戦闘を繰り広げながら中央塔の一階廊下に到着したスヴェンはアウリオンが放つ一閃を弾き、背後から忍び寄る邪神教団の信徒を振り向き様に刃で薙ぎ払う。
信徒の鮮血が中央塔の一階廊下を汚し、背後を向けたアウリオンの詠唱が響き渡る。
「『紅蓮の猟犬よ、我が敵を焼き尽くせ』」
形成された魔法陣から猟犬を模った紅蓮が出現した。
紅蓮の猟犬はスヴェンに牙を剥き、一階廊下のレッドカーペットを炎で燃やしながら飛び掛かる。
真横に避ければ紅蓮の猟犬が前脚を払い炎の爪が迫る。燃えたぎる爪に魔力を纏わせたガンバスターの刃を払う。
スヴェンは炎の爪がガンバスターに触れる瞬間ーー纏った魔力を解き放ち、生じた衝撃で紅蓮の猟犬ごと弾いた。
床に倒れ込んだ紅蓮の猟犬はそのまま身体が薄れ消滅し、
「魔力の解放も既に物にしているようだな……それにその武器に使われている竜血石も高密度に鍛造されているようだ」
アウリオンはガンバスターを鍛造した人物に対して賛美の声を述べた。
「鍛造が困難だと言われている竜血石を扱える職人はそう多くはおるまい」
「……あぁ、殺しの道具を鍛造させたのがもったいぐらいにな」
スヴェンは踏み込みざまにガンバスターを薙ぎ払えば、アウリオンが漆黒の刃で刃の軌道を逸らす。
これも何度目か。少なくともアウリオンはフィルシス騎士団長と刃を交え決して少なくない消耗を強いられていた。
それでもスヴェンを相手にするには充分な余力と殺し切る魔力を有していることには変わりない。
殺す気で本気で掛からなければならない相手。だが、アウリオンは殺害対象でも無ければ敵対勢力に紛れ込んだ協力者だ。
ーーいい加減、監視の眼が鬱陶しいな。
廊下の天井付近に存在する空間の孔の先からエルロイ司祭の視線を感じていたスヴェンは小さく舌打ちする。
連絡橋でもそうだったが監視の眼の手前、スヴェンとアウリオンは本気で殺し合いを演じた。
恐らくエルロイ司祭は何方が倒れるまで監視は辞めないだろう。
それにまだアウリオンを納得させる程の力量を見せられていない。前回の試しとは違って後に控えるエルロイとの戦闘を乗り越えられるのか、それをアウリオンに示さなければ彼は到底納得できないだろう。
だからこそスヴェンはテルカ・アトラスで抑え込んでいた理性と本能を解き放つ。
ガンバスターに魔力を纏わせ眼力に殺意を宿す。
「……これは」
スヴェンは軽く一呼吸。
スヴェンは殺意を纏いながら歩き出した。
それが自然であり無意識のうちに行われた行動であるかの様にアウリオンの背後からガンバスターを薙ぎ払う。
刃がアウリオンの背に届くよりも速く、彼の右脇から袈裟斬りを放ち、また刃が届き切るよりも速くーー今度は真正面から縦斬りを放つ。
背後、右脇、真正面から若干のズレを発生させながら斬撃がアウリオンを襲う。
「っ!」
対するアウリオンは避け切れないと判断し、冷静な眼差しで三方向から迫る斬撃を刃を薙ぎ払うことで弾く。
アウリオンなら確実に何らかの方法で防げる。しかし、三方向から全く違う力加減で繰り出された高速の斬撃を一度に防げばーー僅かな、それこそ彼の場合は一秒の硬直を生む。
万全の状態ならまずアウリオンには通じない一手だ。だが既に強者と刃を交え、消耗した体力と強者との戦闘が齎す高揚感、極限まで研ぎ澄まされた五感が独《・》
三方向からの斬撃を防いだアウリオンに一秒の硬直を齎し、スヴェンは彼の首筋にガンバスターを薙ぎ払った。
キィーンッ!! ガンバスターの刃が魔法陣に弾かれ、火花が舞う。
前回は魔法陣や防御陣による防御を砕けず、体力を消耗した。
今回は前回と違い、竜血石で鍛造されたガンバスターが今までの魔力操作と違いを齎す。
スヴェンは魔力を纏わせた状態で刃を床に叩き付けることで衝撃波を放つ。
地を走る衝撃波がアウリオンの展開した魔法陣を砕き、刹那の瞬間ーー漆黒の剣に纏った黒炎の一閃に衝撃波が斬り裂かれる。
斬り裂かれた衝撃波がアウリオンの両脇を通過、彼の後方から迫っていた邪神教団の集団が弾け飛ぶ。
「むっ、味方陣営に被害が出たか」
邪神教団を味方と微塵も思っていない彼の言葉は正に空虚で、それどころか心の奥底から苦痛を感じる。
彼も魔王アルディアが人質に取られさえしなければ邪神教団に従う理由など何処にも無いのだろう。
同時に脅しや強制による束縛、支配された者達は心の鬱憤が溜まり抱えたストレスから精神が乱れ易い。
しかし、彼も覇王エルデ同様の強者だ。従わされた立場で居ながら精神が乱れることも心が屈することも無いーーむしろ彼らの様な鋼の意志を待つ者ほど非常に厄介だ。
ーー長引けば危険か。
スヴェンはガンバスターを構え直し、脚力に力を込め床を踏み抜く。
▽ ▽ ▽
空間の孔から戦闘を見学していたエルロイは、スヴェンの単調な行動に落胆していた。
竜血石製の武器に纏わせた魔力と彼の底抜けに冷めた瞳に宿る殺意に眼を見張りーー三方向から時間を置き去りにほぼ同時に攻め込む尋常なる身体能力を高く評価したが、アウリオンを相手に攻め込む手札や万策が尽きたのか、彼は無謀にも正面から攻め込んだ。
「……お前には期待していたんだがな」
ため息と共にスヴェンの身体はアウリオンが放った漆黒の一閃に両断された。
断面図から溢れ出る鮮血、薄れゆく肉体にアウリオンは眼を見開く。
両断されたはずのスヴェンが先程まで纏っていた殺意を感じさせず、ただそこに居る状態でアウリオンの背中を刃で斬っていた。
ーースヴェンは確かに両断された。なら映っているスヴェンはなんだ?
背中から血を流すアウリオンが四種の魔法と同時に刃を払い、対するスヴェンはガンバスターを構えるばかりで微動だにせずーーその身に四種類の魔法が貫き、刃がスヴェンの首を刎ねる。
これで確実にスヴェンは死んだ。眼に見える情報が脳にそう告げるがーー違う。アレは魔法も使わない純粋な殺意が生み出した分身だ。
人の意思は高まれば高まるほど他者に影響を与える。それは意思の共有であれ視覚情報であれ様々な形で確かに影響を与えることが可能だ。
濃密まで極まった殺意が時に独り歩きし、他者の視覚や認識に影響を与えることすら可能になる。
殺意の分身ならエルロイが見た結果に説明が付き、スヴェンが生きている状態にも説明が付く。
「まさか、そこまで人に殺意を宿せるとは……」
殺意の分身を披露したスヴェンならアウリオンを殺害し、自身の下まで到着するーーかと思えばそう何度も殺意の分身が生み出せないのか、剣戟を交える度に斬り傷が刻まれていく。
ーー監視に気付き手を抜いているのか?
頭に浮かんだ単語をエルロイは即座に否定する。スヴェンとアウリオンの単純な実力差は大きく、アウリオンを相手に魔法が使えないスヴェンが手を抜く余裕など無い。
それこそ全身全霊で挑まなければならないほど、スヴェンの勝算は低い。
だが、それでもスヴェンは確実にアウリオンの剣筋を見極め刃を捌いている。
おまけに後ろに眼が付いてるのか。駆け付けた信徒がスヴェンの背後から雷槍を放ち、到着したアンノウンが同時に背後から強襲する中ーースヴェンは眼を向けず、ガンバスターでアンノウンを飛来する雷槍ごと斬り裂いた。
そして振り返り際にスヴェンは一撃ーーそれが最後だと言わんばかりに魔力を纏わせた一閃を繰り出す。
対するアウリオンも迎え撃つと言わんばかりに黒炎を纏わせた斬撃を放つ。
両者の刃が激しい金属音を奏で、互いに放った技の衝突が両者を呑み込む。
二人の身体は衝撃に弾き飛ばされ床に倒れ伏す。
ーーお互いに本気だが、殺す気でやり合ってはいないか。
その証拠にスヴェンは立ち上がり、アウリオンは床にうつ伏せで倒れたままで起き上がる様子を見せない。
彼の魔力や生命力が消えていないことから生きていることは確実だ。
自身の知るスヴェンならアウリオンにトドメを刺す。そう思っていたが、天井付近に空けた空間の孔を見上げるスヴェンと眼が合う。
こちらに気付いた上でスヴェンはガンバスターを片手にその場を駆け出した。
空間の孔越しに様々な声が聴こえる。信徒の悲鳴、助けを求める叫び声、最早邪神に魂すら届かないというのに死を幸福として受け入れる歓喜の声。
エルロイは信徒の声よりもスヴェンの同行に注視した。
彼は間違いなく魔王の間を目指し、魔王救出を目的として動いている。
問題はどうやって凍結封印を解除するのかだ。
かつて存在していた瑠璃の浄炎は天使共によって何処かへ祭壇ごと移された。
「……やはり旅行者は我々を含めた大衆の眼を欺くための演技だったか」
彼とはじめて出会ってから二ヶ月が経過した。その間に所在不明の瑠璃の浄炎を入手する確率は極端に低い。
低い可能性を思案するよりも先ず、スヴェンの戦闘技術を分析すべきだ。
エルロイは思考を切り替え、アウリオンとの戦闘を踏まえ過去に眼を向ける。
スヴェンが魔法も使えず、魔力操作も荒いながらもタイラント戦で見せた動きは、確かに眼を見張るものが有った。
思い返して見れば警戒心の強いスヴェンが大衆の前で全力を出すのか?
それこそ旅行者の身分を偽り、本命の魔王救出を隠すためならスヴェンは全力を出さないのではないか。
自身と同行者のミアに影響を与えない程度に対峙者の力量を見極めギリギリを攻める。
「いや、流石に有り得ないか」
モンスターを相手にするには魔力操作や魔法が前提条件だ。少なくともタイラントと対峙したスヴェンにそんな余裕など無い。
タイラントの動きを冷静に見切っていたが、魔力を纏った衝撃波を放った時には著しく体力を消耗していた。
それに障壁を砕けない未知の技術を用意た武器もたいして脅威にはならない--あの時はそう判断していたが、永年の経験が語る。観て来た光景が全てでは無いと。
現にスヴェンの武器はいつ何処で用意したのか、竜血石で鍛造された大剣に変わっている。
武器を魔力伝導率の高い物に変えたのならアウリオンとの戦闘で放った衝突波で消耗しなかった点にも説明が付く。
だからこそ重いため息が漏れる。
「……まさか、タイラントと対峙した異界人がわたしの前に立ち塞がる時が来ようとはな」
エルロイとしてではなく、ヴェイグとして接触したのも単純に興味が有ったからだ。
もっともその時は自らの正体を明かし、計画の為にスヴェンと殺し合うなど想像できず現在に至る。
彼とは商人として円滑な付き合いを築きたかったが、正体を晒した以上は以前の様にはいかないだろう。
「わたしを殺すことは不可能だが、それでもお前はわたしを何度殺せる?」
殺し合いは邪神の呪いで永い時を生きる刹那の瞬間に過ぎない娯楽だ。
エルロイは異空間から二本の剣を引き抜き、スヴェンとミアを迎え討つべく笑みを浮かべたままその場に佇んだ……。