中層に位置する外周区に到着したスヴェンとミアは、上層に続く大階段と上層から下層まで続く魔王城を見上げでいた。
下層の何処に入り口がありそうだったが、地下の潜伏組みによれば魔王城の入り口は上層だけしかないのだと。
目的地はすぐそこに見えているが、まだ届かない距離に有る。
中層の外周から中層区を抜け中央区から大階段のルートを通らなければ上層に辿り着くのは難しい。
最短を選ぶなら大階段を通らず、中層北外周区の梯子を登る方法が有る。
なぜ下層と中層は外周区で繋がっていないのか気になる所では有るが、スヴェンは事前に言われた地図を頭に浮かべつつ中層の大階段を塞ぐ結界門にため息が漏れた。
「正規ルートを選べばまた指導者に解除させるしかねぇのか」
「たぶんバルキット信徒と一緒に居た所は沢山の信徒に見られてるから警戒されてるかも」
外部入信者を語る侵入者として既に手配されても可笑しくはない状態だ。
そんな状態でわざわざ正面突破を計る必要も無い。
「馬鹿正直に連中の施した結界門に付き合ってられるかよ」
「そうだね……下層にも似た道が有れば良かったのに」
バルキット信徒の死を彼女なりに引き摺っているのか、曇った表情で吐息と共にそんな事を吐き出した。
ミアはテルカ・アトラスで成人してるとは言え、まだラピス魔法学院を卒業して一年も経たない少女だ。
例え敵対していたとしても道を開くために死んだバルキット信徒の事を想うのは真っ当に生きる者の特権であり美徳だ。
ただスヴェンはバルキット信徒がミアに語った内容が事実なのかまだ疑いの段階だった。
少なくともこれまで出会った邪神教団から内部の派閥争いに関する情報を得られることは無かった。
そのことからバルキット信徒の遺言はこちらを欺く虚言だとも断言できない。
偶然にも出会った邪神教団が過激派だったという可能性も無いとも言い切れないのが現状だ。
それに最後に遺した情報--あの件とルーメンに居た悪意の持ち主がこの場所に来てることと関連が有るのか。
思考を浮かべながら外周区の町並みを歩き続けると、不意現れた気配とと共に建物の陰から人影が飛び出す。
スヴェンは慣れた手付きでガンバスターを引き抜き、それが魔族の気配では無いことを正確に認識しながら飛び出した人物に刃を振り下ろした。
ガキン!! ガンバスターの刃が二本の剣に挟み込まれるように防がれ火花が散る光景にミアの驚愕した声が響き渡る。
スヴェンは冷静に二本の剣で受け止める人物に視線を向けーーアルセム商会が侵入してるとは聴いちゃいたが……。
リンドウは質問に対してこう答えた『アルセム商会の会長は侵入してない』と。
なら何故ここに居る筈がないヴェイグが屈託のない笑みを浮かべて目の前に居るのか。
そもそもコイツと遭遇した時点で素性が即バレする為、あらゆる意味で此処で出会うのは最悪に等しい状況だ。
「いきなり斬りかかるなんて酷いじゃないか」
「……本物か?」
「お前は何度も出会ったわたしをまだ疑うのか? 用事深い事に越したことはないとは言え……スヴェン、お前の匂いから焦りを感じるぞ」
匂いで居場所のみならず僅かな感情の揺らぎを察知する辺り、目の前に居る変態はほぼヴェイグ本人と言っても良いだろう。
それでもスヴェンはバルキット信徒が残した伝言を頭に、
「質問だ、俺とアンタが最後に出会った場所で呑んだ酒はなんだ?」
「フェルシオンの港、お前と呑んだ酒はミルディル森林国のパルセン酒造場から仕入れた蜂蜜酒だ。わたしが直接振る舞った酒を忘れる筈が無いだろ」
「えっ、パルセン酒造場の蜂蜜酒ってまろやかな飲み口で呑みやすい部類だけど、希少価値の高い蜂蜜を原材料にしてるからかなり値が張るお酒じゃん!」
羨ましがるミアの声を他所にスヴェンはため息混じりにガンバスターを引っ込めた。
「……アンタはこんな場所で一体何をしてんだ?」
「それはこちらの台詞だ。お前こそ薄暗くかび臭い邪神教団と同じ匂いを纏いながらなぜ此処に居る?」
「ヴェルハイム魔聖国ってのは畜産業が有名って聴いてな、異界人として少々無茶をしてでも美味にあり付きてぇのさ」
「……異界人の中で分別を弁えていると評価していたが、まさか自分本位で潜入するとは、見損なうべきか?」
「それでも構わねえから、此処はお互いに出会わなかったってことで見逃してくんねぇかな」
現状で此処に居るヴェイグと素直に同行する気にはなれない。
それだけスヴェンの中で浮かんだ疑念が強く、同時に此処で殺したいという殺意を何食わぬ顔で奥底に隠す。
「それは無理な相談だ。これでもわたしは魔族のケアを自主的に行っているのさ、そんな中で彼らに不安を与える存在を見逃すほどできた人間では無い」
如何あっても道を譲る気も無ければ見逃す気も無いようだ。
此処でヴェイグと一戦交えるメリットが無ければ、巨城都市内のアルセム商会を敵に回すデメリットしかない。
スヴェンが諦めたように肩を竦めると、静観していたミアが口を開く。
「ヴェイグさん、見逃してくれたら私とスヴェンさんが一週間雇われても良いと言ったらどうしますか?」
如何あっても譲る気のない相手にそんか交渉が通じるのか?
「その話詳しく」
ーー通じんのかよ!?
「私はすごくかわいい美少女の分類、スヴェンさんは紅い眼の三白眼で目付きが怖いですけどカッコいい分類に入ります。そんな2人が客引きにアルセム商会で一時的に働いたらどうなるでしょうか?」
「……!? 強面のイケメンと美少女の並びは宣伝効果としても有効! くっ、目が見えれば2人の顔を拝めたというのにっ!」
心底どうでもいい理由で心底悔しそうに顔を歪ませるヴェイグにスヴェンは心の奥底で煮え滾る殺意を抑えながら、
「……あ〜アンタにとっちゃあ旨みもねぇ交渉だ。断っても良いんだぞ?」
断るように告げればヴェイグは口元を緩めた。
「ふっ、冗談を言うな。2人を一週間もタダで雇えると聴いて引かない手はないだろ」
このまま外周区から下層に蹴り落としてやりたい衝動に駆られたスヴェンは、一先ず歩みを再開させる。
そんなスヴェンにヴェイグは横並びに歩き、
「しかしその格好では外周区に住む魔族は良い顔はしないだろう。ここは一つわたしのボランティアを手伝うのは如何だ?」
タダ働きをさせられる上にヴェイグのボランティア活動を手伝う。
その事に関しては魔族の信頼を得る為には文句も無いが、
「アンタの方が邪神教団に見付かる訳にもいかねぇだろ。それにこの階層にも追跡者が居るんだろ?」
邪神教団に付いて警告すればヴェイグは笑みを浮かべたままその事に関しては何も答えなかった。
ーー判断材料は少ないが、エルロイ司祭がヴェイグという男に成り替わっている可能性が出た以上、油断はできねえな。
油断は出来ないからこそスヴェンはヴェイグに一つだけ問う。
「そういや旅の最中に聴いたんだが、エルリアのフィル湖畔で20年前に全身の皮膚を剥がされたガキの死体が発見されたらしいな」
「……20年前というとわたしはまだ6歳の子供だな」
「フェルシオンじゃあ貴族のお嬢様に何者かが成り替わっていたなんって物騒な噂も耳にしたな」
「お前はあの時地下水路に急いでいた様子だったが、犯人でも討伐に向かったのかな?」
「
「そうかな?
「俺は傭兵だ。
「まぁ、実際には邪悪な匂いってどんな匂いなんだか判らねぇが、フェル湖畔の死体が本物のアンタじゃねえことを祈るばかりだ」
「本人に向かってお前は偽者かっと遠回しに聴くとは……しかしまぁわたしはそんなお前も嫌いではない! むしろ益々気に入ったよ!」
腹の探り合いをしてみれば、高揚した頬でそんな事を叫ばれた。
スヴェンは高揚するヴェイグに心底疲れた様子で深々と息を吐いたのも無理も無く、
「が、頑張ってスヴェンさん! 私には到底相手にできない人だから……」
ミアに妙な励ましをされ虚無感を宿した瞳を向けたのも仕方ないことだった。