アンセムに別れを告げたスヴェン達は、瑠璃の浄炎を封じ込めた封炎筒を片手に小型転移クリスタルでエルリア城の地下広間に転移していた。
大型転移クリスタルの光と共に地下の硬い床に着地したスヴェンは、周囲を見渡しては壁から感じる視線に警戒心を宿す。
久し振りにエルリア城に帰還して不審な視線が出迎えた。傭兵として無視もできないスヴェンはミアとアシュナの驚愕を他所にガンバスターの刃を壁に突き刺した。
硬い壁を貫いたガンバスターの刃に血痕は流れず、気配が遠退く様子に舌打ちを鳴らす。
「逃したか……いや、地下空間の壁には人が通れる通路があんのか?」
「急に壁を突き刺したと思えば、そういうことなのね。その件は姫様に相談してみない? 城内に隠し通路が在るなんて話しは私も聴いた事が無いしさ」
それが賢明な判断とも言えるが、正直に言えばレーナには不安要素を与えたくは無い。
瑠璃の浄炎を得た結果報告と保険の用意。二つの報告を告げるために一時的に帰還したに過ぎないのだ。
だが、謎の気配も放置しては内部工作の隙を招くことにもなる。
傭兵としてどちらが賢明な判断と言えるのかは、もはや考える余地も無いのは明らかだ。
「姫さんに報告するにしても現在時刻は何時だ?」
「うーん、地下室はあまり人が訪れるような場所じゃないからなんとも言えないけど、先ずはエントラスホールだね」
確か地下室から上がれば、先に着く場所はエントラスホールだ。そこには窓も有れば魔法時計も備わっているため現在時刻を把握するのは容易い。
それに時間帯問わず見張りの騎士や使用人が誰かしら居る。そこからクルシュナに取り次いで貰えば多少は気楽にもなる。
スヴェンは漠然と予定を立て、お腹を空かせたアシュナに振り向く。
「アンタは先に食堂にでも行って何か食って来い」
「ん。そうさせてもらう……それに別口でオルゼア王様に報告義務も有る」
アシュナはそうい言うと音も立たず、目の前から忽然と姿を消しては地下室から立ち去った。
相変わらず素早く隠密に長けた技術を有する。だからこそアシュナは魔王救出の要の一つにたり得る。
アンセム達に姿を見られ、そこから邪神教団に露呈しないかとという点だが、彼らはまだ孤島諸島に居るためテオドール冒険団から情報漏洩は無い。
逆に首都カイデスでは国の経済状況から金欲しさにあらゆる情報を売りかねない懸念材料が転がっているのも明白だ。
スヴェンは思考半分にミアと共にエントラスホールに足を運ぶ。
▽ ▽ ▽
エントラスホールの窓から差し込む月明かりと魔法時計に視線を向けたミアは、
「21時……そんなに時間が経過してたんだね」
息を吐きながら肩を落としてみせた。
流石に食事も摂らないまま続いた遺跡探索で彼女も疲れたのだろう。
スヴェンは鎧の金属音と足音に耳を傾け、魔法騎士団の見張りがこの場所に近付いてると察し、同時に自分達が死亡扱いを受けていることを思い出す。
「……そういや、死んだ扱いだったな」
「ゴーストって殆ど見掛けないけど、騎士は聡明な人が多いから大丈夫じゃない?」
ミアが気楽に語り、内心で面倒が無ければそれで良いと思えば、ガシャンっ! 物音がエントランスホールに響き渡る。
二人で音の方向に視線を向ければ、床に腰を抜かした若い騎士が顔面蒼白で声を震わせながら、
「……し、死んだはずのスヴェンとミアがっ!? っあ、出たぁぁぁぁー!!」
どうやら偶然出会った騎士は聡明とは言い難いようだ。
絶叫を放った騎士の悲鳴に続々とエントラスホールを目指し、金属音が鳴り響く。
その中に事情を知るラオ辺りが居れば話しは速いが、スヴェンは妙な期待感を捨て呆れたため息を吐く。
「落ち着け、死者ってのは饒舌に喋るものか?」
騎士に冷静になるように声を掛け、騎士はハッとした様子でゆっくりと息を吸い込む。
やがてこちらをじっと見つめては、自分達が生きてると気付いたのか、安堵の息を吐きながら立ち上がった。
「な、なんだぁ〜生きてたのか。二人は死亡したものだと報告が挙がってたからてっきり」
「その辺の事情は姫さんが把握してる」
「あ〜なるほどね。ジルニアにエルロイ司祭が出現し、アンドウエリカ達と交戦したとも聴いてるからなぁ」
「……だからカノン先輩は嘘の情報を流したんだ。という事は下手をしたらエルロイ司祭に追撃されてたかもしれないね」
「上手く行ったかは判らねえが、パルミド小国で邪神教団らしき気配は感じなかったな」
エントラスホールに続々と魔法騎士団が集まる中、彼らはこちらの顔色から生きていたと判断し、静かに身を翻した。
「さあ全員持ち場に戻れ〜! 西塔三階警備の者は使用人に二人が帰還したことを姫様に報告するように伝言を伝えろ」
警備部隊の隊長らしき騎士の指示を受けた騎士が、急ぐようにその場を駆け出して行く。
--柔軟性が高え連中だな。
組織としての柔軟性を持ち合わせた魔法騎士団に舌を巻いたスヴェンは、目の前の騎士と情報交換を続ける。
「国内でも見張っていた邪神教団の部隊がヴェルハイム魔聖国に撤退を確認してるが……同時に南部の国境線が緊張状態に落ちた」
スヴェンが南部の国境線に疑問を浮かべる中、ミアが驚き目を見開く。
「ミルディル森林国に何が起きたの!?」
「詳しい事は分からないが、オルゼア王の命令でラオ副団長が部隊を率いて国境合同訓練に出向いているのさ」
南部の国境線でミルディル森林国の兵士が武装し、軍を展開してるとして--それが邪神教団の計略によるものなら両国の合意による合同訓練の名目でなければ魔法騎士団は動かせない。
そうでもしなければ魔王アルディアに対して邪神教団がどう動くのか。
北と南からエルリアが挟み込まれた状況で魔王を人質として温存しておく理由がまだ有るとすれば、まだヴェルハイム魔聖国の封印の鍵が連中の手に堕ちていないっと推測が浮かぶ。
だが、それも時間の問題だろう。
「俺達も急いだ方が良さそうだな」
「確かに急ぐに越した事は無いけどよ、一泊ぐらいはした方がいい。きっと姫様だって直接報告を訊きたいだろうしさ」
そう悠長に言ってられる状況でも無い。むしろ南部の国境線で行われる擬似的な戦場に参戦したいと傭兵としての本能が疼いている。
そこにもどかしさを感じる中、ゆったりとした足音がエントラスホールに響き渡り、
「左様、騎士殿の言う通りだよスヴェン殿」
クルシュナの声にスヴェンとミアが振り向く。
「アンタか。例の物はここに……転移クリスタルでいつでもあの場所に行けるが、どうする?」
「保険はあと一歩の所まで完成しているがね、やはりサンプルは必要でね……すまないが我輩をその場所まで案内してくれまいか?」
「了解した。ミア、アンタは先に飯でも食っておけ」
「いいの? 私も同行した方が良くない?」
祭壇の大部屋に危険は無い。
それに残業やサービスも傭兵としての役目だ。
「いや、アンタの疲れ切った顔を見てるとこれ以上振り回すのはなぁ」
「む、そう言われると無理強いし辛い」
「安心したまえ、彼と共に行くのは我輩だけでは無い。技術開発部門の研究職員達もだ」
クルシュナが笑みを浮かべながらそう告げると、ミアは納得した様子で大人しく引き下がった。
それだけ技術開発部門の研究者は魔法の腕も立つのだと証明にもなる。
「そんじゃあささっと済ませてしまうか」
スヴェンはクルシュナと共に地下広場を目指す前に足をとめた。
地下広場で感じた不審な視線と気配に付いてどうにも引っ掛かりを覚える。
ミアと騎士が疑問を宿した眼差しを向けるも、疲れているのかエントラスホールを静かに立ち去る。
この場にスヴェンとクルシュナだけが残され、
「そういや、地下で不審な視線と気配を感じたんだが何か心当たりは有るか?」
技術開発部門の副所長の彼に訊ねた。
「不審な気配……我輩も以前、アンノウンの遺体経過報告にオルゼア王の執務室を訪れた時に、不審な気配を感じたものですがな。しかしだとすればオルゼア王が何かを隠してるの明白」
「……ソイツはオルゼア王が関与してるっと捉えてもいいのか?」
そう訊ねればクルシュナは楽しげに頷くばかり。
事の真意がどうであれ、娘のレーナを大切にしてるオルゼア王が彼女を危険に曝す行為はしないだろう。
考えられるのはオルゼア王の知人か。存在を隠す必要が有る最重要人物の可能性。
その可能性が考えれる以上、下手に藪を突く真似は逆に危険を招くことになる。
一度ガンバスターを不審な気配に向けて突き刺したが、今にして思えば少々軽率だったのは歪めない。
スヴェンはいま考えても仕方ない事だと切り捨て、歩き出した。
その後エントラスホールを出た二人は研究職員達と合流し、転移クリスタルで再び祭壇の大部屋に戻るのだった。
そこで燃え続ける瑠璃の浄炎を目にした研究者達が、興味と関心を示し多数のサンプルと実用的な発明を幾つも話し合うことに--スヴェンが頼んでいた保険の改良も含めて。
同時に研究者を交えた瑠璃の浄炎を運用した作戦に付いても話し合い、スヴェンは一つの選択に頭を悩ませながらもゆっくりと結論を導き出す。
▽ ▽ ▽
スヴェンがクルシュナ達と話し合ってる頃、食事を済ませたミアはレーナの執務室に招かれていた。
レーナは書類に羽ペンを走らせ、疲れ気味に眉間を伸ばしてはミアに笑みを向ける。
「久しぶりね、変わりは無いかしら?」
「えぇ、スヴェンさんもアシュナも私も変わりは無いですよ」
スヴェンは不在だが、レヴィとして接してる内に彼女を友人として見るようになった影響か、以前ほどの緊張感は無い。
ミアはレーナに微笑みを浮かべ、
「姫様、孤島諸島から一時的に帰還しましたことを改めてご報告させて頂きます」
朗報が有ると告げればレーナの表情が疲れを吹き飛ばんさんと明るくなる。
「テオドール冒険団を率いるアンセム・テオドールさんのご協力のおかげで孤島諸島に眠る瑠璃の浄炎を持ち帰ることができました!」
「そう! それは朗報だわ! 後でテオドール伯爵に感謝状を贈るとして……スヴェンはどうしたのかしら?」
スヴェンの不在に付いて訊ねるレーナにミアは苦笑を浮かべた。
彼も疲れてる筈なのに別件を熟している。傭兵だからなのか、それとも彼の根が真面目な性格がそうさせているのかは分からないが、孤島諸島に戻るのは明日でも良かった筈だ。
ミアは小さくない不満を隠しながらレーナに答える。
「スヴェンさんはクルシュナさん達と孤島諸島に出向いてますよ」
「はぁ〜研究熱心なのも良いけれど、少しはスヴェンも休むべきね」
「でもその話をすると温泉宿で十分休んだって答えそうですよ」
「……温泉宿、ね。貴方達が死域を突破したあとエルロイとアウリオンが温泉宿に現れたそうよ」
もしもあの時、ドラクル討伐完了まで滞在を選んでいたら。
温泉宿に現れたエルロイ司祭と戦闘に入り、損害を被るか全滅していたか--それともスヴェンの戦闘能力と封印の鍵で作戦が露呈していた可能性も考えられる。
ミアは内心で少しでも選択肢を間違えれば危うく全てが台無しになっていたと肝を冷やした。
「危なかったぁ! カノン先輩の作戦も無かったらどうなってたんだろう」
「そうねぇ、追撃は続いていたと思うわ。それにアウリオンもエルロイの前じゃあスヴェンに対して手を抜けないから、相当危険な状況になっていたのは間違いないわ」
本当に何かのきっかけで事態が好転もすれば悪化もする。
同時にミアはジルニアで出会った邪神教団の二人組とラウルの顔が浮かぶ。
彼らも何かのきっかけで道を選べたのか、その事が気懸りで把握してるだろうレーナに三人に付いて訊ねた。
「姫様はジルニアのラウルくんと邪神教団の二人組に付いて何か知ってますか?」
「もちろん知ってるわよ。三人とも保護観察を受けることになったけれど、近々ラピス魔法学院に編入予定になってるわ」
「そうなると三人とも中等部に編入ですか」
ミアの呟きにレーナは静かに頷く。
魔王アルディアの救出が終われば予定通りにエルリア城で治療師の職務に戻ることになる。
幸いラピス魔法学院とエルリア城は隣接してるため、何か休憩の合間に様子を見に行ってもバチは当たらないだろう。
「今日はスヴェンも来そうに無いわね」
スヴェンを労いたいのか、それとも単純に彼と話すことを楽しみにしていたのか、レーナは少しだけ残念そうな表情を浮かべ吐息を漏らした。
その仕草と表情だけで絵になるが、間近で見れば見るほどレーナの美しさに胸が躍る。
ミアは敢えて平静を装いながら笑みを取り繕う。
「私の方からスヴェンさんに伝えておきますか?」
「んー、特に用があるわけじゃないのよ。ただ、少しだけ世間話でもっとね」
公務の羽休めに世間話に興じたかった。それなら自分でも充分に思えるが、大人のスヴェンに頼りたい一面の有るのだろう。
なんとなくそう読み取ったミアは敢えて何も言わず、微笑んだ。
「……あと少し、あと少しでアルディアの救出が叶うのね。だけど、貴女達が犠牲になっては何の意味も無いわ。それだけは彼にも伝えておいて」
「えぇ、巨城都市の潜入活動は骨が折れそうですからね……スヴェンさんにも無茶はしないように念を押しておきますよ」
レーナの悲願でもある魔王救出は絶対に達成しなければならないが、そこで死ぬ気は毛頭ない。
まだ故郷を救えていない状態で倒れる気など無い。
「それと貴女達はこれからエルリアで起こる事態を気にせず進みなさい」
ミルディル森林国の状況、北の国境線、巨城都市に集結を始めた邪神教団。
それは、邪神教団がエルリアにたいして大規模な攻勢に出ることに他ならない。
だとすれば出所不明のアンノウンや未だ発見に至らない例の取引相手が気掛かりだ。
だがレーナの不敵な笑みにそれらの杞憂が一気に消し飛ぶ。
ミアは彼女の表情から安堵の息を漏らし、程なくして執務室を退出した。
そして翌日の早朝、クルシュナから保険を受け取ったスヴェンはミアとアシュナと共に首都カイデスのエルリア大使館に大型転移クリスタルで転移したのだった。