傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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2-10.旅立ちの時

 五月二十八日、スヴェンの旅立ちの日。

 スヴェンはミアに連れられ、エルリア城の地下広間に到着していた。

 青白い燭台の炎が灯す地下広間ーーその中心で箱を抱えたレーナと周囲を浮かぶ幾つもの浮遊物にスヴェンが眉を歪める。

 何故地下広間なのかスヴェンは疑問を浮かべ、すぐさま答えに行き着く。

 今日は魔王救出のために出発する日の筈だ。それなら地下広間から地下通路を経由しーー旅立つ段取りだろうと当たりを付ける。

 

「此処から出発ってのは理解できたが、アンタの周りに浮いてるソイツはなんだ?」

 

 人の大きさほど有る水色の結晶体に指差す。

 意識して見れば結晶体一つ一つに膨大な魔力が濃縮されていることが判る。

 スヴェンの疑問にレーナが箱を持ちながら近寄った。

 

「この浮遊物は大型転移クリスタルと呼ばれる我が国が誇る技術の集大成の一つよ」

 

「大型転移クリスタル……召喚魔法が在るぐれえだ、転送の類も有るだろうとは踏んでいたが」

 

 デウス・ウェポンにも転送装置が存在するが、座標計算や環境計算やら必要な演算を補うために装置は大型されていた。

 科学技術の進歩は人間が神から知恵を借りながら編み出したと言うが、魔力と詠唱で様々な現象を発動するテルカ・アトラスの魔法技術も馬鹿にはできない。

 スヴェンが一人世界間の技術の違いとそれぞれの良さに付いて思案しているとーーレーナが言うより早いと判断したのか箱を開け中身を見せた。

 中には魔法陣が刻まれた筒と大型の転移クリスタルに似た物がーー掌程のサイズが四つ程納められ、隣で静かだったミアが眼を輝かせる。

 

「貴方にはこの転移クリスタルと封炎筒を預けるわ。前者は一つ何処かに設置するだけで此処といつでも自由に行き来が可能に、後者は瑠璃の浄炎を封じ込めるための魔道具よ」

 

 スヴェンは昨晩話した内容を頭に浮かべ、意識を転移クリスタルに向ける。

 大型の転移クリスタルは出口、この転移クリスタルは入口なら何処でも自由にエルリア城に出入りが可能だ。

 便利だが、裏を返せば敵の侵入を容易に許す危険性も高い。

 

「そいつは便利だが、万が一俺が裏切る可能性を考えなかったのか? 謂わばそいつは万能の合鍵だろ」

 

 スヴェンの指摘にミアが表情を曇らせ、レーナが悲しげな眼差しを向けた。

 

「貴方の指摘通りこれを預けた異界人は邪神教団に寝返ったわ。でもね、コレを無策に渡す筈が無いじゃない」

 

 裏切りに対する何らかの対策が施されている。

 レーナの口振りからそう捉えるが、そもそも異界人がいつ裏切ったのか即座に理解できるのだろうか?

 

「貴方には隠していたのだけど……正直に言うわ」

 

「いいんですか!?」

 

 ミアが驚愕した理由に付いてスヴェンは、彼女の反応から様々な推測の中から一番当たりに近い物を選び取る。

 そもそもレーナは異界人を召喚した側だ。召喚されたのなら召喚者との間に何かが有る。

 例えば行動を逐一監視できるような魔法だ。それならいつ異界人が裏切ろうが即座に判るーー可能性としてはこの推測が一番当たりに近いとスヴェンは内心で納得した。

 

「姫さん自身が何らかの手段で俺達の行動、敵対したかどうか判る……だいたいそんなところか?」

 

 答え合わせにレーナは微笑み、ミアが驚き眼を見開く。

 

「正解よ、私はチェス盤を通して貴方達の居場所、生命力、敵対したかどうかーーそうね、監視させてもらっていたわ」

 

 一瞬言葉に詰まったが、レーナは『監視』という表現を使った。

 彼女なら見守っていたと表現しても不思議では無いが、こちらに対し包み隠さ無い点が傭兵として好ましいと思えた。

 

「召喚したとはいえ、異界人は簡単に信用できねえってのも納得だ。……しかし便利な物があんなら一週間も待つ必要は無かったんじゃねえか?」

 

「自由に転移できるとは言ったけど、設置は転移クリスタル一つに一度までなのよ。それに身分証も無い貴方達に身分証発行手続きとか、旅券の発行だって必要なの」

 

 確かにスヴェンはこの世界で己の身分を証明する物が無い。

 幾らレーナが召喚した異界人の協力者とはいえ、組織の末端までその情報が行き届いているとは限らない。

 彼女の指摘にスヴェンは納得した。そして箱から四つの転移クリスタルを取り出しサイドポーチに仕舞い込む。

 大型の転移クリスタルの仕組みに付いて詳細を訊ねたい所だが、まだこちらはレーナから信頼を得る実績も無い。ならコレを訊ねるべきだ。

 

「ところでコイツは誰にでも使えるもんなのか?」

 

「転移クリスタルに登録した者の魔力に反応するわ。既に貴方達の三人は登録済みだからその点は心配要らないわよ」

 

 敵陣に転移クリスタルを設置させ、エルリア城の地下を経由して奇襲に使えそうだ。

 使用用途が移動に限られているが、要人の救出も転移クリスタル一つ有れば可能だ。

 だが、数に限りが有る状況で無作為に使うこともできない。

 

「なるほど、コイツは大事に使わせて貰うが、出発もそいつかでか?」

 

 大型の転移クリスタルに視線を向け訊ねた。

 

「えぇ、転移先にハリラドンと彼女を待機させてるわ……この方法は旅立つ異界人のみんなから不評だったのよね」

 

「あー、『未来の英雄に対してなんだこの仕打ちは!』とか、『未来の英雄の出発が、こんなコソ泥紛いな方法なんて!』ってみんな凄かったですよね」

 

「この方法は間違ってるのかなって不安になったわ。でもスヴェンは違うのね」

 

 出発一つに文句を言う気にもなれない。

 そもそもレーナが打てる最善の安全策が転移による出発だ。

 これまで異界人は幾人も大門を抜け、数メートル先でモンスターに殺されるかーー邪神教団の刺客に暗殺されてきた。

 彼女の取った方法は安全かつ確実に出発させるための処置に過ぎないのだ。

 

「依頼の達成を優先すんなら俺はこの方法を支持する。第一俺は傭兵だ、見送られんのは性に合わねえ」

 

「ふふっ。本当に仕事熱心なのね」

 

 レーナは小さく笑うと、深妙な表情で語り出す。

 

「スヴェン、貴方は私が召喚したことを忘れず、無事にアルディアと生還してくれる事を心から祈ってるわ」

 

 転移クリスタルで自由に行き来できる状況で、無事も何も無い。

 思わずそんな指摘が浮かんだが、それを口にするのは野暮だとスヴェンは胸の中にしまう。

 

「ミア、後の事は頼んだわよ」

 

「えぇ、スヴェンさんの面倒は私に任せてください!」

 

 胸を張って答えるミアに、レーナは不安に感じたのかこちらに顔を向けた。

 

「……ミアのことお願いね?」

 

 その問いにスヴェンは敢えて答えず、浮遊している大型の転移クリスタルに手を触れた。

 

「そろそろ出発してえが、銃弾やら必要物資は既に積み込み済みか?」

 

「そこは私がちゃんとやったよ! 夜中に誰にも悟られないようにね!」

 

 こいつはこいつで仕事していた。スヴェンの中で一瞬感心が浮かぶ。

 

「へぇ、なら早いところメルリアに向けて出発すっか」

 

「分かったよ。それでは姫様、行って参ります!」

 

 そう言ってミアは転移クリスタルに魔力を流し込み、転移魔法を発動させた。

 スヴェンとミアは一瞬で光りに包まれ、眼を開けるとそこは潜伏に適した岩場だった。

 まさに瞬きの内ーーしかも転送時特有の身体が一度粒子レベルで分解され再構築される感覚も無く転移を果たした。

 その事にスヴェンは驚きを隠さず、草木の香りに息を吸い込む。

 そしてスヴェンは屋根のかかった荷獣車に乗り込んだ。

 すると中にはーー積み込まれた木箱とずだ袋に膝を抱えたアシュナの姿が有った。

 

「これから護衛、よろしく」

 

「あぁ、ヤバくなったら手を借りる」

 

「ん。暗殺もやる?」

 

 純粋無垢な表情でそんな事を言い出すアシュナに、スヴェンは考え込んだ。

 暗殺という手段が使えなら使うに越した事は無いーーそれが同じ外道ならスヴェンは平気でアシュナに命じただろう。

 しかし彼女は特殊作戦部隊の一員であり、オルゼア王の部下だ。

 仮に彼女に暗殺を命じれば、オルゼア王の信用など永久に得られずーーむしろ不協を買うだろう。

 

「アンタが暗殺をする必要はねえ。アンタの仕事は俺とあいつを影から護ることだ、それ以外は……まあ、細かい事は頼む事もあんだろ」

 

「分かった」

 

 アシュナはそれだけ言うと荷獣車の天井を開けーー天井裏に引っ込んだ。

 どうやらそこがアシュナの定位置らしい。

 スヴェンはテルカ・アトラス語で銃弾入れと書かれた小箱からーー六発の銃弾をガンバスターに装填した。

 これで残り残弾は元々持っていた弾を合わせて一発。

 まだ魔力操作が完璧では無いが、銃弾に多少の余裕が出るのは精神的にも楽だ。

 スヴェンは荷獣車の小窓から手綱を握るミアに視線を向けた。

 

「アンタに任せて大丈夫なのか?」

 

「スヴェンさんは手綱を握ったことないでしょ。それにハリラドンの扱い方は学院の実習で習うから大丈夫よ」

 

「そうかい、それなら任せるが……後で手綱の握り方教えてくれよ」

 

「これぐらいは私に頼ってもいいんだよ?」

 

 手綱を握ったままミアはこちらに顔を向け、頼って欲しそうな眼差しを向けていた。

 戦闘中に治療しかできない負い目でも有るのかーー治療魔法という存在は謂わば瞬時に癒せる魔法だ。それは戦場に置いて傭兵の誰しもが渇望して止まない魔法。

 スヴェンは深妙な表情を浮かべると、ミアの不安な眼差しが向けれる。

 

「アンタが倒れた時に手綱を握れる奴が居ねえと困るだろ」

 

「それもそっか。てっきり治療だけの能無しって思われてるんじゃないかなって」

 

 スヴェンは見先日た。騎士団の訓練場で杖を巧みに操り騎士を制圧したミアの姿を。

 彼女なりに足りない部分を棒術で補っている。それだけで治療だけの能無しとは否定できない。

 むしろ足りない部分を補おうとする姿勢が戦場に立つ者として好感を抱く。

 

「アンタの棒術を見た。そいつでモンスター以外の連中は制圧できんだろ。なんなら撲殺ついでに相手を治療、また撲殺を繰り返してもいい」

 

 常人ならやらない外道的な手段を拷問の一種としてスヴェンが提案すると、ミアは微笑んでいた。

 その笑みは普段の彼女が見せる愛想笑いとは違う、陰りを含んだ笑みだった。

 

「まさかスヴェンさんも治療魔法の有効活用方法を思い付くとはねぇ〜。私、治療魔法以外の魔法実技って赤点なんだよね」

 

「そりゃあ他の魔法が使えねえならな。それで、その話と活用方法とどう結び付くんだ?」

 

「魔法学院の実技には実戦も有るの……私はね、レイ以外には負けた事ないんだよ」

 

 妖美すら感じる小悪魔的な笑みを浮かべるミアに、スヴェンは撲殺の挙句治療魔法を施されまた撲殺された生徒達の姿を幻視した。

 同時に彼女の容赦無い一面を垣間見れた。ならもう少し踏み込んだ質問をしてもいいだろうーースヴェンは今後の方針を含めた質問を問いかけた。

 

「なるほど。殺しの経験は?」

 

「それは無いけど」

 

「なら、殺しは俺が全面的に引き受ける」

 

 元よりレーナの依頼を引き受けた時点で他人に殺しはさせない。

 手を汚す必要が無い人間がわざわざ手を汚すことも無い。

 それは傭兵としてーー外道は一人で十分だからだ。

 

「……スヴェンさんはそれでいいの?」

 

 何かを訴えかける眼差しにスヴェンは真っ直ぐ沈黙で返す。

 そんな眼差しを受けたミアはため息を吐き、前を向き直した。

 そして彼女はハリラドンを走らせた。

 走り出すハリラドンーー徐々に加速する中、スヴェンは壁に背を預け、いつでもガンバスターを振れるように手を掛けメルリア到着まで眼を瞑った。




次回から3章開始です。

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