戦場に数多の魔法が交差し、炸裂音と爆音がエルリアの国境線に轟く。
先陣を切るフィルシスは魔族と邪神教団に対し、
「もう終わりかい?」
不敵な笑みを浮かべ安っぽい挑発を放つ。
それに対して邪神教団の信徒が我先にと詠唱を唱える。
「『『『地を這う炎よ、蛇となりて敵を飲み込め!』』』」
同時に魔法陣から放たれた複数の炎の蛇が地を這いずり、フィルシスに向かう!
だがフィルシスは一息、落胆を込めた息と共に地面に剣を突き刺すーー彼女が放ったただの突きは、地割れを引き起こし炎の蛇が容易く地割れに飲み込まれた。
「ば、バカなっ!」
「いくらなんでも人の技じゃないぞっ!」
「あ、悪魔以上のば、化け物だー!」
信徒のまるで人を化け物扱いするような視線にフィルシスは不服そうに頬を膨らませた。
自身にとってこの程度は修行の過程で身に付けた技に過ぎない。それに年若い乙女に対して化け物とはどういう了見か。
しかしいちいち敵の言葉に精神を乱しては自分もまだまだ甘いということだ。
フィルシスは突き刺した剣を引抜き、刃を上段に構える。
「こっちは魔王様を人質に取られてる身、これでも手加減してるんだ。……もう少し根性見せて欲しいなぁ」
魔族と邪神教団に向けて挑発の言葉を放ち、自身に敵意を集める。
本来は軍隊同士の衝突など滅多に無い。だから魔法騎士団には経験を積ませたいところだが、まだ連れて来た騎士達にはこちらから手を出さず、魔法も使わずに邪神教団を無力化させる技量は無い。
フィルシスは今後の訓練課題を頭に思い描きつつ、魔力を剣に纏わせ、飛来する魔法を斬り払う。
ーーうん、やっぱりブラックの鍛えた剣は具合が良い。
エルリア魔法騎士団の武具は全てブラックが個々に合わせて鍛造した物だ。
あくまでも組織として騎士甲冑は同じだが、一人一人の魔法特製に見合った仕様になっている。
フィルシスは長らく顔を見せて無いと小さくぼやきながら、武器を構え突撃して来る邪神教団の信徒を迎え打つ。
魔法を纏った剣が振り下ろされ、それに対してフィルシスは軽く身体を捌き、すれ違い様に足を引っ掛け信徒の体勢を崩す。
そしてわざと剣の腹を信徒の首筋に当て、
「本来ならキミはこれで死ぬ。……あぁ、死もキミ達にとっては祝福なんだっけ。それじゃあ死なない程度に刻むしかないよね?」
透き通った声で囁く。
「っ!? は、はぁ、はぁ……っ」
幾ら邪神教団と言えども怖かったのか、彼は過呼吸を引き起こし苦しげに息を荒げていた。
そんな信徒の姿を見た邪神教団は手に持っていた武器を引き下げる。
「……いくら立ち向かってもまるで相手にされてない!」
戦意消失した信徒の一人が叫ぶ。
実際に邪神教団はフィルシスにとっては相手にならない。それでも決して油断などしない。
油断によって足元を掬われるのは騎士としても恥だ。
同時にフィルシスは今の状態、手加減している状態もいい気分ではなかった。
邪神教団は滅ぼすべき敵だが、あちらはあちらで本気でこちらを殺すべく魔法と武術を、持てる技術を駆使して来る。
それに対して本来なら本気で応えてやるべきだ。本気で完膚無きまで叩き潰してやらなければ失礼というもの。
だからフィルシスは小さく笑みを浮かべ、
「次は本気で相手してあげるよ」
責めての詫びも込めてそう宣言すると、邪神教団の信徒は武器を捨てて魔族を置き去りに我先に一目散に巨城都市へ逃げて行った。
そこは少しでも気概を見せて欲しかった。まさか恐怖に駆られて逃げられるとは思わず、フィルシスは眼を丸くして、
「……どうしてだい?」
切実に部下に問えば、部下の呆れた眼差しが返って来る。
「何故って、あれだけの実力差を見せ付けられて次は本気出すと言われれば誰だって逃げますよ……というか、騎士団長も天然ですね」
なぜ天然と言われたのかが分からず、フィルシスは小首を傾げた。
「……ところで騎士団長、邪神教団は撤退しましたが如何なさいますか?」
一旦陣営まで後退するか、追撃するのか。そう指示を仰ぐ騎士にフィルシスは巨城都市エルデオンに振り向く。
交戦時から様子見していた視線は既に消えていた。あの視線は恐らくエルロイ司祭のものだと推測したフィルシスは、魔族に視線を移す。
本音を言えば消化不良、もう少々相手をして欲しいところだーーあぁ、あの二人が居たか。
フィルシスは魔族兵の後方部隊に出現したアウリオンの気配とーー巨城都市エルデオンの上層、魔王城の屋根から狙撃体制に入るリンに視線を飛ばす。
「どうやらもう少しだけ相手をしてもらえそうだ」
フィルシスが現れた気配を騎士団に告げられた瞬間、巨城都市エルデオンから閃光の矢が空気を音を置き去りに飛来する。
ーーいい攻撃だ。だけど、まだ狙いが粗いかな。
フィルシスは魔力を纏わせた剣で閃光の矢を一呼吸と共に打ち返した。
打ち返した閃光の矢は魔王城の屋根を掠め、リンを監視していた邪神教団の信徒を撃ち抜く。
「相変わらず見事だな」
アウリオンの賞賛の言葉をフィルシスは酸味に笑って返す。
「リンは弓兵としての腕が良いからね。ねぇ? リンを内に引き抜いて良いかな? 騎士団は慢性的な弓兵不足で困ってるんだよね」
「それは無理な相談だ。俺も彼女も魔王様の御身を命果てるまで護ると誓った守護兵だ」
「そっかぁ〜」
戯言を言い終えるとアウリオンが漆黒の剣を構える。あれも竜血石で鍛えられた剣の一つだ。
それに加えてアウリオンの卓越した魔力操作と魔法、そして剣技にフィルシスは一瞬だけ期待に胸を膨らませる。
ーーいけないいけない。彼が前線に出て来たということは、情報を伝えに来たということ。
フィルシスは巨城都市から邪神教団が見ているのを確認しながら、アウリオンが放つ一閃を避けては斬り返す。
それに対してアウリオンは剣を弾き、火花が散る最中、また斬り返した。
それをフィルシスは剣を盾に受け止め、
「ーーーー」
アウリオンが齎した情報にフィルシスは無言で彼の剣を弾き返した。
そして一歩踏み込み、同時に踏み込んだアウリオと剣舞を繰り広げる。
鋼鉄が打ち合う激しい音が響き、火花が舞いながら銀髪が風に揺れ靡く。
激しい剣戟に邪神教団は眼を離せず、息を呑み込み二人の攻防に魅入られ釘付けとなった。