スヴェンとミアが同時に大部屋に踏み込むと突如として眩い光が溢れ出る。
咄嗟にミアを庇うように背に隠したスヴェンは、ガンバスターを構えながら眼を腕で覆い隠す。
光は一瞬とも思える刹那に収まり、スヴェンとミアの鼻に濃密な血と硝煙の臭いが漂う。
テルカ・アトラスで感じられないと思っていた硝煙の臭いにスヴェンの胸がドクン、ドクンっと高鳴る。
ゆっくりと眼を開ければそこには石造りの大部屋の姿は無く、有るのはスヴェンが本能的に追い求めて止まない、されどもテルカ・アトラスでは手を伸ばそうが届かない戦場の姿が在った。
スヴェンは背後で怯えるミアを他所にゆっくりと辺りを見渡す。
--この光景、あの死体の山、無惨に散らばる武具、ここはあの時の戦場か。
テルカ・アトラスに召喚される直前、此処は紛れも無い覇王エルデと対峙していた戦場だ。
同時にスヴェンは壁に刻まれた文字を思い出す。
『汝にとって強きもの』と。そしてミアは記憶から再現すると推測を口したが、嗅覚から得られる情報は間違いなく本物だ。
記憶から再現された幻覚の類いかと思ったが、感じる五感が本能的にこの光景は本物だと語る。
「スヴェンさん……この光景って……げほっ、げほっ、それにこの酷い臭いは?」
スヴェンは嗅ぎ慣れない硝煙の臭いに咽せるミアに視線を向けた。
「ここは俺が召喚される直前に居た場所だ」
「ここが? でも記憶の再現で臭いまでは……あっ、でも記憶に根深く刻まれてるものなら再現可能かも」
何処まで魔法は便利なのか。ミアのおかげで戦場の熱が急速に冷える。
もうこの戦場が再現された時点で出て来る者は決まっている。そんな奴を相手に冷静さを欠いては勝ち目は無い。
「魔法は便利だが、此処に現れるアイツをどこまで再現できるかだな」
「うーん、印象が深ければ深い程再現度は高いかも。ただ、相手が何をしたのか理解できないと再現度も低下する」
それはかなりのヒントと思えた。
記憶の再現、それは読み取った対象の記憶に焼き付いた一部分をコピーし現実に再現する。
記憶の再現なら記憶の中以上の行動も出来ないのではないか?
そんな疑問を他所に戦場の中心に黒いもやが生じ、推測を頭の隅に追い遣ったスヴェンはガンバスターを構え直す。
そして下丹田の魔力を体内に巡らせた。
やがて黒いもやは人の形に変化し、絹のようにきめ細やかな美しい銀髪の持ち主がヘルズガンとプラズマソードを片手に身構える。
はっきりと再現された覇王エルデは、息を乱しながらも哀れみと悲しみ入り混じった眼差しで薄く笑いかけた。
「貴方が残ったんだね」
同時に強烈な殺気と覇気がスヴェンとミアを威圧する。
華奢な少女から想像だにしなかった殺気に威圧されたミアが、息を荒げ強く杖を握り込む。
「……っ! 一瞬、意識を失いかけた! スヴェンさん、あの人は誰なの?」
「世界に喧嘩を売った強者だ」
「世界に……私には想像が及ばないけど、出来ることはなに?」
「後方で治療、奴の左手に持つ武器の直線に立つな」
それだけ告げるとミアは頷き、同時にエルデのプラズマソードが視界の端に映り込む。
スヴェンはガンバスターの刃で受け流し、プラズマソードの刃を押し返す。
するとエルデは後方に飛び退き、一瞬で視界から姿を消す。
見失ったエルデに対してスヴェンは、本能的にミアを連れて真横に跳んだ。
するとヘルズガンの銃口が火を噴き.500PMマグナム弾が戦場の地面を穿つ。
--コイツの動き、偶然か?
さっきほどのエルデの動きは問答から初撃の動きだった。
記憶の再現によるエルデの戦闘、もしも浮かべた推測通りなら次に彼女がどう出るのか、思考を挟む前に身体が自然に動く。
銃弾を辛うじて避けた過去のスヴェンは、エルデの放つ斬撃を受けた。
「させるか!」
スヴェンは身体に刻まれた体験と経験をもとにガンバスターを薙ぎ払う。
するとプラズマソードを振り抜かんと迫っていたエルデの華奢な身体を刃が傷付ける。
鮮血が戦場に舞いながらエルデは、再びヘルズガンの銃口を向けた。
--あの時はプラズマソードに斬られたが、銃弾は避けたんだったな。
避けた途端に震脚から拳を放たれ、肋骨にヒビが入った。
ここまでのエルデの行動は全てスヴェンの記憶通りの動きだ。
最初から決められた行動通りにしか動けない相手など、次に何をするのか判っていれば先手を取ることは造作も無い。
視界端でプラズマソードをヘルズガンを右腿のホルスターにしまい、拳を構えるエルデに対し、スヴェンは魔力を纏ったガンバスターの刃を戦場の地面に叩き付ける。
そして土の感触とは到底かけ離れた石床の感触がガンバスター越しに伝わり、魔力を纏った衝撃波がエルデに向かう。
今まで魔力を纏った衝撃波を放てば体力がごっそりと消耗していたが、竜血石のガンバスターのおかげで疲労に襲われることもなく、衝撃波が無防備に佇むエルデを飲み込む。
魔力を纏った衝撃波をまともに直撃したエルデは、痛々しい姿で血を流しながら地面に仰向けに倒れていた。
そんな彼女の姿--元の世界に戻り殺すべき相手の姿に、スヴェンは激しい不快感と険悪感、そして記憶を穢された怒りに静かにガンバスターの柄を握り締める。
分かっていた。記憶に縛られたエルデの対処が簡単なのも。何よりもデウス・ウェポンを変えたいと願い戦争を仕掛けたエルデの本心や想いなど自身は知らない。
彼女がどれほどの強い意志を持っていようとも、根っこの部分では理解はできない。理解できないからこそ記憶の再現に引っ掛からない致命的な弱点だ。
エルデの強さの根幹に有る肝心な物が欠けた再現体に、
「所詮は行動が決められた模倣、か」
怒りを言葉と共に吐き捨て、感じる視線をゆっくりと探る。
それは決してミアのものでもなければ、ましてや倒れているエルデでも無い、戦場の隅で様子見を決め込む第三者だ。
スヴェンは戦場の隅を睨み、そして躊躇無く
衝撃波が戦場の隅に飛ぶも、突如として出現した魔法陣によって衝撃波が防がれる。
姿も気配も無いが、視線の持ち主は間違いなくそこに居る。
「記憶の覗き見、いい趣味してんな」
言葉をかければ小さな吐息が響き、
『今は姿を見せない、挑発も不問にする。汝らを最奥で待つ』
そんな言葉と共に視線が一切感じられず、立ち去ったのだと理解が及ぶ。
やがて大部屋は元の石造りの大部屋に戻り、倒れていたエルデの姿もそこには無かった。
「スヴェンさん、怒ってるの?」
静かに訊ねるミアにスヴェンは、既に怒りは収まったと肩を竦めて見せる。
ミアはそれに安堵した様子を見せ、
「…… それにしても姫様にも負けず劣らずの美少女だったね。スヴェンさんとあの人はどんな関係だったの?」
そんな事を訊ねてきた。
「俺がデウス・ウェポンでやり残した仕事だ」
「……スヴェンさんはあの人と戦ってたんだね。でも悪い人には見えなかったけど」
「戦争に善悪なんざねぇよ。俺は企業連盟に雇われた傭兵としてアイツと戦ったに過ぎねぇ」
「……あの光景がスヴェンさんが傭兵とした体験してきた戦場かぁ」
先程の光景を思い出したミアの肩は震えていた。
それは無理もないことだ。戦争を知らずに育った者が、あの死体の山を見せられては恐怖を感じないなど有り得ない話だ。
これで多少なりともミアが自身から距離を置けばいいのだが、
「さっきの光景は私なりに受け止める。それに此処で迷うより最奥を目指して、覗き魔を一発ぶん殴ってやる!」
スヴェンの考えとは裏腹に、ミアは拳を握って視線の正体に怒りを向けていた。
そして歩き出すミアに促されるまま、スヴェンは最奥を目指して大部屋を立ち去った。