傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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13-7.遺跡の罠

 ミノタウロスを討伐した先の通路で発見した階段を下り、地下を進むスヴェン達は、遭遇したモンスターを討伐しながら遺跡の最奥を目指していた。

 駆け抜ける四人の息遣いが幅広い通路に響く。

 

「モンスターを相手にしながらってのは中々楽しい遺跡だな!」

 

 まだ体力と魔力にも余裕が有るアンセムの軽口に、

 

「うん、罠を避けるのも案外楽しい?」

 

 アシュナが無表情ながら軽口で叩き合う。

 そんな二人の様子を見ながらスヴェンは、余裕な背中を見せる二人に一種の心強さを感じていた。

 

「スヴェン、また床に罠だ」

 

 罠に対する警告と同時、アンセムとアシュナが罠を避けるべく跳躍する。

 既に幾度も罠を回避した慣れた行動。そこに油断も無ければ慢心も無い。

 だが、魔力を使わない罠に対して経験豊富なスヴェンでも、ましてや魔力を使った罠に対して知識も警戒心も高い三人でも見抜けない罠が存在していた。

 床に不自然に浮かび上がった窪みを二人が同時に通り越したその時、遺跡全土に魔力が駆け巡り--ズゴゴォォーン!! 

 

「「「「!?」」」」

 

 激しく遺跡全土が揺れ動き、スヴェンとミアの足場が突如として消失した!

 一瞬の内に消える靴底の感触、突然の浮遊感がスヴェンとミアを襲う。

 スヴェンは咄嗟に握り締めていたガンバスターを壁に突き刺すことで落下を逃れ、一瞬の反応が遅れたミアに手を伸ばす。

 ミアが差し伸ばされた手を掴もうと腕を伸ばしたが彼女の小さな掌は、スヴェンの手にわずかに届かず空を切った。

 

「えっ……うそ」

 

 ミアの身体はそのまま重力に従って落下し、その際に絶望に染まった彼女の表情がスヴェンの瞳に焼き付く。

 

 --アンタもアイツらと同じように死ぬのか?

 

 温泉宿で『死なない』と謳い遠回しに相棒になりたいと語っていた彼女が呆気なく死ぬ。

 そんな現実をスヴェンは半ば受け入れながら、暗い底に落下する彼女をただ呆然と眺めていた。

 上を見上げればアンセムとアシュナの悲痛に歪む表情が映り込む。

 誰しもがミアは無事では済まない。早々に諦めかけた時。

 

 --ザパーン。

 

 暗い底から微かに水飛沫がスヴェンの耳に届く。

 

「……アンセム、アシュナ、聞こえたか?」

 

 聴き間違えで無ければ、あの水飛沫はミアが水面に落ちたことを意味する。

 

「微かに水飛沫が聴こえたな」

 

「ミアはかなずち……あっ」

 

 暗い底は水面である以上、スヴェンが落ちたところで助かるがミアはそのまま溺れる。

 このまま治療師として優秀なミアを死なせるのは惜しいと判断したスヴェンはガンバスターの柄を強く握り締め、

 

「俺はこのまま下に降りる。2人はそのまま探索を続行してくれ」

 

 二人に有無を言わさず、スヴェンは壁に突き刺したガンバスターを引き抜き、重力に従い落ちた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 暗く浸水した階層に落下したスヴェンは息を吸い、そのままガンバスターを片手に息を肺に溜め込みながら水中を潜る。

 灯りさえ届かない暗い底の水中。そこからミアを捜すには彼女の落下地点から探るべきだ。

 そう思考しながら潜り続けながら魔力に意識を集中させる。

 

「(どこに居る?)」

 

 ミアの魔力を捜すように周囲を見渡すが、辺り一帯から感じる魔力にスヴェンは内心で激しく舌打ちした。

 この方法ではミアの発見が遅れ、手遅れになる。

 まだミアが落下し溺れてから五分と経っていないがもしも彼女が諦めていれば息もそう長くは続かないだろう。

 スヴェンは周りを探りながら泳ぎ続け、不意に魔力の残滓が視界に映り込む。

  

「(コイツは……レギルスと同じか?)」

 

 ミアが遺した魔力の残滓なら辿った先に居る。そう判断したスヴェンは泳ぐ速度を速めた。

 三分ほど魔力の残滓を頼りに左腕と両足で泳ぎ進むと、息が続かず苦しむミアの発見に至る。

 底に沈んだ彼女に近寄り、ミアの口元から抜き出る気泡に眉が歪む。

 このまま浮上したところでミアが保たない。

 スヴェンは左腕でミアの華奢な身体を抱き寄せ、躊躇なく彼女の小さな唇に自身の唇を重ねた。

 そして口から息を送り込む。するとミアの眉がぴくりと動き、彼女の手がスヴェンの腰を掴んだ。

 

 --まだ生きてるな。

 

 意識を失ったまま反応を示したミアを抱き寄せたまま水上を目指した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 水上に辿り着き、偶然見付けた段差に上がったスヴェンは床にミアを寝かせ、彼女の頬を軽く叩く。

 痛みと衝撃に眉が動き、

 

「う、うぅ……」

 

 唸り声と共にミアが眼を覚ます。

 濡れた髪から水滴を滴らしながら呆然と見詰めるミアに、スヴェンは背を向けながらいつも通りの口調で声をかけた。

 

「意外と早えぇ目覚めだな」

 

 すると濡れた髪を掻き分け、きょとんとした表情を浮かべる。

 

「……ここは? それに私、落ちて溺れて……あぇ?」

 

 ミアは濡れて透けた自身の衣服に視線を落とし、次第に自身の唇に指を触れ、感覚と感触がまだ残っていたのか顔を真っ赤に染めはじめた。

 

「……あ、あの、何をしたの?」

 

 恥ずかしがることでも無い。そう切り捨てたい衝動と冷たい言葉が幾つも頭に浮かぶが、全て呑み込みただ事実だけを淡々と告げる。

 

「人工呼吸だ」

 

 人工呼吸に対する知識とあの場合で取れた選択肢にミアも理解が及んだのか、自身を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸を繰り返した。

 

「私にとってはじめて……スヴェンさんは、そうでも無いんだよね?」

 

「傭兵をやってりゃあ嫌でもな。アンタも心肺停止状態の奴にすることもあんだろ」

 

「そうかも……もしもスヴェンさんがそうなった時は遠慮なくしてあげるよ」

 

 そんな言葉にミアの顔だけに視線を向ければ、精神的に余裕が生まれたのか小悪魔のような笑みを浮かべていた。

 自身が心肺停止に状態に陥る状況となれば、戦闘時の負傷や出血多量、戦闘に関して言えばあらゆる方法で心臓が一時的に止まることもあれば止めることも有る。

 

「そん時が訪れねえように気を付けるか」

 

「くしゅん! 訪れないといいけど、その前にアンセムとアシュナは?」

 

「二人は恐らく上層だが、ここが遺跡のどの辺りかはさっぱりだ」

 

「うーん、アンセムさんが居たら魔法で炎を出して貰ってすぐに乾かせるんだけどなぁ」

 

 互いに衣服は濡れているが、ミアの服と違って自身のボディシャツは吸った水分を絞り出せばすぐに乾く。

 しかし夏場とはいえ、遺跡の地下に位置するこの場所は周囲の水面と何処からか入り込む風が濡れた身体を冷やす。

 スヴェンは自身のボディシャツを脱ぎ、そのまま水を絞り出すと背後からベチャッ、と数回音が聴こえる。

 

「周りは暗いけどさ、こっち向かいでよ?」

 

 言われるまでもなく背後を振り向くことなどしない。

 これまでにそういった事が起き無いように細心の注意払っていたため、事故に遭遇したことは無い。

 ただ遺跡内部に蔓延るモンスターの警戒は必要だ。

 前方には暗がりの中に続く石床の一本道、それ以外は水面で開けた場所に位置する此処はモンスターから身を隠す術が無い。

 エリシェが鍛造したガンバスターのおかげで戦闘面は随分と楽になったが、それでも油断できないところがモンスターの厄介さだ。

 

「向かねえよ……だが、背後の警戒は任せる」

 

「うん、警戒も大事だけど少し休憩もしない?」

 

 ミアの身体は冷え、体力を消耗しているのは見なくとも判ることだ。

 スヴェンは床に座り、右手にガンバスターを握り締めたまま思考を重ねる。

 現在地の把握と二人だけでモンスターの対象、それ以前の問題として如何にして二人と合流するかどうかだ。

 運良くアンセムとアシュナがこの階層まで到着することに越したことは無いが、いっそのことの目的の最奥を目指すか。

 スヴェンが思案してると濡れた背中にミアが背中越しに寄り掛かった。

 彼女の濡れた長い青髪と体温が背中に感じる。

 

 --状況に絆されたのか知らねえが、気を許し過ぎじゃねぇのか?

 

 スヴェンはミアの行動に眉を歪め、距離を取ろうかと思案すれば、

 

「寒いから少しだけこのままにさせて。それに、風邪は治療魔法で治せないから」

 

 少しでも暖を取りたい。ミアの思惑を理解したスヴェンは、不本意な状況に眉を寄せた。

 お互いの濡れた身体で身を寄せ合ったところでたかが知れてる。  

 立ち上がろうと腰に力を入れ始めた頃、

 

「あのねスヴェンさん……正直に言うとね? 落下した時にあなたに見捨てられるんじゃないかって」

 

 ぽつりと不安と恐怖心を口にした。

 スヴェンは立つことを辞め、無言で彼女の声に耳を傾ける。

 

「水中に落下して、必死に踠いても身体は浮かず沈むだけ……このまま溺死するじゃないかと、ほんとは、不安で怖くて……」

 

 弱々しい声は涙声に変わる。

 なにか気の利いた言葉を掛けるべきか。

 あれこれ思案したが、結局どんな言葉もたいして思い浮かばない。

 悪手だと理解しながら背後で啜り泣くミアに無言を貫く。

 

「ぐすっ……でも、スヴェンさんはいつも私が危ない時は助けてくれて、あの時も手の伸ばして今回も助けに来てくれた……」

 

 ミアの言葉にスヴェンは、彼女が落下した時に浮かんだ感情と単語が頭に駆け巡る。

 気の利いた言葉で取り繕うか、それともあの光景に何を想ったか正直に話すべきか。

 あの落下から水中到達までの間、『生きていると信じていた』などと死の恐怖に直面したミアに嘘を語るべきでは無い。

 

「正直に言えば俺はアンタが落ちた時は助からないと半ば諦めもしたさ。だが、アンタは水中に落ちて生き延びた……やべぇ状態にも関わらず魔力の残滓を遺してな」

 

「……ああすればスヴェンさんなら見付けてくれるって信じてたから」

 

「次は助かるとも限らねぇよ」

 

「口ではそう言うけどさ……っ、今更だけどお互いに裸で話すことでも無いよね」

 

 どうやら落ち着いたからこそ、冷静に戻ったミアに羞恥心がぶり返したようだ。

 

「どうやら落ち着いたらしいな……詳しい話は服を着てからでも遅くはねぇだろ」

 

 そう切り出したスヴェンは互いの衣服が乾くまで、背中合わせでモンスターを警戒しながら待つことに……。

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