氷結閉ざされし魔王
魔王城の王座の間は冷気が立ち込め、アウリオンは白息と共に天井まで届く氷柱に視線を向ける。
その人物は氷柱の中で眠り、美しい長い銀髪が風に揺れることもなく、綺麗な紅い瞳が開かれることも無い。
三年も氷柱の中で眠り、意識で語りかけることもなくただ沈黙を貫くばかり。
完全に静止した魔王アルディアの姿にアウリオンの心が痛む。
--魔王様の解放まであと一歩。
あと一歩の所まで来た。だがその最後の一歩が酷く遠いようにも思える。
噂で聴いたスヴェン達の死亡が真実か如何かは判らないが、あの男がそう簡単に死ぬとは思えない。
アウリオンはまだスヴェンは生きているのだと心中で思いながら、段差に座る人物に漸く視線を移す。
中性的な顔立ちでいながら異質な爬虫類乃瞳を持つ呪われた存在に。
「相変わらずエルロイ司祭は此処から離れないのだな」
「そう邪険にするなよ。わたしはこう見えても人質は慎重に扱う方だ……他の連中は上質な魂と魔力を持つ魔王を生贄としか見てないだろ」
確かにエルロイの言う通り邪神教団の信徒は魔王を生贄として見做している。
しかし、それは軽薄な表情を浮かべるエルロイも同じなのでは?
三年もこの人物の配下として従っているが、未だに何を考えているのか真意が読めない。
「お前は違うともでも言うつもりか?」
「そう恐い顔するなよ。確かに彼女を凍結封印したのはわたしさ……しかし、そうでもしなければならない理由も有るのさ」
「ほう? 是非ともその理由とやらを聞かせ願いたいものだが?」
「生憎とわたしが秘密を話すのは、わたしを打ち負かした者にと決めていてね。それに……あの男なら役に立ってくれそうだ」
エルロイが言うあの男とは一体誰のことなのか? しかし訊ねてもエルロイは指示に関する内容に対してしか話さない。
いまこうして言葉を交わすのも稀で、普段のエルロイなら適当なことを抜かして煙に撒く。
それが何故いまになって舌がよく回るのか。
ー-邪神教団もそろそろ動き出す頃合いということか。
現に巨城都市エルデオンに邪神教団の信徒達が続々と集まり、その数は既に五万を超えている。
スヴェン達を都市内部に潜入させ、最下層部の組織によって支援を行う予定だが、恐らく一筋縄ではいかないだろう。
アウリオンは魔王城と各階層で徘徊する不気味で異形の信徒を浮かべながら、
「それで? 司祭の立場に居ながら此処でのんびりしていて良いのか?」
さっさと何処かへ行けっと邪険に扱えば、エルロイはわざとらしく肩を竦める。
「たまにはサボらないとやってられないのさ。それにお前が魔王を解放しないとも限らないだろ?」
「知っての通り俺には彼女を救う手段が無い。それは貴様も理解してることだろう」
「それだけお互いに信頼が無いと言うことだ」
突然魔王アルディアを凍結封印し、サルヴァトーレ大臣を殺害した連中を誰が信用できるものか。
アウリオンは心の中で巣食う敵意を奥底へ隠し、それでも言葉を吐き捨てる。
「どの口が語るんだか……封神戦争時代から生きたお前ならやり用は幾らでも有ったはずだ」
確かにエルロイに対しては強い敵意が有るが、同時に彼は伝承に記された封神戦争時代を生きた証人だ。
間違いなく知識と経験だけなら彼を凌ぐ者は、同じく邪神に呪われた彼女ぐらいだろう。
アウリオンの素朴な疑問にエルロイは昔を懐かしむ眼差しを虚空に向け、
「永い時を無駄に生きて、未だ最適な解答に辿り着いた試しが無いな」
そんな事を諦観した様子で小さく呟いた。
アウリオンはエルロイから視線を外し、わずかにアルディアに視線を向けては歩き出す。
「もう行くのか? もう少し話に付き合ってくれても良いじゃないか」
「お前が質問に対して全て正直に答えるなら考えるが……お前が出席予定の会議時刻が過ぎてるぞ」
アウリオンは魔法時計に視線を向け、そう告げるとエルロイは慌てた様子でその場から立ち上がった。
そして何も語る事なく走り去って行く。
邪神教団の司祭がそれでいいのか? そんな疑問が頭に一瞬だけ浮かぶ。
アウリオンは浮かんだ疑問を振り払うように頭を横に振り、息を吐き出す。
邪神教団が集った影響で巨城都市内の警備が厳重だ。そして現時点でこちらを監視する視線も有り、迂闊にスヴェンと接触できない状態だ。
一応フェルム山脈に兵士を潜伏させているが、嫌な報告も上がっている。
スヴェン達はフェルム山脈に巣食う脅威を退け、潜入しなければならない。
そして本番は巨城都市に潜入にしてからだ。如何にして邪神教団が蔓延る階層内部を進むか。
最下層に潜伏させた兵士と彼らにスヴェンと共有すべき情報は全て伝えてあるが、果たして互いに信用できるかどうか。
「魔王様、もう暫しご辛抱をっ」
アウリオンは魔王の間から下層の商業区に足を運ぶべく歩き出した。