七月十八日の昼前、スヴェン達は森の中心に佇む古代遺跡に到着していた。
木々の蔦に覆い尽くされた古代遺跡は古い時代からこの地に存在していたと悠然に物語り、ミアが感慨深いため息を吐く。
「此処に考古学者が来たらきっといつの時代の物か考察が始まりますね」
「いいねぇ、ロマンを前に雄弁に語り合う考古学者達の姿! 想像しただけで心躍る!」
ミアの言葉に同意を示し、楽しげに笑うアンセムを他所にスヴェンはそんな光景を少しだけ想像してみた。
考察を語り合う考古学者と彼らをモンスターから護る護衛。
軽く想像すれば、背後でモンスターを対峙する護衛、そんな彼らの背中で嬉々として熱弁を繰り広げる考古学者の姿を幻視したスヴェンはなんとも言えない表情を浮かべる。
「モンスターだらけでの環境で護る身にもなって欲しいもんだ」
同時に視線を出入り口に移せば、周囲は無数の蔦に覆われてるものの肝心の出入り口だけは、何者かに蔦が除去されたのか比較的綺麗な状態だ。
「……誰かが先に到着したのか? いや、船は見当たらなかったな」
孤島諸島の海岸に見当たらなかった船はキングクラーケンに沈められたのか。
その可能性も有る以上、遺跡内部に誰かが生存してる可能性も充分に考えられる。
アンセムの友人か、それとも盗掘集団か。
「アンタはどっちの可能性が高えと考える?」
「アイツ……ゾルゲ・ヴァルグラムの可能性か、盗掘者か。俺はゾルゲの可能性に賭ける。なんせ此処まで航海術を持ち腕の立つ部下を従えられるのはアイツ以外に有り得ない」
アンセムの言うゾルゲが無事なら合流して探索も考えられるが、果たして二ヶ月も孤島諸島で生き抜けるのか?
自身の疑問でアンセムの期待に水を差すのも偲ばれる。
スヴェンは自身の疑問をぐっと飲み込むことで遺跡の出入り口に歩んだ。
スヴェンが重々しい石の扉に触れた瞬間、扉が勝手に開き内部の燭台が一斉に灯り出した。
「歓迎されてんのか?」
警戒心を剥き出しにガンバスターの柄に手を伸ばし、灯りではっきりと視認できる幅広い一歩道の下階段に注意を向ける。
同時に内部から無数の唸り声が出入り口まで轟き、そこに混ざるように、
『やっと人が訪れたぁ』
男とも女とも判別が付かない声が聴こえる。
古代遺跡から聴こえた謎の声にちらりと背後に顔を向ければ、青褪めたミアと期待に胸を含ませるアンセムとアシュナの様子にスヴェンはなんとも言えない頼もしさを感じた。
「さっきの声は天使か?」
「う、うーん、遺跡に眠る亡霊の声かもしれないよ? ほら天使ってアトラス神の僕で神秘的な種族だからあんな悪戯はしないと思う」
あの声にははっきりと生を感じた。だから亡霊の可能性は低いようにも思えるが、魔法によって再現された声ならミアの言う通り亡霊の可能性も捨て切れない。
「天使ってのはよく判らねえが……俺とアンセムが先頭を歩く。アシュナは最後尾に付け」
「私が真ん中なのは護り易い位置かつ全体を素早く治療できる位置だからだね」
ミアの早い理解にスヴェンは相槌を打ち、アンセムに視線を向ける。
「遺跡の調査経験は?」
「調べ尽くされた遺跡ぐらいならな。異界戦争時の遺跡なんかは入らず仕舞いだったし、経験に関して言えば少ない。そう言うスヴェンはどうなんだ?」
「メルリアの地下遺跡ぐれぇで遺跡探索は経験がねぇ」
「観光地の地下遺跡か。初心者冒険家が伝説に挑むには心許ないな!」
笑うアンセムにスヴェンは、全くだっと同意を示しながら笑って返す。
そして隊列を組んだスヴェン達は燭台の灯りに照らされた下り階段を降り進んだ。
その先に奇妙な視線を感じ取り、視線の下へ眼を向ければやはりそこには誰も姿は無くむしろ石壁のみだ。
▽ ▽ ▽
視線の件を念頭に階段の終点に到着したスヴェンは、足を止めて幅広い左右の別れ道に眼を細める。
魔力に意識を集中させ魔力の流れを視認するも、石壁や天井、床には魔力が流れるだけで魔法陣が仕掛けられた痕跡は無く、逆に右の通路の床には不自然な窪みが在る。
ーー魔法技術が進んだテルカ・アトラスで原始的な罠か?
不自然な罠に注意深く観察すれば、窪みの下に魔力が流れてることが判る。
踏めば魔法陣が発動する仕組みだと理解したスヴェンは、発見した罠の位置をアンセム達に知らせながら思案した。
左右どちらの道を進むのが正解か。どっちも終点に続くのか、それとも正解は片方だけなのか。
進まないことには何も進展しないが、モンスターの気配が多く感じる遺跡内部で極力無駄な戦闘を避けながら進みたい。
それはアンセム達も同じ考えなのか、
「罠が設置された右を進むか、それとも安全を選んで左に進むか。あからさまな気もするが敢えて右に進むのか?」
「右の方は魔力が集中的に流れてるけど、左は魔力が流れて無い……先に安全な道を行って引き返すのも手かも」
「ん、3人に任せる」
スヴェンはアンセムとミアの意見を念頭に改めて左右の通路を見比べる。
どちらにせよ、行き止まりだったら引き返すことになる。それなら先に左の通路を調べた方が戻りも安全だ。
「左から進むか。右は罠だらけで行き戻りが面倒そうだしな……ま、左には魔力を使わねえ罠が無いとも限らねえがな」
スヴェンは有り得ないが決して捨て切れない可能性に付いて語り、魔力を使わない罠の存在に着いて三人に警戒心を与えた。
そしてスヴェンが先頭を歩き左の通路を進み、五メートル程直進した頃ーー不自然に盛り上がった石床に眼を細めた。
どう見ても踏めば罠が作動する。どう見ても自己主張の激しい罠にため息が漏れる。
スヴェンは念の為に周囲四マスの床を注意深く観察するも、特に血痕らしき流れも何かが飛び出した痕跡も無かった。
「盛り上がってる床が見えるだろ」
「あぁ、妙に不自然だが魔力は感じられねえ……まさかこれが魔力を使わない罠なのか?」
「恐らくはな。だが妙に不自然な罠ってのはこの先も多いだろうし、そん時は周囲の床と壁の観察もしておけ」
「あ〜ブラフの警戒だね。でも魔力を使わない罠ってちょっと想像できないかも」
確かに魔法が使われて当たり前のミア達からすれば、魔力を使わない罠は信じ難いのだろう。
だが魔力の視覚化という致命的な弱点を抱える罠を仕掛け続けることにどんな意味が有る?
常識を逆手とにとった罠こそ、最も警戒すべき罠に他ならない。
「常識を逆手に取ってる可能性は十分に考えられるだろ」
「……そうかも。でも遺跡に罠を仕掛けるってことは奥まで進まれると困るからだよね」
ミアの返答にスヴェンは頷き、不自然な石床を避けながら進む。
それからしばらく原始的な罠だらけの左通路を直進し、やがて壁に不可思議な文字が刻まれた広い部屋の前に辿り着く。
此処まではモンスターと遭遇することもゾルゲを発見すること無く進めたが、ここに来て意味深な文字にスヴェンが警戒を深める中、
「えっと?『財宝を求めし者よ、先に進みたくば力と覚悟を示せ』って書いてあるね」
壁の文字をミアが読み上げた。
「この先の広い部屋には試練が待ってるってことか。力を示せってのは何に示すんだ?」
「奇妙な視線と謎の声の主にじゃねえか? 問題は力を示す相手だな」
広い部屋の中は薄暗ぐ、此処からはでは内部の詳細が判らないが僅かに聴こえる獣の息遣いと魔力を感じる。
モンスターか別の何かか。スヴェンはガンバスターを引き抜き、アンセム達に視線を向けた。
眼で準備は良いか? そう訊ねれば三人はそれぞれの武器を手に頷いて答える。
スヴェンが一歩広い部屋に踏み込むと、部屋全体が灯りに照らされ、中心に佇むモンスターが悍ましい咆哮を叫んだ!