フクロウの鳴き声とモンスターの遠吠えに目を覚ましたアンセムが欠伸を掻く。
テントの中でどれぐらい寝たのか。確認のためにテントから出ると月明かりと焚き火に照らされるスヴェンと目が合う。
スヴェンがすぐに視線を外すが、底抜けに冷たい眼に一瞬だけ肝が冷え喉が鳴った。
十日も苦楽を共にしたと言うのに彼の冷え切った感情には未だ馴れない。
無表情でガンバスターの柄を握り締めたスヴェンから近場に視線を移すと、側にモンスターの遺体が転がっていた。
彼一人でモンスターを討伐したのか? それにしても戦闘音もモンスターの気配も感じなかったが……。
「お前さんが1人で討伐したのか?」
「あぁ、気配を消し暗闇に紛れる類のモンスターだったからな」
稀に気配を感じさせないモンスターが居るとは話には聴いていたが、スヴェンが居なければどうなっていたことか。
寝てる間にそのまま死んでいたなんてことに成りかねなかった。
「声をかければ良かったろ」
「対応しつつ起こそうとしたが、障壁が脆かったんだ」
どうやらスヴェンは普段通りにモンスターと戦闘したが、存外モンスターが纏う障壁が脆く意図せず簡単に対処できてしまった。だから起こさなかったのだと理解したアンセムは焚火の前に腰を下ろす。
「そろそろ交代だ」
彼の眼はまだ交代に早いと語っていたが、遺跡の探索を踏まえたのか、
「……そうさせて貰う」
こちらの意図を読んでガンバスターを背中の鞘に納め、そそくさとテントの中に入っていた。
可愛げは一切感じられないが、警戒心が強く後先のことを慎重に考えているところは冒険家としても好感が持てる。
できればこのままテオドール冒険団に迎入れたいところでは有るが、彼は頑なに首を縦に振ることは無い。
彼の本質は仕事を最優先にしているからだ。
どんなにいい条件でもスヴェンを誘うのは無理だと完全に諦めたアンセムは周囲を見渡した。
ーー周りに野郎共が居ないってのも馴れないな。
テオドール冒険団の部下の声が聴こえないことに一種の寂しさが芽生える。
アンセムは寂しさを振り払うために満天の星空を見上げ、遮る浮遊岩にため息を吐く。
「いい肴になるんだがなぁ」
酒の一つでも有れば寂しい夜を紛らわせれるが、生憎と酒は船長室だ。
アンセムが残念そうに肩を竦めると、
「あれ? アンセムさんでしたか」
テントから出て来たミアが意外そうな視線を向けていた。
「お前さんも起きたのか。……スヴェンと密談でもしたかったか?」
「うーん、そう言う訳じゃないんですけど、なんだか急に眼が覚めちゃいまして」
交代時の物音で目が覚めたのか、それとも見張りがスヴェンから自身に代わったからなのか。
アンセムは恐らく後者だと考えた。
彼女は首都カイデスまでスヴェンとアシュナと三人で旅をし、見張りはスヴェンが担当していた。
そこに彼女は安心感を覚え、野営でもぐっすりと休むことが出来ていたのかもしれない。
「見張りがいつもと違うってのも有るかもな」
「それは……そうなのかもしれませんが、偶に目が覚めることって有るじゃないですか」
確かにミアの言う通り偶にそんな日も有る。
ただ彼女は揶揄うと反応が面白いとメルテスから聞き及んでいる。
ここは一つ不躾とは思うが、恋愛面やスヴェンとの関係を揶揄ってみるか。
「そういえばお前さんは俺とスヴェンの会話に耳を澄ませていたが、スヴェンの好みが気になったのかい?」
戯けるように聞けば、ミアは焚火を挟んで対面に座りながら愛想笑いを浮かべる。
「おや、アンセムさんは如何してそんなことを聞くんですか? それとも私に少なからず気が有るのでしょうか?」
彼女の向ける笑みはスヴェンとアシュナに向ける笑みとは明らかに違う。
率直で裏表のない気心知れた相手に向ける感情だ。
だから少なくともスヴェンに好意が有るのではないか?
「俺からお前さんにその気は無いが、むしろお前さんはスヴェンに少なくとも気が有るじゃないかと踏んでるんだ」
思い切って踏み込んでみればミアは嫌な顔をせず、なるほどと納得した表情を浮かべる。
そして彼女は一息吐いてから答えた。
「私はスヴェンさんをよく知りません。例えば異性の好みも過去も、だからお2人の会話に耳を澄ませたんです」
「よく知らない? スヴェンはお前さんにも自分のことをあまり話さないのか」
少なくともスヴェンはミアとアシュナには気を許していると感じていたが、それは自身の根本的な勘違いだったか。
アンセムが眉を歪めるとミアは呆れたようにため息を吐く。
「スヴェンさんはご自身がどんな人間かとか異世界に付いて少しは語りますけど、過去を話そうとはしないんです」
スヴェンのあの眼は真っ当な人生を歩んではいない。それは付き合いの短い自身でも判る程だ。
だから純粋なミアとアシュナには自身の過去を話そうとはしない。スヴェンが線引きしてると察したアンセムは息を吐く。
仮に自身の過去を話したとして、聴いた者はどう反応を示すか。
共感、拒絶、同情、無関心のいずれかだ。
スヴェンはそのいずれかの感情を他者に抱かれることを煩わしく思っているのだろうか?
それは本人に聞かなければ判らないことだが、恐らくスヴェンははぐらかすか黙りを決め込む。
「スヴェンが過去を話そうとしないってのは、まあ男にも色々と有るからなぁ」
「それは判るんですけどね、でも薄々は感じてたんですよ? スヴェンさんって恋愛に興味がないどころか、愛情そのものを理解してないんじゃないかって」
ミアは胸こそ哀れなことになってるが、容姿は華奢で小顔、長く伸ばされた綺麗な青髪も合間って可愛い。
そんなミアをスヴェンは人材として見ていた。
人目を惹きつけるミアの容姿よりも彼女の能力を重要視してることから薄々そうじゃないのかと思っていたが、愛情を理解していないなら恋愛感情が浮かばないことに得心する。
「俺達の想像にも及ばないことが、スヴェンの過去にも色々有ったんだろうな。で? 話しは戻るがお前さんはどうなんだ? 結構アイツに護れてときめくことだって有るだろ」
「異性としてよりも、私にとってスヴェンさんは頼りになる大人ですよ。……そりゃあまぁ、偶にときめくこともありますけど、所詮は吊り橋効果ってヤツですので純粋な好意とは違うように思うんですよ」
ミアは年相応に恋愛に興味を持っていると思えば、意外と恋愛面に関して冷めた一面を見せる。
「それに恋愛ってちょっと分からないです」
愛想笑いから一転して今のミアが見せる表情は、複雑なのもだった。
それだけで少なくともスヴェンを今の関係で終わらせたくない。その意志だけは感じられる。
「なら質問を変えよう。スヴェンとはどんな関係になりたいんだ?」
「……相棒の関係が良いですね」
ーー恋愛感情は無いが、相棒として支えたいのか。
男女の関係で言えば不思議とも思えるが、一つの共通に向かって進むならその関係がスヴェンにとっては一番良いのかもしれない。
「スヴェンの相棒か。認められるといいな」
一人の大人として応援の言葉をかけるとミアは、
「あっ、実はそれとなく聞いたんですけど相棒は要らないと言われました」
そんなことを平然と言ってのけた。
「傷を抉って悪かった」
「大丈夫ですよ。スヴェンさんのことは勝手に支えることにしましたから」
ミアの心の強さにアンセムはただ呆然と夜風を浴びる彼女を前に声を失う。
気軽に踏み込んだ自分が何よりも恥ずかしい。
「どうしたんですか? 恋愛の話ならアンセムさんはどうなんです? まさか、自分だけ聴いて逃げるなんてことはしませんよね?」
ーー歳頃の少女は意外と手強いなぁ。
アンセムは逃がさないっと眼で語るミアに深く肩を竦めた。
「お嬢ちゃんには濃厚で情熱的な大人の恋愛体験話はちょっと早いぞ?」
そう告げるとミアは何かを想像したのか、すぐさま顔を真っ赤に染めて立ち上がる。
「あ、えっと、眠くなって来たのでまた寝ますね!」
そう言って逃げるようにテントの中に入り込む。
また静寂に包まれ、火が弾ける音と風の音が虚しく響き渡る。
アンセムは交代の時間が訪れるまで警戒を続け、ただ暗い森を眺めるのだった。