追跡者から逃げるように下層街に到着したスヴェンは、歓楽街から響く叫び声に振り返った。
「……もう復活したのか?」
復活途中の追跡者に置き土産のハンドグレネードを喰らわせたが、それでも足止めには火力的にも不十分だったと考える他にない。
「さっきの爆発する魔道具でさえ、追跡者の復活速度を遅らせることは無理ってことだ」
バルキット信徒の落胆混じりの吐息が漏れる。それに対してミアは何か言いたげな視線を彼に向けるもすぐさま視線を逸らす。
どうやらミアもバルキット信徒を信じ切れていない様子。それは自身も同じことだが、邪神教団の内情を知るにはまたとない機会だ。
それに中層に向かうには彼が必要になる。
「歩きながらで構わねえが、有益な情報とやらを話して貰うぞ?」
ガンバスターを片手にバルキット信徒に問えば、彼は急かすなと言わんばかりにため息を漏らす。
「詳細は大階段の結界門に着いてからだ。あそこなら下層の追跡者は追って来れない」
一先ず安全地帯に向かってから。そのことにスヴェンとミアは納得し、また遠くから聴こえる処刑剣を引き摺る音に先を急ぐ様に駆け出した。
下層街の民家通りを抜け、中層に続く大階段に到着したスヴェンとミアは結界によって侵入者を拒む門に息を漏らす。
なるほど、これは指導者にしか開かない代物だ。そう納得したスヴェンはバルキット信徒が結界門に近付く中、ミアを彼の隣りに行くように視線で合図を送り、自身は二人の背を護るように警戒しながらガンバスターを構える。
ついでに視線だけをバルキット信徒に向け、魔力を視認すればある事に気付く。それを指摘した所で結界門が開かれなければ意味が無い。
スヴェンはバルキット信徒が抱える問題に目を瞑る事にした。
「少し待ってくれ……コイツは各階層指導者の魔力に反応して解除陣が現れる代物なんだ」
バルキット信徒の魔力だけでなく解除そのものが必要な辺り、邪神教団も何者かの侵入に備えていたのだろう。
となれば現在何処かに潜伏中のアトラス教会の信徒達か。
ガンバスターを片手に周囲に警戒を浮かべる中、大階段に白い小鳥の群れが降り立った。
白い小鳥の群れは大階段を飛び乗り、羽を休めては仕切りに周りを見渡す。
スヴェンの警戒心とは裏腹に白い小鳥は動物らしく自由に動き回る。
「なんか、奇妙な空間になってるね」
「あー、小鳥ってのは焼いて食えんのか?」
「こんなに愛くるしい小鳥を前に食べようなんて考えないで!」
味が気になり軽口を叩けば、怒鳴られてしまった。これは配慮に欠けた自身のミスだとスヴェンは肩を竦めた。
同時にスヴェンの耳に追跡者の接近を知らせる足音が届き、白い小鳥が一斉に飛び立つ。
「……まだ解除に掛かりそうか?」
「もう少し、いや……クソっ、誰だこんなに複雑にした奴はっ! ……悪いがあと3分は掛かるな」
三分程度ならどうにかなる範囲だ。
しかし三分間の間でバルキット信徒が先に大階段を上がり、結界門を塞がないという保証など何処にも無いのも事実だ。
刻々と近寄る追跡者の足跡と引き摺る処刑剣の音、それにミアも気付いたのか意を決した眼差しでこちらに駆け寄る。
何事だ? スヴェンがミアの行動に訝しむとーー驚くことにミアは眼にも止まらない速さでサイドポーチからハンドグレネードを一つ掠め取った。
ミアの突然の行動に嫌な予感が浮かぶ。それは殺しや穢れを知らない純粋な少女が手にしていい代物ではない!
「おい! 何をする気だ! ソイツはアンタが持って良いもんじゃねぇ!」
スヴェンが声を鋭く、怒声に近い声量でミアを問い詰めれば肩を震わせながら、
「大丈夫、使い方は見てたから知ってる」
真剣な眼差しを浮かべバルキット信徒に振り向く。
「いい? もしもこの人を置いて逃げるような真似をしたらコレであなた諸々共吹き飛んでやるからね!」
ミアの行動にバルキット信徒は冷や汗を流し、結界門の解除を進めながら叫ぶ。
「信用が無いな! いや、立場を加味すれば当然の判断かっ!」
お互いに信用できない立場がミアにハンドグレネードで脅しという強硬手段を取らせた。
これは間違いなく疑い深い自身の傭兵としての性質が一人の少女に踏み出してはならない領域に一歩踏み込ませてしまった。
しかし此処で悔いて反省してる時間など無い。追跡者が大階段の曲がり角まで迫っている。
「ミア、合流するまで早まった行動はすんなよ。アンタもソイツに傷を付ければ判るな?」
二人に殺気を乗せた低めの声で脅しを掛けてからスヴェンは大階段を飛び降りた。
そしてこちらを視界に捕捉した追跡者が雄叫びを叫びながら駆け出す。
スヴェンは敢えて追跡者の頭上を飛び越えながら背中にガンバスターの一閃を加えることで注意と敵意を引き付けた上で、大階段とは真逆の方向に駆け出した。
▽ ▽ ▽
ミアは片手に収まるハンドグレネードを大事そうに握り締めながら、バルキット信徒の解除作業を静かに見護る。
既にスヴェンが追跡者を引き付けてからどれぐらい経過しただろうか?
少なくとも散漫的に聴こえるガンバスターの銃声が既に三回は鳴り響いている。
あんな化け物をたった一人で引き付けているスヴェンの身に何か起こらないかと心配も有るが、やはりこんな時に攻撃魔法が使えない自身が憎くて堪らない。
「そう自分の事を恨んでも仕方ないだろ。……少なくとも君の度胸は認めるし、その身に宿す膨大な魔力量もな」
「……幾ら魔力が有っても使い所が限られてるんじゃ、宝の持ち腐れよ」
バルキット信徒に対して不貞腐れ気味に返答すれば、彼は手を決して止めず作業を続けた。
「宝の持ち腐れ、か。魔力量に限りが有る身としては羨ましい言葉だ」
「……あなたは、あっ」
ミアは漸くバルキット信徒に巡る魔力を認識して理解してしまう。
彼の下丹田に留まる魔力量が異常に低いことを。魔力の自然生成と同時に魔力が不自然な形で消失してる現状に、それが魔力消失疾患は別の病気を患ってることを。
魔力消失疾患は人が発症する魔力系の病の一つで、長期治療すれば治る病気なのだが、バルキット信徒の魔力消失疾患は別の原因によるものだ。
彼の酷く鈍い心音、心臓が患った病気を魔力が補うことで生命を繋いでる状態だ。
「……心臓病を魔力で補う。それで生命を繋いでる状態だが、邪神教団として他の信徒から敬虔なる信徒を演じるには魔力を邪神様に捧げる必要も有ってな。正直戦闘で使える魔力は殆ど無い状態だ」
バルキット信徒は心臓病を患っていながらそれを悟らせないように顔色一つ変えず振る舞っていた。
本来なら治療師としても魔力操作を強いる解除作業などさせるべきではない。
しかしこちらには中層に進む理由も有る。バルキット信徒を犠牲に中層へ進むのか、彼を案じて一旦中断するのか。
二択の選択肢にミアは眉を歪めた。
何方も自分では決め切れない選択肢だが、スヴェンなら恐らく依頼達成を最優先に選ぶ。
そこで人が死ぬ結界になろうとも彼なら非情な選択肢も選べる。
ーースヴェンさんばかりに押し付けたくない、けど。
「……これは裏切りが露呈した時点で残された選択肢だった。だが幸運にも魔王アルディアを救出する者が2人も現れたんだ」
「……あなた達が蒔いた種でも有るけど?」
「……エルロイ司祭だって不本意だったんだ。さっきも言ったが、邪神教団は決して一枚岩じゃないってよ」
「それって組織内部で内部分裂が起きてるってことなの?」
「あぁ、新しい枢機卿率いる邪神様の封印維持を目的とした穏健派と大半の司祭率いる封印解放強行派の過激派に分かれてしまっている。尤もエルロイ司祭は教団創立に関わる人物だ、彼がどっち派なのかは判らない」
「魔王様の凍結封印は不本意って言っていたけど、それは交渉が失敗したからなの?」
「いいや、封印の鍵が邪神教団に渡れば間違いなく邪神眷属も解放されることになる。そうなれば邪神眷属は司祭の身体を依代に復活し破滅を振り撒く。だからエルロイ司祭はそうなる事態を避けるために魔王を凍結封印したんだ」
邪神眷属に付いては伝承に軽く存在に触れる程度で詳細は不明だった。
しかし、彼の言うことが正しいなら邪神眷属は司祭の肉体を依代に復活してしまう。
邪神の力を直接分け与えられたと呼ばれる存在が復活してしまえば、破滅を振り撒かれてしまうのかもしれない。
同時にエルロイ司祭を出し抜き魔王アルディアの解放を目指す方が危険性が高いようにも思えて来る。
ーー迷いを生じさせる作戦? バルキット信徒は嘘を付いてるように見えないけど……。
「……その話が本当なら魔王アルディア様が封印の鍵を所持してるってことなの?」
「いいや、封印の鍵はヴェルハイム魔聖国内の何処かに隠されている」
おかしい。スヴェンから聴いた話しだが、ヴァルバトーゼ大臣は邪神教団によって洗脳され、情報を洗いざらい吸い出された挙句に殺害されたのだとアウリオンから聴いたそうだ。
そこまでする邪神教団が邪神眷属復活を阻止するような真似をするのか?
仮に過激派による行動なら説明も付くが、ミアは冷静にバルキット信徒の様子を窺う。
彼は依然と結界門の解除作業を進めているが、なぜ彼は裏切り者として追跡者に追われたのだろうか。
「封印の鍵の所在も判らないのに魔王様を凍結封印? 魔王様が手元に所持してたなら判るけど」
こちらの指摘にバルキット信徒は同意するように頷いた。
「エルロイ司祭は確かに不本意だと語っていたが、彼の腹の内は誰にも読めないんだ。魔王救出を達成するにはエルロイ司祭を出し抜く必要も有るが、彼は
まるでそれが遺言だと言わんばかりにバルキット信徒が浮き彫りになった魔法陣に半円を描く。
すると封印門は音を立てて開き、同時にバルキット信徒が仰向けに倒れる。
ミアは慌てて倒れる彼を抱き止めーー心臓の鼓動が完全に停止した彼に眼を見開いた。
彼はもう息を引き取っている。命を落としてまで最後まで疑っていた自分達の為に結界門を開いた。
ーー私はどうするべきだったの? 彼を信じてあげるべきだった?
何が正しいのか、一つだけ言えることは命懸けで道を開いた者に対して信用できない自分は人として終わっていることだけははっきりと言える。
ミアは一先ず彼の亡骸を大階段の横に座らせ、背後から響く足音に振り向く。
そこには血塗れのスヴェンが佇んでいた。
彼の血塗れの姿に思わず肝が冷え、重傷を負ったのかと不安に駆られるも、どうやら追跡者の返り血のようだ。
そんな心配と安堵を他所に彼はバルキット信徒の死体に眉を歪め、静かに察したのか段差に落としてしまっていたハンドグレネードを拾う。
「ソイツは何か言い残したか?」
「うん、エルロイ司祭は
真っ先にエルロイ司祭の件と邪神教団の内情に付いて伝えれば、彼の底抜けに冷たい瞳が鋭い眼孔を浮かべた。
「変装と成り替わりの達人だと? ……いや、だとしたら俺達はここに辿り着けすらしない筈だ」
何か心当たりが有るのか、スヴェンは今までに決して見せてこなかったーーはじめて彼が恐ろしいと思わせる冷徹な空気を纏っていた。
彼の疑問に問うべきか。ただ声を出そうにも、目の前の彼が発する恐ろしい空気と強烈な殺気に声が出ない!
息苦しさえ感じる中、ミアがどうにか息を吸い込むとそれにスヴェンがしまったっと言わんばかりに顔を背けた。
すぐさまスヴェンは開いた結界門に向かい歩き始め、
「悪りぃ、アンタを脅えさせる気は無かったんだ」
小さくそんな事を告げられた。
そんな彼にミアは大きく息を吸い込み、彼に恐怖した自身の心の弱さに嫌気が刺す。
これまで彼は自身やアシュナをどれだけ殺しをさせまいと気遣って来たか。それを知らない訳では無いというのに。
だからミアは無言でスヴェンの隣に駆け寄り、
「……追跡者は? それとあなたがそんなになっちゃった理由をちゃんと話してよ」
「……追跡者は今頃復活中だろうよ。後者の問いだが、20年前にエルリア国内のフィル湖畔で全身の皮膚を剥がされた死体が発見され今でも犯人不明のままらしいが、その犯人がエルロイ司祭なら?」
「……確か被害者は当時6歳の男の子。仮にエルロイ司祭が今でもその死体に成り替わってるなら26歳の男性ってこと?」
「あぁ、まだ誰に化けてんのかは判らねぇが……」
それは彼なりの嘘だ。何かに気付いたからこそスヴェンはあんなに普段見せない殺気を露わにした。
もう少しだけ話を聞こうとも思ったが、中層がすぐそこまで迫っていた。これ以上は誰かに話を聴かれる可能性すら有る。
ミアはスヴェンが何を察したのか、それ以上は質問せず彼の隣を歩き続けた。