
逆に言えばリーシャは血筋だけを見るなら人質としての価値が薄い。そんな彼女をわざわざ人質に取ったのは連中が自身やカトルバスが民を簡単に切り捨てられないと理解してるからだ。
カトルバスにとってリーシャは息子の婚約者であると同時に王が護るべき民の一人だ。だからこそ簡単に切り捨てられない苦悩と心情も察せられる。
問題はリーシャを人質にして何を要求したかだ。
「友よ、連中に何を要求されたのだ?」
「……要求は三つ。リーシャとの婚約破棄、封印の鍵の譲渡、そしてレーナ姫との婚約締結。それが邪神教団の要求だ」
それを聴いたオルゼア王は自身の耳を疑った。
封印の鍵の譲渡が要求されるのはまだ理解が及ぶが、なぜそこでリーシャと婚約破棄をさせ、我が娘レーナと婚約締結になるのか。
考えられる目論見は、理不尽な婚約締結によるレーナを慕う国民の暴走誘発。
同時にリーシャも平民出身ではあるがシャルル同様に国民から愛され祝福された娘だ。
ミルディル森林国の国民とエルリア魔法大国の国民による衝突の可能性。
その可能性が有る以上、レーナもシャルルも邪神教団の要求を呑んでしまう。
それに経緯はどうであれ王族同士が一度決めた婚約を破棄するとなれば、レーナとシャルルの経歴に傷が付く。
それでも二人の性格と国民を想う気持ちを理解してるからこそ導き出される結論の一つだ。
邪神教団の目論見はエルリアとミルディル森林国の武力衝突、それが無理でも王族二名の殺害か。
そこまで推測したオルゼア王は一国の君主としてカルバトスに問う。
「要求を呑めばレーナとシャルル王子が、拒めばリーシャと国民同士の衝突か。この件はこちらからレーナに告げるが、友が内密に訪れたのだ。他にも有るのだろ? なぜ連中は戦力に関して何も要求せぬ?」
リーシャに各国の戦力派遣を阻止する程の人質価値が無いと理解した上か、それとも別の企みが有ると判断したオルゼア王に、
「ミルディル森林国の兵が時期を見てエルリアの領土に進軍する。軍隊の運用に対してもリーシャには人質としての価値が薄い……いや、かなり無茶な要求では有るが連中は貴国との武力衝突を望んでいる」
申し訳なさそうに告げれるカトルバスにオルゼア王は眼を伏せた。
エルリア北部は現在邪神教団が率いる魔族の部隊と国境線で牽制中。そこに南部にミルディル森林国から進軍されればエルリアは北と南に挟まれる。
エルリア魔法騎士団の戦力なら両軍を相手にすることも可能だが、恐らくそれだけで邪神教団は事を起こさない。
エルリアを攻め込む準備が整ったと判断したオルゼア王はため息を吐く。
「南の国境線に騎士団を配備、ただ戦力を集中させるだけでは要らぬ誤解を招く、今回は行合同訓練の名目として発令するとしよう」
「すまない。こちらも邪神教団の眼を欺き、リーシャ救出を進めるつもりだ。……レーナ姫には今回の件になるべく関わらせたくは無いのだが」
国内で起きたリリナ嬢の件も有る。シャルルかリーシャが邪神教団にすり替わってないことを祈るばかりだ。
「……シャルル王子を兄と慕うあの子なら決して見過ごすことはせぬだろう」
それこそ誰に似たのか、偽りの身分を用意して自ら事の解決に奔走してしまうだろう。
「兄か、今でもその心が変わらぬならレーナ姫は動くのだな」
「うむ、しかし時期が悪過ぎる。魔王救出に異界人が動いておるが、救出が叶うまでこちらも大きくは動けん」
アシュナとグランデ大使から孤島諸島に出航したとの報告が有る。
無事に孤島諸島に辿り着いてるのかという問題も有るが、スヴェン達は表向きでは死亡した扱いになっている。
それにカトルバス森王の行動が邪神教団に監視されてるとも限らない。
「そういえば友よ、監視の眼はどうしたのだ?」
「それなら影武者がわたしの代わりにシャルルの側に居る」
「あの者か。まだ懸念事項も有るが、今はレーナの采配を信じるしか他にあるまい」
「レーナ姫が召喚した異界人……我が子の婚約者とアルディアの命運を賭けるには、いや、わたしが不安を吐き出すのは御門違いだな」
一国を担う君主として異界人が信用できないのは無理もない話だ。
ふとオルゼア王は魔法時計に視線を向ければ、既にクルシュナ副所長が訪れる時刻が迫っていた。
「時に友よ。この部屋にクルシュナが来るのだが、貴公はしばらく城に滞在するとよい」
「すまない、隠し通路を使い貴殿の部屋で待てば良いんだな」
幼少期にちょっとした悪戯でエルリア城内に造った秘密の隠し通路を知るのは友人の彼のみ。
オルゼア王が過去を懐かしむとカトルバス王が執務室の床に隠された隠し通路に姿を消した。
それから程なくしてクルシュナが執務室を訪れ、回収したアンノウンの死骸と研究成果によって判明した詳細報告を受たオルゼア王は、にやりと口元を歪めるのだった。