山頂を目指して山道を進むに連れて空は曇り、雪が降り始めーーそれでもなお歩み続けるスヴェン達を拒むように天候が吹雪へと変貌する。
視界不良と吹雪に奪われる体温と体力、進むのも引き返すのも困難な状況に、
「うぅ〜道は真っ直ぐで良いはずだけど、視界が悪いと何処を進んでるのかも分からないよ」
寒さに震えたミアが隣りで白息と共に呟く。
「危険な状況だな、都合良く山小屋でも有れば良いんだが……モンスターの生息地域に建てねぇか」
「一応登山者用の山小屋が数ヶ所に在るらしいよ」
登山者用の山小屋が在るなら話は変わる。モンスターを襲う存在によってモンスターの数が減っているのか、それらしい姿を確認することはなかった。
悪天候によって危機的な状況に変わりはないが、吹雪を避けるために山小屋に避難した方が得策だ。
「それなら山頂途中の山小屋で休憩が摂れるな」
「……だんだん雪で歩き難い」
いつの間にか隣に移動していたアシュナが、足首まで積もった雪に足を取られ歩行に支障をきたしていた。
吹雪の影響で雪が降る速度も速いが、二人の紫色に染まった唇が体温の低下を知らせる。
凍傷の危険性も伴う状況にスヴェンはミアとアシュナを両脇に抱え、雪道を強く踏み締めた。
そして雪道を一気に蹴り、吹雪の中を走り出す。
「山小屋を見逃さねえようにしてろよ!」
「う、うん! でも顔に吹雪が当たって……つ、冷たぁっ!?」
ミアが事あるごとに喧しいのは今にも始まったことでも無いためさっそく気にもならない。
スヴェンがしばらく吹雪の中を駆け出すと。
「山小屋……見つけた!」
アシュナの指差す方向に視線を向け、一メートルも無い先に木造の山小屋が視界に映り込む。
スヴェンはそのまま山小屋に向けて駆け出し、到着と同時に二人をその場に下ろしてはガンバスターを引き抜く。
山小屋の中に誰か居ないとも限らない。邪神教団なら適当に誤魔化しつつそのまま潜伏に利用する。
魔族なら合流し、彼らと情報共有も可能だ。
だが、邪神教団が招いた外部の戦力が潜伏してる可能性も捨て切れないのも事実。
スヴェンはガンバスターを片手に木造の扉を開け、素早く内部に視線を巡らせる。
レンガの暖炉と獣の毛皮が敷かれな木造の床、壁に吊るされたロープ、壁隅に置かれた山道の補強工具と薪が置かれてるばかりで人影は無い。
安全を確認したスヴェンは二人を先に入れてから、
「着替えだとか先に済ませちまえ」
吹雪で濡れた衣服を替えるように促し、
「わ、分かった! なるべく急ぐから!」
ミアとアシュナが急ぎながら邪神教団のローブを脱ぎはじめ、スヴェンはそっとドアを閉めた。
吹雪が徐々に強まる中、不意に強烈な悪寒と威圧感がスヴェンの身を襲う。
額から冷や汗が流れ、ガンバスターを強く握り締める。
ーー何が居る?
最大限の警戒心で周囲を見渡しながら聴覚を研ぎ澄ませる。
視覚情報は吹雪によって何も得られず、だが微かに羽ばたく音が聴こえた。
モンスターを襲う存在は空を飛び、天候に影響を齎すほどの氷系統魔法を得意としてる。
フェルム山脈を飛ぶ何かと吹雪の中で戦闘など得策ではない。
むしろ視覚外から襲われるのがオチだ。
それでもレーナの依頼を達成する為にここで諦めることなど有り得ない。
スヴェンが上空を睨むように見上げ、不意に何かの影が映り込む。
吹雪の中ーー銀雪の中を飛び回る存在にスヴェンは眼を見開く。
それは旅の中で尤も遭遇したくない存在の影が上空を悠然と飛ぶ。
「……竜王の幻影に匙を投げたが、竜が棲みついていただと?」
だが思い返せば道中でヒントは有った。
巨大な爪痕、モンスターと人間問わず襲う生物の存在。思考の何処かで一番考えたく無い、いや真っ先に警戒すべき存在を対象から外していた己に腹が立つ。
スヴェンは不甲斐ない自身に怒りから拳を強く握り締めた。
ーー俺は愚かだ、危うく油断したまま竜と遭遇し、二人を危険に晒すところだった。
竜王の竜血石で鍛造したガンバスターが何処まで通用するかは賭けにも等しいが、ここに竜が降り立つなら山小屋から引き離す。
意を決したスヴェンがガンバスターを構え、静かに上空を舞う竜に鋭い視線で睨む。
しかし竜の影は何処かへ飛び去り、吹雪だけが舞う。
嗅覚も知性も高い竜がこちらに気付かないなど有り得ない。
ーー竜の気紛れ? いや、竜血石のおかげか?
竜王の竜血石に匂いが残ってるなら竜は敢えて見逃したのか、何方にせよ一時的に危険が去ったに過ぎない。
「警告と捉えるべきか」
スヴェンはガンバスターを背中の鞘に納め、深く息を吐き出す。
次第に解かれる緊張と戦闘警戒。そして背後の扉がゆっくりと開かれる。
「スヴェンさん、もういい……って、なんだか険しい顔してるけど何か居たの?」
スヴェンは中へ入り、一先ず燃え続ける暖炉の前に腰を下ろした。
そして着替え終えた二人に視線を向け、
「過去一番出会いたくねぇ竜種の影を見た」
何を見たのか告げれば、二人は一瞬で血の気が引き、青ざめた表情で吹雪が叩く窓へ視線を向ける。
「こ、こんな時に竜だなんてっ! ……待て? 外の吹雪や道中のモンスターが竜の仕業だとなると……」
「何か心当たりがあんのか?」
「もしかしたら氷竜かもしれない」
「氷竜……外の吹雪や痕跡を考えりゃあ、氷系統を得意としてるとは推測しちゃあいたが、気性は如何なんだ?」
すぐさまこちらに襲い掛からなかった様子から気性が激しいとは思えないが、竜の縄張りを侵す真似は死を招く。
それは何方の世界も共通認識で、かといって避けては通れない状況なら通るしか選択肢が無い。
「大人しいよ……でも氷竜の目撃情報はここ数百年は無かったんただけど、北から来たのかな?」
「間の悪い引越しタイミングだったの?」
だとすれば最悪のタイミングにも程がある。
だが幸いなのは気性が大人しいということだ。
「……引越しってのは、まあこの際仕方ねえと割り切るしかねぇわな。それに言葉が通じるだけ気楽にもなるか?」
「うん、最初は凄く驚いたし、恐怖心が一杯になったけどさ……事情を話して通して貰うしかないよね」
「ん、交戦したくない」
避けられる戦闘は避けるべきだ。スヴェンは二人に同意を示すように頷きーーこのまま警戒を解いて良いのか?
相手は高い知性を有してるが、交渉に絶対応じるとは限らないのだ。
「交渉はするが戦う覚悟はしておけ」
深妙な眼差しで告げれば、二人は覚悟を宿した瞳で頷き返した。
「吹雪が止まない限り如何にもならないけど、それまではしっかり身体を休めなきゃだね」
「あぁ、いつ止むかも分からねえからな。休める内に休んでおくべきだ」
結局その日は吹雪が止まず、三人で寝るには少々狭い山小屋で一夜を明かすことに……。