城内を巡回する邪神教団と魔族を避けながら西塔の下層に到着したスヴェン達は、中央塔の下層に続く連絡橋を目指していた。
ーーまさか、連絡橋を通る以外に道が無いとはな。
道中他にルートは無いか探しながら移動していたが、幾ら探せどもそれらしい道を発見はしたがーー魔族にしか開けず、入れない扉や廊下。重要施設の入り口ばかりでスヴェンとミアが開けるものは存在していなかった。
「……うーん、魔族の固有魔力を識別する魔法陣ばかりだと誰かに協力して欲しいよね」
正直に言えばミアの言う通りに魔族の誰かに協力を要請したい。
しかし、スヴェンはぐっとその言葉を呑み込む。結局のところ正体がバレた自分達と魔族が行動すれば、魔族は邪神教団に対する反逆行為を疑われ魔王を危険に曝すことに繋がる。
それにもしも今回失敗した場合、次に繋がる布石も解決の糸口さえ残せずエルリア側の魔王救出を断念せざるを得ない状況にもなり得る。それだけは回避しなければ傭兵としても無駄死だ。
「連中の会話を聴いたろ……魔族も疑われる状況は避けたい」
「それもそうだけどさ、魔族と遭遇したらスヴェンさんは戦う気なの?」
「状況次第と言いたい所だが、俺達と魔族は無関係だと連中に知らしめる必要が有る……極力殺しは避けるが、中には難しい状況も有るだろ」
アウリオンは万が一に備えて事前に話し合っている。もしもの場合は手加減無用で殺し合いも辞さないことを。
その中で戦闘となれば互いに加減出来ない状況に陥るだろう。
だからこそ魔族側の負傷者、致命傷を負った者にはミアの治療魔法が必要だ。
「その時は私の出番ってことだね」
「そうだ、その為のアンタでも有るんだ」
「任せてよ、誰にも悟れずこっそり治療魔法を仕掛けることなんて造作も無いんだから」
困難な事を造作も無いと断言できるだけ、ミアは治療魔法に秀でている。その自信と根拠の裏付けも旅の中で身を持って体験している。
だからこそ自身の身を犠牲にした作戦立案、実行に移せるほどスヴェンはミアを高く評価していた。
彼女もエルロイ司祭に姿を目撃され、素性まで知られているがーー問題はエルロイがミアを警戒するかどうかだな。
ミアは治療師として高い能力と他者から評価を集めている。そんな彼女を果たしてエルロイ司祭が警戒するか。
彼女の治療魔法を考えれば警戒はされて当然。ミアを敵の目線で考えれば真っ先に潰すべき対象だからだ。
「……アンタはエルロイに姿を見られてんだ、真っ先に狙われても不思議じゃねえ」
「治療師としては優秀だからね! でも他の要素で考えると先にスヴェンさんの無力化を優先するんじゃないかな?」
「だと良いんだが、アンタは魔力操作で身体能力を底上げ出来んだろ? ってかアンタは基本は積極に仕掛けねえが、向かう敵には容赦ねえ一撃を叩き込むからなぁ」
ミアが治療魔法しか使えないことは公然の事実だ。彼女はそれを織り込んだ上で棒術と体術を鍛えている。
計算高さも目を見張る点も有るが、エルリア城に侵入していた間者から既にミアのそう言った一面も報告されているだろう。
特に学生時代に模擬戦で多くの生徒を体術で返り討ちにした実績は知られていると考えるべきだ。
「アンタの体術や戦闘スタイルがどれだけ知られてるかも問題か」
「それも問題だけど、それを踏まえてもエルロイに通じないかもしれないけど、やれることはやるよ。なんなら私がスヴェンさんの道具を借りても……」
幾らエルロイが不老不死だとしても人の身体を簡単に肉片に変えるハンドグレネードなど、彼女のその小さく細長い指には似合わない。
「アンタにも人殺しの道具は貸さねえよ……ってか二度と俺から武器類を奪うなよ」
殺気を込めて強めに忠告すれば、ミアは怯えた様子で素直に頷く。
これだけはあらゆる理由が有ってもーー例えば救出の一手が足りなくともミア達、常人に人殺しの道具を使わせることなど無い。
「わ、分かってるけど……どうしてそこまで拘るの? あっ、今は集中しなきゃだから、後でゆっくり教えてよ」
特に深く語るようなことでも無いが、恐らくそれは自身に遺されている唯一踏み越えられない一線だからだ。
自身が傭兵という外道とミア達が手を汚す必要が無い人間との違いも有るが、自身に遺された一線さえ踏み越えればそれはさっそく人の形をした獣畜生だ。
スヴェンは敢えてミアの言葉に答えず、連絡橋に向けて歩き出す。
すると背後からミアの小さなため息と『少しは自分のこと教えてくれたって良いじゃん』確かな不満の声が呟かれた。
スヴェンは呟かれた不満の言葉を頭の隅に置き、鋼鉄製の連絡橋に踏み込んだ。
下層と最下層の中間に位置する地下施設、開放的な空間から多層構造の居城都市を支える支柱がよく見え、僅かだが下層の戦闘音と魔法による爆音が聴こえる。
魔王城を中心に城壁や防壁、外壁を基板に建設された町や施設に各要所に関心を覚えながら連絡橋を進むスヴェンは、強大な魔力の気配にガンバスターを構えその足を止めた。
「此処に居たのか」
アウリオンの声が上空に響き、スヴェンとミアの警戒心が戦闘体勢に移る。
蝙蝠の翼を羽ばたかせた漆黒の剣を片手にアウリオンが降り立ち、更に上空をリンが弓を構えながら滞空した。
完全に迎撃姿勢に入っている二人にスヴェンは何の感情も見せず、
「チッ、見つかったか」
ミアを背後に隠し一歩踏み込む。
「悪いけど魔王様が人質に取られてる以上、如何なる侵入者は排除させてもらうわ!」
上空から相変わらず露出度の高い服装で魔力で生成した矢を違えるリンに対し、背に隠したミアが真顔で、
「スカートの中が見えてますよ。戦う者として恥ずかしくないんですか?」
普段のミアとは想像も付かない凍った低めの声がリンに告げられる。
「……べ、別に、は、恥ずかしくないけどぉ? そ、そう言えばエルリア人って妙な所でお堅いわよねぇ〜」
「戦闘、如何なる時でも下着を曝す者、これを恥とせよ。偉大なるラピス王のお言葉を知らないんですか? ああ、おおかた不足の事態で精神を乱すことも有るんでしょうね」
ミアの冷ややかで冷たい視線にリンはグッと拳を強く握り締め、
「へ、へぇ〜? 初代魔王様は如何なる時も美を保てって格言を残してるけど……ああ、あんたって自分の美に自身が無い可哀想な子なのね」
ミアの胸部に冷笑を込めた眼差しを向けた。
ーーコイツら何処か性格的に相性が良いとは思っていたが、逆かよ!
売り言葉に買い言葉が飛び交う中、上空を滞空していたリンが連絡橋に降り立つ。
「……なぜ降りて来た?」
アウリオンの静かな指摘にスヴェンは沈黙を貫いたまま、なぜ戦術的優位性をわざわざ手放したのか視線で咎めた。
「は? 別に挑発されたからとかじゃないけど? あの貧乳娘を直接潰さないと気が済まないだけですけど」
スヴェンは背後にそっと視線を移せば、既に全身に自身の膨大な魔力を巡らせたミアが臨戦体勢で杖を構えていた。
「スヴェンさん、リンさんは私に任せてくださいね?」
売り言葉に買い言葉とは言うが二人には譲れない何かが有るのだろう。
「既にやる気満々のアンタの興を削ぐ真似はしねえよ。だがーー良いな?」
スヴェンはミアにだけ聴こえる声量で告げ、先に縮地を使いアウリオンの背後を取った。
彼は多種多様の魔法を使う。幾ら開放的な連絡橋とは言え、ほぼ一本道のこの場所で魔法を使われるのは厄介だ。
それは光属性を扱うリンも厄介なことには変わりないが、スヴェンはアウリオンの背後から魔力を纏ったガンバスターの一閃を放つ。
同時に振り向き様に払い斬りを放つ彼の漆黒の刃と刃が交わり、リンとの距離を瞬く間に詰めたミアの杖がリンの防壁魔法に防がれる音が連絡橋に響き渡った。