スヴェン達がフェルム山脈の地下道から巨城都市エルデオンを目指している頃。
エルロイは見晴らし良い上層の展望台からエルリアの国境線に視線を下ろす。
此処でも見える砂塵と魔法による閃光、爆破と熱風。魔族兵を最前列に邪神教団が指揮する戦場で味方陣営が放つ魔法攻撃。
それに対してエルリア魔法騎士団はフィルシス騎士団長を先頭に何も行動に移らない。
「……律儀だな。魔王1人のために騎士団を危険に晒してまでこっちが出した要求の一部を飲み込んだままなんてよ」
封印の鍵は邪神教団に終末譲られる事は無かったが、この三年間エルリア側は邪神教団に対して騎士団を動かしたことが無い。
例え動かしたとしても国境警備の名目で、それ以外はこちらが仕掛けない限り防衛一方だ。
それでも邪神教団と魔族が防衛線を突破し、エルリアの国土に侵攻できたことは一度も無い。
その原因は明白だ。今もなお最前線で邪神教団と魔族が放った魔法をたった一本の剣に魔力を纏わせ、全て弾き返すフィルシス騎士団長が原因だ。
ーー長髪の銀髪、あどけなさを残した顔立ちながら凛とした眼差しと強者特有の覇気。
エルロイは騎士甲冑を身に付け剣舞で悉く魔法を捩じ伏せるフィルシスに称賛の息を漏らした。
「あれで25歳だったか? エルリアってなぜこうも化け物揃いなんだか」
正直に言ってしまえば魔王の人質も封印の鍵を手に入れる以前に化け物を動かさない為の延命処置でしかない。
フィルシス騎士団長を突破し、エルリア城に君臨するレーナとオルゼア王の二人。
過去に対峙したオルゼア王一人を相手に自分は五回も殺された挙句、当時の司祭半数と枢機卿が討ち取られたのだ。
今でも眼を閉じれば鮮明に蘇る。大剣を片手に数多の魔法を同時に放ちながら剣技で部隊を薙ぎ払うオルゼア王の姿が。
ーー悪魔以上に恐ろしい。それでも邪神眷属相手には武が悪い、か。
オルゼア王の娘のレーナも竜王召喚をはじめ、多種多様の精霊召喚を扱える。
魔法騎士団も傑物揃いとなれば、エルロイから深いため息しか出ない。
策謀を巡らせエルリア国内で工作に切り替えたものの、得たのは戦闘では使えない異界人と仕込み、邪神教団の悪評だけ。
後者に関しては一部に影響するがエルロイを始めとした一部の司祭や信徒には何一つ影響は無い。
エルロイは背後に現れた気配に振り向かず、
「ミルディル森林国は如何なってる?」
配下に状況を訊ねた。
「国境線まで進軍後、ラオ副団長率いる騎士団に阻まれております!」
一応戦力を分断させエルリア城から防衛戦略を引き離すことには成功した。
ただミルディル森林国が保有するオールデン調査団やシルフィード騎士団の練度はエルリア魔法騎士団と比較して遥かに劣る。
戦争など封神戦争以降は一度も起きてなければフィルシス騎士団長達も戦争の経験が無い。
エルロイは依然と最前線で魔法を捩じ伏せ続けるフィルシスに視線を向け、背後の信徒が焦りながら叫ぶ。
「このままでは! エルロイ司祭様! 作戦の発動をっ!」
作戦の発動を請う信徒に息が漏れる。
エルリア中に放ったアンノウンは全て討伐され、予定通りに各地の魔法騎士団騎士団駐屯地とエルリア城の技術開発部研究所に運び込まれた。
一度魔法を唱えればアンノウンの遺体は再び蘇り、モンスターとして活動を再開させる。
それがエルリア国内で行った仕込みなのだが、復活にもある程度の広さを要する。
万が一にでも結界魔法で密閉などされればアンノウンは復活と同時に互いに身体を押し付け合い、圧死に至る。
ーー奇襲の布石としても失敗前提の計画だ。
エルロイは冷徹な思考を浮かべ、本命のための布石に動き出す。
「切りどきか。『我が偽りの名エルロイが命じる。骸に還し合成獣よ、再び魔力を持ってして蘇れ』」
相性と共にエルロイの魔力が漆黒の光りを放ち、形成された魔法陣が空に漆黒の閃光を放つ。
「おおっ! これが邪神様から授かりし魔法の一つ!」
狂気と熱狂を伴ったうっとりとした声が背後から響く中、エルロイはようやく最前線から背を向ける。
「異界人は如何してるんだ?」
「はっ! 同志ジャルハの部隊に同行してるようです!」
「……全員か?」
「いえ、5名だけですね。残り5名は都市内の見廻りに出ています」
エルロイは眼を瞑った。
異界人に何か指示を出した覚えは無い。邪魔をしなければ好き勝手動く程度は構わない。
「異界人を魔王城に近付けさせるな」
「えぇ、それは我々も魔族全員が重々理解していますとも」
レーナが召喚した異界人を配下に命じ、こちら側に降るように工作を施した上で『レーナはお前達を切り捨てた。新しい異界人がその証拠、お前達は裏切られたのだよ』そう囁かさせればあっさりと降った。
中には工作も関係無くレーナを勝手気儘に裏切った異界人も多い。
前者は元の世界に還るためにレーナの殺害を主目的に動いてるが、後者は勝手気儘に行動している。
だからこそ今年の五月半ば以降から野放しにされている異界人に対するレーナの処置に疑問が湧く。
普段の彼女は自国民を傷付ける異界人に対して記憶削除と返還処置を施していた。
その中でも重罪には監獄町に幽閉し、死刑執行することさえ有る。
ただ五月以降に処刑された異界人は鳴神タズナだけ。
エルロイはレーナに何か有ったと踏まえた上で、それ以上詮索することしなかった。
「さてと、わたしはそろそろ魔王の間に戻る。お前も追跡者を放ち終えたら巡回に戻れ」
「了解です! ……あの、」
信徒はエルロイに何かを問い掛けたい視線で見つめていた。
「質問でも有るかい?」
質問なら答えるっと優しげな声で訊ねれば、信徒は首を横に小さく振り『なんでもありません』そう一言残して任務に戻った。
「最近の若者は疑問を質問しないなぁ」
立ち去った信徒に残念そうに肩を竦めたエルロイは、用意していた仮面を被り魔族の元へ足を運ぶ。
そこで何か不備と必要な物資が無いか聴いて周り、邪神教団の即時撤退と魔王解放以外の要求を叶えるべく動き出す。
ーー独自の情報収集も兼ねて。