傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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2-8.異界人の茶会

 五月二十六日の晴れ渡った午後十五時。

 スヴェンは傭兵の自分が非常に場違いな空間に、内心で心底うんざりしていた。

 エルリア城の中央塔最上階に位置する空中庭園、噴水が噴き花壇に囲まれた庭ーー城下町が見渡せ、鮮やかに咲き誇る花の風景はちょっとした気分転換にもなるだろう。

 しかしスヴェンにとってこの空間は似つかわしくない。むしろ場違いだ。

 風景から視線を逸らせば、困惑気味のレーナと三人の少年少女が和気藹々と談笑する姿が映り込む。

 不意にレーナと目が合う。すると彼女は微笑み、

 

「そういえば、スヴェンが元の世界でどんな体験をしたのか全然知らないわね」

 

 話題をこちらに振った。

 それを受けて興味を抱く者、敵意を抱く者、警戒する者ーーそれぞれの視線がスヴェンに集中する。

 

「俺の体験は此処で話すには場違いだ、第一柄じゃねえし守秘義務もあんだよ」

 

 自身の体験話しなど人に語り聴かせるようなものではない。

 スヴェンが断るとレーナが察したのか、

 

「そうだったわね、それなら別の機会に聴かせてちょうだい」

 

 スヴェンはそれに応じるか一瞬迷ったが、雇主に傭兵の危険性を認識させておくには良い機会だと考えた。

 

「その機会が有ればな」

 

「なんならワインでも飲みながら如何かしら?」

 

 スヴェンは少しだけ驚く。

 レーナがワインを嗜む歳には見えなかったからだ。

 

「アンタは酒が飲める歳だったのか?」

 

「この国の飲酒は自己責任と自己判断よ。それに私は16歳だから成人済みなの」

 

「へぇ、自己責任なのか」

 

 スヴェンは未成年の前で飲酒を控えていたが、飲酒に対して制限が無いならレーナに付き合っても問題ないと頷く。

 彼女の立場上、あらゆる方面から振り返る精神的負担も有るのだろう。

 

「なぁ、お前は何歳なんだよ」

 

 訓練所で時折りこちらに敵意を剥き出しーー今も敵意を隠さず苛立ちを募らせた眼差しで睨む黒髪の異界人に、スヴェンは特に気にもせず質問に答えた。

 

「俺は24だ。そういうアンタは?」

 

「15だ、此処に居る異界人は全員同い年で同じ世界出身なんだよ」

 

 彼の言う言葉にスヴェンは成程と納得が行く。

 道理でお互いの共通の話題で会話が弾み、自分は愚かレーナも話題に置いてかれているのだと。

 

「同じ世界から召喚……そういうこともあんのか?」

 

「同じようで実際は何かが違ってる場合も多いわよ。例えばリュウジの世界は戦争が一度も起こらなかったとか」

 

 戦争が一度も起こらない世界。それはある意味で究極的な平和な世界だ。

 戦争を好き好んで起こす者は外道か、戦争経済に飢えた国連と企業連盟。そう言った戦争屋が居ない世界は想像も付かないがスヴェンにとって戦場が全てーーだから戦争の無い世界は退屈で窮屈に思えて仕方ない。

 

「そいつは幸福な世界だな。戦争なんざやるもんじゃんねえ」

 

「戦争屋が言う言葉かよ」

 

 噛み付く竜司にレーナは困り顔を浮かべ、スヴェンは彼の青臭と感情の制御が覚束無い様子に小さく笑う。

 成長した後ーーふとした瞬間に振り返ると黒歴史になると。

 

「なに笑ってんだよ」

 

「別にアンタを笑った訳じゃねぇ。ま、確かにアンタの指摘は正しいがな」

 

 スヴェンは何処まで行っても傭兵だ。

 その本質は金の為に戦争を起こす外道に変わりない。

 そんな当たり前の事がぼんやりと頭に浮かぶと、何故か気を良くした竜司がドヤ顔で言い出す。

 

「ならよ、ミアちゃんを巻き込むなよ」

 

 巻き込んだ覚えも無ければ、彼女の同行はレーナの決定だ。それ以前に本人の意志も有るだろう。

 それに対してスヴェンは一度だけ人選を変えるように言ったが叶うことは無かった。

 同時に竜司の敵意の表れが、何処から来るのかも理解する。

 つまりこの異界人の少年はーー何かを間違えミアに好意を寄せ、こちらに嫉妬を向けている。

 スヴェンからすれば迷惑で非常に面倒だが、竜司の青臭さは年相応の感情だと理解を示す。

 

「巻き込む気はねぇが……そうだな、気になるなら告白の一つでもしてやればいい」

 

 スヴェンの一言に全員が眼を見開く。

 何か可笑しな事を言ったか? スヴェンは周囲にそう言いたげな眼差しを向ける。

 

「貴方から告白なんて単語が出るなんて思いもしなかったわ」

 

 レーナの言葉に竜司は愚か全員が頷く。

 

 ーーそんなに意外だったのか。

 

「……お前はミアちゃんに対して何とも想ってないのかよ」

 

 出会って数日の少女に何を想えば良いのだろうか?

 

「アイツの印象は騒がしいクソガキ程度だな」

 

「そ、そうか」

 

 何とも言えない表情を浮かべた竜司から敵意を感じなくなった。

 これで面倒事の心配は少なくなるだろう。

 女一人を独占したいが為に同僚達の情報を売り、壊滅させた同業は決して少なくは無い。

 スヴェンもそんな嫉妬の暴走に巻き添えを喰らった身の一人だ。

 特に異世界で色恋沙汰の嫉妬に駆られ、スヴェンのあらゆる情報を邪神教団にリークされれば依頼の達成率が極端に減る。

 本心と今後の危険性を考えたスヴェンは、ミアをダシに竜司の敵意を削ぐ事に成功した。

 最も今回は偶然竜司がミアに好意を抱いていると知ったからこそだが……。

 相変わらず場違いな空間から一刻も早く逃れたいスヴェンは、椅子から立ち上がった。

 

「俺はここで失礼させてもらうが構わないよな?」

 

「えぇ、今日は意外な一面が見れて楽しかったわ」

 

 スヴェンは『そいつはよかった』そう一言だけ告げ足早とその場を立ち去った。


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