傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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2-7.技術研究部門

 五月二十四日。暖かな陽射しが差す中、エルリア魔法騎士団と戦闘訓練を終えたスヴェンが東塔の城内を歩いていると。

 

「おや? もしや貴殿が……」

 

 すれ違ったモノクロメガネの中年の男性が歩みを止め、スヴェンは思案顔を向ける彼の視線に足を止める。

 

「俺に何か用か?」

 

「ふむ、貴殿はもしやスヴェン殿に違いないかね?」

 

 スヴェンは訝しげな姿勢を向けるとモノクロメガネの男性が軟らかな笑顔を見せた。

 

「失礼、我輩はクルシュナ。技術研究部門の副所長を務めている者だ」

 

「技術研究部門つうと銃弾を預けた……」

 

「うむ、もし貴殿が良ければ我々の研究室に御足労願っても?」

 

 今後の弾薬補給の件を考えればクルシュナの提案を断る理由が無い。

 スヴェンは頷くことで彼の誘いに応じ、

 

「おお! ではこちらへ」

 

 廊下を歩き出すクルシュナに付いて歩く。

 廊下を抜け、西塔の庭に出たスヴェンは井戸の前で足を止めたクルシュナに訝しげな表情を浮かべた。

 まさか入り口が井戸底に? そんな疑いの眼差しを向けるスヴェンを他所にクルシュナは、

 

「隠されし道よ、開きたまえ」

 

 呪文を唱えた。

 突如スヴェンの目の前に有った井戸が消え、代わりその場所に魔法陣が現れる。

 

 ーー魔法は何でもありなのか? 

 

 確かに存在していた井戸が消えたことにスヴェンは驚きを隠せずーークルシュナの微笑ましげな瞳に肩を竦める。

 

「どうなってんだ?」

 

「井戸を触れば確かな手触りと感触が有るが、井戸は質量を待った幻覚でしてな。我々職員の固有魔力のみに入り口が開かれるのだ」

 

「秘匿性の高え入り口だな……ま、技術開発ならそれだけ用心するに越した事はねえか」

 

「さよう、我々は裏切りに備えておるのでね」

 

 裏切り。確かにこの城内に裏切り者が居ないとも限らない話しだ。

 スヴェンの中で城内に潜む裏切り者を想定しつつ、目的は封印の鍵の所在だと当たりを付ける。    

 他にも城内の警備配置、内部情報、国営に不利な情報など様々な事柄が浮かぶが、邪神教団が内通者や裏切り者を利用する目的とすれば封印の鍵の所在だろう。

 それに最悪なケースだが、異界人が裏切り内部情報を初めとした不利になる情報を流さないとも限らないのだ。

 

「その慎重な姿勢と疑心、好ましいな」

 

「お褒めに預かり光栄の至り。では、時間も惜しいので詳しい話しは中でしましょうか」

 

 そう言ってクルシュナは魔法陣に入るように促す。

 スヴェンが魔法陣に入ったその瞬間! 視界が歪み、ワープにも似た感覚が襲う!

 

 ▽ ▽ ▽

 

 魔法陣による転送の先ーー転送先は淡く青い発光色を放つ壁、職員が魔法を操り、何かの装置が動く光景が広がっていた。

 スヴェンが魔法陣から出るとクルシュナが現れ、

 

「ささ、奥へ!」

 

 促されるままに研究室を進む。

 その傍ら物珍しい様子で観察する視線にーースヴェンは鬱陶しさを覚えたが、彼らの技術力によってはこちらの力になる。

 そう考えれば彼らを無碍に扱うことなどできない。

 

「あの者がアレを預けた異界人か」

 

「そうみたいよ。異界人が持ち込む道具はどれもつまらないものだったけど、久しぶりに面白い仕事ができたわぁ」

 

「あぁ、量産したところでスヴェン殿の武器が無ければ意味を成さないからね。盗用されたとしても一定の安全性は有る!」

 

 そんな研究者の会話にスヴェンは漸くクルシュナに口を開く。

 

「銃弾が完成したのか?」

 

「数日後には旅立つ貴殿に合わせ、どうにか形だけは成したのだが……」

 

 そもそもテルカ・アトラスに銃が無い。

 そのため銃弾が完成したところで撃つための武器が無いのでは試験もできない。

 ここにスヴェンが訪れ、銃弾をはじめて撃つことで彼らの研究が実るのだ。

 

「試し撃ちは願ってもねぇよ、銃弾は俺の命を繋ぐ商売道具だからな」

 

「いやはや、これで漸く完成に漕ぎ着けるというもの」

 

 そして奥の作業場に到着したスヴェンは、机に置かれた二発の銃弾に眼を見開く。

 僅か三日で二発も製造した。これで完成すれば銃弾の安定供給も叶う。

 さっそくスヴェンは.600GWマグナム弾と全く同じ銃弾を、ガンバスターのシリンダーに装填する。

 周囲を見渡すと障壁を展開している壁に気付く。

 

「あの壁に試し撃ちを、強度はブルータスの障壁と同規模ですぞ」

 

 なるほどと、スヴェンは鋭く笑みを強めた。

 ガンバスターの最大射程ーー800メートルまで距離を取る。

 そして銃口を障壁に向け構える。

 クルシュナをはじめとした研究者の緊張がーースヴェンの肌に伝わる。

 そして、スヴェンは狙いを定め引き金を引いた。

 ズドォォーーン! 一発の銃声が鳴り弾丸が真っ直ぐ障壁に放たれーー弾丸は障壁に阻まれた。

 惜しむ研究者達を他所にスヴェンは前回の結果を踏まえ、口角を吊り上げた。

 

「上出来だ」

 

「おや? なぜですかな、銃弾は障壁を貫けなかったのですぞ」

 

「よく見てみろ」

 

 クルシュナは言われた通り障壁に視線を向け、そこではじめて気が付く。

 床に弾丸が落ちず、障壁に依然として弾丸が嵌まったままなことに。

 

「前回は虚しくも弾かれたが今回は違え」

 

 あと二発、三発撃ち込めばブルータスの障壁程度なら貫けるだろう。

 まだ弱い分類のブルータスが展開する障壁に対する成果だ。決して手放しでは喜べないが、着実な進歩にスヴェンは一人納得した。

 

「ふむ、改良の必要性ありと。時にスヴェン殿は魔力を込めましたかな? 銃弾の雷管部分に小さく魔法陣を刻んだのですがな」

 

 言われてスヴェンは銃弾の雷管部分を見る。

 意識を集中すれば雷管部分に細かく刻まれた魔法陣の存在にはじめて気付く。

 

「気付かなかったが、次は魔力を込めてみるか」

 

 まだスヴェンは利腕にしか魔力を宿せない。

 ガンバスターの柄を通して銃弾から銃口に宿すーーまだ至難の技だが、依頼を達成する為に習得する他にない。

 スヴェンは再びーー今度は銃弾を一発装填し、銃口を向ける。

 今度は魔力をガンバスターに流し込むように強く意識を集中させて。

 だがスヴェンが思うようにガンバスターに魔力が流せず、魔力が宿らない。

 大柄なガンバスター全体、更に細かく銃機構に魔力を流せないのはスヴェンの努力が足らない証拠だ。

 

「なるほど、スヴェン殿はまだ魔力制御が完璧では無いようですな」

 

 スヴェンは構えを取り肩を竦める。

 不甲斐無いと感じる反面、スヴェンの闘志は何が何でも魔力制御を物にして見せると燃え上がった。

 

「時に吾輩気になるのですが、普通の壁に撃った場合の威力は如何程なのだろうかと」

 

 クルシュナは愚か研究者の『気になる! 撃って見せて!』と言いたげな強い視線を受け、銃口を壁に構える。

 

「念の為に聞くが壁の向こうは?」

 

「此処は地下室ですからな、壁の向こうは土壁ですぞ」

 

 それを聴いたスヴェンは躊躇なく引き金を引く。

 耳をつん裂く銃声が研究室に響くーー同時に破壊音と土埃が研究室を襲った。

 弾丸は研究室の壁を何層も破壊し、一発の弾丸によって生み出された破壊の跡にクルシュナ達は驚愕した。

 

「まさか! 防護陣を機能させてないとはいえ強固な造りの壁を貫くとは!」

 

 クルシュナ達の驚き以前にーースヴェンは防護陣の存在に驚愕する。

 

「聞くが何処の建物にも防護陣は備わってんのか?」

 

「あれは維持に定期的な魔力供給が必要、故に防護陣は重要施設となりますな」

 

 エルリア城の防護陣がどの程度の強度か全く想像できないがーーシェルター並みと仮定すれば.600GMマグナム弾で防護陣を貫くことは不可能と言えるだろう。

 ふとスヴェンは気付く。.600GMマグナム弾はGMメーカーの銃弾だ。

 此処で製造された銃弾は名を改める必要が有るのではないかと。

 

「では我々は、貴殿の出発までに.600LRマグナム弾の量産を続けよう」

 

 既に銃弾の品名を付けていることにクルシュナを抜け目のない御仁と評した。

 

「頼んだ。……あー、ちなみに聞くが一発の製作にいくらかかる予定だ?」

 

「プロージョン鉱石の粉末を収める薬莢と雷管はスヴェン殿の提供品。我々が一から製造したのは弾頭のみですから安く済みますが……まともに一から製造ともなればアルカ銅貨210枚ですかな」

 

 デウス・ウェポンの弾頭は一つ十五ポイント。

 銃弾一発の価格が二百ポイントになる。

 アルカ銅貨一枚が何ポイントに相当するのかは判らないが、恐らく製造コストはテルカ・アトラスの方が遥かに安いのだろう。

 利益にもならない製造では有るが。

 つい傭兵として弾薬補給と取引先の利益を考える癖が出たことに苦笑を浮かべる。

 そんなことよりも彼らに礼を告げるのが先決なのだ。

 

「銃弾の製造、心から感謝する。……アンタにはこれから世話になるな」

 

「それは我々の方ですぞ。今回の弾頭作製といい、新たな魔法の知見を広げることもできたのでね」

 

 スヴェンとクルシュナは互いに握手を交わし、スヴェンの銃弾に対する知識を彼らに伝えーー友好を深め、自室に戻ったのはすっかり夜も深まった頃だった。


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